二人っきりの反撃準備 ①
「動くなよ、傷を治すからな」
ビィ・フェルノから逃げ出し、すぐさまリオの治療をするトラノスケ。
自分の体の方が重症なのは理解している。
だがビィ・フェルノと直接戦えるのはリオしかいない。
己の体を治したところでビィ・フェルノと直接戦っても勝ち目はないのだ。
勝つ可能性があるならリオの怪我を治し、戦える状態に戻すしかない。ならばこれぐらいの傷、痛み、耐えてみせよう。
腰にある筒のようなものを取り出す。注射型の治療薬だ。
「痛いが、耐えてくれよ」
リオの体は重症だ。
戦闘用ボディスーツは斬り裂かれて皮膚を露出し、その部分は血と火傷痕が目立つ。
なにより足が一番の重傷で、変な方向に曲がっている。これでは戦闘を行うどころか、まともに歩くことができない。
ケガの状態を確認しながら重症に近い部分に針を刺していく。
「……クッ⁉」
激痛に顔を歪ませるも、体中にできた傷が消えていき足の痛みも消えていった。
ウカリウムが配合された回復薬は、ウカミタマが摂取すれば驚異的な回復力を発揮し重症でもすぐさま治すことができるのだ。
「足、動かせるか?」
「……ええ。まだ身体中に痛みは残ってはいるけど、戦闘に問題はないわ」
「おお、流石はウカミタマの身体パワー。治療薬一つでほぼ全回復とは。あのムカつく焼き痕もキレイさっぱいだ」
折れていた足が真っ直ぐになり、火傷痕も消えている。先ほどまでの重傷が薬一つで完治した。
ウカミタマの驚異の身体能力である。
これでリオの治療は終わった。
「あなたの方が重傷じゃない……大丈夫なの?」
「今ウカリウム回復薬を摂取しているよ。出血は止めれるだろうな。痛みは止められないし穴は塞がらないけどな」
一方、トラノスケの方は完治していない。出血や火傷は治っているが、それでもわずかに傷痕が残っている。
ビィ・フェルノに空けられた体の穴も治っていない。血は出ていないが肉体に指サイズの穴があいているのだ。当然、激痛が走っている。
重傷のままだ。動けているのがおかしいほどに。
トラノスケはなんてことない風な顔をしているのはビィ・フェルノに怒りを抱いて、その怒りで傷の痛みを誤魔化しているにすぎない。
正直言って戦うのは無理に近いと言っていいだろう。
「……ごめんなさい」
その傷を見て罪悪感に苛まれ謝罪の言葉をこぼすリオ。
自分がふがいないゆえ起きてしまった事故だ。自分がもっと強ければ彼を巻き込むことはなかった。
「なにをだ?」
だがトラノスケは首をかしげる。
なぜ謝られているのかわからない。
「あなたを……こんな怪我をさせるなんて……」
「気にするな。悪いのはこんな悪趣味なことしてきやがったスターヴハンガさ。性格悪いぜ」
それに、
「こういうときは謝罪じゃなくて感謝の方が嬉しいねえ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
トラノスケにとって謝られるより助けたことを感謝してもらえるほうが気分がいい。
謝罪より感謝の方が場の空気がよくなる。
「とにかく、どうにかしてアイツを退けないと……できれば討伐したいが、最優先が生き残ることだな」
スターヴハンガのビィ・フェルノと戦ったからこそわかる圧倒的な戦力差。
強化人間程度の身体能力では奴に太刀打ちできない。さっきのように一瞬で敗北するだろう。この体にできた穴が証明している。
だからこそ、作戦を練ってビィ・フェルノを倒す方法を考えなければならない。
「指揮官……無理だ……」
そう考えていると、リオが首を横に振る。
「勝てない……私たちは……アイツに、ビィ・フェルノに勝てない……」
リオは弱音を吐く。
もう助からない、そんな絶望の表情が彼女の顔からのぞかせる。
「白神、なんでそんな後ろ向きなことを」
「勝てると思っていたのに……その結果がこれだ、この様だ。スターヴハンガの力があまりにも、絶大だ。全てを燃やす炎に兵器を軽々と超える馬力、勝てると思ったのが間違いだった……」
今まで鍛え上げて、多くのグラトニーを討伐してきた。
だがそのグラトニーを撃ち倒す技術はビィ・フェルノにはまったく通用しなかった。
小さいダメージを負わせるのが精一杯だったのだ。
さらにあの焼き印を刻みつけられる拷問を受けた時のビィ・フェルノのあの目。
過去のトラウマが蘇り、ビィ・フェルノ相手にはもう恐怖しか抱かない。
「指揮官も、私のせいで……ひどい目に……」
それに、トラノスケが拷問じみたいじめを喰らったことがより精神的にダメージを受けている。あんな目にあったのは自分が弱いからだ、そう思っているのだ。
戦意はもう失っている。
絶対に勝てない。
トラノスケはそんなリオの様子を見て、
「まあ白神の言う通りだな。アイツは強い」
「……やはり」
