第00小隊とウカミタマの秘密
「…………どうしよ」
どんよりとした気持ちのまま指揮官室の椅子に座っている松下トラノスケ。
他の小隊に迷惑をかけてしまった。始末書は書かされていないものも、リーユェに叱られつつも生暖かい目で見られた。たぶん第00小隊の隊員の勝手な行動に同情しているのだろう。なおさら精神的にキツかった。
任務が終わった後、色々と言ったがそれでも次はちゃんと聞いてくれるかどうか……。
「そういえば八幡さん、白神さんのことを知っていたな……」
ふと、任務が始まる前にツカサが言っていたことを思い出した。
――この部隊、過去に訳アリなメンバーばかりだ。
そのことはよく耳に残った。
しかもツカサだけでなくリーユェも似たようなことを言っていた。
彼女たちは過去に何かしらあったのだろう。それを知らなければ始まらない。
「資料を見ろ……そうだな、彼女たちがなぜこのようなことをしたのかわかるかもしれない」
あんな戦闘をするのも理由があるのかもしれない。
それを知らなければ、第00小隊を指揮官として導くことはできない。
「俺は指揮官だ。彼女たちにきちんと指示を出さないと。そのために彼女たちのことをもっと知らないと。幸い、次の地上での任務はまだ時間があるしじっくりと資料を見れるな」
机にあるタブレットを持ち出し、空中液晶を展開。そこから自分の小隊のメンバーに関する情報を得るため、『第00小隊 プロファイル』にタッチして中身を見る。
六つのファイルがある。第00小隊のメンバーたちの情報が載っている。もちろんトラノスケの分も乗っている。
「隊長の白神さんから見るか」
小隊のリーダーであるリオから見ることにした。ファイルを開いて中身を確認する。
「白神リオ。年齢十九歳。身長164センチ。体重……は読まないでおいてってそういう情報も書いてあるのかよ。スリーサイズ、91……って待て待て、なんでそんなもんまで書かれているんだよ!」
こんなの他人に知られていいのか、そんなことを疑問に浮かべながら再びプロファイルを見る。最初の方は飛ばして。
「お、落ち着け……細かくプロファイリングされているだけだ。これらの情報は無視して、概要だけ見ればいい! えーと……待て――なんだこれ?」
書かれた情報に目を通していくと不穏な文字が目に入った。先ほど熱く感じていた顔も一瞬で冷める。
そしてその内容を読んでいくとトラノスケの表情はどんどん険しくなっていった。
「――命令違反。指揮官および隊長の指示を無視し、単独でグラトニーとの戦闘を繰り返す。そのたびに注意や懲罰を受けるも改善が見られる様子なし……」
読んで頭を抱えた。
ようは白神リオが起こした問題行為が書かれている。
そして書かれていたことは先日その眼にした。彼女は自分の部隊に入る前から問題を起こしているということだ。
何度も注意を受けてもやるのは、グラトニーに対してよほど大きな恨みは察する。だがやはり他の隊員たちも彼女の行動に手を焼いているようだ。
「この小隊に入る前からそうなのか……いや、待てよ! ひょっとしてまさか!」
最悪な考えが脳裏によぎる。その瞬間、冷や汗もどっとあふれてきた。
白神リオのファイルに前の戦い。この二つから推測されることは一つ。
「他の隊員はどうなんだ⁉」
他のメンバーのファイルに目を通す。
そしてトラノスケの嫌な予感は的中してしまった。
「平泉イチカ、敵前逃亡⁉ さらに味方への暴行⁉ グラトニーの戦闘中に逃亡、さらに懲罰期間中に凶暴的になり同じ懲罰部隊の隊員に殴りかかる⁉」
次、
「富岡ツムグ、指揮官の殺害……未遂⁉ 指揮官の首を掴み殺害寸前まで追いやる⁉」
次、
「上野マリ・ヴァイセン、味方への誤射による利敵行為……⁉ グラトニーとの戦闘中に味方に誤射した⁉」
最後に、
「姫路エリナ、職務放棄、および命令違反。グラトニーとの戦闘よりも味方の負傷を治療することに集中して、戦闘を放棄。または治療中はどんな状況でも指示を聞かず無視する⁉」
次々と出る隊員たちの問題行為。
これを見てトラノスケはめまいが起きる。隊員全員に爆弾が抱えてあった。それを知れば誰だって頭を抱えてしまう。
ようは、
「この小隊は軍事犯罪を犯した者が集まったメンバーだってことかよ⁉」
問題を起こした者たちが集う小隊。
それが第00小隊の真実であった。
