暴食獣の洞窟の中で
道中のグラトニーたちを討伐しながら、そのまま目的の場所までたどり着いた第00小隊。
目の前にはくすんだ白い山がある。
木や草花は何一つなく、グラトニーもいない。代わりにあるのは岩のような大きさの灰結晶がまばらに地面から生えている。
あまりにも殺風景な光景が目の前にある。
この山の自然はすでにグラトニーたちに侵食されてしまっているのだ。
「元は山があったところか? その山に穴ができているとは」
「グラトニーたちも考えたものよ。山に穴を掘って洞窟を作った。その洞窟の中に隠れて自分たちを守っているのね」
「さっさといくわ。例え洞窟内でグラトニーたちが待ち伏せをしていても全てなぎ倒す」
「待ってください。先に周囲の索敵をしましょう。後、洞窟内も調べるべきです。安全のために」
「……わかったわ」
(俺が索敵するときだけは素直だな……)
彼女にとってグラトニーを倒すことが最優先であり、グラトニーを討伐することに関する指示なら聞いてくれる。逆に言えばそれ以外は勝手に行動する。
わかりやすい性格だ。
索敵ドローンを起動させて空に浮かばせる。
まずは山の周囲にグラトニーがいるか確認。洞窟内に攻めるのに、侵食樹の破壊を終えて帰還しようとして洞窟の外から襲われたら大変に困る。
そうならないために周囲の確認を怠らない。
「前方に反応あり。そして上空はもう一つのドローンカメラで確認したがグラトニーはいない。となると山の周辺にグラトニーはいない。洞窟の中にいるのは間違いないな」
レーダーを使って洞窟内のグラトニーも調べて、今度はドローンをグラトニーが潜んでいる洞窟へと飛ばした。
侵入させてみると、洞窟内は暗く分かれ道もかなりある。
人が通れそうな穴道を進んで、侵食樹とグラトニーの姿を見つけようとしたが、
「なにか、ドローンの動きがぎこちないな……」
急に動きが悪くなる。さらにカメラの映像にもノイズが走り、まともに洞窟の中を視認することができない。
急なアクシデントにトラノスケは困惑する。
やがて前に進むことなくその場でとどまり動かせなくなってしまった。
「……アクシデントだ、ドローンを動かせない」
「グラトニー粒子のせいかも」
「グラトニー粒子……」
「身体灰結晶病の原因と言われるものね。一般人は灰結晶ウイルスとも呼んでいるけど。それは電波とかも乱すから」
どうやら、洞窟内にはドローンの遠隔操作を妨害する粒子が大量に空気中を舞っているみたいだ。
それが原因でドローンが操作できない。これではグラトニーの索敵を行うことができない。
一応、レーダーは使えるらしく、ガンドレッドからグラトニーの位置は確認でいる。
だが、グラトニーがどのような姿をしているかはわからない。これでは戦いの対策も立てようがないのである。
「どうする、指揮官君」
「全員で乗り込む」
トラノスケは即決でそう答えた。
第00小隊で洞窟へと入り、グラトニーが守っている侵食樹を破壊することを選んだのだ。
「指揮官も一緒に?」
「そのグラトニーの粒子が充満している空間でも、近い距離ならドローンを操作できますよね?」
「まあ近くなら操作できないこともないわ」
「なら俺もみんなと一緒に同行した方がいいでしょう。指揮も索敵も大事ですから」
索敵ドローンの通信が途切れたところを見るに、ホバータンクからリオ達に指示を出そうにも、グラトニー粒子のせいでそれも無理だろう。
ならば小隊の指揮官として、彼女たちと共に洞窟へと乗り込むべきだ。
「一人でホバータンクの中にいても危険なことには変わりないですからね」
「……グラトニーと戦うことになっても前に出ないことよ」
「ウカミタマではない指揮官は一瞬で侵食されてしまいますから。そうなったらわたしの『無傷の祈り』でも治せません。侵食で無くなった体のパーツは治せませんから」
「ああ、わかっています。自分の実力ぐらいわきまえています。後ろからハイドラグンで援護します」
彼女たちと共には戦えない。
正直情けないという気持ちを抱いてしまうトラノスケ。
だがしかし、トラノスケはまだ軍に入隊したばかりの新米指揮官。グラトニーとの戦闘県警はあまりなく、戦闘力でも彼女たちに比べら大きく劣ってしまう。
それにトラノスケは強化手術こそ受けたが、彼女たちウカミタマと違ってぐらトニーに触れてしまったら、それだけで侵食されてしまい体のパーツが消えてしまう。
プライドに身を任せて一緒に戦う、なんてこと味方の邪魔をしながら死にます、と遠回しに言っているようなものだ。
だから自分ができることは隊員たちを信じながら指示を出し、そしてハイドラグンを操作してサポートに徹することである。
「第00小隊はこれから侵食樹が存在すると思われる洞窟へと突入する!」
ホバータンクに自動防衛機能を起動させて、さらに上空に索敵ドローンを飛ばす。これでもしグラトニーが違うところからこの場所にやってきても大丈夫のはずだ。
