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灰塵の地上

 ニュー・キョートシティの中心にある地上へとつながる大型エレベーター。『ニュー・キョートタワー』。当時の最先端の技術によって作られたこのエレベーターは地上十キロの長さでも一分もあれば到着できる。

 それに乗り、寅之助は新しい職場へと向かっていく。周りを見ると、自分と同じような格好をしている人は三十人程度。彼らも同じ職場で働く同僚であろう。


「いつもは映像でしか見られないが……地上はひどいありさまだな」


 エレベーターの扉が開かれ、寅之助の目に映るは濁った白とくすんだ灰色の世界であった。

 空は雲に覆われ薄暗く、地面は白い灰のような物体に覆われている。

 この白き灰はグラトニーに侵食されたものの残骸。生物が、建造物が、彼らに侵食されて、それを無残に壊されて、灰となり空を舞う。それが空を覆い、大地を濁していくのだ。

 この世界を見れば生物は暮らしていける環境だとは全く思えない。

 まさしく死の大地だ。

 エレベーターを降り、休憩室に案内される。


「えー、皆さん。エレベーターに乗る前にこの場所での作業のことや注意事項を言いましたが、あらためて確認しておきます」


 そこからエレベーター付近の作業場の班長が再び説明を始めた。従業員は空中に展開された液晶を見る。


「今皆さんが来ているその結晶化防止スーツはこの汚染された大地で活動できるだけでなく、グラトニーの侵食を防げるようにウカリウムを含まれた特殊なスーツです。ですがそのスーツはあくまでこの場所で活動できるようにするだけであって、グラトニーに襲われたらすぐに破けてしまいます。あくまで普通の防護服です。そこは注意していただきたい」


 寅之助たちが身に着けている結晶化防止スーツ。グラトニーがまき散らす菌に感染して発症する身体結晶病を防ぐために着用している。いくら身体結晶病のワクチンを注入されたからと言って、ここはグラトニーが蠢く地上。装備は万全にした方がいい。


「まあ、この場所にはめったにグラトニーはやってこないと思いますが。警備施設は万全ですので。ここ数か月は襲われた記録もありません。襲ってきてもこの場所に来るまでに地球奪還軍の方々がグラトニーを倒してくれますので」


 従業員の不安を飛ばすようにそのことを言って、


「そして皆さんにはこの場所でウカたちが使う武器や防具や乗り物の燃料、地上で活動するための飲食物などを施設まで運んでもらいます。フォークリフトや大型ドローンを使ってください」

 あと、

「もしグラトニーに襲われても決して戦おうとしてはいけません。奴らは自然で育った肉食動物よりも凶暴。人の力では絶対にかないません。一応、施設には緊急用の対グラトニー用のウカリウムのビーム弾を発射できるピストルが配備されていますが、それでも致命傷を与えるのは難しいため、ドローンにつかまって空に逃げてください。そして安全な場所まで移動してください。いいですね?」

「「「はい!」」」

「じゃあ、作業時間になったら職場に移動しましょう。案内しますので」


 しばらくの間、この休憩室で休み、そして時間になったら作業場へと向かっていく。




 寅之助が担当する場所は武器庫。この場所はウカが使う武器や防具が厳重に管理されている場所。


「このコンテナの中身、全部ビーム兵器か。危ない仕事だぜ」


 鉄のコンテナを大型ドローンで運びながら、中身の存在に怯える。

 中に入っているビーム弾重火器はただの兵器ではない。グラトニーを討伐するに特殊な材料を元にしたビームを発射できる重火器である。もとは戦車や戦闘機の装甲を貫通するために開発されたビーム兵器を改造しているものだ。

 全部AIの安全装置によって誤射などの事故は起きないが、それでも生物を一瞬で溶かせる兵器がコンテナの中にあると考えると肝が冷えるというもの。

 それらを倉庫の中に運んで、厳重に閉じられたコンテナを開けて、それらを自身の体で運ぶ。


「重たいが……これぐらいなら楽勝だ」 


 ドローンだけで荷物を運んでいるわけではない。

 力には自信がある。

 コツコツとかなりの重量のある荷物を運んでいった。

 結構な数だ。時間もかかるが武器である以上慎重に運ばなければならない。

 運んでいる途中、一般人の自分がこんな物は運んでいいのか、と考えてしまうが人員が足りないのだろうという自分で納得させた。

 



