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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
リオ・アヴェンジャー
28/65

心の殻に閉じこもって ①

 基地内の片隅に白神リオは立っていた。

 周りには慰霊碑が数多く並べ立てられている。どれも全て綺麗に整えられており、その墓標には名前とかつて所属していた小隊の番号、そしてドッグタグのレプリカが墓標の前に盗難と劣化の防止のためにガラスに包まれて置かれてある。

 ここは地球奪還軍基地内墓地。

 グラトニーと戦い、散ってしまったものが静かに眠る場所。

 リオは訓練や任務が終わった後、必ずこの場所にやってくる。

 そこにリオは一つの墓標の前に立ち目をつぶって心の中で祈りの言葉をつぶやき、


「……お姉ちゃん、会いにきたよ」


 いつもの無表情な顔ではなく、穏やかで、しかし悲し気な表情で自分の家族へと話しかける。

 墓標には『白神莉紗』と書かれてある。リオの姉の名前であった。

 携帯電話の画面を悲しげに見る。

 そこに映っていたのは白神リオとその家族の写真。ウカミタマになる、それよりももっと前。グラトニーが地球にやってくる前に家族とそろって撮った数少ない思い出の写真。

 リオにとって残された宝物である。

そして写真には、リオの隣に自分が敬愛する姉の姿があった。





 ――私、白神リオにとって姉さんである白神リサは、家族の中でも父さんや母さん以上に好きだった。幼い頃からずっと頼りにしていた存在であり、勉強でわからないことがあったら優しく教えてくれて、私がわがままを言っても怒らず叶えてくれる。

 私にとってお姉ちゃんは何でもできて自分にとっても優しくしてくれる自慢の姉だった。

 姿は私とそっくりで、知らない人から双子と間違えられたこともある。年が三つも違うのに。

 お姉ちゃんがいないと、私はこの軍に、いやそもそも生きているかどうかもわからないほどに、自分にとってはヒーローのような存在であった。



 グラトニーが襲来してくる一年前、私が高校生になった頃である。

 その時の新しい高校生活に希望を抱いていた。自慢の姉であるミオお姉ちゃんは大学生となり、地元の京都から東京に一人で引っ越して、東京でトップクラスの大学に入学していた。夢はIT関連の職業に就きたいな、お姉ちゃんはそういつも言っていた。

 お姉ちゃんは自分の夢を叶えるために難関の大学に受かった。本当に何でもできるんだ、とあらためて凄いと心の中で思った。


 ――自分も姉のように立派になりたい。どんなことでも軽々とできちゃうような頼りがいのある人に。


 そう思って高校に入学した。

 なのに……。



「……ちっ、私の下手くそ」


 だが高校に入学して二か月経った頃、私がいた場所は高校の教室ではない。

私の居場所は自分の部屋の中であった。ゲームをしながら自分をバカにする。


 私、白神リオは引きこもりになった。


 理由は高校でいじめにあったから。なぜ自分が標的になったかは分からない。入学して普通に高校生活を送っていたら、突然同じクラスの女子生徒に悪意をぶつけられた。

 なによりきつかったのは性的ないじめであった。

 思い出すのも嫌だ。

 痛いことされるよりもきつかった。心の中の大事な何かが削れていく感覚。絶望が身も心も侵食していく。高校そのものに恐怖を抱いていった。

 

