松下トラノスケの入隊
「はあ……またいつもの職場に戻るのか。いや、仕事は苦じゃないんだけどさ」
自宅でドローンを整備しながらそう愚痴る寅之助。今日は出勤の日だったが、昨日グラトニーに襲われて職場が崩壊したことに会社に報告したら、こちらに戻ってくるように手配するからしばらくは休んでほしいと言われた。
命の危機もあったのだ、それもふくめて数日の有給をいただいた。
仕事を休めることは嬉しいが、それでも寅之助の表情は暗い。
「危ないけど給料はよかったんだよな。稼ごうと思ったのに」
家族がかかっている身体結晶病のための薬を買うために金が必要なのに、たくさん稼げる地上のエレベーター付近の仕事は一日でパーになってしまった。
防衛設備が壊されて、いまは地球奪還軍の隊員が施設を建設している。それが完成するまで時間がかかるだろうし、仮に完成してもしばらくは地球奪還軍隊員が作業を行うだろう。
高い給料を稼げるチャンスはなくなってしまった。そりゃあグラトニーに襲われて命があったことは喜ぶべきことであろう。でもそれとこれとは別なのだ。
「地道に稼ぐしかないな……大型ドローンの免許のおかげで月給も増えるだろうし」
――パンポーン!
玄関のチャイムの音だ。
(誰だ? こんな昼間っから。なんか知らない宗教の勧誘か?)
玄関にある防犯カメラで客人を映す。
「地球奪還軍? なぜ俺のところに?」
軍服を着た女性が玄関に立っていた。
『すいません! いますか⁉』
地球奪還軍の隊員がなぜ自分の家にまでやってきたのか、そう疑問に思っていると返事を求めてきたので、すぐに客人と会話ができる通話ボタンを押す。
「はい、いますよ」
『あっ、いたのですね! すいません、大事な用件があるので来てくださいませんか?』
すぐに玄関に出て、
「こんにちは」
「どうも! 松下寅之助さん、ですよね?」
「そうですけど……何の用でしょうか」
「これを届けに来ました!」
すると手紙を渡してくる。
「これは?」
「地球奪還軍の総司令官よりお届けです。大事なことが書かれているので、他の人に見せないようにしてください」
「待って、総司令官だって⁉」
手紙を送ってきた人物に驚愕する。
地球奪還軍の総司令官なんて大物中の大物だ。
「なんでそんなお偉いさんが自分に手紙を……」
「申し訳ありません……私は司令官に貴方に手紙を手渡すようにお願いされたのです。それ以外のことは何も教えられておらず、質問に答えることができません」
「そう、ですか……」
「確かに、松下さんに届けました! ではこれで!」
そう言って去っていく隊員。
「俺に手紙……グラトニーに襲われて職場が無くなったからその補い分の金……なわけないか」
しかし厳重にロックされた電子メールじゃなくて手紙を直接手渡しとは。よほど重要なことがこの手紙には書かれているらしい。そう思うと緊張してくる。
大事なことが書かれていると隊員はそう言っていた。
ならばすぐに確認するべきだろう。
神妙な面持ちで封筒を開けて中身の手紙を確認する。
「……嘘だろ?」
複数紙が入っていたが、一枚目の紙はシンプルに一文こう書かれていた。
『松下寅之助様
貴方様を地球奪還軍小隊の指揮官に任命します
地球奪還軍司令官 賀茂上 修史 より』
地上へと向かう地上エレベーター、ニュー・キョートタワー付近に大きな建物が存在している。
そこには大型のビルが建っている。
ここは『地球奪還軍ニューキョート基地』。都市の住民を守るために、日夜宇宙からの侵略者、グラトニーと戦い続けている軍隊である。
その廊下を今、寅之助は歩いていた。
(嘘じゃなかった……本当に指揮官になるのか?)