なんてメンバーを集めてくれたのだろうか。
トラノスケはしばらく指揮官室の机の前で固まった。
「賀茂上司令官! これどういうことですか⁉」
すぐさま司令官室に行って、賀茂上に抗議をしに行った。
なんでこんな危ないメンバーが集まった小隊の指揮官にしたのか。それを問いただしにきたのである。
「松下指揮官、大声はやめてくれ、耳に響く」
「ああ、すいません。でも叫びたくもなりますよ! 自分の小隊、どうなっているんですか⁉」
「知ったか。第00小隊の隊員たちの過去を」
「過去というか、罪を知ったと言いますか」
「同じようなものさ」
「司令官、なぜこのような問題行為を起こした隊員を第00小隊に集めたのですか! そしてなぜ自分はそんな小隊に⁉」
じゃじゃ馬ぞろいの隊員。
そんなメンバーがそろった小隊に指揮官になったばかりで入隊させられた。本当だったらもっと他に適任の指揮官がいるのではないか。
新人である自分にあの彼女たちを指揮するのは荷が重すぎるのではないか。
いろいろと疑問が頭に浮かぎ、それを問いただしにいく。
「彼女たちも問題行為は起こした。だが根は優しくてな。それも君はわかっているだろう?」
「宿舎でも結構自由にやっているし、任務中暴れまわって大変でしたよ」
「……」
それを聞いて顎に手をやり、
「……それはすまん。新人相手なら彼女たちもちょっとは冷静になると思っていたが」
素直に謝ってきた。
賀茂上本人もトラノスケがここまで苦労しているとは思わなかったみたいだ。
「正直、これから先やっていけるとは思いません。そりゃあ普通のグラトニー相手なら彼女たちなら問題ないでしょうけど、グラトニーは様々なものに侵食して独自の進化を成したものもいるのでしょう。それらに当たったら自分たちは無事ではすみません」
「そうだろうな」
「そうだろうなって……第一、ほかの部隊に迷惑かかるのが一番まずいです。余計に被害を広がせたらこっちの胃が持ちません……」
元は会社で働いていたトラノスケにとって自分たちの部隊の行動によって他の小隊に迷惑をかけてしまうことが一番の懸念だった。
自分たちが問題行為を起こしたらその分の負担は他の小隊にも行く。そうなれば謝るのはリーダーである自分だ。それで余計な仕事が増やされるのだからたまったものではない。
一番いやなのはそれで他の小隊に嫌な目を見られることだろう。地上で活動していれば他の小隊と協力することもある。なのに自分たちが問題行為を起こしまくったら他の小隊は協力してくれるだろうか。
してはくれるだろう。
だがチームの雰囲気は悪くなるし、グラトニーと戦うのに味方同士でいがみ合って無駄に体力を消耗するのは馬鹿らしい。
だから第00小隊のメンバーにはちゃんとしてほしいのである。
「彼女たちを懲罰部隊に入れたりはしないんですか?」
「懲罰部隊は存在する。第09小隊がそれだ。彼女たちも短い期間ではあるがその部隊に入隊したこともある」
「ならなぜ第00小隊を作り彼女たちを入隊させたのですか?」
「君にも彼女たちの力を目にしただろ。恐ろしい侵略者、グラトニーを殲滅できるあの力を」
――グラトニーを一方的に倒せるから特別だ。
賀茂上はそう言いたいのか。
そんな理由にトラノスケは納得できなかった。
「目にしました。まさか実績があるから懲罰部隊から外したとかいうわけですか? 銃だけうまくても……指示に従わないようなら」
「銃の腕ではない。彼女たちの不思議な力の方だ」
「……あの摩訶不思議な力のことですか?」
不思議な力。
隊員たちが目を光らせたとき、物理法則を無視した摩訶不思議な力のことであろうか。
「白神隊員の目が光った時、ビーム弾を曲げた光景を目にしたか」
「はい、しました。他の隊員たちも目が翡翠色に光った時、目を疑うようなことが起きました。まるでファンタジー世界の魔法を使っているような……」
「それだよ」
トラノスケの言葉に頷き、その不思議な力のことを話し始める賀茂上。
「ウカミタマは稀に彼女たちのように異能力を身に着けることもある。君が見たものはその異能力だ。白神リオ隊員は光そのものを自由に屈折させることができる。本人はそれ『光射す道』と呼んでいる」
「それってウカミタマ全員が使えると?」
「全員ができるわけではない。本当にごく一部だ。ウカミタマの中で異能力を使えるのは小隊の隊長クラスしかいない」
