苦しみに囚われて
トラノスケが空をドローンで飛んでいる時、リオとビィ・フェルノは銃撃戦を繰り広げていた。
リオはビーム弾を、ビィ・フェルノは腕を大砲に変形させて火炎弾を発射しては、互いにそれ避けつつ、相手の体を撃ち貫かんとばかりに重火器の引き金を引きまくる。
「ちょこまか飛び回りやがって! 地球人らしく地面に落ちやがれっ!」
「墜ちるのはお前だ! ビィ・フェルノ!」
ジェットブーツで空を跳ね飛びながらツインビームサブマシンガンの火を吹かす。 空中からビームの雨を降らすが、それもひょいっとよけ続けるビィ・フェルノ。
まだ両者、弾丸はヒットしてない。
「逆恨みもいいところだ、お前の姉は弱かったから死んだ! それがわからないかな!」
「殺したヤツの言い訳を! その口を閉じさせる! お前の命を消す!」
「怒り心頭だな、それほどアタシを殺したかったか!」
「そのために生きてきた! お前を殺すことだけを考えて!」
家族を奪っていったグラトニーが憎い。その憎しみが弾丸に込められる。
引き金を引けば引くほど、リオの心に恨みが沸き上がっていく。
彼女にとって、ビィ・フェルノを殺すことこそが自分がなすべき復讐であった。
その時がようやくやってきた。絶対に殺す、その執念が殺意となってビィ・フェルノに放たれていく。
それをビィ・フェルノは涼しい顔で避けながら、
「やめとけやめとけ、復讐なんてしても姉は帰ってこないぞ! 何も生まない! 家に帰ってパパママに抱き着いて慰めてもらっていろよ!」
「――殺す」
「そうだ、姉に合わせてやるよ! 地獄って場所でな! だから喜んでアタシに殺されなよ! アタシって優しいだろ!」
「――ぶっ殺す!」
憎しみのまま襲い掛かってくるリオに挑発。その言葉にリオの怒りが膨れ上がっていく。
そして、怒りのままに肉体を跳躍させていく。ジェットブーツの出力をさらに上げて、より早く、より変則的に移動し、そしてよりアクロバティックにビーム弾を発射していく。
その変則機動、天より一方的に屠る空中殺法だ。
「ッ⁉ 速い!」
「お前が灰になれ! ビィ・フェルノ‼」
姉を殺したグラトニーへの憎しみ。
そして仇を討つために激昂し、己の眼を翡翠に光らせた。
「――『光射す道』!」
その直後にサブマシンガンの乱射。そしてすべての光の弾が意思を持っているかのように軌道を変えていきながらビィ・フェルノに迫っていく。
「オオオッ! 燃えろ!」
避けるのは不可能と悟ったビィ・フェルノ。
自身の黒炎でビーム弾を打ち消そうと燃え上がらせる。炎と光線がぶつかり合っては消えていく。弾のぶつけ合いだ。
「ウオオオッ⁉ イッテェ‼」
そして悲鳴を上げたのはビィ・フェルノ。
リオの放つビーム弾の方が数が多いうえに、『光射す道』により変幻自在な変則射撃。ビィ・フェルノの黒炎をかわしながら本体にぶつけていく。
「クソ! 燃やし切れない!」
ビームの軌道が読めない。
燃やして防ごうにも、そのビーム弾が黒炎を避けていくのだ。
ダメージは小さいが、ビーム弾は数が多く、この肉体に傷をつけ続けていく。
しばらくの間なら耐えることはできる。だがビィ・フェルノがリオに攻撃を当てない限り、この変幻自在のビーム弾幕が止まることはない。
何とかしてこのビームの弾幕を止めて反撃に移ることが大事。
「確実に仕留める!」
だがリオは攻撃の手をより激しくする。
眼の光がより輝く。翡翠の光がビィ・フェルノを捉える。
空中で回りながらツインビームサブマシンガンを乱射。そしてそのビーム弾が彼女を軸にして周囲を高速で回り始める。
「舞え! 『ミリオンバレッツ』!」
周囲を舞うように回っているビーム弾と共にビィ・フェルノに接近。そしてビームツインサブマシンガンをビームダガーモードに変えて接近戦を仕掛ける。
舞い動くビーム弾がビィ・フェルノへと襲い掛かり、一つの翡翠の光が消えることなく永遠にその青黒い肌に当たっていく。
「グゥッ⁉」
悲鳴を上げるビィ・フェルノ、その隙を逃さない。
「首元! 取った!」
高出力のビームダガーがビィ・フェルノの首へと、閃光の如く薙ぎ払われる!
