話を始めよう ④
小隊のメンバーと話し合って、自分の言いたいことを伝えたトラノスケ。これで次の任務の時に指示を従ってくれる、はず。
不安こそあるが、彼女たちだって挽回はしたいはずだ。それにグラトニーを討伐することに関しては皆真面目だ。
ならば、あとは信じるのみ。
(色々納得はしてくれたみたいだし、後は隊長の白神さんだけか)
最後は、一番最初に声かけて断られたリオに再び話し合うことだ。
「まだ、訓練中だったりして……」
まさか、と思いながらも訓練所を目指す。結構長い時間訓練していたはずだ。まだやっていたらなんて体力なのだろう。
いなかったら訓練している隊員からリオが行きそうなところを聞けばいい。
訓練所に来て足を運び、リオを探し始める。
「……マジか」
リオがいた。
彼女はカプセル型の機械の中でコードが繋がれたヘルメットを被って横になっている。
これはVRシステムを使った仮想シュミュレーション訓練。
今、リオの脳内では実戦と同じようにグラトニーとの戦闘が行われている。今まで戦ってきた集めたグラトニーのデータを用いて、現実のグラトニーと戦っているかのように思うぐらい、それほどまでに実際の戦闘に近い訓練をこの機械を使えれば行うことができる。
リオは肉体と射撃の訓練を終えた後、この機械を使って実戦形式の訓練をしているのである。
(いくら肉体に負担がかかりづらいとはいえ、普通の訓練でも脳は使うぞ。何時間通して訓練しているんだ?)
長時間訓練すれば肉体も、そして集中力も疲労していく。なのに彼女は今もなお訓練を行っていた。
強くなるためにここまで貪欲に訓練するとは。
グラトニーへ強い執念を見せていたが、そのことをあらためて目に焼き付けられる。
しばらくすると、VRシステムのカプセルが開かれて、中からリオが起き上がり、頭部に装着されたヘルメットを外して外に出る。
「……まだ上を狙える。少し休憩して、よりレベルの高い戦闘シチュエーションを……」
「白神さん、まだ鍛えていたのですか? すごいですね」
「……指揮官か。別に、いつものこと。自分の身を鍛えるためなら当然だわ」
「この訓練を毎日?」
「ええ、まだ続けるけど」
なんて凄まじい体力と精神力だ。普通の訓練だけでなく、高レベルの自主訓練もこなしている。
全員が隊長クラスのメンバーが集まった第00小隊で、伊達に隊長を務めているというわけではない。戦闘の実力だけでなく訓練に完璧に行える体力も兼ね備えている。
「グラトニーを殺さなければならない。だが驚異の存在であることは確か。自分をより強くしなければ……」
険しい表情を浮かべながら自分の掌を見つめてつぶやくリオ。
その姿にどこか危うさを見るトラノスケ。
余裕なく無理をし過ぎているような、そんな危うさが。
「白神さん、無理していませんか? 無茶な自主訓練で自分の体を壊したりでもしたら、訓練の意味ないですよ」
思わず心配になって大丈夫かどうか聞いてみると、
「問題ないわ。私にとってはこの訓練は日常。軍に入ったばかりのあなたが口出さないでほしい」
心配しても、問題ないと突っぱねるリオ。まだ彼女と出会って間もない。まだ深く踏み込んでは行けない気がする。
本当は優しく止めるべきだが、何言っても聞かない気がした。
だが前のグラトニー討伐で単独行動を行ったことについては聞いておかなければ。
「こっちも上の方に言われてまして。ちゃんと部下に伝えておけって」
「そう……で、なに?」
さすが上司からの指示は無視できない。リオはトラノスケに視線を移して話を聞く態勢。
これでようやく話し合いができる。
他の隊員に伝えたことをリオにも話すことにした。
「さっきの話の続きですけど、前の作戦のことで言いたいことがあります」
「なに?」
「なぜあそこまで自分の指示を無視してグラトニーを一人で倒しに行くのですか?」
まずそのことについて聞くことにした。
リオは単独行動を優先しすぎている。
グラトニーを殺す、そのためなら指揮官や仲間の指示さえ無視をする。
それはグラトニーへの強い憎しみはそうさせるのか、それがわからないから聞いてみた。
色々と注意する前に彼女の行動の意味を問いただした方が話が円滑に進むと判断してこの話から切り出した。
そしてリオはその問いに、
「その方が効率いいからよ」
あまりにも自分勝手な答えを繰り出した。
「……危険だと思いますが」
グラトニーは恐ろしい化け物だ。
第00小隊がグラトニーたちを一方的に屠る場面は何度も見た。
しかし、グラトニーは地球を侵略し、地上を灰の世界へと変えた驚異の暴食者。
だから一人単独で行動するのはリスクが高すぎるのだ。
「危険度が下級のグラトニー相手に手間は取らない。私一人で十分。他の仲間の助けは必要ない。あるとしても遠くからサポートに徹していればいい」
「一人で戦えばもしものアクシデントが起きたらどうするのですか?」
「問題ない。私は強い、どんな困難でも乗り越えられる」
自分の実力を誇るように言い放った。
違う。
強くても、地上にいる以上危険は常に転がっている。
だから小隊の仲間と戦うべきだとトラノスケはそう思っている。
危機が迫り窮地に陥った時、それを防いだり切り抜けたりすることができるように、小隊全員が力を合わせるべきなのだ。
「白神さん、はっきり言いますよ。単独行動は控えてください。私の指示を聞いて、仲間と共に行動してください。あなたは第00小隊の隊長です。私の次に責任がある立場なのですよ、あなたが自由に行動しすぎたら他のメンバーにも負担がかかってしまう」
それに、リオは第00小隊の隊長だ。他の隊員に引っ張るリーダー的存在。戦いに指示を出すのは指揮官だけでなく隊長だってしなければならないのだ。
小隊のリーダーが我儘なのはまだいい。
仲間を無視して自分勝手に行動するのが間違いなのだ。
「説教? 新人のくせに」
「他の小隊が怒っていました。急に戦場に乱入するな、と。指揮官としてはいけないと思ったことはちゃんと伝えなければならないと――」
「私なら味方のビーム弾を動かせる。だから問題ない」
「そうじゃなくてな!」
一人で戦わないでほしい、勝手に行動しないでほしい、それを伝えているのにリオは自分一人で戦うほうが効率がいいと的外れな反論を言っている。
トラノスケも内心頭を抱えた。
なぜここまで単独行動にこだわるのか。
己の実力に自信があったとしても、ここまで一人でいたがる彼女の心理に疑念を抱く。
「……私は強い。だから誰の助けもいらない。私一人で解決できるなら、それがベストよ」
他者を引き寄せないほど、冷たい声色でトラノスケにそう言い放つ。
「……強いからって」
「話はこれでと終わり。これ以上は訓練の邪魔よ」
そしてトラノスケからすぐさま視線を外して、訓練に戻っていった。
取り付く島もない。
他者など必要ない。己一人で十分だ、その意思は全く曲がらない。
「白神……なんでそんなに自分一人で……」
どうして指揮官の頼みを断ってまで己一つの身で戦おうとするのか。
強さに自信があるのか、それとも他に理由はあるのか。
去っていくリオの背中を見ながらそう考えていた。