希望の女神 『ウカミタマ』
空を見上げると、光の雨がグラトニーたちに降り注ぐ。翡翠の光線が空を飛ぶ鳥型グラトニーの体を突き抜けていった。多くの鳥型グラトニーが灰へとなっていく。
「え?」
そして寅之助の目の前に眩い艶のある白い長髪の女性が着地する。
「……救助者、確認」
「――っ!」
勝利の女神が救いに来てくれたと思った。
ピッチリとした青色の戦闘用ボディスーツに両手には銃口が二つあるビームサブマシンガンを所持している。そして首元には厚めの首輪を装着している。
彼女が空にいる鳥型グラトニーを撃ち落としたのは明白だ。
(地球奪還軍のマーク‼ グラトニーを討伐する兵士!)
救援に来てくれた。
なんとかグラトニーの襲撃をしのいで地球奪還軍の救援を待ったかいがあった。
「まだいるか」
空を見上げて襲撃してきたグラトニーを翡翠色の瞳で睨みつける白髪の隊員。
すると鳥型のグラトニーが急降下してきた。
「まずい! 触れられたら――」
「問題ない」
鳥型のグラトニーのくちばしが白髪の隊員の頭部に狙いを定めて飛び降りてくるも、体をひねりながら飛んでそのまま回し飛び蹴り。膝がグラトニーの横腹に突き刺さり、そのまま蹴り飛ばしながら左手のサブマシンガンを発砲。一発のビームがグラトニーの頭部に命中して灰にした。
「空のグラトニーはすぐに排除する」
上空に向けてサブマシンガンを発射。無数のビーム弾が的確にグラトニーの体を貫いていく。
一瞬であった。
現れて一瞬で空にいたグラトニーを滅した。
そしてグラトニーに触れても侵食されてない。
そうか、なら彼女は――
「『ウカミタマ』だ! グラトニーを狩る者たち! 地球奪還軍が助けに来てくれたんだ!」
――『ウカミタマ』。
それは地球奪還軍の技術が作り出した対グラトニー討伐用強化人間。
二十一世紀の世紀末の科学技術では人間の肉体の細胞化学や医学が発展し、大金を出せば誰でも後遺症なく身体能力を伸ばせたり、老いをなくして死ぬまで若くいることだってできる。
それが強化手術と呼ばれ、その手術を受けた者を強化人間と呼ばれている。
だがウカミタマは普通の強化人間ではない。
普通の強化人間よりも優れた身体能力、そしてグラトニーに侵食されない特殊な肉体へと変化する。いままでありとあらゆる物質を侵食し喰らってきたグラトニーが唯一侵食できないのである。
それはこの地球のすべての兵器を糧にしてきたグラトニーに対して、たった一つの対抗手段なのである。
欠点があるとすれば、それは女性しか『ウカミタマ』になれない。その理由がなぜなのかは、地球奪還軍は公表してくれない。
地球奪還軍はどうやってウカミタマを生み出しているのか、それは秘密にしているが、彼女たちが現れたおかげでグラトニーに対抗できているのだ。
壊れゆく星に現れた戦乙女。
それが『ウカミタマ』なのである。
「動かないで。グラトニーに目をつけられたら危険」
寅之助たちを助けた白髪の隊員がその場で留まっていてほしいと頼み込む。確かにここでむやみに動き回るのは隊員たちの邪魔をするだ。それに変に動いてまたグラトニーに襲われるのだけは避けたい。
「わ、わかった」
頷いて指示に従う。
そして白髪の隊員は周囲のグラトニーの数を確認して、
「平泉、姫路。彼らをお願い。奴らは私一人で殲滅する」
「は、はい……」
「わかりました~」
「い、いつの間に……」
振り向いたら見知らぬ隊員二名がいた。彼女たちが寅之助たちを守ろうと周囲に立って銃を構える。
そう指揮して、ウカの女性は倉庫の屋根から飛び降りる。地面に降りている最中に両手に持っているサブマシンガンをグラトニーに発射。狙いは的確で倉庫の下にいた狼型のグラトニーは次々と灰へと化していく。
「凄い……って一人で大丈夫なのか⁉」
さすがにこの数相手に一人で突撃していく白髪のウカに無茶なのではないかと心配する。
現に相手のグラトニーは数の暴力で無理やり牙を体に突き立てようとしてくる。
「――遅い」
すると白髪のウカのかかとから火花が散り、姿がぶれる。瞬時に空に飛びながら前方に体をひねりながら回転。そして真下にいるグラトニーに空から光の雨を降らせた。その雨がグラトニーの体を貫通し、さらに白髪のウカは着地した瞬間に回転して、まわりながら両手のサブマシンガンからビームを発射。彼女の周りにいるグラトニーたちが次々と灰になっていく。