他の隊員も装備を整えて準備完了。
侵略する準備ができた。
「よし、皆さん。行こう!」
「はい! 指揮官さまの命に従って!」
「さっさと終わらせましょう」
「ああ……大丈夫かな……」
「そんな心配しなくていいわよ。もしもの時は指揮官君は守ってくれるから」
「怪我したらわたしを呼んでくださいね~」
第00小隊、侵食樹が存在すると思われる洞窟へと入るのであった。
「……平泉さん、すごい体震えていますけど大丈夫ですか」
「だ、大丈夫じゃないです……死にそうです……」
「寒いのですか⁉ 指揮官さま、どうしましょうか!」
「……ははっ、今日死ぬかも……お父さん、お母さん、ごめんなさい……」
「では、ホバータンクの中に閉じこもっていれば? 基地に帰ってこの小隊から除隊させてもらえばもう戦わなくていいけど」
「い、いや! 戦います! 私は、第00小隊のメンバーです! この場所しか……」
(これが戦いになるとああなるんだよな。興奮すると凶暴になって)
突入する前の会話である。
薄暗い洞窟の中、第00小隊たちが警戒しながら目的の侵食樹を捜索する。洞窟はいりこんでいて一本道ではなく分かれ道も存在している。
不用意に入れば洞窟の中で迷い、グラトニーに襲われるよりも披露して先に餓死してしまうだろう。
「なにか怖い雰囲気ですね~。どうやって帰りましょうか」
「ドローンにマッピングさせていますから帰るときは楽ですよ」
「な、なら安心ですね……」
ハイドラグンを前に出してレーダーで洞窟内の構造を記録しながら前に進む。目的達成しても洞窟の中から出られませんでした、なんてことは起きないようにするために。
ちなみにトラノスケはかぶっているヘルメットに搭載された暗視カメラによって、暗闇の中でも周囲が明るく見える。他の隊員はウカミタマの身体能力によって眼も強化されて暗闇の中でも何の装備もなく見えることができる。
いつでも射撃できる準備をして警戒しながら洞窟の中を歩いていく。
「グラトニーの姿が見えませんね」
「レーダーも近くにグラトニーはいません。ですが、この先に反応あります。
「待ち伏せかしら」
「お、多勢いたら負けますよ!」
「雑魚だったら問題ない。だが侵食樹があるとしたら大型や上位種のグラトニーがいてもおかしくはない。それらは警戒して殲滅しに行かなければならない」
「問題ありません! 指揮官さまの邪魔をする相手はアタシたちが相手すればいいのです!」
ハイドラグンのレーダー機能で確認したら、前方にグラトニーの群れが確認できる。距離的にはまだ先ではあるが、一つの大きな空間に集まっている。
外敵が来たと察して警戒しているのか。それともただ単に集まっているだけなのか。
ただグラトニーの数が多いのは確か。
かなり厳しい戦いになるのは予想できる。
そう誰もが思いながら洞窟の中に進んでいると、トラノスケのヘルメット内の液晶に反応が。
「まってくれ……皆、索敵ドローンが動かせるようになった! 一旦ハイドラグンから索敵ドローンに切り替える!」
索敵ドローンに通信がつながる。これで再び操作できる。
洞窟内ではあるが、レーダーに反応がある場所が気になるので、そちらの方を調べるためにいったんここで止まって索敵ドローンを動かしてみることにした。
「なら、こっちも警戒を強めないとね」
ドローンに意識を集中させて索敵を再開。トラノスケがドローンを動かしている間、リオたちが、グラトニーが襲ってこないか周囲を警戒する。
カメラの映像はあいかわらずノイズが走る。それでも動かせはする。そのまま前へと進ませていく。
すると大きい空間に出た。
急に明るくなる。
「ここなのか?」
太陽の日も当たらない暗闇が支配する洞窟の中で、肉眼で見えるぐらい明るくなっているのはありえない光景だ。
ならばその不思議な現象作り出している原因があるはず。
そしてその原因こそが第00小隊が果たすべき任務と繋がっているとトラノスケは直感でそう思った。
周囲を警戒しながらドローンを動かしていると、
「なっ!?」
「どうした?」
「索敵ドローンの反応が消えた。ぶっ壊されたか」
再び画面にノイズが。
そして警報がなる。索敵ドローンが破壊されたときに鳴る音だ。
「……カメラには映っていなかった。見えない場所から壊されたか」
「だが、私たちの使うべき場所はわかった。その索敵ドローンが壊れた場所に向かいましょう」
「わかりました。その場所まではすでに索敵ドローンのマッピングでわかっています。ついてきてください」
「わかりました! 指揮官さま!」
「あー、指揮官さん。前に出たら危ないですよ」
「あっ、すいません。つい先走ってしまって」
目的地は見つけた。
第00小隊はその場所へと慎重に歩を進めていく。
常にヘルメット内の液晶を見ながらグラトニーの位置を確認し続けつつ、リオたちも銃を構えながら敵の奇襲に備える。
