希望の道しるべ、『光射す道』 ④
「嘘だ……こんな厄日がやってくるなんて……ありえない……」
ビィ・フェルノが自分の体を見てまだ信じられないと言った表情を浮かべる。
体に穴が開き、顔の半分が吹き飛んだ。
グラトニーの体でなければ死んでおかしないほどの致命傷。現に、体中に激しい痛みが襲い掛かっている。
この体が、自分が敗北したという事実を突きつけてくる。
「私たち第00小隊に負けたんだ、貴様は」
「く、くそ……コイツら相手に……戦いを、放棄するなんて……プライドが傷つくな、オイ……ウカミタマどもを何十人も殺してきたこのアタシが……」
だが、
「プライドの傷は治せる……お前を無様な目に合わせることによって! だからこそ! 今は!」
ゆっくりと立ち上がり、背後のビルに残りの体力の全てを持って拳を叩きつけた。
寂れたビルにヒビが入っていき、そして崩れて倒れてくる。五十メートルを軽く超える巨大ビルが崩壊し、ビルが瓦礫と共に第00小隊へと降り落ちてくる。
「ビルが崩れています!」
「あのグラトニー、俺たちを巻き沿いにして押しつぶされる気か!?」
「スターヴハンガならビルに押しつぶされても死なないわ! 逃げるつもりよ!」
「まじか!?」
「ここは引くしかない! 指揮官君! 早く避難!」
この場から離れようとする第00小隊。
しかし、
「あのグラトニーが……⁉」
「待て、白神が! 先に避難しておいてくれ!」
リオがビィ・フェルノの元へと走っていく。
すぐさまハイドラグンに乗り込んでリオの救出へと向かう。
「ビィ・フェルノ! 逃げる気か!」
「ああ、逃げるさ……だが覚えていろよ! 白いの! そして指揮官さんよ! アタシの体とプライドに傷をつけたこの恨み! 殺した程度で済ませはしない! 死んだ方がマシな目に合わせてやる! それまで怯えて暮らしてろ! クソッタレ!」
消える直前まで恨み節を吐き続け、そしてビィ・フェルノの上空から落ちてきたビルの破片に潰されて姿を消す。
グラトニーならあの程度では死なない。
完全に逃げられてしまった。
「あの『顔つき』が……負け惜しみを!」
「白神、悔しいのはわかるが、せっかく生き残れたのに死んだら意味ない! 避難するぞ! ハイドラグンに乗れ!」
「…………ええ」
「しっかり掴まってろ!」
リオと共にハイドラグンに乗ってそのままこの場を飛び去る。空から落ちてくる朽ちた瓦礫はリオがサブマシンガンで撃ち落とし、そしてハイスピードで残骸の雨を抜いていった。
そして、崩壊したビルの破片を飛びぬけて、大きな衝撃音を立ててビルが倒れて崩れた。
後ろを振り向けば、ビルだったものの残骸が。
「『顔つき』さん、ビルの瓦礫に押しつぶされましたね」
避難していたマリ達は警戒はしたまま崩れ落ちたビルを見ていた。
「スターヴハンガとなれば、巨大ビルに押しつぶされても生きているでしょうね。奴らを殺せるのはウカリウムだけだから」
「い、痛いだけですむってことでしょうか……」
「そうね」
グラトニーはありとあらゆる兵器を侵食する力を持っているが、そうでなくても不死身の肉たちを持っている。
音速のハイドラグンアタックを喰らっても腰痛だけで済ませたのだ。
耐久力も再生力も半端ではない。
それを無視して殺し切ることができるのはウカリウムを使う武器のみ。
だからビィ・フェルノはビルに押しつぶされる形ではあるものの、第00小隊から逃げ切ったことになるのだ。
ウカリウムしかダメージを受けないグラトニーだからこそできる荒っぽい逃走だ。
「ならば! あの紅いグラトニーを探しましょう! 指揮官さまの指示に従わなければ!」
「このがれきの山をかき分けて? 無理無理、時間がかかるし、紅い『顔つき』がもしかしたら不意打ちを仕掛けてくるかもしれないわ」
「すぐにここを離れるのが正解、というわけですね」
「巨大な爆弾でもあればよかったですけど……」
「指揮官さまの命令は絶対です!」
「倒したようなものでしょう。あのスターヴハンガに生きていられたのだから」
あの大火災を軽々と起こすことができる災害のような化け物相手に生き延びれたのだ。
それに、第06小隊の隊員たちも救出できた。
任務は成功している。これ以上望むものはない。
第00小隊の皆はそれに喜ぶことにした。
「……着陸するぞ」
一方、トラノスケとリオはビルの崩壊から逃げきって地面に足をつけていた。
「ビィ・フェルノ……今度こそは」
壊れたビルの残骸を見て、瞳に復讐の炎をたぎらせるリオ。
もう心の中の恐怖は消えていた。
(……松下)
