心の殻に閉じこもって ③
最初は姉と共にいたかった。それだけでグラトニーと戦うことを決めた。一人は寂しい。だから唯一残った家族の姉とともに地球奪還軍に入隊した。
それが白神リオが入隊した理由だ。
今は、もうそんな理由はなくなってしまった。
墓標に優しく触れるリオ。
触っていると姉の温もりを感じるような気がする。自分の隣にリサがいるような気がするのだ。
まやかしだとしても、それを感じているとき、リオは心の不安が消えていく。
孤独になってしまった寂しさが消えていくのだ。
「まだ、お姉ちゃんの願い、叶えられていないね」
穏やかで、しかし悲しげな表情で写真と墓標を見つめあうリオ。
「グラトニーを殺して……お父さんとお母さんを奪って、そしてお姉ちゃんも奴らに……だからこそ奴らを殲滅して地上を取り戻す」
でもね、
「その前にやらなければならないことがあるんだ。お姉ちゃんを殺したあの『紅髪の顔つき』を私の手で殺す。お姉ちゃんを苦しめたあのグラトニーを……ッ!」
リオの脳裏に消えることなくこべりついているあのグラトニー。
紅い髪をなびかせた『顔つき』の姿を。
「それまでお姉ちゃんの願いは叶えられそうにないよ。今でもアイツが憎い! グラトニーの中で最も!」
だから、
「待ってて、あの『紅い顔つき』を必ず殺す! この髪飾りに誓って!」
頭につけた右の方のバツ形の髪飾りに触れる。
姉であるミオが最後の戦いのとき死ぬ間際にもらった髪飾り。リオがミオに私と一緒の奴がいいとわがまま言ってつけてもらった髪飾り。尊敬する姉とおそろいのものがつけたかった、そんな思いで互いに付け合った忘れ形見。
必ず復讐を成し遂げてみせる。
リオは毎日、姉の墓標の前でそれを告げる。
心の傷を忘れないために。
「白神さん」
「――ッ‼」
誓いの言葉を紡いでいると、呼びかける声。
声の人物は聞いた瞬間に分かった。振り向いて確認する。
リオの指揮官、松下トラノスケがいた。
「いつからいた」
「今来た。君の声が聞こえて」
「そう……」
リオはそっけなくそう返す。
姉との誓いの言葉を聞かれていたかもしれないがどうでもよかった。
トラノスケはリオの目の前にいる墓標を見た。
「その墓標は……」
「……姉さんが眠っている場所」
「そうか……」
やはりと納得する。
アキラからリオがよく訪れる場所を聞いたときから察していた。
リオには共にグラトニーと戦った家族がいることを。そしてその予想は当たっていた。
そして彼女がグラトニーを討伐することに執着していることも理解する。
「私がグラトニーを憎み、全滅しようとする理由。わかった?」
「……」
「私にはもう何もない。グラトニーが侵略する前にあった大事なものはもう。母も父も姉さんも。だからこそ、グラトニーどもが許せない。奴らはこの私が全て殺してやる」
それはグラトニーに対する復讐の宣言であった。
リオの眼は殺意で黒く濁っている。そしてその心もだ。
「グラトニーへの復讐か」
「なに、やめろというの?」
「いや、言わないさ。俺もグラトニーに対してはぶっ倒したいと思っている」
だが、
「その思いを抱いているのは、地球奪還軍全員だと思うがな」
「何が言いたい」
「小隊全員で力を合わせようって言うんだよ。他の皆だってグラトニーを討伐したいと思ってこの軍に入隊したはずだ。目的は一緒じゃないか。それに一人で戦っても限界があるさ」
今まで普通の平穏な生活を送っていた人たちが銃を握って、人が住めないような環境となった地上で凶悪なグラトニーと戦う。
いくらグラトニーに恨みがあっても、戦おうと立ち上がるものは少ない。なにせ地球を滅ぼしかけた侵略者を相手にするなんてよほど度胸がない限りしないであろう。
それでもニューキョートの一部の人は地球奪還軍に入って戦うことを選んだ。
グラトニーに大事なものを奪われたことへの恨みを晴らすため、再び地上での平穏な生活を奪還するために。
だからこそ、力を合わせてグラトニーを倒すべきだと、地球人の命を奪うグラトニー相手なら復讐だって手伝えるのだと、トラノスケはそう伝えたかったのだ。
「いらない。指揮官、私のグラトニー全滅の邪魔をするな。私一人でグラトニーを討伐する。何度も言うがあなたはサポートだけしていればいいの。戦闘は私一人で十分だ」
