心の殻に閉じこもって ②
奴らがやってきたから。
二一〇一年、新世紀を迎えたその月、地球に黒い隕石が降ってきた。
そう、グラトニーたちがこの地球に飛来してきた。
「お姉ちゃん……これって……」
「……リオ、大丈夫よ。まだこの日本には奴らは来ていない。それに、対宇宙侵略者の軍が結成されたって言っていたじゃない。勝ってくれるわ……たぶん」
奴らがやってきた一月はまだ日本にはやってこなかった。
他の国に襲来して、大きな都市や人々を侵食していった。
各国の精鋭の軍人を集めた対宇宙侵略者の地球軍がいるっていうけど、グラトニーたちがとどまることはなかった。
奴らの侵食は、どんな兵器も効かない。
どんなに優れた兵器でも、グラトニーにとっては餌でしかなかったのだ。
お姉ちゃんも常に大丈夫と私に励ますように言っていたけど、賢い姉さんはおそらく勝てないと頭の中では思っていたはず。ずっと不安そうにテレビやスマホを見ていたから。
そしてグラトニーたちの侵略が始まって一月、この日本にもあの隕石がやってきたのだ。
グラトニーが生まれる隕石が現れる前に私たちは動いていた。
家の外に出るのは嫌だった。だがもし家の中でじっとしていたらグラトニーがやってきて自分は死んでしまうだろうし、家族にも迷惑がかかる。
お父さんとお母さん、そしてお姉ちゃんが死んでしまう。
自分のせいでそうなってしまうのは嫌だ。
お姉ちゃんの腕を強く握りしめながら外に出た。家の境界線の外はとても怖い。だけど、お姉ちゃんがそばにいると安心もあった。
避難する場所は二つある。
一つは京都の地下シェルター。
もう一つは大型の宇宙船。宇宙に避難するのである。
私たちが避難所に向かったとき、宇宙船の方に案内された。
地下シェルターの住む住民を増やす拡大工事している間、宇宙に滞在する。地下の空間を広げて新たな居住が生まれるまで、宇宙空間で耐えるほかない。
宇宙は生物が暮らせるような環境ではない。
だから安心していた。
宇宙船にいれば安心だと。グラトニーの隕石さえ当たらなければ命が危険になることはないと。
それは浅はかな考えであった。
宇宙に飛び立って二週間たった。
『緊急事態発生‼ グラトニーが宇宙船内に侵入‼ 皆さん、落ち着いて避難用宇宙船に――ぐあああ⁉』
グラトニーは宇宙でも生存できる生命力を持っていた。
宇宙船は隕石にはぶつからなかった。だが、グラトニーが直接乗り込んできたのだ。宇宙をさまよい、そして私たちが乗っている宇宙船を見つけて急接近、そのまま宇宙船ごと侵食していった。
すでに宇宙船の機能は停止してしまった。
乗客員に残された選択肢は一つ。
緊急避難用の小型宇宙船に乗って脱出することであった。
宇宙船の中でも部屋の中に籠っていた私はお姉ちゃんと一緒に小型宇宙船まで向かっていく。
消えてしまった船内の明かり、なり続ける警報、途切れることない乗客の悲鳴、どれもが私の心に恐怖を植え付けていく。
それでも必死に足を動かしてお姉ちゃんと一緒に船内を走っていく。
生きるために。
「リオ、こっち!」
「お姉ちゃん! お父さんとお母さんは⁉」
「部屋の中の非常食や日常品が切れたからそれを取りに行った! 部屋の中で連絡しても届いてこないから直接貰いに行くって部屋の外に!」
本当にタイミングが悪い。
「どっちも電話に出ない……急いで逃げているといいけど……」
「え?」
「とにかく……私たちも急ごう! リオ、手を離さないで!」
この時から不安だった。
もうお父さんとお母さんには会えないのではないか、そんな不安がよぎった。
でも口にしてはいけないと黙って、無理して部屋の外に出る。
どんなことがあってもお姉ちゃんの手を放さず強く握りしめて、後ろについていく。周りが騒がしく、人の悲鳴とブザー音が私に命の危険を知らせてくれる。
「たどり着いた! 乗れますか⁉」
そして避難用の小型宇宙船までたどり着いた。
ここにも人がたくさんだ。息が苦しくなったのは走っただけではないと思う。
「もうすぐ出ます! いそいで乗ってください!」
「お姉ちゃん! お父さんとお母さんと合流していない!」
「もう船に乗りしかない! お父さんとお母さんは他の船に乗っていることを願いましょう!」
「でも!」
「……ゴメン、リオ。でも、ここで死んじゃ、ダメだから」
無理やりお姉ちゃんに小さい宇宙船に乗せられて、そのままこの大型宇宙船から脱出する。
音尾さんとお母さんは大丈夫なのだろうか、自分が乗っていた宇宙船を見つめる。
――そしてその瞬間、その宇宙船が輝き大きな爆発を起こした。
「「――え?」」
私たち二人、呆然とする。
他の乗客員も爆発した宇宙船をただ眺めるしかなかった。
「お姉ちゃん、お母さんとお父さんは――」
「……だ、大丈夫よ! 他の小型船に乗っている! だから安心して、ね!」
元気つけるようなお姉ちゃんの声。
だけど、それは私の不安が増すだけであった。
「……だから……心配しなくていいから……」
お姉ちゃんの今にも気を失いそうなほど白くなった顔を見てしまったからだ。
宇宙船から脱出し、私たちは地球の京都に着陸、そして地下シェルターに避難することはできた。
住む場所ももらった。避難してきた住民には無償で提供されたからだ。
これでグラトニーの影に怯えることなく生活を送ることができるはずだった。
家族が全員そろっていれば。
「…………なんでこうなったの?」
お父さんとお母さんはもういない。
避難できた小型宇宙船は六機。ニュー・キョートシティに繋がる巨大地下エレベーターに船ごと乗せて地下へと降りた。そしてそのあと乗客を確認する。
お父さんとお母さんの名前も姿もなかった。
他の場所に避難したのではないか、そんな希望にすがったものの宇宙船パイロットの人が、大型宇宙船から脱出できた船はこのニュー・キョートにある六機だけで他の船が起動した連絡やデータなどは存在していないと言ってきた。
両親はもういない。
グラトニーが両親を奪っていった。
どれだけ呼びかけても帰ってこない。生きていると望みをかけても意味がない。
お姉ちゃんはしばらくした後、職に手を付けて働き始めた。生きていくためにはお金は必要。
引きこもっている私を養うために……自分は家族に迷惑かけてばかりだ。
じゃあ、私は?
