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松下寅之助の日常

 ここ寅之助が働いている職場だ。この場所はニュー・キョートシティの物流の源であり、多くの会社から物流を預かり、そしてこの場所からさまざまな所に荷物を届けに行く。『ニューキョート物流センター』である。

 寅之助はこの場所で働いていた。


「危ないよ! どいてどいて! 責任取りたくないからさ!」


 寅之助の言葉と共に人の大きさほどのドローンが荷物を運ぶ。

 彼の手に持っているのはドローンのコントローラー。彼はそれを巧みに操り、荷物を素早く丁寧に運ぶ。


「若いのに、大型ドローンの免許もってんの凄いね。こりゃ楽ちんだ」

「いやー、結構集中してやらないと荷物と荷物がぶつかって大惨事になりますから。神経に気を使って作業してますよ」


 一緒に働いている同僚も寅之助の巧みなドローン操作技術にアッと目を見開く。

 荷物を運ぶための大型ドローン。

 一つで一トンの荷物をきちんと操作すれば安全に運ぶことができる作業用ドローンである。

 だがこれらのドローンは正確に操作しなければ大きな事故につながるため、大型ドローンの免許は取得が困難である。

 だが寅之助はその大型ドローンの免許を持っているのである。


「ドローンは私の趣味ですから。去年、取ったんですよ」

「……今年で何歳だ?」

「十九です。まだ誕生日は迎えていませんけどね」

「まじかよ、そんなに若いのに取れたのか?」

「動かしてみたくて、必死に勉強して取ったんですよ。まあ、職場でしか動かせないけどね!」


 ドローンの操縦は幼いころからやってきた趣味だ。ドローン以外にもラジコンカーやラジコン飛行機も操って、広場で自由に駆け回ったものである。

 グラトニーに襲われてしまい、自宅にあったコレクションは失ってしまったものの、両親から貰ったお気に入りのドローンだけは家にある。


「このドローンに乗って空を飛びたいって思ったんだが」

「そんなことしたら一発で免許剥奪だぞ」

「ですよねー でも、乗れたら楽しいと思いませんか? ロープでぶら下がってターザンごっこでもしてみたり」

「無茶は若者の特権というが、はた迷惑なことはするもんじゃないぞ」


 搭乗用のドローンでなければ乗るのは危険なため工場のドローンに乗るなんてことはいけないのである。

 そんな話をしながら荷物をテキパキと運んでいった。

 これが松下寅之助の日常。

 仕事でドローンを扱うことはあるが、一般人とあまり変わらない普通の日常である。




 昼休憩になった頃、寅之助は休憩場で昼ごはんを食べていた。

 口にしているのは朝食べたものと同じ、プロテインバーだ。


「またプロテインバーかよ、松下。俺、お前がそれ以外のもの食べたところ見たことないぜ」


 同僚も寅之助の食事に首をかしげる。


「高いだろ、普通の料理は」

「高いと言ってもちょっと金出せばいいもの食えるぜ。いくら地下に追いやられたってここは日本。食のことは最優先だ、地下でもちゃんとした食材は作られてある。だから俺達は飢えていない。野菜も肉も、もちろん米だってあるぜ。まあ、カカオがないのは残念だ、模造品のチョコもどきで我慢しないといけない」

「でも、やっぱ高いし。これならカロリーも栄養も足りる」

「はー、もうちょっと食にこだわってもいいと思うんだがな」

「ならくれよ」

「嫌だね、俺にとってはこの時間は娯楽なのさ」


 同じものばかり食べている寅之助に呆れる同僚。

 別に寅之助も好きでプロテインバーばかり食べているわけではない。嫌いというわけではないが。単純に所持金が少ないから安いプロテインバーを食べている。今の時代、プロテインバーや栄養食品の方が食材買って頭ひねって節約料理作るよりも安いのである。


『大量発生したグラトニーでしたが、地球奪還軍の第01小隊が討伐し、北部地域の安全を確保したとして――』


 ニュースが流れて、それを聞いた会社の人たちが騒ぎ出す。


「聞いたかよ、またやってくれたぜ。地球奪還軍」




 ――地球奪還軍。

 人類がグラトニーに奪われた地上を奪還するために作られた軍隊。そしてこのニュー・キョートシティの安全を守る人たちでもある。

 彼ら地球奪還軍が作り出した、特殊な兵器はあのグラトニーに侵食されずにダメージを与えることができるという。そのおかげでグラトニー相手に戦えているのだ。

 地下にいるからといってグラトニーが襲ってこないとは限らない。

 だから地球奪還軍は地上エレベーターで地上に向かい、グラトニーと戦って討伐して市民の安全を守っているのだ。

 この街の希望の象徴なのである。

 