係員に手紙を見せると、総司令官室まで案内します、と言われた。今案内されている。
正直ここに来るまであの手紙のことは嘘なんかじゃないかと思っていた。だが今この基地の中を歩いている。案内されている。嘘なんかじゃない。本当に指揮官として選ばれたのだ。
「こちらです」
「ありがとうございます」
「司令官、松下寅之助様が到着されました」
「わかった、入ってきてくれ」
「失礼します」
隊員と共に総司令官室に入る。
「貴方が松下寅之助さん、ですね。私は加茂上修史、地球奪還軍の総司令官を務めております」
寅之助の顔を見て頭を下げる賀茂上。オールバックに整えられた髭、軍服もきちんと着用してまさに清く正しい軍人といった出で立ちだ。
目の前にいるのはこのニュー・キョートシティの平和を守るため、地上を取り戻すために活動している地球奪還軍のリーダー。ようは一番のお偉いさん。
そんな人と話すなんて緊張しないはずがない。
「来てくれたありがとう。話を聞いてもらえるだけでも嬉しいです。どうぞ、こちらに座ってください」
「どうも……」
席に座る。
「いきなり、このような手紙を出して驚かせてしまったのかもしれない」
「あの、なんで自分を指揮官に選ばれたのでしょうか……一体どんな理由で?」
疑問に思ったことを聞く。
「先日の地上エレベーター付近での出来事はこちらの耳にも入っています。そこで隊員があなたのことを話していました。何でも、戦闘用ドローンを使ってグラトニーに立ち向かったとか」
「ええ、そうですけど……」
昨日、起こった事件はすでにこの基地の人たちに知れ渡っているようだ。
まあ広がってもおかしくない。一般人の男がドローンを操作して危機を脱して生き延びた。
よく考えたら噂にならない方がおかしい。
「あのドローンは緊急用とはいえ戦闘用の性能へと向上させた武器。それを始めて使ってグラトニーを倒した。普通の一般人が。正直、ありえないことです。説明書があったとはいえ」
「あの時は必死で……そうしないと死んでいましたから」
「やはり私はあなたを我らが軍に迎え入れたい。確かにあなたはまだ若い。しかしドローンの高度な操作技術、なにより死の危険に襲われながらも恐れず困難を乗り越えるその度胸。まさに指揮官としてうってつけのものだと私は思っています」
「指揮官としてうってつけ……ですか」
「地球奪還軍は今も人材不足。やはりグラトニーと戦うのは誰もが恐怖を抱いてしまう。誰だって嫌です。地上の生命を滅ぼすような侵略者と戦うのは。死がはびこる地上に出るのは」
だから、
「グラトニーと戦うウカミタマも、彼女たちをサポートする指揮官も集まらない。だからこそ、地球奪還軍は素質あるものを集めているのです」
そして、
「松下寅之助さん。あなたには指揮官としての素質があります。だからこそ、我らが地球奪還軍に入ってもらいたいのです」
勧誘されている。
手紙に書かれていた内容は嘘ではない。そして彼は本気で寅之助の実力を買って誘っている。
確かに寅之助のしたことは目に見張るものだ。グラトニーを倒し、一般人を助けた。それはそう簡単にできるようなものではない。
一般人はそのようなことができる。だからこそ指揮官として勧誘してきたのだろう。
松下寅之助を入隊させればこの軍の実力が上がると。より地上奪還へと近づくと。
高く評価されていると寅之助は思っている。自惚れや勘違いなんかじゃない。賀茂上から強い熱意を感じるからだ。
絶対に軍に入隊させたいという熱意が。
だが――、
「でも……俺はやっぱ命は大事だと思ってますよ。グラトニーのいる地上にいけません。家族に心配をかけさせるわけには……」
断るべきだ。
もし自分が地球奪還軍に入ったら、家族は、妹の美羽が絶対に心配する。そんな危ないといくなって怒ってくるだろう。簡単に想像できる。
それがストレスの原因になって病気が悪化するかもしれない。
そんなこと、妹にさせたくない。妹の負担になるようなことはしたくない。
「松下さんのお家族、何かあったのでしょうか?」
「身体灰結晶病です……ここに来てからずっと病室に」
「そうですか……なるほど」
「家族を心配させたくないんです。ですからこの話は――」
「あなたが軍に入って成果を出してくれればその病の特効薬を作れるかもしれない」
「――ッ⁉」
断ろうとしたその時、賀茂上のその言葉に驚愕し口を閉じる。
特効薬が作れるかもしれない。
それは家族の身体灰結晶病が治療できるかもしれないということ。それを詳しく知りたい。聞かない理由はない。
