光が消えて
私とお姉ちゃんは地球奪還軍に入隊した。お姉ちゃんは当然、私が軍に入隊することに反対した。だけど、お姉ちゃんと離れて一人になるのは嫌だった。
頼み込んだ時、お姉ちゃんは苦い顔を浮かべていたけど、それでも私の我儘に頷いてくれた。
「無茶はしないでね」
その言葉を言って。
だから人が多い場所だけど、お姉ちゃんについていった。
この時の地球奪還軍はとにかく戦力を求めていた。
ニュー・キョートシティの地下で発見した『ウカリウム鉱石』、そしてその鉱石によって生まれるグラトニーを倒す存在、『ウカミタマ』。
それを求めていた。
当時は、まだウカリウムの研究は進んでいなかったため女性の誰もがウカミタマになれるというわけではなかった。ウカリウムに触れて、ウカミタマに覚醒するかどうか、賭けのようなものだった。
そこで私とお姉ちゃんはウカミタマになった。
そして軍に入隊したのである。
お姉ちゃんはここでも凄かった。
初めて使う銃器やナイフもすぐに扱えるようになり、地上に出てはハンドガンでグラトニーたちを次々と倒していく。小隊の皆がお姉ちゃんを頼りにしていく。
あの頃の地球奪還軍は武装が乏しく低ランクのグラトニーを相手にしても苦戦するのが当たり前だった。
あの時に所属していた小隊で活躍していたのはアキラさんとお姉ちゃんぐらいしかいない。
お姉ちゃんはどんどんグラトニーを倒していくのだから尊敬の眼差しを向けられるのも当然であった。
アキラさんと一緒に戦っていればどんな相手にも負けない、その強さがお姉ちゃんにはあった。
さらにいえば小隊の皆とどんどん仲良くなっていった。海外の人、リーユェさんともすぐに打ち解けていた。誰とでも仲良くれるコミュニケーション能力もあった。
なんでもできる凄いお姉ちゃんだ。
対して私は――全然駄目だった。
ウカミタマになって身体能力は上がったけど、ずっと家にこもりっぱなしだったから運動音痴になっていたから体をうまく動かせない。
武器の使い方も全然上達しない、他の人達と比べても動きがとろい。
グラトニーとの戦いでも、敵に弾丸を当てることができず逆に反撃を受けてしまう。
負傷ばっかしてはお姉ちゃんやアキラさん、リーユェさんに助けられるばかり。
小隊の皆に迷惑をかけてしまった。
情けない、地球奪還軍に入って、そんな思いがどんどん心を縛っていく。
お姉ちゃんと比べたら他人の足を引っ張るだけの弱い臆病者。
それが私であった。
それでもお姉ちゃんの横に立てるぐらいには腕を上げようと必死に頑張った。
つらい訓練も何度もした。
だけど、腕は上がらない。
悔しくて悔しくたまらない。
「リオ、最初から武器を使える人なんてそうそういないわ。普通に生きていたらライフルやハンドガンなんてフィクションの中でしか触れないものだから」
「でも……ずっと練習しているのにちっとも上手くならない……お姉ちゃんは上手くなっているのに」
「ゲームと一緒だよ。敵がいて、そこに狙いを定めて引き金を引く。ね、簡単でしょう?」
「現実とゲームは別物だよ……」
お姉ちゃんによく重火器の扱い方や、ナイフを使った近接格闘術も教えてもらったが、やっぱり全然うまくならなかった。
自分は何もできない。
どんな場所でも自分は皆の迷惑をかけるだけの存在?