そして恐怖が無くなったのは、ビィ・フェルノに戦いあえたからではない。
共に戦ってくれたパートナーの言葉と行動に勇気をもらったからだ。
「……指揮官。あのな、共に戦ってくれたこと、ありがとう。お前がいなければ、私は取り返しのつかないことをしでかしていた。お前の指揮が、私の心に希望を灯してくれた」
素直に感謝の言葉を送る。
ビィ・フェルノの戦いで心が壊れ折れかけ、挙句の果てにトラノスケに迷惑ばかりかけた。
それでもトラノスケは諦めず、勇気づけて最後まで共に戦ってくれた。
それがどれだけ頼もしいものだった。
「…………」
しかし、お礼を言っても返事はなかった。
「――へ?」
代わりに――トラノスケが急に抱き着いてきた。
その行動に反応できず、そのまま抱き着かれたまま地面へと倒れた。
「い、いきなり何を⁉」
トラノスケの突然の大胆な行動に、顔を赤くするリオ。
真正面から抱き着かれるなんて人生初めてのことだった。
それに、異性相手に。
「…………」
「指揮官? どうした⁉ 返事を⁉」
だが、赤面した顔はすぐさま消える。
トラノスケは目を閉じていて、大声で呼びかけても瞼を開けることはない。
抱き着かれても彼からの体温を感じても温もりは感じない。
生気がないというべきか。
抱き着いてきたトラノスケの容態を見て、紅い顔から一変、真っ青に焦った表情へとなる。
「ビィ・フェルノに受けたダメージで気を失って……今まで必死になって耐えていたのか……」
何度も暴行を受け、横腹に穴もあけられた。胸元だって侵食されて出血までした。
普通なら心折れて、気を失うのが当然。しかも元は社会で働く一般人。
だがトラノスケは仲間を助けるために、戦いが終わるまで気を保ったまま戦い続けた。
そして、ビィ・フェルノとの戦いが終わって、気が緩み気絶したのだろう。
「……どうやら、私もお前を助けるための力は残っていないわ……」
トラノスケを助けようとしても、リオもまた体力の限界であった。
ビィ・フェルノの激しい戦闘に加えて、彼女もまたトラノスケと同じように拷問じみた攻撃を受けた。それにキセキの『光射す道』をフルパワーで使い過ぎて精神力も底に近い。
動くことができず、しばらくそのままの体勢でいると、第00小隊の仲間たちがやってきた。
「へっ、し、白神さん!? 指揮官さんも一体……!?」
「……皆、彼を……指揮官を……死なせないでくれ……」
イチカが顔を赤くしていたが、リオの決死の表情で第00小隊が真剣な表情になる。
身体がかなり危険な状況だというのが、リオとトラノスケの体の状態を見て察した。
すぐさま彼らを助けるために行動する。
「わーお大胆。なんて言っている場合じゃないみたいね。さっさとホバータンクに連れていって回復させましょう!」
「指揮官さま! 大丈夫ですか!? 隊長さんも死なないでください!」
「すぐに私のキセキで直しますので!」
「き、基地に早く戻った方がいいかも……」
ツムグがトラノスケを、マリがリオを優しく担ぎ上げて、エリナが治療に専念している。イチカは念のため、警戒だ。
(指揮官、迷惑かけてごめんなさい……だから、死なないで……)
マリに運ばれながらも視線はトラノスケに向けていた。トラノスケの無事を祈るリオ。
せっかく生き延びることができた。
このまま目を覚まさないなんて、あってはならないことだ。
意識を取り戻すことを願って、リオはホバータンクまで運ばれるのであった。
「そういや、ホバータンク操縦できる人いないけどどうする? 指揮官君、倒れちゃったし」
「「「あっ……」」」
「……私が運転しよう」
「いや、白神! 今のあなたに運転させたら確実に事故りそうだけど」
「駄目です! あなたも指揮官と同じ、患者です! 治るまで無茶はさせませんよ!」
「あ、汗がすごいですものね……色々と限界なのかもしれません」
「歩いて帰るんですか?」
どうやって基地に帰るか、最大の難所がまだ残っていた。
「いやー、ホバータンクの運転どうしようかと思っていたけど」
「私、三菱ミナミ! 皆さんに助けられた恩をすぐに返せることが嬉しいです! ホバータンクの免許取っておいてよかった!」
「救助した人がホバータンクを操縦できる人がいてよかったですね!」
「第00小隊の人たちは危ない人が多いと聞きましたけど、そんなことありませんね!」
「だねー」
「うんうん」
「……ひ、否定はできませんけど、目の前で言いますか?」
「ひどいです!」
「ハッ倒すわよ」
「メッ、ですよ」
「す、すいません! は、発進しますぅ!」
「「ごめんなさい!」」
何とかなった。