「そろそろ休憩か……」


 自身の防護服の腕に装着された時計を確認する。

 コンテナの中身もなくなった。

 昼まで作業してコンテナ一つときた。作業する前にコンテナは全部で三つぐらいあったため、他の作業場が仕事を終えてない限りまだまだ作業は続きそうだ。


(大変だが、これなら地下での仕事と変わらないな。後はグラトニーが来なければいいのだが)

 

 作業は滞りなく進めている。心配になるのはグラトニーの存在。いくら班長から防衛施設があるから大丈夫だと言われても、不安になるものだ。


「おーい、そろそろ休もう」

「はい」


 同じ場所で作業している同僚に呼ばれて集団で武器庫から離れようとしたその時、


 ――ガコンッ!


 金属音が聞こえてきた。

「なんだ?」

 武器を落としたような音ではない。コンテナに何かが衝突したような動きというべきか。

「……」

 なにか嫌な予感がする。

 なぜかは知らないがコンテナの方に視線を外すなと直感がそう告げていた。

 

『グルル…………』

「……なに?」


 獣の唸り声だ。

 この灰に満ちて崩壊した地球に獰猛な動物の声なんて響くはずがない。

 だとしたら、考えられることは一つだ。


「まさか――!」


 コンテナを見続けていると、そのコンテナから影が飛び出す。

 見覚えのある狼の姿。濁った灰のような体。そして毒々しい青黒い水晶が体の至る部分に覆っている。黒い牙が獲物を喰い破ろうと鈍く輝いている。

 この世界に生きる者なら誰もが知っている。

 この獰猛な獣の形をした化け物こそ地球のありとあらゆる生命を侵食し、喰らってきた宇宙からの侵略者、『グラトニー』である。

 その化け物が今、寅之助の前にいる。

 絶望の鼓動が体全体に襲ってくる。逃げなければならないと本能が教えてくる。


「嘘だろ⁉」

「やばい! 早く逃げろ!」


 寅之助は棚に厳重に飾ってあったアサルトライフルをすぐさま手に取ってグラトニーに投げつけた。


『ギャウ⁉』


 アサルトライフルをぶつけられて驚く狼のグラトニー。投げつけたライフルはグラトニーを倒すために作られた重火器だ。ならばグラトニーでも侵食できない、と思って投げたがどうやらその予想は的中。重たい銃をぶつけられたグラトニーがぐらつく。

 今が逃げるチャンスだ。


「――走れ!」


 同僚たちを連れてこの場から逃げ出した。


「初日からこれか! 警備は万全じゃあなかったのか⁉」

「わからない! もしかしたらかなりの数でグラトニーがこの場所を通ったのかもしれない!」

『グガァァアッ‼』

「うわあああ⁉」

「――っ⁉」


 遠くから悲鳴が聞こえる。それと同時に獣の叫び声も。

 武器庫にも聞こえるならとっくに他の場所で働いている従業員がもう襲われている。

 どうやら自分の考えは当たっていたのだと、舌打ちをする寅之助。こんな嫌な予感や考えは当たらないでほしかった。死に直面しているのに。


「武器はないか⁉」

「武器庫の兵器は地球防衛軍が認めたものしか使えない! 悪用禁止のためにな!」

「どうすればいいのよ!」


 グラトニーに普通の攻撃は通用しない。

 奴らはありとあらゆるものに侵食できるのだ。それらに対応するために地球奪還軍が開発した特殊なビーム兵器でなければならないのだが、この武器庫にあるものは一般人に悪用されないようにAIの認証システムを入れている。地球奪還軍のメンバーでなければ使用できない。