そんなことばかり考えていた。
そんな時、紅い『顔つき』がやってきたんだ。
いつも通り、グラトニーの討伐に地上へ出て周囲を探索している時、突然灰の空が赤黒く染まった。小隊の皆が見上げると――そこには巨大な黒い火の塊が落ちてきた。
その火の塊が大地に落ちると大爆発を起こす。その暴風に私たちの命は儚く散っていった。
生き残った私は他の人も、突然の奇襲に唖然とするしかなかった。
爆発に巻き込まれて、私の体はすでにボロボロであった。動くのもままならない。
「最近、暴れまわっている地球人がいるって聞いたんだ。アタシたちの地上で暴れるのはね、過剰防衛させてもらうよ」
地球を奪ってきたくせに、そんな口ぶりを叩く。
「……本当にグラトニーってやつは!」
「なんだ? 文句あるなら聞いてやるよ。返事は死でいいかい?」
「この! 化け物がああぁぁぁ!」
「リサ! 待ってください! 共に生きましょう!」
「ええい、ビビったまんまじゃあ死ぬヨ! 皆、立つね!」
仲間の命を取った仇を取ろうと小隊の皆がビィ・フェルノと戦うが、あまりにも強かった。
実弾のウカリウム弾はその肉体を貫くことなく、拳の一振りで隊員の骨が砕け、皮膚が抉り取られるように裂けて絶命する。変形した腕で結晶弾を放てば仲間の胴体に大きな穴を開けていく。
奴はあまりにも強すぎた。
今までグラトニーを狩ってきた私たち相手に虫を踏み潰すような感覚で殺していけ。
私たちは奴になにをすることができなかった。
「くっ⁉」
「正直期待外れだ」
散々殺しまくった奴がつまらそうにそう呟いた。
「なにを!」
「同胞たちがお前らみたいな雑魚に消されていたとはよ。悲しいぜ。でももう悲しくない。だって死んでしまった同胞はお前たちの姿を見て心晴れるだろう。こんな無様な死に方を見てよかった! ってな」
痛めつけ、殺して、そんな仲間を見下すようにビィ・フェルノは煽りつくす。この時からコイツはおしゃべりな奴だった。
この時の私は何をできず、ただお姉ちゃんたちの戦いを見守るだけだった。
「次はお前にするか」
ビィ・フェルノの視線が私に向いた。
殺気を感じて体が震えて本能が叫ぶ。
――殺される。
「あ、アアアアアアッッッ⁉」
恐怖のまま、自分を見失いながらピストルの引き金を引く。
だが弾はビィ・フェルノにかすりすらしない。
心が乱れ切った状態で撃っても弾は対象物に当たりはしない。そのことに気づかず、ただ恐怖を消し去るために弾を無駄打ちし続ける。
ただ子供のように喚きながらピストルを撃ち続ける。弾切れになっても引き金を引き続けて。
「やめろ! グラトニー! 彼女は! リオは! 殺すな!」
「うるさいな。まともに話もできないバカは死んだ方がいいもんだ!」
そんな私にイラついたビィ・フェルノが腕を向けて灰結晶を放ってきた。
一発だけではない。
マシンガンのように放ってきた。
腰を抜かして立ち上がれない私は迫ってくる灰色の結晶に恐怖を抱きながら、ただ見つめるしか無かった。
自分はここであっけなく死ぬのだと……そう思っていた。
「イタタ……リオ、大丈夫?」
いつまでたっても、痛みは来ない。
そう思って目を開けると、お姉ちゃんがいた。
「お、お姉ちゃん⁉」
「……あはは、ちょっと厳しいかも」
――お姉ちゃんの背中に鋭い灰結晶が深々と突き刺さっていた。口から吐血もしている。
見るからに重傷を超えて致命傷でもおかしくないほどの傷を負っている。
生きているのはウカミタマの強靭な生命力のおかげだ。
私のせいだ。
お姉ちゃんを怪我させてしまったのは私が恐怖に怯えてしまって身動き一つとれなかったからだ。
この時はまだウカリウム治療薬はできていない。重傷を負っても傷は治せない。
だから、お姉ちゃんは……もう。
「り、リサ!」
「生きているのかよ。こいつは驚いた。なるほど、どうやらお前は他の奴よりかは強い。まあ、ほんのちょっとだけの五十歩百歩ってやつだがよ」
「貴様! その口を閉じろっ!」
怪我をしたお姉ちゃんを心配するアキラさん。だがビィ・フェルノの言葉に頭に来たのか、ナイフを持って攻撃を仕掛けにいった。
怒りと共に攻めていくアキラさんはたった一人でビィ・フェルノに何とか食らいついていく。