寅之助は思わず立ち上がって詰め寄った。
「それは本当ですか⁉」
「身体灰結晶病の抗体ワクチンはグラトニーの細胞を研究してできた産物。あなたの体にも打ち込まれているはずです」
「はい」
寅之助の体内にはグラトニーが発する瘴気やウイルスに対してのワクチンが打たれている。これはこの街に住む市民全員に打ち込まれているもの。これによって街内で身体灰結晶病の発症をゼロに抑えることができたのだ。
それでも長時間地上や病気にかかった人物の近くにいたら身体灰結晶病にかかる可能性はあるため、あまり過度な期待はよした方がいいが。
「普通、グラトニーは死ぬと灰になって消えますが、中には死体を残す特殊なグラトニーも存在します。それを回収し、研究、そこからグラトニーの生態をより詳しく調査することができます。もちろん、その間に身体灰結晶病に対するワクチンや特効薬も作れる可能性がある、ということです……」
「……マジか」
自分の中でまばゆい希望が下りてきた。
家族の身体灰結晶病が治る可能性がある。
あれだけこの病に苦しめられてきた家族が元に戻る。
カプセルの中で目を閉じている両親は外に出られる。
ずっと病気に不安を抱いていた妹が病室から出れる。
――前みたいに一緒に暮らせる。
「あなたが入隊して、グラトニーを討伐していけば特効薬を作る目途も立つかもしれません。それにあなたが、我らが地球奪還軍に入ってくれれば家族の治療費もこちらが払います。なにせ地球奪還軍は死がつきまとう任務ばかり。ですのでそれぐらいのことは払わなければ」
「――わかりました」
覚悟は決めた。
「入隊します。自分の力がどこまで行けるかどうかわかりませんが、それでも、家族のためになるなら! 自分のドローンの技術を生かせるなら! 俺、頑張ります!」
家族の病を治せる可能性があるなら、それにかけよう。
今までやってきた仕事を止めることになるが、それでもいい。
自分でもやれることをやりたいからだ。
そして入隊の意思を決めた寅之助を見て賀茂上は笑みを浮かべて、
「よし、決まりだな」
声色が変わった。
先ほどのセールスマンのような声から、軍隊を指揮する者の威圧感あふれる声だ。
場の空気は一気に重くなった気がする。
「松下寅之助。君は正式に地球奪還軍の指揮官として任命する! 今後、地球外侵略者であるグラトニーとの討伐を期待している!」
「は、はい!」
松下寅之助は地球奪還軍の一員となったのであった。
「じゃあ、早速指揮官になるための訓練を開始しよう」
「え?」
いきなりの提案。
戸惑う寅之助に隊員が近寄り両腕をがっちりと掴まれる。
「今日すぐに始める。一か月で優秀な指揮官に仕立て上げるからな」
「ま、待ってください! 一か月って! 短すぎますよ! どんな訓練考えているんですか⁉」
「まずは改造手術で君の肉体を強化する。ああ、痛くもないし後遺症もないから寝ているだけで終わる。そして、目を覚ましたら軍隊式の訓練、武器の使い方、ウカの隊員をサポートするための道具や乗り物の扱い方を学ぶ。そして前線での戦闘指揮や各種道具の知識を得るための座学も行う。あとはVRシステムを採用したグラトニーとの戦闘を再現した仮想実戦練習もしよう。みっちり朝から夜までな」
「詰め込み過ぎでは⁉」
「なーに、大丈夫だ。そのうち、訓練してよかったって思える。それぐらいグラトニーってやつは凶暴なんだ」
「なら、もう少し期間を設けても……」
「お前は若いんだ。疲れたりケガしてもメディカルマシンですぐに治るからよ」
「マジかよ⁉ うわあああ――⁉」
トラノスケはこの後の、今日の一日は覚えていないのであった。
「やあ美羽。元気だったか?」
「元気よ、でもその言葉は私が言うべきじゃないかな、兄さん。グラトニーに襲われて……心配だったんだよ!」
「ごめんな、ちょっとゴタゴタに巻き込まれて。すぐに美羽と話そうと思ったんだけど」
「生きてくれてよかった……ねえ、地上で働くのはやめにしない? 兄さんがいなくなったら……私は耐えきれない」
「……安心、してほしい。俺は父さんと母さん、そして美羽を残して死ぬなんてしないさ」
「……信じてるよ、その言葉」
「で、そのさ。今日来たのは俺が生きていたってことを伝えるためだけじゃあなくてな……」
「なに?」
「……俺が地球奪還軍の指揮官に選ばれたって言われたら、美羽はどう思う?」
「――は?」
この後、不機嫌になった妹を落ち着かせるため苦労した寅之助であった。