追いつきたくて ③
VRシミュレーションシステムでの仮想模擬実践訓練を終えたトラノスケは現実の世界へと戻る。
今日の訓練は終わりだ。疲れを残さないように部屋に戻ろうとしたら、
「指揮官さん、今度は私たちが使ってもよろしいでしょうか」
「ああ、いいですよ。私たちの隊は訓練を終えたので……って法隆さん?」
「ふふ、どうも」
法隆アキラがいた。
どうやら彼女もこのシステムでの訓練を行いたいようだ。
「ヨー、寅サン。またあったね」
「ワンさんも」
リーユェもアキラの隣にいる。
「そういえば、先ほどリオと出会いましたが、ひょっとして二人で訓練を?」
「はい。俺の我儘に付き合ってもらったんですよ。ハイドラグンのサポートの練習がしたいって」
それを聞いたアキラとリーユェが驚いたようにピクッと体を揺らした。
「……まあ」
「へー、リオが他人と自主練、メズラシネ」
昔からリオのことを知っている二人にとっては珍しい行動だった。
入隊したばかりは人見知りがはげしく、今は他者を近づかせない雰囲気を出している。
だからこそ、小隊の指揮官とはいえトラノスケと共に自主訓練をしていたのが珍しいと思ったのだ。
「あの、リオが失礼なこと言ってきたりしていませんか?」
「悪い人じゃあないのはわかりますよ。俺も何度も彼女に助けられましたし。さっきの自主練も付き合ってくれましたし。でも、何でもかんでも一人でしようとする癖は治りませんけどね」
「そうですか……」
「アイツ、そういうとこ、変わってないネ」
「ワンさんも白神とは仲が良かったのですか?」
「前に言ったけど、ワタシ軍ができたころに入ってきた古株。そして白神もそうだし、同じ小隊にいたネ」
「あー。そう言えばそうでしたね」
リオが元第01小隊のメンバーだということを思い出した。ならばリーユェと面識があるのは当然であろう。
「リオ、ワタシ一人いれば大丈夫、みたいなこと言って、いっつも一人でグラトニーの群れに突撃するね。指揮官、隊長、そしてワタシの指示無視。一人でグラトニーを倒してくるよ」
「グラトニーを一人で討伐する、なまじそれが可能なので注意してもいうこと聞かないといいますか」
だから一度懲罰部隊にいかされたのだ。
もっともその突撃癖は今も治っていない。
「いくらキセキで味方のビームを曲げられるといっても危険ネ!」
「……やはり、白神のお姉さんが原因でしょうか」
思ったことを口にするトラノスケ。
それを聞いたアキラが反応を示した。
「……リオの口から、それを?」
「ええ、詳しくは話してくれませんでしたが……その、もういないと」
「……そう、ですか」
一瞬の沈黙。
「もし、よろしければお姉さんのこと、話してもらえませんか? 知りたくて」
「リサのことなら話しても問題ないでしょう。むしろ、今の松下指揮官なら知っておいた方が良いのかもしれません。第00小隊のために」
「ソダネ」
アキラからしたらリオにはもっと他人と接してほしい、ならばリオの指揮官であるトラノスケにリオの姉のことを話した方がよいのではないか、と思って話すことにした。
「白神リサ、彼女はとても優秀な戦士でした。入隊する前までは普通の大学生だとは思えないほどに、グラトニーの戦闘技術をどんどん吸収していって。彼女が隣にいると安心するのです。それほどまでに戦士として強者でありました」
「そうね、そして覚悟が他の人と違うというか、グラトニー相手にハンドガン片手でバンバン打ち抜いてたヨ! 絶対に殺してやる! そんな執念がにじみ出ていたね!」
「執念?」
「この街の住む人々はみんな故郷を、大切な人を、己の人生をグラトニーに奪われたものが数知れず。グラトニーがニュー・キョートシティの人々にとっては恐怖の象徴ですが、中には憎悪にあふれたものもいます。彼女は後者でした。普段は優し気な表情なのに、戦いになるとまるで別人みたいに……」
「人が変わるほどの……」
「今も生きていたら、隊長として活躍できていたでしょう。間違いなく」
「あなたほどの人がそれほどの評価を」
「支えられていたのは間違いないからネ。軍ができたころの武装も設備は今と比べたらボンクラ品と言われても否定できないよ。そんな装備で多くのグラトニーを討伐してたから凄いヨ」
二人がリオの姉であるリサに多くの称賛の言葉を上げる。
(白神のお姉さん、すごい人だったんだな。白神が誇りに思うのもわかる)
それほど実力もあり、頼りになる人であったのだろう。
「その、リサさんとリオって仲が良かったのでしょうか」
「そりゃとっても仲良かったよ! リオ、いつもリサの後ろについて回っていたネ」
「二人一緒にいつもいましたから……だからこそ、彼女が失ったとき、リオはしばらくの間引きこもっていました。食事だけはとりましたが……それ以外は無頓着で。リサを失った喪失感で絶望しました……」
「で、部屋の外に出るようになったら、無茶な特訓ばっかするようになって、無謀な戦闘ばかり……正直見ていられないネ」
そして、彼女が復讐に走る意思も理解してしまう。
「…………」
何も言葉を返せない。
尊敬する姉を殺され、家族が誰もいなくなり、元々仲の良かった人たちからも距離を置く。
己自ら孤独になりに行く、自傷的行為をアキラとリーユェは止められないことに嘆く。
そんなリオとその周りの複雑な関係にトラノスケは苦しい気持ちになってくる。
「先ほどの言った通り、私たちの言葉は全て拒絶します。耳に入れたくもないようで」
「だからこそ、寅さんが大事。リオの心、ほぐせるヨ」
「俺が、ですか?」
「案外、見知った仲より見知らぬ同僚の方が心許せる関係になったりすることあるネ」
「まだ指揮官になったばかりですが、リオのことをよろしくお願いします。彼女はただ、大切な親しい人を失いたくないのです。だから誰にも関わらず、関わってきても突っぱねっていく。でも、あなたなら……」
「こちらもお願いネ。リオ、心配だから」
アキラが頭を下げて頼み込んでくる。
また再び話したいのだろう。
ただくだらなく、どうってことない当たり前の世間話を。前のような日常での会話を。
「わかりました。俺としても、白神が苦しんでいる姿を見るのは嫌なので」
命を助けてもらった恩を返せるのならば、やるべきだ。リオの不安を消せるように今後とも話し合っていくべきだとトラノスケはそう考えた。
「ありがとうございます」
「任せてくださいよ。あとちょっと経てば食堂でご飯でも食べながら笑い話に花を咲かせられますって」
それに、真剣なまなざしで頼み込まれた。
それを断るつもりなんてさらさらない。
「そういや、訓練って言っても二人だけですね。どんなことを?」
「特別武装パックの試運転を。VRシミュレーションシステムを使えば武装の弾薬やエネルギーなどの消費を気にせずに行えますので」
「なるほど、現実では訓練で使おうにもコストがバカ高いから仮想世界で試すと」
「はい」
「後は、タイマンよ。痛いけど怪我しないから便利ネ」
「一対一の訓練ですか」
「やります?」
「フッフッフ! ワタシ、強いネ。ミンチ死とモザイク死、お好みハ?」
「意味わからないけど怖い死に方を持ち出さないでください」