賛同した。
リオはよりいっそう落ち込む。
「まさに兵器が人の形をしたようなものだ。消えることない炎そのものが襲いかかってきたからよ」
「…………」
「だが、それは俺たち二人だと勝てないってことだ」
「――え?」
ビィ・フェルノに勝てない。
それは賛同した。
だがそれが戦うことを諦めるというわけではない。
むしろ逆だ。
冷静に分析し、勝てる可能性を考え、それを実行する。
トラノスケは今の危機的状況においても心を落ち着かせて必死に思考を働かせた。そして考えついた作戦はというと、
「今、平泉が仲間の救援に向かっている。仲間を助け終えたらこっちに向かってくるはずだ」
ようは、
「時間を稼ぐのさ。第00小隊が全員集合するまで。ビィ・フェルノは確かに強敵だ、だが俺たちが力を合わせれば勝てるはずだ」
だって、
「この小隊は問題こそ起こしているが、他の小隊の隊長クラスの実力者が集まった第00小隊だから。違うかい?」
トラノスケの希望の光はまだ消えていない。
まだ生き残る可能性はある。
まだ勝機は残っている。
ならば諦めてはだめだ。
このままビィ・フェルノの好き勝手にさせて死んでたまるものか。
「で、でも……」
しかし、やはりリオは不安な顔をしている。
「ならば、逃げた方がいいんじゃあ……」
「どうせアイツのことだ。こっから炎の雨なり、火柱なり出してここら周辺燃やしてくるだろうぜ。今は腰を痛めて立てねえが、治ったらこっちにくるだろうよ」
今ビィ・フェルノが動いていないのは痛みが消えるまで身動きが取れていないだけ。あのグラトニーの身体能力だ、時間がたてばすぐにでも立ち上がってこちらを探すために周囲を爆破するに違いない。
逃げたときに見た、ビィ・フェルノのあの怒りっぷり。
確実にトラノスケとリオをこの手でなぶり殺しにしたいであろう。
それに、
「周りがこれだけ燃えていたら逃げるのにも一苦労だ。今から味方に逃げろと通信で伝えても間に合わねえだろうよ」
逃げ出そうにも、ビィ・フェルノが放った『インフェルノブラスター』のせいで生まれた火柱、そこからの二次被害による建物や地面が黒い炎で燃え上がっている。
これでは逃げるのもままならない。
せめてホバータンクがあれば僅かな可能性でも逃げれることができるかもしれないが、第00小隊が集まって、ホバータンクまで行こうとするその時間にビィ・フェルノが再び襲い掛かってくるかもしれない。
やはり、第00小隊が集まるまでビィ・フェルノの注意を惹くしかない。
集まって反撃に移って運が良ければ討伐、そうでなければ負傷させて退けさせるしかない。
それしか助かる方法はないのだ。
「ちょっと連絡してみる。平泉、聞こえるか?」
イチカが仲間を救助している。
今の状況を聞きたくて通信をつなげた。
『聞こえるぜ! 指揮官!』
返事が来る。
風の音と共に声が耳に入る。
空を飛びながら通信してきているのだろう。
「そっちはどうだ?」
『いま、ヴァイセンと富岡を見つけた! ひどい火傷だぜ! でも姫路を見つけりゃあどうってことねえ! あと一人だ。で、指揮官は⁉』
「こっちは白神と合流した! 今、ビィ・フェルノから逃げている!」
『なるほどな!』
「だが奴は俺たちを探しているだろう。くい止めては見せる、だがそう長くはもたない。できれば急いでくれ!」
『わかった! 死ぬなよ!』
「ああ!」
通信を終える。
どうやら救助は順調に行っている。
エリナさえ見つけれることができれば、あとは『無傷の祈り』で治療ができる。
「もう少しで仲間たち全員が合流する。そして怪我を治せばすぐにこちらに来てくれるだろうよ」
「……そうか」
「だが、その間に俺たちが時間を稼ぐしかない。ヴィ・フェルノの注意を俺たちに集中させる。そうして全隊員が集まって反撃だ!」
イチカの救助も順調だ。
ならばこちらも彼女たちの回復がすむまでビィ・フェルノの足止めだ。
「指揮官、ピストルとナイフを貸してくれないか」
「ああ、それでいいのか?」
リオもトラノスケの作戦に乗ったのだろう。ピストルを要求したのはビィ・フェルノ蹴飛ばされて失ったビームサブマシンガンの代わりになる武器を求めたのだろう。
火力が足りないと思うが、他に武器がないから仕方なくビームピストルを要求した、トラノスケはそう思った。
「武器があればいい。後は私一人で時間を稼ぐ」
「――は?」
トラノスケからしてみれば、信じられないようなことをリオは口に出した。
「早く姫路を見つけないと!」
「うう……」
「ハァ……ハァ……」
「くそ! こんなんなら治療薬を持っておけばよかった! オレがケガするなんて思わなかったからよ――見つけた! 姫路!」
――ガンッ‼
「グェ⁉」
よそ見して壁に激突したイチカである。他の二人は無事だ。