『だが以前、グラトニーの大量発生率が上昇しており、地球奪還軍の第01小隊、法隆(ほうりゅう)隊長もより力を入れてグラトニーの討伐を行うと証言しています』


「へえ、やっぱすげえや」

「でもグラトニー最近増えてるよな。不安じゃね?」

「地球奪還軍がいれば大丈夫だって! まあ、地上を取り返すのはまだ先になるかもだけど……でも俺たちが安心して暮らせているのはやっぱ彼女たちのおかげだよ」


 グラトニーという驚異の侵略者に不安を感じることはあるも、それでも自分たちが人並みの生活を送れているのはこのニュー・キョートシティとそれを守っている地球奪還軍のおかけだ。

 寅之助たち市民は平和に暮らせている。それは今の時代において不可能に近いことだが、それを可能にしている時点で凄いことである。


「なあ寅之助。地球奪還軍の指揮官に応募してみたらどうだ? 給料滅茶苦茶いいらしいぞ」

「いいじゃん、松下応募してみなよ」

「おいおい、冗談きついぜ。あんな化け物相手にするなんて、死に行くようなものだろ!」

「松下! 班長が呼んでるぞ!」


 ニュースのことを話していると、同僚から呼びかけられた。


「え、俺が?」

「そうだ」

「わかった! すぐ行く!」

「昇進とか? 大型ドローンの免許取ったし」

「しばらくの間、残業を任されるとか」

「クビじゃあなければなんだっていいさ」


 一体何のようだろうか。

 プロテインバーをすぐに胃に入れて、上司のもとにすぐに向かっていった。

 


「え、異動ですか?」

「ああ、急で悪いけどね。君には1週間後、とある場所で働いていてもらうことになるよ」

「一週間後⁉ 本当に急ですね」


 そんな短い期間で違う職場に移る。本来職場異動ならもっと期間があるはずだ。

 緊急の異動というわけか。

 どうして急にそんなことを言ってきたのか、寅之助は班長に聞いてみると、


「松下君は大型のドローン持っているだろ。その職場の班長がドローンを扱える従業員を探しているんだ」

「どんな職場なんですか?」

「地上のエレベーター付近の基地だ」

「なんですって?」


 思わず寅之助も疑問の声を上げる。

 地上エレベーター付近の基地。そこは地球奪還軍の武器や防具、食料や医療品が管理されている。

 もちろん地上にある施設のため、いつグラトニーが襲ってくるかわからない。グラトニーによって空気も汚染されている。常に危険がともなわれる場所である。

 そんな場所で働けと言うのだ、この班長は。寅之助は自分の命の危機を悟る。


「危ない場所じゃあないですか。いくら上司の指示でも、行けません」

「大丈夫だ、地上付近の防衛施設はちゃんとしているし、グラトニーもエレベーター付近まで襲ってきたことはかなり前だ。それに君、上に上がりたいんだろ。なら、この場所で働くのがいいんじゃないかな」

「しかし……」

「それに……この職場の給料はだな……」

「――⁉」


 渡された資料に書かれている賃金を見て目を見開く。今ここで働いている職場と比べると倍に近いぐらいの賃金の額が書かれていた。


「やります! やらせていだきますた!」


 これに乗らないではない。

 寅之助は危険な職場へ異動することを決断した。






 寅之助は仕事が終わり、病院の入り口を通って横にある個室に入る。そこは病室の面談室のようなもので、ホログラムで話したい患者相手が目の前に現れてくれるのだ。


「やあ、美羽。どうだ。体の調子は大丈夫か?」

「兄さん。まあ、悪くなくはなってないよ」


 そして今あっているのは、寅之助の妹。松下美羽であった。

 毎日仕事終わりにここに通っている。妹の話し相手として毎日付き合っているのだ。


「良くもなってないけどね……」


 不安げに自身の体を見る美羽。


 ――彼女の両手両足が灰のように白く濁り、ところどころ青黒い水晶がついてある。


 美羽がかかっている病状の名前は『身体灰結晶病』。

 グラトニーの体内に持っている細胞が外に出される時ウイルスのようなものとなり、それを吸い込んだり浴びたりしたら、皮膚が灰や結晶のようになったりしてしまう厄介な病気だ。奴らの発するウイルスさえも生物の命を侵食していく。