 武器はない。

 ゆえに逃げるしかないのだが、グラトニーと人間の身体能力の差は歴然だ。奴らは野生の動物よりも凶暴で強靭なのだ。

 こんな狭い場所で逃げても時間の問題であろう。


「――そういえば緊急用の!」


 思い出す寅之助。

 班長が言っていた。

 グラトニーが襲来したとき用にピストルを用意していると。

 おそらくそれもビーム兵器のはず。それらを利用すれば……。


「どこだ!」


 逃げながら緊急用の武器を探す。希望はそれしかない。それを使ってグラトニーの頭にビームをぶつけて倒すしか自分たちが助かる方法はないのだ。

 死の危険を背後から感じながら逃げていると、緊急用の武器がある赤い箱を見つける。急いで中身を確認した。


「――⁉ ドローン……」


 緊急用のボックスにあったのは小型のドローンだ。

 だが作業用で使っているドローンではない。翡翠色に輝き、小型の銃口が機体の下部からのぞかせている。

 これは兵器だ。

 グラトニーを倒すための重火器搭載の戦闘用ドローンだ。


「このドローン……小型のビームバルカンを搭載しているのか!」

「ドローン……そういえば、ドローンに乗って空を飛べばあの狼のグラトニーから逃げられるわ!」

「そうか! 早く大型ドローンのある場所まで……」


 避難場所を思い出した同僚が大型ドローンのところまで走ろうと提案するが、


『グガァァアッ‼』

「うわ! やって来やがった!」

「これじゃあドローンのある場所までいけないわ!」


 従業員は焦る。

 グラトニーがよだれをたらしながらじわりじわりとやってくる。獲物を逃さないように奴らの目は従業員たちを捉えていた。

 このまま奴らに食われて終わるのか。

 頭が真っ白になり、自分たちの命の終わりが来る予感を感じてしまい立ち尽くしてしまう。



「なるほど……よし……これなら!」


 その時、ブオンッ、と機械の起動音が倉庫内に響いた。説明書片手に寅之助が戦闘用ドローンを動かしている。


「急いで動け、よしいい子だ! さあいけ! ぶっかませ!」


 そして空を駆ける翡翠のドローンが。グラトニーの目の前まで飛んで、銃口から緑の光が連続で発射する。

 グラトニー討伐用の特殊ビールバルカンだ。


『ギャウ⁉』


 突然の光に狼のグラトニーは驚き、そしてその光を体全体に浴びた。小さな光線が体に当たるたび、その場所に小さな穴が開き、その穴が体中に生まれて体を光が貫通していく。

 ドローンのビームバルカンがグラトニーの体を貫いたのだ。


「消えろ!」


 光に貫かれた狼のグラトニーは地面に倒れて青色の体が灰色に変わっていく。

 グラトニーの生命が消えた証だ。

 奴らは命が消える時、その体の色も脱色していく。

 そして倉庫内は静寂が訪れた。




「や、やった!」

「あなた! すごい度胸ね……」

「ドローンの扱いなら任せてください。早く大型ドローンに乗りましょう! 操縦は私がしますので!」


 武器庫の中にグラトニーはいなくなっても安心はできない。すぐに同僚たちをドローンの上に乗せて操作する。

 人を乗せて操作するのは初めてだが、これに乗らないとグラトニーに襲われてしまう。危険な運転だがやるしかない。


「どこにいく?」

「揺れますからね。動かないようにしっかり捕まってください。とりあえず倉庫の屋根まで行きましょう! そこなら地球奪還軍が救援に来るまで持ちこたえれるはずです!」

「なるほど!」

「……しかし、ドローンに乗りたいという夢がこんな最悪な形で叶うとはな」


 同僚たちがドローンに乗ったことを確認して浮上させる。グラトニーに襲われないように十分な高さまで上げて武器庫の外へと出た。


「うわ……」


 外の光景は悲惨の一言であった。

 いたるところに狼型のグラトニーが徘徊している。腹を満たすために獲物はどこかとくまなく散策している。奴らの足元には戦闘用ボディスーツを着た地球奪還軍の兵士が血を流しながら横たわっている。


(まさか……隊員たちは戦っていたが敗れたのか⁉ 俺たち以外の社員は⁉)


 あたりを見渡してみる。すると地面には防護服を着た従業員が倒れており、ピクリとも動かない。血は流れていないが、すでに絶命しているのはまわりのグラトニーが人間に反応していないことで理解してしまう。