「――侵食技法! 『獄災火』!」
その時、ビィ・フェルノの右手についた炎が激しく燃え上がる。そして炎が形を変えて、無数に枝分かれしていき、触手の形をした炎がリオの放つ翡翠の光と相殺していく。
「なっ⁉」
さらに首へ薙ぎ払いしていた腕に黒い炎がまとわりつき、そこから激しく燃えていく。
「この炎は!?」
「不思議な力を使えるのはお前らだけの特権じゃないってことだ。選ばれたグラトニーだけが使える奇術、それが『侵食技法』よ」
まとわりつかせた炎がリオを燃やそうと激しく揺れ動く。熱が、肌を焦がして、その肌を火にくべる薪とし、より大きくなっていく。
その黒き炎が全身に回るのはそうかからなかった。
「ぐぅうううっ!?」
体にまとわりつく炎の熱に苦悶の表情を浮かべるリオ。
ただの炎ではない。
あのグラトニーが扱う炎だ。
熱量が桁違いだ。ウカミタマの体でも皮膚が焼けこげている。
「どうだ、消えない炎ってのは怖いだろ、痛いだろ、熱いだろ! ウカなんとかの体でよかったな! 炎を浴びて即死しないんだからよ!」
彼女の放つ炎はただの炎ではない。
グラトニー粒子が含まれた灼熱の炎は酸素を必要としない。水を浴びようが消えない。それのころか水さえも侵食し、より炎の勢いが増す。
触れたものを侵食しながら燃やし尽くす。
ゆえに黒い炎はかすれさえすればいい。だからこそこの『侵食技法』を放つとき、彼女の炎は枝分かれした細長い炎へと変化させているのだ。
それが、ビィ・フェルノが扱う侵食する炎である。
リオが燃えているだけで済んでいるのはウカミタマの体のおかげ。普通の人間なら炎に触れた瞬間、その部分が侵食されて消えてしまうのだ。
「侵食されない分、たっぷりと炎の熱を味わいな! アーハッハッハ!?」
「い、言わせておけば!」
燃え広がる黒炎の灼熱を耐えながら、足に装着されているジェットブーツの出力を一気に全開。ゼロからマックスのスピードで、炎をジェット移動で振り払った。
大きな反動が体に襲い掛かったが、それでも燃やされ続けて灰になるよりはマシだ。
体に熱は残っているが、火傷はない。ウカミタマの体でなければ再起不能の大火傷を負っていた。すぐに炎を振り払うことができたのが幸いというべきか。
「へー、炎を振り払ったか。タフなボディとメンタルだ」
「お喋りな奴!」
余裕綽々としてるビィ・フェルノに再びビームの刃をあびせようと飛びかかる。
片方のビームサブマシンガンで弾を打ちつつ、もう片方はビームダガーにして急接近、ビームの弾幕を盾としながら無理やりビィ・フェルノに近づいていった。
「なるほど……」
だが、その刃が当たる直前に首元に強い圧迫感が。
ビィ・フェルノがビームの弾幕を燃やし、そしてビームの刃を避けて、その直後に腕を伸ばしてリオの首を掴んだ。そして強く握りしめながらそのまま地面へと叩きつける。
首と背中の骨が軋む音がしながら激痛が襲いかかった。
「ガハッ!?」
「だが、その精神がお前をより苦しめるのさ」
そして両手のビームサブマシンガンを蹴り飛ばして武器を奪う。
これで反撃はもうできない。
身動きが取れないように腹部を深く踏みつけることも忘れない。
「ちっ、また傷ができちまった。ムカつく、痛いんだぞ、コノヤローが」
「こ、この――グッゥ――ガハ!?」
踏みつけられた足をのかそうと掴むも、ビィ・フェルノは逆に強くリオを踏みつけていく。しかも踏みながら足裏をひねってこすりつけてより圧迫させる。内臓が悲鳴を上げる、鈍く重い衝撃が内部にくる。その衝撃にリオの口元から血が、吐血する。
「お前の姉もそうだ。このアタシを苛つかせる。アタシの前に立っては邪魔ばかりする! 弱いくせによ! イラつくぜ! ああ‼」
「ガアァァァァッ――⁉」
炎をまとった右足が胴体を徹底的に踏みつけられていく。胸部、腹部、脇腹に続いて肩や股関節に皮膚を焦がしながら骨を砕くほどの衝撃が襲ってくる。
怒りに身を任せたストレスを発散する感覚で拷問じみた攻撃を繰り出してくるビィ・フェルノ。
あまりの激痛にリオは叫ぶしかない。
「まだ死ぬなよ……お前の姉の分もキッチリ返してやるからな! 恨むなら死んだ姉を恨むんだな!」
「アァ……ガァハ……」
身動きの取れないリオにさらなる苦痛をあびせようと右手に炎を灯らせる。さらにその右手を変形、不気味なデザインをした焼き鏝になる。