その間にリーユェが駆けつけてくれた。
「リサ! 大丈夫じゃないよね! 死なないよね!」
「ああ、これはマズイわ……」
その言葉は自分に言っているのか、それとも仲間に対して言っているのか。
それがわかったのは次に紡いだ言葉だった。
「…………ごめんね、ちょっと無茶してくるから」
「え?」
不穏な言葉だ。
そしてその表情は死を覚悟していた。
「大丈夫、お姉ちゃんは死なないから」
嘘だ。
私にはわかる。
お姉ちゃんは死にに行くと。
「キャッ⁉」
「へっ、動きはいいが、そんなへなちょこ武器じゃあな」
お姉ちゃんを止めようとしたとき、アキラさんがビィ・フェルノに飛ばされてきた。重傷で至る所から出血している。
ビィ・フェルノは折れたウカリウムのナイフを投げ捨ててこちら側に狙いを定めている。
リーユェさん以外、まともに動ける人はもういない。
私は恐怖で足がすくんで動けず、お姉ちゃんとアキラさんは大怪我、他の皆はすでに……。
全滅になるのは目に見えていた。
「アキラ⁉ まだ息あるよネ⁉」
「リーユェ。アキラと妹を、リオをお願い」
「――っ⁉ リサ、一体何を⁉」
「アイツと一人で戦う。だから二人を守って逃げて。皆には生きていて欲しいから」
やはりそうだった。
私たちを逃がすためにたった一人でビィ・フェルノと戦いに行く。
要はしんがりを務めるつもりだ。
自分の命を犠牲にして。
「くっ、アンタも死んで欲しくないヨ!」
「お願い」
「……わかったネ」
「我儘を聞いてくれてありがと」
「…………そんなこと、言うな」
納得していない顔をしつつも、お姉ちゃんのお願いを聞き入れる。
リーユェさんが私とアキラさんを担いでこの場から逃げだす。
「ま、待って! お姉ちゃん!」
「暴れないで! 止まったら死ぬよ!」
「でも!」
「リオ、幸せに生きて。あなたは私の、大事な妹だから!」
私を安心させるために、笑顔を浮かべて私のピストルを拾う。そして二丁の拳銃を両手に持って、ビィ・フェルノに突撃を仕掛けた。
「逃げんなよ! まだ話したりないね!」
「行かせるわけないでしょ!」
「そんな武器もどきじゃあなあ!」
炎を発射してお姉ちゃんを燃やそうとしてくる。
その炎もお姉ちゃんは最後の力を振り絞って横に、縦に、大きく移動して避けながら、ビィ・フェルノに狙いを定めてピストルの引き金を引く。
その弾丸はビィ・フェルノの頭部と心臓部分にぶち当たった。
「ガッ……⁉」
「覚悟の割に、呆気なく散ったな。まっ、戦いってのはそれが当たり前ってもんだ」
だけど、その弾丸は体に当たった瞬間、儚く砕け散り、ビィ・フェルノはお姉ちゃんの首を掴んでそのまま地面に背中から叩きつける。
そして背中に刺さっていた灰結晶が地面で押し出されて腹部を貫いた。
「――ごふっ⁉」
「お姉ちゃん⁉」
「さて、あとはあの逃げている奴ら――」
――ガシッ!
「なっ⁉」
「一緒にくたばりなよ、グラトニーはさ!」
だがお姉ちゃんは腹部を貫かれてもまだ生きていた。
最後の力を振り絞ってビィ・フェルノの足を強く握りしめて、もう片方の手にあるウカリウムグレネードを迷いなく起動させた。
――ドゴンンンンンンッ‼
大きな翡翠色の爆発を起きた。
「お姉ちゃああああん⁉」
「……なんて言葉を返せばいいのよ、リサ」
おそらくあの爆発の大きさを考えると、お姉ちゃんは片手に持っていたグレネードだけでなく、体中にグレネードを持った状態で突撃したんだと思う。
ビィ・フェルノに襲われたときから、私を生かすことだけを考えて、死んでしまった仲間からグレネードを取っていたのだろう。
「グアアアアッ⁉ イッテェ⁉」
初めてビィ・フェルノの悲鳴が聞こえた。
奴は地面にしばらく蹲って体の痛みに叫んでいた。
私たちが逃げ出せたのは、お姉ちゃんが極大の爆発を起こしたおかげだと私は思っている。
私たちは何とか基地に戻れた。
そして私はまた引きこもってしまった。
お姉ちゃんが死んでしまったショックに耐え切れなかったからだ。
いつも自分の殻に閉じこもってばかり。
なんて弱いんだろう。
お姉ちゃんが死んでしまったのは誰が原因だ?
