グラトニーと戦う意味
「う、ううん……」
白神リオが目を覚ます。視線だけで周りを確認する。
「……ここは? さっきまでホバータンクの中で横になっていて……」
天井や寝床を見て、ここが地球奪還軍基地の病室だとわかった。
どうやら、自分があの戦いに生き延びてホバータンクで基地に戻っているときに眠ってしまったようだ。
(久しぶりに……ゆっくりと寝れたような気がする……)
ここまで目覚めがいい寝起きは久しぶりであった。
いじめられたときには同級生のことを思い出して寝れず。
グラトニーがやってきたときは失ってしまった家族を思い出して寝れず。
だけど、今は体のだるさがない。悪い夢も見ていない。
すっきりとした気分であった。
「……松下は⁉」
だがその気分はすぐに消える。
ガバっと勢いよく体を起こす。
気絶した彼のことが心配になって気を焦る。
「白神! 目を覚ましたか!」
「……指揮官?」
隣のベッドにいたトラノスケと目が合う。
互いに無事であった。リオは焦っていた気持ちが無くなり、安堵の息を吐いた。
彼が生きていた。
「……よかった。無事で」
「おいおい、俺を死なせるなよ」
「いきなり倒れてきたのよ! 心配になるに決まっているわ」
「そ、そうだったのか。それはすまない。心配かけた」
(だ、抱きついてきたことは覚えていないわよね?)
「どうした?」
「き、気にしなくていいわ」
本当は倒れた時のことを覚えているか聞きたかったが、恥ずかしさが勝ったため聞くことはしなかった。
そうやって悶々としていると、
「白神、ありがとな」
「え?」
感謝の言葉を言われて戸惑うリオ。
「ビィ・フェルノとの戦いで生き残れたの、お前と一緒に戦ったからさ。それに、奴に色々と痛い目にあわされたときさ、俺を死なせないように願ってくれたこと、すごい嬉しかった」
「……別に、感謝されるようなことじゃない」
「そんな謙遜を」
「謙遜じゃない」
沈痛な面持ちでうつむいて、
「あれは私のプライドを守るためだった」
自分の気持ちを正直に言った。
「誰も死んでほしくなかった。死んだら自分が今までしてきた努力が崩れ去ると思ったから。自分が強いという幻想が壊されたくないがための、心を守るための最低の命乞いよ。あんなの、褒められた行為じゃない。醜い自分に対してね」
「でも、俺が嬉しかったぜ。俺を大事に思ってくれているって。死んでたまるかって思ったんだ。勇気づけられたんだぜ」
「……松下」
「それに、任務も達成できたんだ。第06小隊の人たちも無事だった。喜ぼうぜ」
気にするな、そう告げてくるトラノスケ。
実際、リオの本音のことはあまり気にしていない。トラノスケにとって、かばってくれたことが嬉しかった。
お前のためじゃないとか、自分の心を守るためとか、そんなことどうだってよかった。
仲間を守りたいという思いは噓ではないとわかっているのだから。
そして、そう言われたリオはだんまりして、
「指揮官は、家族のために戦っているんだな?」
そしてそんなことを聞いてきた。
「突然何を?」
「私は姉さんのために、グラトニーを、ビィ・フェルノを殺すために戦っている。でも、あの戦いの時、心折れて逃げようとも考えてしまった。指揮官の言葉がなければ、私は生きることから逃げていたかもしれない」
ビィ・フェルノと戦ったときをリオは思い出す。
ズタボロにされ動くことができず、あの残虐な瞳を見て恐怖した無様な自分の姿を。
「……私は、グラトニーと戦う理由を放棄しようとしていた。希望が打ち砕かれて」
だが、
「お前は、なぜあの戦いでも絶望しなかった? なぜ希望を持ち続けていられたんだ?」
自分よりひどい目にあった。
それこそ死んでもおかしくないほどに。
それでも希望を失わず、今もなお笑っていられる。
なぜそこまで強くあれるのか、そう聞くとトラノスケはうーん、と考え始めて。
「色々理由はあるけど、一番は家族のため。家族を残して死ぬわけにはいかない。だけど、もう一つ同じぐらい大事な理由がある。君たちへの恩返しをまだしていないから、だからかな」
「恩返し?」
リオにとって予想外の答えであった。
恩返しというが、自分が彼に対してなにか恩を売るようなことをしたのだろうか。そんな疑問を持っていると、トラノスケは答えてくれる。
「ああ、俺は君に、君たち第00小隊に助けられたんだ。覚えているか? 地上エレベーター付近にグラトニーが襲来してきたときのことをさ」
