紅い顔つきの黒炎
「うう……誰か、いるのですか……乗り物の音が……」
「いた! ここです! しっかりしてください!」
他の小隊の隊員を発見してすぐさま救助を行うトラノスケ。
ひびが入ったバイザーを身に着けた黒髪の隊員がトラノスケの顔を見て、絶望の顔から一転、希望溢れる顔へと変わっていく。
身体の至る所に傷や火傷があり、戦闘用ボディスーツもボロボロ。命を失う可能性があるほとの酷い目にあったのが一目で分かる。
「ひ、人! しかも小隊! やった! 助けに来てくれた! もうだめかと……」
「落ち着いて、治療薬で体の傷を治してください。食べれないなら注射器型もありますが」
「ちゅ、注射器でお願いします」
そう言われて負傷した隊員の右肩に優しく治療薬を投入していく。すると隊員の傷もみるみるうちに塞がっていく。ウカミタマの肉体、驚くものだ。
「治った……治療薬尽きてしまって、指揮官さんが助けに来てくれ助かりました。ありがとうございます」
「あなたが無事でよかった。他の隊員も救助を行っていますので安心してください」
そうやって治療行為をしていると通信機からエリナの声が。
「指揮官さん、こちらも発見しました! でも……ひどい怪我……跡が残ってもおかしくないほどの大火傷です」
「やった、助かった……不思議と今、痛みを感じないのが救いかな」
「それマズくないか! 姫路さん!」
「神経も燃えているかもしれません! すぐに治さないと!」
すぐに治療を開始するエリナ。さらにリオからも通信が届いた。
「こちらも見つけた。あとで姫路に治療させる。先にホバータンクの中まで運んでおく」
「あっ、ああ……火傷どころか……体の一部が……」
「体から千切れていなければ姫路の『無傷の祈り』で治せる。彼女が治せないのは侵食された体か、斬り放された体のパーツが自然消滅したかのどちらかだけだ」
発見した他の小隊の隊員の怪我を見て腰を抜かしているイチカ。
トラノスケが治療している隊員よりも重症のものが多かったのだろう。反応を見るに生きているのも不思議なほどの致命的な傷を思ったものもいるのかもしれない。それでも生きているのだから、運がよかった、そう思うべきか。
とにかく隊員を救護していかなければならない。
「失礼」
「わわっ……」
ケガした隊員をおんぶで背負って安静に運んでいく。隊員は顔を赤くしているが、命を救うことを専念しているトラノスケは、今はそんなこと気にしていられない。
ホバータンクへと向かっていった。
「運びますね。後でちゃんとした治療を行いますね」
「わ、私はウカリウム回復薬で大丈夫です……ちょっと燃えただけです。他の重傷を負った隊員に治療を専念してください」
「……あの、一体どんなグラトニーがこんなことを?」
そのことを聞かれて、一瞬言葉を詰まらせながらも伝えなければならないと怪我をした隊員は口を開き、
「…………や、奴は、他のグラトニーとは別次元です。火の化け物……私たち小隊は一瞬で燃やされて吹き飛ばされました。副隊長も、指揮官も、火に飲み込まれて……」
「そうか……」
その言葉で、この小隊のリーダー格はもうこの場にいないことを悟ってしまう。
話している彼女も体が震えているあたり、よほど恐ろしいグラトニーだったのだろう。
いや、この惨状を見れば誰だってこの小隊が戦った相手が凶悪なグラトニーだということがわかる。小隊は全滅しかけているのだ。しかも生き残っている隊員は体に大やけどを負っているのがほとんどだ。
とりあえず怪我をした他の小隊たちを基地に連れ戻すことが先決だ。トラノスケは彼女を持ち上げようとすると、
――ピコン! ピコン!