私だ。
私が弱いからだ。
いつも家族に助けられてばかり。
高校のいじめで引きこもった時も。
地球奪還軍で落ちこぼれだった時も。
お姉ちゃんに頼ってばかり。
自分一人では何もできない。
私一人では、何の役にも立てない、役立たず。
じゃあ、どうすればいい?
そう思ってずっと部屋のベッドの中に籠り続けた。
家族を失った喪失感と何もできない自分の弱さへの罪悪感、心が押しつぶされそうになる。
アキラさんが心配そうにしながら毎日食事と飲料水を持ってくるがまったくもって喉が通らない。それでも腹が減ったら無理にでも食べる。死にたくないから。
そしてそんな引きこもり生活に再び戻って一月が経った。
部屋に乱雑に置いてあったタブレットが突然光る。
――法隆アキラ、地上付近のグラトニーを殲滅、地上エレベーター付近に防衛基地を設立予定。
そこにはお姉ちゃんの親友、アキラさんの活躍が載っていた。
しかもそれだけじゃあない。
――地球奪還軍の軍事、見直し。法隆アキラの立案。
――地球奪還軍、軍事の見直しにより隊員増加、ならびに武装および設備の増強。さらに地上の巨大グラトニーを討伐する。
アキラさんはどんどんと功績を積み重ねていく。
まさに英雄。
誰かが最初に言ったはわからないが、アキラさんはこう呼ばれるようになった。
ニュー・キョートシティに希望の灯を照らす、『希望の女神』と。
アキラさんは凄いや。
この時も、今もそう思っている。
お姉ちゃんの死を引きずらずに、ニュー・キョートシティの人々や地球奪還軍のために血を流しながらも戦い続けている。
何もしない自分なんかよりずっと凄い。
そんなこと考えながら部屋の中で地球奪還軍のニュースを毎日見ていると、信じられないことが書かれていた。
――法隆アキラ率いる、地球奪還軍。恐ろしい化け物、スターヴハンガを討伐する。
前人未到のことを成し遂げた。
討伐したのはビィ・フェルノではなかったが、スターヴハンガ級の敵を討伐したのだ。
アキラさんはどんどん強くなって平穏に生きる人々のために戦っている。
じゃあ私は一体何だ?
私は、結局この軍に入って何もしていない。
何をすればいいんだ?
――その時、グラトニーを心の底から憎んでいたお姉ちゃんの姿を思い出した。
そうだ、継げばいい。
お姉ちゃんが望んだ願いを、グラトニーを殺すという願いを。
そして二度と大切な人を見殺しにしないために強くなればいい。
「――強くなるんだ。アキラさんのように一人でも強くなって、私の前から誰も死なないようにすればいいんだ」
自分に足りなかったもの。
それは強さ。
他人に頼ってばかりの弱く情けない自分がいたから虐められた。
両親も失った。
そして、最愛のお姉ちゃんも見殺しにしてしまった。
自分が弱いから。
強くなれば全て解決するんだ。
「お姉ちゃんを殺したあのグラトニーを……殺す」
吹けば崩れるようなものとはいえ。
この私に、生きる理由ができたんだ。
そこから私は強くなるために、苦手な訓練に励んだ。
他の人たちに追いつくために訓練の時間と負荷を多くしていった。引きこもっていた時間の分を消し、自分の趣味の時間も寝る時間も削っていって自分が強くなるためだけに訓練する。
グラトニーだって必死になって殺しまくった。
指揮官や隊長の指示よりも、自分一人で全てのグラトニーに討伐していく。部隊の負担を減らすために。
戦いの才能のない自分でも、訓練と地球奪還軍が研究して開発して機能を向上させた装備を身につければ戦える。
そしてグラトニーを討ち取っていけば、この体にキセキを宿した。
ありとあらゆる光を操れるこの力。
ビーム弾が主流となったがゆえに、この力はよりグラトニーを殺せるようになった。
そうして強くなった。
強くなったんだ。
なのに。
なのに、結局……変わっていないのか。
私は、誰かを守れず、死神のように死なせていくのか。
……指揮官。