そう言われて記憶を思い出していく。
そして大型ドローンに乗っていた人のことを思い出した。
「……ドローンを操作していた人?」
もしやと思い聞いた。
トラノスケは嬉しそうに指を鳴らして、
「おっ、ビンゴ! いやー、作業用の服で顔を隠していたから覚えてもらえるかどうか心配だったけど、よかった」
「やっぱり……お前だったのだな」
「ああ」
(強化人間手術を受けていない状態であの場面を切り抜けたのか……なら戦闘の才能があるわけだ)
そりゃあビィ・フェルノみたいな格上が相手でも戦っていけるはずだ。
どんな危機的状況でもくぐり抜けようとするその精神力を持っているとリオは確信する。
そしてトラノスケの話は続く。
「最初は病にかかった家族にいい治療を受けさせるために入った。総司令官にスカウトされてね。で、君たちが所属している第00小隊に出会って、この人たちは俺を助けてくれた人たちだって思ったよ」
初めて出会ったときは驚いたものだ。
なにせ自分が指揮する隊員たちが、あの地上エレベーター襲撃事件で助けに来てくれた恩人だったのだから。
「その人たちに恩を返せたらなって……だから俺は違う小隊に異動しなかったんだろうな」
「え、そんな話が?」
「総司令官にもしも本当に駄目だと思ったらって言われてね。でも、断って正解だった」
「……迷惑かけたのに」
「確かに、でも一緒に戦って思ったよ。君も皆も単独行動は多いけど、その根本的な理由は仲間が傷つかないために動いていると」
第00小隊と共に戦ってわかった。
彼女たちは誰よりも他者の命を第一に考えている。
仲間と共に戦い、そして仲間が傷ついてほしくないと願って戦っている。
己の身を犠牲にしてでも。
その思いこそ、トラノスケが彼女たちと共に戦いと思った理由。
「あるんだよ、他者を守るために戦う『正義の心』が。その心があるなら、俺は皆についていく。一緒に戦える」
「正義の心……」
そう言われてリオは胸に手を当てる。
そんなまっすぐな思いを自分は抱いている、トラノスケはそう言ってきた。
「あるの? 私に?」
「あるさ。だからグラトニーに戦っているんだろう。これ以上、グラトニーの被害者を出さないために」
無いなんて、そんなことを言わせはしない。
「そんな君たちの助けになればいいと思っている。指揮官としてな。その助けで恩を返せればいいんだ。だから死ねない、そう思ったのさ」
それが、松下トラノスケが戦う理由である。
「でも、私たちは自分勝手に問題を起こした犯罪者だ。そんな自分たちに」
「戦って罪を返せばいいだろ、悪いって思っているなら乗り越えられるさ」
「……」
「君たちを支えたい、これが俺が戦いをやめない理由さ。白神」
「リオ」
「ん?」
リオが自身の名前を言う。
「リオと、呼んでほしい。死線を潜り抜けた戦友なのに、名前で呼ばれないのは、少し寂しい」
それは指揮官として、共に戦う友と認めたということであった。
トラノスケに姉と同じような気配を感じた。
頼りになって、強くて、安らぎを与えてくれる。
そんな人を、リオは自分の名前で呼んでほしくなった。
もっと彼のことを知りたいと、思ってしまった。
そしてトラノスケはリオの名前呼びにすぐに頷いて、
「そうか。なら俺もトラノスケと呼んでくれ。嫌だったら、松下のままでもいいけど」
「いえ、トラノスケがいい」
「オーケー! これからよろしくな、リオ! 頼りにしてるぜ、隊長!」
「私もトラノスケのこと、頼りにする。勝利に導く指揮を、私たちに」
この時、互いに心の距離が縮まったようなそんな気がした。
トラノスケはようやく、この第00小隊の一員になれたような、そんな気持ちになった。
自分を助けてくれた人が認めてくれたことによって。
「松下く~ん、白神~、もう目を覚ましたかしら」
「お、おそらく……はい」
「は、早く! 指揮官さまと隊長さんの体が無事か、心配で心配で!」
「慌ててはいけません! 指揮官さんと白神さんを困らせてはいけませんよ!」
「おいおい、見舞いに来てくれたのはうれしいけど、あんまり騒がしいと怒られるぜ」
第00小隊の隊員たちが病室に入ってくる。彼女たちも心配に思っていた。
元気そうな二人を見て安堵の息をこぼすのであった。
次でこの章も終わりです。
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