だがそれでも、リオはかたくなに己の身一つで仇を討つことにこだわる。
「待ってくれよ、白神。一人でグラトニーを倒しにいくのはやめろよ。危険すぎるぜ。なんのために小隊の皆がいるんだよ、全員で戦った方が安全だし効率いいぜ」
「……あなたもアキラさんと似たようなことを」
「指揮官だからな。隊員が無茶しようとしたら止めるさ。なんとしても」
リオを一人にさせてはいけない。
今の彼女は第00小隊の誰よりも消えてしまいそうな危うさを感じ取ってしまう。
触れてい続けなければ、どこか遠くに誰にも気づかれずに消えてしまいそうな、そんな不安があるのだ。
しかしリオはトラノスケの言葉に目を細めて、
「……なら、なおさらあなたは戦いの場に出る必要はない」
「なんだって?」
「軍を辞めて、安全な暮らしをするべきだ。あなたみたいな臆病な人はグラトニーがはびこる地上に来ない方がいい」
――お兄さん、地上なんて危ない場所にいかないでよ。
「……っ、白神!」
「…………」
無言で去っていくリオを見ながら、トラノスケは妹の姿が脳裏によぎった。
「……美羽と同じこと言って。俺のことを心配しているんだな?」
普通だったら何をバカにしていると怒鳴っている。
だがリオの表情を見たとき、妹の美羽と重なって見えたのだ。
死んでほしくない、そんな臆病さを感じ取って。
先ほどの言葉は邪魔だからどっかいけと突っぱねているようで、本当はグラトニーに襲われないで、とリオが願っていたような気がしたのだ。
「悲しき自衛、か」
アキラの言葉が脳裏によぎった。
「……やっぱ君は優しい人だよ、白神リオ」
彼女の心には不器用ながらも思いやる優しさがあると、トラノスケはそう思わざるを得なかった。
「つまらねえな」
灰の地上でそう愚痴る一人の女性がいた。
肌はグラトニーと同じ青黒く、紅色の髪をなびかせている。どこかの民族衣装を改造した露出の多い服装だ。
そんな人の姿をしたグラトニーが辺りを見渡している。
「アタシはお前らの心が砕けるところが見たい。絶望に満ちた表情が見たい。それがアタシたち……お前らはアタシたちのことをグラトニーと呼んでいたか。そうグラトニーの望んでいることだ。アタシたちに歯向かってさ、なあ」
彼女の周りの大地が黒く焦げ染まっている。
黒い炎の火の粉と灰が空気中を舞い、大地にはいたるところに人の形をした黒い灰のオブジェが立てられている。
「なのに、武器もってる奴らは皆最後まで立ち向かってくる。炎に包まれても、これだ。死ぬのが怖くないのか、異常者どもがよ。死ぬのが怖いのが人間だろ」
黒焦げになった屍を踏みつけて粉々に砕く。
死体を踏み潰すことに躊躇はなく、むしろ怒りを込めてふんずけていった。
「久しぶりにこの国の中央まで足を運んだが……まっ、手ごわくはなっているがこの程度じゃあな」
紅い顔つきがホバータンクの中に入り込む。
運転はできない。だが情報はある。
画面に映っていた地図を確認した。左の方にニュー・キョートシティの目印が。
「ニュー・キョートシティか。そこに乗りこめば地球人は絶望するか? そうなったらおもしろいな! グラトニーの雑魚どもを向かわせて、キャーキャー悲鳴を上げさせてさ! こいつらの同族も燃やし尽くしてよ! 主もそれを望んでいる!」
残虐な笑みでどす黒いことを考えてホバータンクから飛び出す。そしてホバータンクに触れて、
「いだだくぜ」
侵食を開始、一瞬にしてホバータンクの姿が消えた。
わずかに触れただけでホバータンクは消え去った。紅い顔つきの体に侵食されてしまったのだ。
腹を満たした紅い顔つきはニュー・キョートシティへと向かうことにする。 地上から逃げた人々が住むニュー・キョートシティに絶望を与えるために。
「まあ、一番の目的は手柄を稼ぐことだがな。さっさと地球人を滅ぼさないと主が怒ってしまう。八つ当たりを受けるのは嫌なんでな」
そして道中の地球奪還軍の重火器を拾いながら、
「やはり無機物が一番体に染み渡る……うめえ……塗装と弾薬は喰えねえが」
奪い取った武器を侵食して腹を満たしながら目的地へと向かっていったのであった。




