プロローグ
俺、松下トラノスケは友達からのメールを見てふと昔を思い出した。
京都でドローンを扱う部活動がある高校に入学したときの頃だ。
楽しい毎日だった。
将来の不安のことなんか考えず、友人と遊び、ドローンで遊んでいた、それが日常。
嫌な現実があったとしても、そんなの簡単に乗り越えられる、そんな学生特有の無敵感というべきだろうか、それがあるからずっと楽しい学生生活を送れていた。
あの時の不満なんて説教臭い先生に絡まれるか面倒くさい先輩に絡まられるぐらいだったが、それでもそれが嫌だな、なんてことは思わなかった。
――だがそれがいっぺんにパアだ。
グラトニーがやってきたせいで。
家族は侵略者が持ち込んだウイルスによって病に侵され、親友や部活動の友人が数名いなくなり、ひそかに恋していた先輩も告白する前にいなくなってしまった。
なんで俺がこんな目に合うんだろうか。いや違うな、なぜ家族や友人はこんな残酷な目にあってしまうのか、そんな嘆きが心の中で生まれる。
でもそんな嘆きを口に出すことはしなかった。
周りを見れば俺よりも悲惨な悲劇に見舞われた人が大勢いた。
知っている人も、知らない人も、皆大事なものを失ってしまった。
もちろんそれでなかった人もいるだろう。
でも、大切なものを失ってしまった人の前でその嘆きを叫び出していいのだろうか。
自分以上に傷ついている人がいるのにか?
確かに家族は病に侵され、友人も失った。
だが、家族は生きている。友人も全員死んだわけじゃない、生きていて今もいい関係を築いている。
それか理由か、どうやら俺はニュー・キョートシティで悪態ついても被害者ぶっているように見えるらしい。全てを失った人たちからしてみれば。
嘆きを吐くことが他人を傷つけることになるなら、それを出すのはいけないことなんだろうよ。
それがどんだけ苦しいことであってもだ。
そして大切な人が失うことと同じぐらいつらいこともあった。
親友だった奴が俺の家に不法侵入してきたことだった。
その親友も家族を失っていた。
さらには日常品を買いに行くとき、見知らぬ人に暴行されて金も奪われて文無しだったらしい。
グラトニーから避難したその当時は窃盗やらの犯罪も多かった。皆、将来が不安で誰もが安心を求めていた。
安心を求めるから人からものを奪っていく。そんな間違ったやり方で。
彼はその被害者だった。
そして、加害者に変わっちまった。
アイツは「頼む! 警察には言わないでくれ! 何もしないで家を出るから!」と言った。
俺は一瞬迷ったが、彼を見逃すことは彼自身の罪から目をそらすことになり、そして自分の心に嘘をつくことにもなる。
俺は彼に「いや、言うよ。じゃないとお前、また何かやらかすだろ?」って返した。
「なんで……非情ヤツ!」
「じゃあ、最初にいうのは頼み事じゃあなくて謝罪だろ」
そう言って、彼はうなだれる。
暴力に出なかったのは、心のどこかで間違った行為だということはわかっていたんだろう。
それでも耐え切れなかった。
「お前は……何も失っていないのに……なら何か恵んでくれてもいいじゃないか!」
ここでもう、俺たちの間にあった友情の線がちぎれてしまった。
「おい、今のは聞かなかったことにしてやる。だが次同じこと言ったら正当防衛でぶん殴るぞ」
そうなったらもとにはもう戻らない。
自分にできることは少ないが、ならせめて不法侵入する前に助けてくれと言ってくればよかったのに。
貧すれば人は獣になる。
友人だったアイツは警察官に連れ去られていった。
グラトニーがやってこなけりゃ、長い付き合いになる親友のままだったと思う。
もう……終わってしまったことだが。
大切なものを失った。
それは亡くなった人たちではない、今を生きていて親友だった者との縁だ。
縁を、無理やり失っちまった。
グラトニーは俺たちから様々なものを奪い取っていったが、俺は当たり前の日常を奴らに奪われてしまった。
だからこそ、ビィ・フェルノに殺されかけた時、恐怖よりも憤怒の感情が込み上がったんだろうな。