ヘルメット内に発見音。
「グラトニーを見つけたか!」
「え?」
空に浮かべていたドローンがグラトニーを見つけた。
すぐにドローンのカメラを確認する。
「まずいな、最悪のタイミングだ」
救助中なのにグラトニーがやってくる。
嫌な場面で邪魔しに来てくれたものだ。
どんな相手か、数はどれほどか、すぐさまカメラで確認する。
――赤髪の『顔つき』が変形して砲台とかした腕をこちら側に向けていた。
「マジかよ! 避けろ!」
「えっ⁉」
撃ってくる。
カメラからの映像を見てそう思ったトラノスケはすぐに足と腕を動かす。
ドローンの警報を信じて、すぐにその場から逃げるように離れた。
――するとトラノスケの背後に山なりに飛んできた火の玉が地面に着地したと同時に爆発を起こした。
「うおっ⁉」
「キャッ⁉」
何とか避けることはできたが、暴風がトラノスケの背後から襲い掛かってくる。それでも怪我をした隊員を守るように振り向いてかばって、そのまま吹き飛ばされて地面に倒れる。彼女を地面に激突させないように自身をクッションにして。
「くっ⁉ 大丈夫か⁉」
体正面にやってきた熱と衝撃の痛みに耐えながら助けた隊員が無傷かどうか確認。
見る限り大きなケガはできていない。大丈夫のようだ。
「あっ……な、なんともありません!」
「何事⁉」
「グラトニーの攻撃だ! カメラで見つけた! 撃ってきているぞ!」
味方にすぐさまグラトニーの襲来を知らせると、映像に映っているグラトニーの腕がまた光る。
またこちらを狙って撃ってくる!
「また来るぞ!」
「――伏せろ!」
遠くから声が聞こえる。
危機が迫った表情を浮かべてマリがビームシールドを展開。
そして『疾くあれ、螺旋』で閃光の速さで移動、トラノスケの横に立つ。
するとマリの眼前から巨大な火炎弾が地面を燃やしながら突っ込んできた。
火炎弾が通った道に火の跡が生まれている。直撃すれば全身が燃やされると思えるぐらいの強火が一直線にトラノスケたちに向かって飛んできているのだ。
それをマリがビームシールドで受け止めるも、
「くっ⁉」
腕に重い衝撃が。
ただの火の玉ではない。
よく見れば、火炎の中に黒い結晶がある。
灰結晶弾と火炎を組み合わさった弾丸だ。これはただ相手を燃やすだけでなく灰結晶で狙った獲物の体をぶっ壊しに来ているのだ。
「この!」
だがマリは足を踏ん張って腕を思いっきり振る。火炎弾を大きくはじき返した。
そして火炎弾は寂れたビルに激突。そのまま燃え続けてビルそのものを燃やした。
「間に合った……けど!」
「び、ビルが火の海に……ッ⁉」
「ビームシールドが壊れた……一発で」
「指揮官さん、ヴァイセンさん! 大丈夫ですか⁉」
「……な、なに⁉ 一体どこから⁉」
「おそらく、レーダーの範囲外から! 遠くから撃ってきたのよ! グラトニーは!」
「本当か⁉」
「あ、ああ……っ⁉」
リオ達に連絡を送っていると、怪我をした隊員は燃え盛るビルを見て体を震わせる。
彼女の心に恐怖が蘇ってきている。
「奴だ! 奴が私たちを殺しにきたっ⁉ うわああああ⁉」
「た、第06小隊の隊員! 怖いのはわかるが暴れないで!」
「てい!」
「イダッ⁉」
発狂した隊員にマリが頭に手刀を叩きつけた。突然の衝撃に隊員は気を失った。
「ヴァイセンさん⁉」
突然の行動に驚くトラノスケ。
「暴れたままじゃあ助けることもできない。さっさと避難するわよ!」
「お、おう!」
それは確かに、とむりやり納得するトラノスケ。マリの言う通り、ここで立ち止まっていたら紅い顔つきに燃やされてしまう。
とにかく立ち上がって気絶した第06小隊の隊員を担いでホバータンクまで走ろうとすると、
「指揮官君、じっとしてて」
「え?」
トラノスケと大けがをしている隊員を抱えて、そのまま青い閃光となってその場から一瞬で離れてホバータンクの中に乗る。
マリのキセキ、『疾くあれ、螺旋』でホバータンクまで一瞬で移動したのだ。
「どう、こっちの方が速いでしょう」
「ああ、驚いたぜ……助かった。助けてくれてありがとよ」
突然、抱きあげられて驚いたが、マリによってすぐさまホバータンクまで避難することができた。
トラノスケはすぐさま操縦席に座り、ハンドルを握る。
エンジンはつけたままだ。
すぐにでも発進できる。
「姫路! 富岡! 乗れ!」
「は、はい!」
「指揮官さま! 大丈夫ですか!」
「こっちは無事だ! 全員乗ったな!」
「負傷した隊員も乗せたわ!」
他の隊員も急いでホバータンクの中に避難した。当然、負傷した隊員たちもホバータンクに運んで。
「緊急だ! 動かすぞ!」
リオが操縦席のハンドルを握ってホバータンクを急発進。
そしてその場から離れようとする。
――ボガン!