そうしながらしばらく歩いていると、歩いている道に明かりが差してくる。
この先に広間がある。
そここそが第00小隊が行くべき場所。そしてグラトニーたちが待ち構えている戦いの場となるであろう。
「皆さん、この先に行く前に陣形を。白神さんとヴァイセンさんが前に、その後ろに私と平泉さんと富岡さんでサポート、そして最後尾に姫路さんが狙撃で攻撃と回復をお願いします」
広間に突入するまえに陣形をとるように指示を出す。
入った瞬間に狙われることもある。気をつけるに越したことはない。
「いつもの黄金パターン。いいわね」
「こ、この先に……で、できれば、そんなに強くないグラトニーだといいんですけど……」
「いきましょう」
第00小隊、目標の侵食樹が存在すると思われる広場に突入。
広間の中を確認する。
「ここですね」
「明るい、この現象を知っている。間違いなく、この場所に侵食樹は存在する」
「ええ」
「おい、あれ!」
トラノスケが何かを見つけて声を上げる。
目の前に第00小隊の目的のものが存在していた。
「あれが……侵食樹か」
そこにはいびつに歪んだ大樹があった。
グラトニーたちと同じように青黒い色をした樹で、ぐにゃりと曲がりながら成長し、葉っぱもない。ぱっと見、枯れていて触れるだけで壊れそうなほど。
だが大きく曲がり育った樹には葉っぱの代わりに灰結晶色の光沢感ある実があった。それは果実のようで、もしくは宝石のようで、光沢ある鈍く輝いている実が多く連なって侵食樹から生えていたのである。
見れば見るほど不安な気持ちになっていく、そんな樹であった。
「あの実がグラトニーの卵だと思っていい」
「あれから生まれるのか」
「ええ、そうよ」
地球からエネルギーを吸い取り、そのエネルギーを実に変えて、そして実を成長させてグラトニーを繁殖させる。
それが侵食樹のするグラトニーを生み出す行為。
ならばこの樹をこのままにしておくわけにはいかない。
この場で確実に破壊しなければならない。
第00小隊が侵食樹を壊そうと近づこうとしたその時、その侵食樹の周りに大きな影が現れる。
「……来たか」
グラトニーの集団がトラノスケたちを睨みつけながら姿を現したのであった。
「おっと、自分たちの巣を守ろうと害獣たちがやってきたわね」
「レーダー通りだな。皆さん、構えてください!」
「か、数多いですよ⁉」
「そりゃ自分の家が襲われかけているもの。必死になって守ろうとするわ」
「しかも、戦っている最中に侵食樹からグラトニーが生まれてしまうこともあります。そうなったらさらに険しい戦いになるでしょうね」
「関係ない。私がすぐにでも始末する」
レーダーでこの広間に集まっていたことはわかっていた。
すでにリオ達は戦闘態勢。
グラトニーの殲滅を行う準備はすでにできている。
「指揮官君、侵食樹の壊し方はわかるわね」
「はい、このウカリウム濃縮弾薬を侵食樹の根元にぶち込めばいいんですよね」
トラノスケがハイドラグンに指差す。
今回のハイドラグンは下部のビームキャノンは実弾発射仕様に変更している。そしてその中にこめられている弾丸こそがウカリウム濃縮弾薬である。
ウカリウム濃縮弾薬はその言葉の通り、ウカリウムのグラトニーを殺す成分だけを限界まで高めた代物。相手がどんなに凶悪なグラトニーであろう、これを当てれば一撃で殺せる。
まさに対グラトニー兵器の切り札と言っていいだろう。
「ええ、それじゃないと頭のてっぺんから根っこの先端まで完璧に破壊できない。それ、貴重だからチャンスと思った時に使って」
もっとも、その性能に見合うぐらいコストが高いため量産はできない。
しかもウカリウムが脆いためビーム弾と比べると弾速が遅い。戦闘能力が高いグラトニーには簡単に避けられてしまう。そもそも立てても弾丸の方が壊れてしまうことある。
グラトニーに対して絶大な効果もあるがそれ相応にリスクもある。
絶対に当てなければ、このウカリウム濃縮弾薬を無駄にはしない、そう気合を入れるトラノスケ。
「指揮官、あなたはもしもよ。私が狙う。前衛で戦う私の方が確実にあの侵食樹の根元を狙える」
「ようは、俺のウカリウム濃縮弾薬は予備だって言いたいのか」
「ええ」
リオが腰にぶら下げているマグナムに指さす。
ウカリウム濃縮弾薬を持っているのはトラノスケだけではない。リオも所持しているのだ。ウカリウム濃縮弾薬を。
これで弾は二つ。
侵食樹の破壊するチャンスは二回である。
第00小隊の任務は侵食樹の破壊。
だがその前に、その侵食樹を守っているグラトニーの数を減らしていくべきであろう。
「第00小隊、周囲のグラトニーを討伐し、侵食樹を破壊するんだ! 奴らの巣を殲滅する!」
「「「「了解!」」」」
「りょ、了解!」
その指示と共に翡翠の火花がこの広間に散っては光った。
それは戦闘開始の合図であった。