「イラつかせたんだ、ストレスは消さないとな」
「……な、なにを?」
その問いと共に、変形させた右腕の先端をリオの腹に強く、そしてじっくりと押し付けた。
――ジュウウウウウ‼
「うがあああアァァアァァっ⁉」
肉が焼ける。
腹部の肌と水分が一瞬で消え、激痛と灼熱がやってくる。
その熱を逃がさないように、そしてより与えるために強く押しつけながらゆっくりと揺らしてより深く焼き鏝を押し込んでいく。
あまりの衝撃にリオはただ大声の悲鳴を上げるしかない。あまりに痛みに涙も零れる。
そしてその焼き鏝を外すと、リオの腹部にはみるも禍々しくも痛々しい焼き印が腹部に刻み付けられていた。
「へへ、熱で痛めるならこれが一番だ。どうだ、アタシが必死にデザイン考えたんだ。お前なら似合うと思ってよ。死ぬまで残しておいてやるよ。お前はアタシに負けてアタシに遊ばれて死んだ、その証をな」
「や、やめ……」
その激痛に恐怖し、やめさせようとするリオ。
「――ヒッ⁉」
だがビィ・フェルノのその瞳を見て、より恐怖を感じて身を固まらせる。
(あ、あの目……あ、アイツらと同じ目だ……あの……女たちの……)
彼女が人に恐怖を抱くようになった奴らの瞳だ。
高校生の時、自分を寄ってたかって虐めてきた同級生と同じような目をしていた。
ただ自分が楽しむためだけに暴力を振ってくるあの同級生と。
その瞳を見たとき、リオは何も言葉を発することができなくなってしまった。
死への恐怖ではない。
過去のトラウマが再び襲い掛かってきた恐怖に、だ。
「なんだ、黙って――ん⁉」
黙り込んでしまったリオをあざ笑うように再び焼き鏝を押し付けようとしたビィ・フェルノ。だがどこからか空を裂く音が。
こちらに音を超える速度で何かが近づいてきている。
すぐさま周囲を警戒していると、
――翡翠の光線がビィ・フェルノを焦がそうと飛んでくる。
「危な!?」
しゃがみ込んで何とか避けるビィ・フェルノ。
突然やってきた光線はさすがに防ぎようがない。だから防御ではなく回避の選択を取った。そして通り過ぎた光線がビルに激突し、大きな穴をあける。直撃を受けたらただでは済まないことがこのビルの惨状を見て理解した。
ビィ・フェルノが再び周囲に視線を回す。
「お前らのおもちゃか?」
そして発見した。
上空に大きなドローンを。
「あれは……ハイドラグン……」
「なるほど、お前の仲間か。助けに来たってわけかよ。しかし姿が見えねえ。姿見せろよ、臆病者が!」
――ガヒュン。
ハイドラグンを操作している者の姿は現れず、代わりにハイドラグンのビームキャノンが火を吹いた。
危機を察したビィ・フェルノは両腕を熱に強くなる体質に変化させて、ビームキャノンを真正面から受け流した。両腕から炎とは違う熱が伝わってくる。それでもダメージを受けずにハイドラグンの攻撃を受け止めたのであった。
「チィ、的確にあのおもちゃでアタシを殺しに来やがる!」
空から撃ってくるハイドラグンにイラつきつつ周囲に目を向ける。
ハイドラグンを落とすより、操作している人物を直接狙った方が速いと考えたビィ・フェルノ。適度に空にいるハイドラグンに炎を飛ばしつつ、本体を必死に捜索する。
「そこにいるのか!」
そして、壊れかけたビルの曲がり角めがけて火炎灰結晶弾を発射。炎をまとった砲弾が曲がり角に激突して大爆発を起こした。
「なんと⁉」
ハイドラグンのカメラからビィ・フェルノを見ていたトラノスケは、炎の砲弾が来た瞬間にすぐさま回避行動をとっており、素早く走って避けていた。
どうやって見つけた?
そんな疑問を抱く。
さらにビルの曲がり角が消滅して、隠れていたトラノスケの姿をビィ・フェルノとリオの眼に入ってしまった。燃えた破片がトラノスケの近くに落ちていき、その熱に驚く。
「うおッ‼ あつ⁉」
「指揮官‼」
「いたな。その場所にいると思ったんだよな。生命の熱を感じたぜ」
(コイツ……何かはわからんが五感以外で俺を探し当てたらしい!)
つくづく化け物じみたスペックをしているグラトニーだ。
すぐさま立ち上がりビィ・フェルノを警戒しながらハイドラグンを操作する。
見つかってしまったが、だからといって逃げるようなことはしない。
リオを死なせるわけにはいかないからだ。