するとホバータンクがあった場所に火柱が爆音と共に生まれた。少しでも遅れていたら、ホバータンクに直撃していただろう。そうなれば予想不能な場所から火の弾丸を喰らい続けていた。
九死に一生を得た。
「うわ! 危ない!」
「まず……吐きそう……」
「我慢しろ! 今回ばかりは生半可な運転は死に――」
――ボガンッ‼
「クッ⁉」
「空から燃えた爆弾が⁉」
ホバータンクの操縦席の液晶から確認。
頭上から炎の塊が火の雨のように降り注いできている。炎の塊には当然灰結晶がある。
矢の雨ならぬ、火の矢雨だ。
地面に落ちれば爆発、あれを喰らえばホバータンクは大破してしまう可能性がある。
当たらないように液晶を確認しながら左右に大きく蛇行運転していく。
「あんなもの、直撃したらホバータンクはぶっ壊れる! というか侵食される!」
「奴が撃っているのはボムかミサイルか何かかよ!」
「一体、どこからあんなものを……」
「指揮官! ドローンを動かせ!」
「わ、わかった! すぐに出す!」
リオの気迫のこもった指示にトラノスケはすぐさま行動。
ホバータンクから索敵ドローンを発進。もちろん操縦の手を緩めない。
「頼む、見つかってくれよ……」
索敵ドローンを上空に飛ばして確認。
こっちに向かって飛んでくる炎の塊の軌道を見れば、第00小隊を狙う敵の居場所と姿が判明することができる。
天高く飛ばせば、それが見えた。
そして飛ばしてきているであろう方向にドローンを進ませると、
『ちっ、逃げ始めたか……めんどうな鬼ごっこが始まるな』
グラトニーを発見した。
紅髪のグラトニーが舌打ちを鳴らして、右腕をもとの人間の腕に戻す。そして追いかけようと走り出した。
それは人間が出すような速度ではない。
それこそホバータンクに追いつけてもおかしくないほどのスピードでビルの屋上を走りかけている。
そして足に力を込めて飛ぶと、ビルとビルの間を軽々と飛び渡る。距離では十メートルは離れているだろう。それを踊りのステップを踏むような感覚で飛び越えてきているのだ。
「人間だ……人間がいる」
「他の隊員か⁉」
「いや、違う! 灰結晶のような青黒い肌をしている人間だ! そいつが右腕を大きなキャノン砲に変形して撃ってきているんだ! 奴はビルとビルの間を飛びながら俺たちを追いかけてきているぞ!」
「び、ビルとビルの間を⁉」
グラトニーの特徴を伝えていく。
仲間への情報提供を的確にこなしながらも、弾幕を避け続けた。
「指揮官、そいつは?」
「顔つきだ……間違いない。炎を武器として使っている顔つき! それに紅い髪をなびかせている!」
「「「「「ッ⁉」」」」」
説明を聞いた全ての隊員が驚愕する。
「嘘でしょう……バットラックも過ぎるわ」
「……あ、ああ」
「大変なことになりましたね……」
絶望に満ちた表情。
あまりの変わりようにトラノスケも焦る。
「い、一体どうしたんだ、皆⁉」
「凶悪な敵が現れたということです! 指揮官さま!」
元気活発なツムグも今は真剣な眼差しでそう訴えかけてくる。それだけで今自分たちを攻撃している存在が恐ろしいものだというのが察せられる。
「そのグラトニーの名称は『スターヴハンガ』! 超大型グラトニーに匹敵する危険度を誇る、最恐最悪の人型グラトニーです!」
「なんだって?」
最悪のグラトニーが第00小隊を狙ってきているのであった。