 ……痛いのはもう嫌だ。


 もうこの学校に行くことが苦痛になった。自分はこの学校に居場所なんてない。敵しか存在しない。自分の身を護るように逃げて、自宅の自分の部屋にこもり始めた。

 両親は無理に学校に行かせようとはしなかった。急に引きこもったのは学校側に原因があると思ったため、私が引きこもったときから高校と話し合いを始めた。


「リオ、ご飯置いておくから……他にほしいものある?」

「…………」


 そして両親は部屋に閉じこもった私に対して毎日優しく声をかけて扉の前にご飯を置いていく。その優しさに罪悪感を感じる。

 家族との会話も全く続かない。

 あんなにも親切に接してくれるのに。


「………………うぅ」


 自宅に引きこもるようになっても恐怖は消えない。悪意と暴力をぶつけられた心の傷が私の心を苦しめていく。トラウマのフラッシュバックだ。

 それだけじゃあない。そんな場所に引きこもっていることに対する情けなさ。

 二つの悪感情が永久に苦しめていく。生きることが嫌になってくる。だが死にたくはない。結局はだらだらと部屋の中にこもってただこの状況に甘えていく。

 そんな生活を送り自分を責め続けていた。

 高校生活での恐怖を思い出し、引きこもっている自分に絶望していく。

 負のスパイラル。

 有刺鉄線が常に体に食い込んでくるような……そんな苦しい痛みが心を締めあげていく。


 弱い自分が、嫌になってくる。


 自分の人生にはもう希望なんてない、そんなふうに考え始めた。

 だがある日、その生活を1週間続けていると、


「――リオ」

「――!?」


 聞き覚えのある声だ。

 間違いない、自慢のお姉ちゃんの声。


「……お姉ちゃん?」


 扉越しからそう聞くと、


「うん、リサだよ」


 優しさに満ちた声でそう返してきた。


「……なんで? 学校休みだったの?」

「いやー、そのさ。引っ越したところ、周りはうるさいわ変な隣人もいるわで、家に戻ってきちゃった。明日から家から学校に通うよ」

「……え?」

「大丈夫、今どき京都から東京なら1時間もかからないから」


 ハハハと笑いながらそう言って、


「……その、聞いたよ。色々大変だったんだね」

「……」


 この言葉で察した。

 お姉ちゃんは隣人とのトラブルで実家に帰ってきたわけじゃあない。

 私のことが心配になって帰って来たんだ。

 そのことに私は嬉しさよりも申し訳なさが心に積み重なっていく。

 こんな引きこもりの自分なんかのために、実家に帰らせてしまった。

 戻ってこなくていい。

 お姉ちゃんにこれ以上迷惑をかけたくない。

 そう思って大丈夫だよ、と伝えたがったが、


「もし困ったことがあったら、お姉ちゃんに言って。

「――っ! うん……」


 言いたくても言葉に詰まって言えなかった。本当は、お姉ちゃんにこの家にいてほしいと心の底から思ってしまったから。




 お姉ちゃんが帰ってきて電話で会話をするようになった。

 一人はさみしい。でも外には出たくない。だから現代の通信機器で会話する。

 お姉ちゃんは私の長話に何度も付き合い、ご飯もお姉ちゃんが送る。そして趣味のゲームも付き合ってもらえるようになった。自宅の中で通信して二人で遊んでいく。

 本当だったら一緒の部屋で肩を並べて同じテレビ画面を見ながらするのがいいかもしれないけど、あの時はまだそれが怖かった。

 だから違う部屋でオンライン通信でゲームをしようとお願いしたら、お姉ちゃんはそれいいね、とそう返してくれた。


「うわっ、うまーい! リオ、こんなアクロバティックなプレイ、動画サイトでしか見たことないよ!」


「リオ、助かったよ! シューティングゲーム初めてやったけど、リオ、どんどん敵倒していくじゃん! もう無敵だね!」


「強っ! 格ゲーって結構難しいって聞いたけどリオはどんどん連勝していくね! もうプロ級じゃない?」


 ゲームをしているとき、お姉ちゃんは私のゲーム技術にいつも驚き称賛していた。最初は持ち上げすぎ、だと思っていたけど……やっぱり褒めてもらえることが嬉しくて、一緒にゲームをしているときは自分の心が晴れやかになっていく感じがした。

 こんな自分でも他人に褒められるようなものを持っているのだと思えたから。

 そういう生活を続けていくとお父さんとお母さんとの言葉も返事を返せるようになった。

 扉越しとはいえ家族と上手く話せるようになった。

 心が温かくなった。

 ずっと孤独に苛まわれる中、迷惑掛けてばかりいる自分に優しさを与えてくれる家族には感謝しか無かった。

 そんな生活を続けていたら、希望が湧いてくる。


「……ねえ、私、外に……出たい……かな」

「――ッ!」


 ずっと怖かった部屋の外にも、出てみたいと思うようになった。

 家族の顔を写真や液晶の画面でなく、その目で見て、お喋りをしたくなった。

 だから、勇気を振り絞って外の世界に出たいと、思った。


「ちょっと外に出たい……かも。……一人じゃあ……怖いから。でも、お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんも一緒なら……」

「じゃあ、一緒にご飯でも食べる? お母さんたちも一緒に。それとも、あなたの好きなゲームでもしましょう!」


 とても嬉しそうに話してくれるお姉ちゃんの言葉に私は頷いて、ドアノブに手をかけた。




 私の心に光が届いた。

 か細くて、淡い、でも確かに届いた。暗闇に覆われていて世界の全てに恐怖を感じていた自分の心に小さな希望の灯がついたのがわかる。

 お姉ちゃんやお母さんやお父さんのやさしさのおかげだ。

 必死に立ち上がろうとしたとき、家族が体を優しく抱き上げてくれる。

 自分はやり直せる。

 再び学校に、今通っている場所とは違う学校に、また通えるんじゃないかって、そんな希望が湧いて来たんだ。


 そう、思っていたのに……。


 ――奴らがやってきたからだ。


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