追いつきたくて ②
前方に現れた仮想のグラトニーにリオが一人で突撃し、それをトラノスケがはドローンのハイドラグンでサポートする。それで二人の連携を磨きつつハイドラグンの操作技術を向上させる。
これが今行っている訓練だ。
「遅い。私の動きについてこれていない。これじゃあ邪魔をしているだけよ」
リオの厳しい指摘。
だがそれは当たっている。
トラノスケがハイドラグンでリオの援護をするが、操縦を誤らないようにスピードを落として安定性を重視した動きをしていたが、リオの行動に一歩遅れた形で援護する形になってしまった。
「くっ、まだ性能を活かし切れていないか」
「ハイドラグン、よっぽどのじゃじゃ馬らしいわね。指揮官でも操作しきれないのか」
「しかも試作品だぜ。完成版だとどれだけ性能が上がるか」
「やはり、後方で偵察に徹した方がいいのではないか」
「これを完璧に操作できるようにするのが訓練だ」
これは実戦ではない。実戦に限りなく近い仮想訓練だ。
だからハイドラグンを全力で操作するべきだろうとトラノスケは考えた。
「おっと、ごめん。タイミングがずれた」
だが上手くいかない。
今度は射撃が乱れてリオの近くにビーム弾が通り抜けていく。仮想世界のため当たっても怪我はしないが、軽い痛みはやってくる。
当てるのは迷惑な上、訓練でそんなへまをするようでは到底実戦ではハイドラグンは上手く操縦することなんてできないだろう。
「今の射撃は危険だ。私でなければ被弾していた可能性もある」
「そっか、白神は光を曲げれるもんな」
リオは光を屈折させる『光刺す道』がある。味方のビーム弾だって曲げられるため誤射は起こらない。
そういう点でもハイドラグンの射撃練習がしやすくなって助かる。
だがこのままではいけない。
何度も何度も繰り返してみたが、やはり二人の連携攻撃は上手く決まらないのである。
(連携が取れない……数こなしたり、互いに何が駄目か話し合うか。となると)
コミュニケーションは大事。
トラノスケはリオに目を向けて、
「なあ白神」
「なに?」
「なんか趣味あるか?」
「いきなり何を聞いてくる」
突然、訓練に全く関係ないことを聞かれて戸惑うリオ。
「俺らさ、互いのことあまり知らないだろ。だから連携とれないんじゃあないかなって」
「なぜ訓練中に……。私に趣味はない。常にグラトニーとの戦いを備えて鍛えているからな」
「トレーニングが趣味ってことね」
「そうじゃない! いきなりなれなれしいな!」
急に話し込んでくるトラノスケに困惑するリオ。
今まで指揮官としての姿でしか接したことなかったが、その肩書がない素のトラノスケが割と軽い性格だってことに戸惑う。
「ともかく……私にはそんなことよりグラトニーを討伐することの方が重要よ」
「確かにそのとおりだ。ちなみにだが、俺はドローンだけじゃなくラジコンだってするし、ドローンと一緒にパルクールだってするぜ。平日の昼に街の中を駆けると人が少なくて爽快な気分で走れる」
「お前の趣味なんて興味ない!」
「あとまあ、ゲームだな。デジタルでもアナログでもよくしてたな」
「……ゲーム」
静かに呟く。
それを見てトラノスケ、反応あったとゲームをメインに話を進める。
「おっと、白神。ゲーム好きか。何するんだ? TVか、VRか、それともテーブルゲーム? あっ、カードゲームとか」
「…………何でもいいでしょう」
「好きなんだな。じゃあ訓練終わった後するか? ちょうどVRシミュレーションシステムもあるんだ。いろんなゲームができるぜ」
「しない。さっさと訓練に戻るわ」
これ以上の無駄話はしたくないリオ話を無理にでも切り上げる。訓練をしにきたのに、こんな世間話をするためにこの仮想空間にとどまっているわけではない。
「オーケー、話の続きは訓練が終わった後だな」
「しない」
そんな世間話を加えながら――リオは冷たく返すが――互いに訓練の方に思考を移す。
「――どうだ、今のはいい動きだろ?」
「……上手くいっていると思う」
「やっぱお喋りは大事だったろ」
「それは関係ない」
段々と連携が取れてきた。
リオの動きに合わせてハイドラグンの射撃もよくなっていく。彼女の行動を邪魔せず、グラトニーを打ち貫きつつ支援用のビットで援護する。
敵を倒す時間も徐々に短縮され、こちらの疲労やダメージも減っている。
ハイドラグンの操縦が最適化されてきているということだ。
「今なら、ハイドラグンの最高速で援護できるかもな!」
「できるの? 振り回されないかしら」
「やってみなけりゃわからんさ」
上手くいっている。ならば、この感覚を身に着けなければならない。
ハイドラグンを上手く操縦できる感覚を。
(集中しろ……この目とハイドラグンのカメラの二つの視点から、敵を確認しながら、そしてハイドラグンのパワー流されないように制御し続ける)
そして、
(ピンポイントに狙いを定めて射撃をする。白神が戦いやすいようにするために)
リオのこれまでの戦いと訓練を見てわかったことがある。
それは、圧倒的機動力で戦場を駆け回って敵を撃ち抜いていくのが彼女の戦法。そして、それは普通の兵士の戦い方ではない。