 奴らはすべてを喰らう。

 肉も骨も、あふれ地面に染みついた血液さえもだ。


「ひ、人の……灰が……」

「他の人たちも……もう……?」

「うう……気分悪くなってきた……吐きそう……」

「ドローンが揺れてるせいだ! そう思うしかない! 気を確かに! クソ! 胸糞悪い!」


 このような事故に巻き込まれたとはいえ、生きている自分たちは幸運であった。

 屋根上の高いところからエレベーター付近を見渡す。そこには数え切れないほどのグラトニーが存在していた。なんて数であろうか。


「この数なら警備システムが作動しても意味ないわけだ。数の力で押し切られちまう……何ヶ月もこの場所襲われてなかったんだろ⁉ 急に、なんで……」

「俺達、大丈夫なのか?」

「……待つしかありません。兵隊が来てくれれば奴らを倒してくれます。地下の地球奪還軍も気づいてくれればいいんですが――」


『ガァーーー!』


「なっ⁉」


 聞きたくない獣の叫び声。

 それは空から聞こえてくる!


「と、鳥だわ⁉ 鳥のグラトニーが……⁉」

「くそ! 空からも来たのかよ!」


 狼型のグラトニーと同じ色をしている鳥型のグラトニーが獲物を狙うような目つきで寅之助たちを見下ろしている。

 まさか空にも敵がいるとは。地上と上空、その二方面からこの基地を襲ってきたのだ。

 まずい、寅之助はすぐさま同僚たちを呼びかける。


「俺の足元に! そっちの人! ピストル渡します! 俺はドローンで迎え撃ちます」

「わ、わかった!」


 ピストルを渡された男の人も慌てながらも受け取る。


「このドローンでどれだけやれるんだ……やるしかない! 死んでたまるかよ!」


 集中してドローンの操作を行う。

 ここまで逃げてきたのに、ここで奴らに命を取られてたまるか。

 必死になって反抗しようとドローンのバルカン砲を鳥型のグラトニーに狙いを定める。


「うおおおお!」


 銃口から翡翠のビームを発射。弾幕が張られ、ビーム弾が鳥型グラトニーの翼に当たっていく。


『ガァガァッ⁉』


 翼に当たるも、それだけでは落ちることなく、反撃とばかりに寅之助に向けて急降下突撃。体を突き破ろうとしてきた。


「そんな単純で!」


 まっすぐこちらに向かってくるなんていい的だ。ドローンを自分の目の前に持ってきて、そこからバルカン再射撃。そしてその弾幕に飲み込まれて一羽のグラトニーが灰へとなっていく。

 これでようやく一羽。しかし空にはまだ多くのグラトニーが飛んでいる。


「チィ! 数が多い!」

「駄目だ! このピストル全然当たらない⁉」

(そりゃそうか! 拳銃を扱う機会なんてそうそうない!)


 ビームピストル、ビーム兵器の中では小型ではあるが鉄板を軽々と貫通し、グラトニーを倒せる兵器。

 そんな兵器を使うことなんて一般人として生きていたら絶対にない。

 銃は人を簡単に殺せる武器だが、それは当たればの話。当てるのは想像以上に難しいものである。

 このままではじり貧だ。守り続けても奴らが一斉に攻めてきたら耐えられない。


「一か八か……大型ドローンを使ってエレベーターまで逃げるしか……」

「ま、マジか⁉」

「そうでもしなければ死にますよ! 俺たちは!」


 決死の覚悟を決める寅之助。

 何もしなければ死ぬのだ。グラトニーに食い荒らされて、死体すら残されず。

 そんなの嫌に決まっている。


(家族を残して死んでたまるかよ!)


 もし自分が死んだら、美羽は悲しむ。父さんと母さんだって目を覚ましたら悲しむだろう。

 そんな気持ちにさせたら親不孝者だ。

 大型ドローンのコントローラーを握りしめて、空に漂っている鳥型のグラトニーから逃げようと、僅かな隙を見つけようとする。



「――ターゲット発見。これより攻撃を開始する」



 その時、空から女性の声が聞こえた。

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