一息、
「実際、彼女たち第00小隊はたった五人で他の小隊と互角と言っていいだろう。なぜなら彼女たち全員が異能を持っているのだからな」
「五人で一小隊並みの戦闘力ですって⁉」
全員が不思議な力をつける上に、他の小隊に劣らない戦闘力を持っている。
そのことにトラノスケは驚くしかなかった。
ということは第00小隊の彼女たちは全員隊長クラスの実力の持ち主だということ。
「だからこそ、新人である君を第00小隊の指揮官に任命した」
「それが理由で……」
「人数も少ない。指揮も取りやすいと考えたためでもある。だがやはり一番の理由は全員の戦闘能力の高さであり、危機的状況に陥っても君を守ってくれる、そう思ったからだ。実際に共に戦った君ならそれがわかるはず」
「確かに戦闘能力は頼りになります」
確かにグラトニーを一方的に殲滅できていたあの腕を見れば納得はできる。
第00小隊のメンバーが強いのは兵器の扱いが上手いだけではない。
異能を自在に使えるのも理由なのだ。
「ウカミタマが宇迦之御魂神から取られるように、この力は神から授かった奇跡と取り、この異能を私たちは『キセキ』と呼ぶようにしている。実際、奇跡のような摩訶不思議な力ではあるからな」
「『キセキ』……」
摩訶不思議な異能、それが『キセキ』。
賀茂上の言う通り、まさしく天の神が人類に授けた奇跡であろう。現実の常識を軽々と壊していくその力は計り知れないものだ。
そしてここまで説明されて、トラノスケは思ったことを口に出す。
なぜ第00小隊が作られたのか、その疑問を。
「ようは彼女たちの戦闘能力とキセキがあるから、懲罰部隊に入れておくにはもったいないと?」
「そうだ。それに、グラトニーと戦うには戦力が足りないのだよ。我らは。だからキセキを使えるウカミタマは貴重な戦力である。どんな理由があっても彼女たちを戦いの場に出させなければならない。それが地球奪還、そしてニュー・キョートシティの平穏を守ることにつながる」
「賀茂上司令官……」
「懲罰部隊から外したのは無理やりだ。しかし私たち地球奪還軍は彼女たちに戦いを強制はさせていない。本人自ら望んでグラトニーとの戦いをしている」
一息、
「この第00小隊が作られたのは君が来る一月前。君が地上エレベーター付近で仕事をしていた時に助けてもらっただろう。その日に作られた」
「あの日に?」
自分が命を救われ彼女たちと出会ったあの日、あの時に第00小隊。
その第00小隊に自分が指揮官で着くとは思ってもいなかったが。
「ああ、あれが初任務だ。過去に問題を起こすも、その実力は懲罰部隊に閉じ込めておくには惜しい。だからこそ作った、第00小隊を」
それに、
「……彼女たちも変わろうと思えば変われる。力におぼれ、他人に迷惑をかけても罪悪感を抱かない他の懲罰部隊の隊員と違って」
(小隊のメンバーは過去になにかしらあったのか? 罪を犯した以外にも……)
賀茂上の言葉にそう思わざるを得なかった。
その表情は罪を犯してしまったものへ向けるようなものでない。怒りや侮蔑よりも、どこかそうさせてしまったことに足してのやるせなさがこもっている。
トラノスケの目にはそう見えてしまった。
「第00小隊がこのまま活動できるかどうか君にかかっている。お願いだ、もう少しだけ彼女たちと向き合ってくれないか? 一月、彼女たちの指揮官であってくれ。そして一月後、その気に聞こう。第00小隊と共に活動するか、第00小隊を解散させて君を別の小隊の指揮官にするか」
中々に面倒なことを押し付けられた。
だがしかし、
「……指揮官がそういうなら」
上の指示には逆らえない。
トラノスケは不安を抱きながらも賀茂上の指示を受け入れることにした。
「ついでに第01小隊から不満の声が上がっていたから小隊のメンバーに注意しておくように」
(あっ、やっぱり怒っているよな。ワンさん)
余計な仕事が増えたな、と内心ため息をつくトラノスケであった。
「…………」
「兄さん、何か顔色悪いけど大丈夫?」
「……なあ、美羽」
「なに?」
「自分の小隊のメンバーが危ない連中ばかりだったらどうすればいい?」
「やっぱり辞めようよ、指揮官なんて」
「いや、でも。入隊して一週間もたっていないのに」
「兄さんの命が危ない方が私は嫌だよ」