「ジェットブーツ⁉」
寅之助は知っている。
あの靴は超小型のジェット機を搭載していて、それによって超跳躍や空中での軌道変更などを行える。
だが、小型のジェット機とはいえ、その爆発力はすさまじく体に強烈なGがかかってしまうため、普通だったら骨が折れるか、もしくはまともに体勢を取ることもできない。
だが彼女は楽々とジェットブーツを扱い、グラトニーたちの前で優雅に飛び回る。
誰も彼女を止めることができない。
一方的にビーム弾をあびせていく。
「弾幕のサーカスでも見るか? 拍手の代わりに消えろ」
とどめにバク転からの両手を突き出してからビームマシンガンの連射。前方にいたグラトニーたちを光線で穴をあけていく。
一方的な勝負であった。
(俺なんて、グラトニー一体倒すのに苦労したのに……あの集団を一瞬で灰に⁉)
これが対グラトニー討伐強化人間、『ウカミタマ』。
あれだけの数を討伐したのに、息を乱れた様子は全く見られない。余裕だ。
あのグラトニーたちが彼女を前にしたら子犬のように見えてしまう。
「アイツがこの集団のリーダー格か」
周囲のグラトニーを次々と打ち貫き、最後に残ったのは他の狼型のグラトニーよりも一回り大きな個体であった。
「さっきよりもでかい!」
「あれがこのグラトニーたちのリーダーでしょうか~」
「こ、怖い……」
トラノスケを守っている隊員たちも大型の狼型のグラトニーを見て驚いている。そうそうお目にかかれないタイプのグラトニーみたいだ。
だがしかし、白髪の隊員は怯えることなく、敵意をむき出しにして引き金に指をかける。
「たかが図体がでかくなった程度で――」
「――遅いわね」
「――ですね!」
白髪の隊員が銃を向けた瞬間、大型の狼グラトニーの首と胴体が真っ二つに斬れた。
青色の髪をした隊員と小柄で薄い桃色の髪をした隊員がグラトニーの真横に立っている。片方の隊員はビームの刃が出ている剣ともう片方の隊員は小さめのビームのナイフを手に握っている。
(彼女たちが……斬ったのか? グラトニーを?)
間違いない。
あのビームでできた刃であの巨体の狼を斬り伏せたのだ。
あの大型でさえもそこらにいる小さなグラトニーのようにあっさりと倒し切った。
「もう、隊長さんはいっつも一人で出過ぎよ。こっちも苦労するわ」
「グラトニーはすぐに殲滅しなければならない。それに……一般人もいたから」
「なら、仕方ありませんね!」
「まっ、無事ならそれでいいわ」
「この場は殲滅できたかしら」
彼女は周囲を確認し、まだ生き残っている敵はいないか確認する。
「この周辺の安全を確保。グラトニーの殲滅を確認」
「なあ、そこの――」
「まだグラトニーがいる。そちらに移動する」
「ええ、行きましょう。ああ、姫路に平泉! 彼らを守ってあげてね!」
「グラトニーを全部、倒さなければなりませんからね!」
寅之助が声をかける前に、白髪の隊員はそう言って他の仲間たちと一緒にこの場から去り違う場所にいるグラトニーを討伐しに行った。
いつの間にか現れて、一瞬で姿を消した。
あまりにも強い。
彼女たちのおかげで自分たちは救われた。
「あっ……お礼、言えなかった……・」
「大丈夫ですか!」
他のグラトニーを討伐しに行った白髪のウカミタマ。それを止めず見送っていると、真下に武装をした女性たちが。
武装と戦闘服、そして背中にある地球奪還軍の紋章を見て彼女たちもウカだということに気づいた。
おそらく自分たちを救援してくれる部隊であろう。
「はい! 何とか……」
「ドローンで避難したんですか!」
「そうです!」
「それはよかった! ちょっと待ってください! まだグラトニーがいますので、申し訳ありませんがしばらくはそこにいてください! 他の小隊のメンバーが貴方たちを守ってくれますので!」
「わかりました! 助かります!」
「やった! これで安心だ!」
地球奪還軍の隊員の言う通りに従い、この場で待機することになった。彼女たちがグラトニーを倒すまで邪魔になるようなことはしたくない。