 寅之助はかかるまえに地球奪還軍の医療部隊がワクチンを開発して、そのおかげでこの病気にはなっていない。正直言って運がよかったと寅之助は思っている。


 このニュー・キョートシティの人口一割がこの病に侵されている。

 美羽もその病状にかかり、この病院の隔離病棟で生活を送っている。

 二年前から、この病気になってずっとだ。


「……いつになったら外に出れるのかな?」

「……ごめん、俺にもわからない。でも、地球奪還軍の人たちがいずれ身体灰結晶病を治すワクチンを作ってくれる。それまで待てば――」

「それがいつなのって聞いているのよ……」


 ぽつりと吐き捨てるように問いただしてくる。


「お父さんとお母さん……ずっと治療用カプセルでずっと寝たきりじゃん……他の患者もどんどんいなくなっていくし……いずれ私もああなるの……それはいや……」


 二人の父と母も身体灰結晶病にかかっているが両親はカプセルの中で目を閉じている。二年前からずっとだ。手足だけでない、内臓や骨、脳みその一部にも結晶が生まれている。生きているのも不思議だと医者が言っている。

 妹の美羽は、手足は動かせるので、まだ症状は軽い方なのである。

 それでも激しく動かせば手足にひびが入って出血するため、ろくな運動をすることもできやしない。


「美羽、そんなこと言うなよ。お父さんとお母さんは寝てはいるが、死んでいないよ」

「今も植物状態と変わらない、本当に目を覚ますかどうか……私もああなるんじゃないかって」


 表情がだんだん固まっていく。そして目の奥底に不安がにじみ出ている。

 二年、ずっと隔離病棟で暮らしているのだ。彼女の心は常に自分の心が消えてしまうことへの不安が積もっていく。

 だがら、妹が辛辣になったり、ただ不満をぶつけられたりしても、寅之助は真正面から受け止めていく。彼女の心が少しでも楽になることを願って。


「……美羽、お父さんとお母さんは無事だよ。目を覚ます……絶対にさ」

「兄さん……」


 寅之助が必死になって働いている理由がこれだ。




 寅之助の家族は全員、身体灰結晶病によって体の一部が灰のようにもろい結晶となっている。

 治療薬はまだ完成していないが、病状を遅らせるワクチンや薬はある。それらは患者全員に無料で支給されているが、よりグレードの高い薬や知長を受けるとなると金が必要となるのだ。

 寅之助の両親が治療カプセルに入れているのも寅之助がそれの利用料を支払っているからだ。

 とにかく働いて金を稼いで、その金で少しでもいいから症状を遅らせて治療薬が完成するまで待つ。

 寅之助が家族にできることはそれぐらいしかなかった。

 でもそれで死ぬことから遠ざかるなら、それでいい。

 とにかく生きてほしいのだ、両親と妹には。

 そして再び、外の世界で一緒に暮らせれば……それだけが寅之助の願いだ。




「美羽、俺さ、職場異動することになったんだ」


 寅之助は今日の出来事を話し出す。

 このことは美羽に伝えないといけないと思ったためだ。


「……どこに?」

「地上のエレベーター付近の基地」

「え⁉」


 その言葉に美羽が驚く。

 地上での仕事なんて自ら身を滅ぼしに行くようなもの。そんな場所に兄が行くなんて信じられなかった。


「兄さん! そこは危険よ! 今からでも止めて! そしてそんな職場退職して!」

「結構ひどいこと言うなあ、もう二年以上勤めているんだぜ」

「……兄さんまでいなくなったら……私、どうするの?」

「家族残して死なないよ。俺は」


 家族の病気を治るまで死ぬつもりなんて全くない。

 それがどれだけ危険なことが起きてもおかしない場所に行くとしても。家族の症状が軽くなるなら、自分はその場所に行く。

 もう決めているのだ。


「……兄さん」


 そんな決心に満ちた症状を見た美羽はほんの少し、勇気が心に灯ったような気がする。


「それに、俺が望んだことだ。会社のことは悪く言っちゃあだめだぞ」

「……もう、兄さんったら」


 叱られるも嬉しそうにする美羽。

 ここで今日の会話は終わった。



 これが寅之助の一日。

 職場で必死にドローンを動かし、仕事帰りには妹に合う。


 ――この変わらない日常が続けばいい。


 ――家族が病気にかかっているなんて、早く治ってこんな日常終わればいいのに。


 妹と話すたびにそんな二つの思いが心の中でぶつかりあった。

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