なぜリオがこのような戦い方になったのかは大体予想できる。
自分一人で多数の相手を撃ち倒すためにこの戦い方にたどり着いたのだろう。
そして一人で前に出て曲芸じみた大胆な動きで相手のヘイトを稼ぎ、仲間への攻撃を減らすのも考えてのことだろう。
だとするならばサポートも大胆に変える他ない。
普通の隊員なら援護用ビットを渡しつつハイドラグン本体のビームキャノンやバルカンでグラトニーを討伐するのがセオリー。
だがリオの場合はそれではいけない。
前に一人で出る以上、シールドビットは多く渡すべきだ。そしてビームキャノンは彼女からより遠く、より高い場所から敵にぶち込むのがいい。
もっと上手く連携が取れれば、リオの『光射す道』によってより苛烈なビーム弾幕を展開できるが、それはまだ仮定の話。
そうやってリオへのサポートを頭の中で考えながら仮想敵のグラトニーと相対する。
「白神、思いっきり暴れろ。こっちも暴れまくる」
ハイドラグンを空へと高く高く浮かばせて、遥か上空からバルカン砲を発射。ビームの雨を降らせつつ、ビームキャノンをグラトニーが集まっている地面にめがけて照射。
空を音をも超えるような速度で飛びながら、光の弾丸をぶつけていく。
「――っ⁉」
その迅速なハイドラグンの動きにリオは驚きつつも、グラトニーの体を撃ち抜いていく。そしてリオにグラトニーが押し寄せたとき、ハイドラグンからシールドビットが多数発射。リオを守るように周囲に漂い始める。これによってリオは一方的に攻撃を仕掛けることができた。
二人の射撃でグラトニーが次々と姿を消していく。
あっという間に殲滅した。
「どうだい、俺のサポートは! 君を邪魔していないか?」
上手く動かせてご機嫌なトラノスケ。リオもハイスピードで援護してきたハイドラグンに驚きを隠せないでいた。
「一人で倒し切っていない?」
「そうか? まあいいじゃねえか。最大限のハイドラグンを動かることができたんだ」
「ええ、だんだん動きがよくなっていったとはいえ……とんでもない速度ね」
「ドローンの操縦じゃあ誰にも負けない。それに君のことを、知ってきたからかな」
「知ったのはドローンの動かし方でしょう」
「戦い方だよ」
その後も訓練を続けていく。ハイドラグンの性能に振り回されることなく、リオの援護をしていった。
確実にハイドラグンを使いこなせるようになってきている。ドローンなら幼いころから操縦してきた。練習を重ねれば軍用ドローンだって使いこなせる自信がトラノスケにはある。
「ハイドラグンの制御がうまくいっているな! あとは実戦で十分に扱えるかどうかだな」
「指揮官、サポートは頼りになる。でも前に出ないで」
「俺も自分の実力はわきまえているさ。だからハイドラグンで援護射撃する」
「それはサポートではない。ホバータンクの運転とグラトニーの位置の索敵、それだけでいい。後ろで支えていれば……それで」
「おいおい。それ、指揮官というかオペレーターの仕事だろ」
前に出させないどころか戦わせたくない、そんなことを思っているであろうリオにトラノスケは無意識に笑みがこぼれた。
どこか不器用な優しさを感じたからだ。口では厳しく言っているものの、彼女の行動は他者を守りたいという願いから動いているのだろう。
(亡くなってしまった姉のために戦う……リオの姉さんの思いを叶えるために。自分とは真逆だな)
トラノスケは今も必死に身体灰結晶病と戦っている家族を思い出す。
自分は生きている家族の命のために戦い、彼女は亡くなってしまった姉の願いのために戦っている。
(だけど、俺たちは家族のために、戦っている。家族の病を治すために。今を助けて、未来を作りために)
真逆ではあるが、家族への思いを報いるために、グラトニーと戦っているところは同じだ。
(……彼女が一人で戦うことに執着している理由、わかるような気がしてきた)
今回の訓練、今までの戦い、そして昨日の墓場での会話で思うに、リオは優しい人だ。
単独行動をしがちだが仲間のピンチにはすぐに助けに行く、一人で戦うことを望むのも味方が傷つくことを恐れているのではないか。そう思ってしまう。
仲間が傷ついてほしくないがゆえの単独行動なのだろう。
「じゃあ、そっちも指揮には従ってくれよ。勝手に突撃しないでくれ」
「グラトニーがいる限り、私は戦う」
「答えになってないぜ、それ」
だから、どれだけ注意しても自分一人で戦うことを止めない。
仲間が傷つき、失うことを見たくないから。
でもそれは……過保護すぎるような、トラノスケはそう感じてしまった。
「どんな指揮でも戦わない道は選ばない。そう言っている。今日はもう訓練を終える。私には用事がある」
用事とはおそらく姉の墓参りだろう。
彼女にとっての日常だ。
「わかった」
「……今日はいい訓練になった。それじゃあ、体を休めるといい」
「俺の我儘に付き合ってくれて、ありがとな」
「そう、よかった」
そう別れを告げてこの空間から消えた。
(……彼女の横に立てるぐらい強くなれば、もしくは心の不安を取り除ければ、独りで戦うことはやめてくれるのだろうか)
リオが味方に背を預け戦ってくれるようになるには、どうすればいいか。
悩み始めるトラノスケであった。