「安心してください~。わたしたちがお守りしますので~」
「そ、そうです……グラトニーは怖いです……から。ここで動かない方が、あ、安全ですよ」
「な、なんとか助かった……あ、ありがとうございます」
「いえいえ~お礼は下で戦ってくれているあの三人にお願いします。同じ小隊のメンバーなので」
「そうだったんですか」
異動した職場での初仕事は命が失ったかもしれない、不幸の事故に巻き込まれたのであった。
(……あの人に礼を言えなかったな……空から俺を救ってくれた、あの白い綺麗な髪をした、命の恩人に)
心残りがあるとすれば自分たちを助けてくれた彼女にお礼を言うことができなかった、ことぐらいであろうか。
「グラトニー、討伐完了しました! エレベーター付近の安全を確保!」
「まだ遠くにいるかもしれない! 捜索を続けて!」
「屋上にいる一般人を守っている隊員は彼らを安全にエレベーターまで誘導してください!」
しばらくすると、地球奪還軍の隊員たちが屋上まで上がり寅之助たちのところまで駆け寄ってくる。
どうやら襲撃してきたグラトニーたちを全部やっつけてくれたようだ。これで自分たちの命は完全に助かった。
そのことに息をなでおろす寅之助。何とか助かった。
「すいません……そちらのドローンのコントローラーを貸してくれませんか? 一人づつエレベーターまで運んでいきますので」
「こちらへ。すぐに地下へ戻りましょう」
「た、助かりました。ありがとうございます!」
「皆さんが無事でなりよりです」
地球奪還軍の隊員に丁寧に案内されてエレベーターまで向かい、そのまま地下のニュー・キョートシティまで降りることになる。
「なあ……他の人たちは?」
ふと寅之助は気になることを聞いてみた。
「……一人発見しました。倉庫の奥底の段ボールの中に隠れてやり過ごせたみたいです。もうニュー・キョートシティまで運んでいます。ですけど他の人は……」
言い淀む隊員。
それだけで他の従業員たちがどうなったかを察してしまう。
やはりこうなってしまったか、と寅之助たちは暗い気分へとなってしまう。
「そうか……」
「このようなことが起きないように、今後警備をより厳重にします。しばらくは私たち以外地上へはいけないでしょう」
「しかし、お前さん。凄かったな! アンタがいなかったら俺ら、ここにはいないぜ!」
「本当よ! あなたがドローンを操作できたから助かったのよ!」
「俺も必死でしたから……何とか生き残れてよかったですね」
緊急用のドローンを見つけられたのは運が良かった。ドローンの操縦なら誰にも負けない自信がある。あのドローンのおかげでグラトニーに対抗できた。大型ドローンだけだったら無事では済まない。
そんな興奮している従業員たちの言葉を聞いて、隊員は首をかしげる。
「そんなにすごかったんですか? 確かに大型ドローンを操縦できるのはすごいですけど」
「ああ、この人がいなかったらグラトニーに侵食されていたわ」
「緊急用ドローンの武器もすぐに使ってたし、大型ドローンも安全に操縦できてよ。彼がいたから、俺達助かったんだ」
「緊急用のドローン……! あれを操作するのは大変だと聞いていましたが」
目を見開いて驚いている。
戦闘用に調整されたドローンは一般的なドローンよりも飛行速度が速く、さらに重火器まで搭載しているため上手く操作するのが難しいのである。
それを始めて使ったのに軽々と操作した寅之助に驚いていたのだ。
「あれしか、グラトニーを倒せる武器がなかったから、必死になって操縦しました。いいドローンですね。お返しします」
「はへー……楽々に操縦できるなんてそりゃすごい」
「ははは、どうもです。でも私からしたら地球奪還軍の方のほうがすごいと思いますよ。あんな凶暴なグラトニーを一瞬で狩りつくすなんて」
互いに称賛の言葉を送りながらニュー・キョートシティへと戻っていく。
今日はもう仕事はできないだろう。
(なんとか生き残れたけど……こりゃあ元の職場に戻るだろうな)
金を稼ぐチャンスは消えてしまった。
命が助かったのは嬉しいことだが、それでもやっぱり家族のために稼ごうと思ったのにそのチャンスが一日でつぶれてしまったのはちょっと悲しいことでもあった。