私は再び塞ぎこんでしまった。
お父さんとお母さんがいなくなってしまったことに耐え切れず部屋のベッドの毛布で自分の体を覆う。
何も見たくない。
何も知りたくない。
部屋から出る時があるとすれば、仕事から帰ってきたお姉ちゃんと一緒にいる時だけ。
私の大事な家族はもうお姉ちゃんしかいない。
お姉ちゃんが近くにいないと、不安になって仕方ない。いなくなってしまうかもしれない、そんな不安が襲ってくるのだ。
そんな生活が一ヶ月続いた時、いつも通りお姉ちゃんと一緒にいようと部屋に向かった。
「お姉ちゃん……?」
部屋の中で、自分が全く知らないお姉ちゃんがいた。
携帯電話を見ている表情を見て思わず後ずさってしまう。
――怒りがこもった目で画面を見続けていた。
「あら、リオ。どうしたの?」
私を見ると慌てて優しい表情になった。
さっきの怒りに満ちた目を見て足が震えるけど、聞きたいことがあったから何とか声を出した。
「お姉ちゃん、それは?」
「これ? どうやらニュー・キョートシティにまた新しい軍を作るみたいよ」
「勝てないのに?」
「それが、見つかったらしいのよ。グラトニーに対抗できる武器が」
「グラトニー?」
「侵略者の名称だよ。ニュースに載っていたわ」
「そう、なんだ……」
このときの私はグラトニーに対して強い恨みは抱いていなかった。
諦め、または畏怖を抱いていた。
奴らはあまりにも凶暴で、そして強い。
勝てるわけない、そんな思いしかなかった。このニュー・キョートシティで静かに隠れて暮らしたほうがいい。
少なくとも私はそう思っていた。
「アイツらを殺すことができるんだね」
「……お姉ちゃん?」
憎しみが込められた不穏な言葉だ。
お姉ちゃんからそんな言葉が漏れるなんて思わなかった。
「グラトニーはお父さんとお母さんを殺しておいてノコノコと生きているんだ。ねえ、それっておかしいことじゃない? あんな奴らが来なかった死ぬことなんてなかったのに。あの化け物が私たちの大事なもの奪っていって、今でも地上でのうのうとしているんだろうね」
恨みをつらつらと口から出し続けて、
「許せるわけない! お父さんとお母さんを殺して! それも当たり前のような感じでさ! 宇宙から勝手に来てさ! 何よ! アイツらは何様のつもりなんだよ! 何が何でもぶっ殺してやる! そうでなければ、私の心は晴れない! ずっと底の暗闇の中にあり続けてしまう!」
「お、お姉ちゃん」
「殺せる可能性があるなら……私は奴らを殲滅してやる……!」
それは心からの叫び。
初めて見たお姉ちゃんの怒った顔。
あの時のお姉ちゃんの顔、本当に怖かった。
鬼を宿したかのような、見る者の心に恐怖を与えるような、そんな表情をしていた。
そして、その顔を見てわかった。
お姉ちゃんは、私が思っている以上に、そして私以上に、お父さんとお母さんがグラトニーにやられたことに怒りを抱いていたんだってことに。
――家族を愛していたんだって。
お姉ちゃんは軍に入る気だろう。
そしてグラトニーを倒しにいく。
両親を殺したグラトニーに対して、復讐を成し遂げるために。
「……あっ……ごめん、リオ。いきなり叫んで。ビビらせちゃったみたい……はは」
「……ねえ、お姉ちゃん」
「なにかしら」
「その……私もいく」
「――え?」
人前に出るなんて、本当は嫌だった。
でも、一緒についていかないと、本当に一人ぼっちになってしまうんじゃないかって。そう思った瞬間、一緒に行きたい。二人一緒にいつでもいたいと願ったんだ。
お姉ちゃんと一緒なら、自分は生きていける。
二人ならどんなことだって乗り越えられる。
そう思っていた。
もっとも、その思いは自惚れだったってことは、お姉ちゃんがいなくなってあらためて思い知ったのだが。




