ウカミタマの奇跡
グラトニー討伐で地上エレベーターから離れてしばらく。
トラノスケたちの目の前にはひどく廃れたコンクリートの建物が崩れかけている場所に到着する。
ひび割れた道路、倒れて壊れかけている電柱、そして灰色に染められた大地。人が住んでいた跡だけ残っている。建物なんて触れただけでも崩れてしまいそうなほどに脆さを感じてしまう。
ここはかつて京都の観光名所が集まっていた場所。だが名所は今や灰に染まり、建物の多くはほころんでいる。
宇宙からの侵略者であるグラトニーが残した傷跡がこれでもかとこの場所に刻み付けられていた。
この場所を地球奪還軍は『旧京都市街』と呼んでいる。
「まだこんな建造物が残っているのか。灰がかぶっているが」
「グラトニーもわざわざ無機物までは好んで侵食しないってことかしら」
「ですが、グラトニーは鉱物などをよく侵食すると教えられました。ひょっとして住処にしている?」
「さあ? 奴らの力はわかっても生態はまだ不思議だもの。ところどころないのは腹減りすぎてつまみ食い感覚で侵食でもしたのかしら」
「もしかしたらグラトニーが暴れた後かもしれませんね~」
灰ばかりの世界から建物が見えたと思ったら、その建物もボロボロになっていて、余計に地上の世界が侵略されているということを実感する。奴らのいいようにされていることをこの目で見て、怒りがわいてくる。
「あらためて今回の任務の確認を行います。今日行う任務は地図に指定された場所でグラトニーの集団を発見された情報があります。自分たち、第00小隊はグラトニーの集団を見つけ、それらを討伐する。それが今回の任務です」
「そうだ。私たちの仕事はグラトニーの討伐。それだけだ」
自分たちがするべきことを確認する。
地上エレベーター付近のグラトニーを討伐して安全を確保することが今回の任務である。地上エレベーターの防衛施設を再建設するためにはグラトニーからの襲撃を未然に阻止する必要がある。
そのための今回の任務だ。
そしてしばらくひどく寂れてしまった旧京都市街の中を走っていくと、
「目的の場所まで到着しました。周りにグラトニーは?」
「見えません!」
「い、いない、です」
「指揮官さん、索敵をお願いします」
「わかりました」
ヘルメットの側面に触れて、ヘルメット内のガラスに液晶が映る。そしてホバータンクの上部からドローンが飛び出し、ドローンについているカメラから外の景色を見る。
さらに操縦席のスイッチを押し、ホバータンク上部からアンテナが現れて特殊な電波を流す。
「ドローンでの索敵、そしてホバータンクのグラトニー索敵レーダーを起動します」
二つの索敵装置で周囲を確認。
敵のグラトニーがいないかを確かめる。
――ピコン! ピコン!
反応あり!
「いた! 北北東の方角! 距離1000! 崩れた道路を集団で歩いています! 映像をホバータンク内に映しますね!」
「見つけたか!」
「ドローンのカメラでグラトニーのタイプを画面に映します!」
ドーロンが撮影している場面をホバータンク内に空中液晶に映し出す。
画面に映っているのは顔がのっぺらぼうのように目も鼻も口もない、人の形をしたグラトニーが集団で道路の中心をゆったりと歩いている。
さながらホラー映画のゾンビみたいだ。
「人形が歩いている?」
「いえ、あれは人型グラトニー。『ガキ』ね」
「がき? 子供?」
「妖怪の方よ。グラトニーのそれぞれの体型を判別するために名前がつけられているわ。新しく名前をつけても分かりづらいから代わりに日本の妖怪やらモンスターの名前をつけているってわけ」
「なるほど」
「あ、あれももとは人間なんですよね」
「なんだって?」
嘘みたいなことを聞いて眉を顰めるトラノスケ。
「グラトニーは侵食した物質を模倣して様々な形に変身するのよ。前に出会った蜘蛛みたいなやつも、おそらく虫の蜘蛛を模倣したのでしょうね。大きいけど」
「本当かよ……」
あの『ガキ』がグラトニーに侵食された人間の成れの果て。そう思うと不快な気分になってくる。
奴らグラトニーはただ地球の生物を貪るだけでなく、死んだ者たちの姿を真似するのか。前に出会った狼や鳥の形をしたグラトニーもそれに近しい動物たちを模倣した存在なのだろう。
「他の所からやってきたのに、好き勝手しやがる……」
侵食されて死んでしまった人たちからしたらたまったものでない。生きているものだけでなく死んだものにさえ害を及ぼしていく。
討伐しなければ、そんな気持ちが高まっていく。
すぐさま奴らを討伐するための作戦を考えなければならない。
そう考え、味方の意見を聞こうとしたら、
「その映像を見る限り、私一人で十分だ」
武器を握りしめて立ち上がるリオ。
たった一人で戦ってくるとすでに臨戦対戦。嫌な予感がトラノスケの脳裏によぎる。
「ちょ、ちょっと待ってください! いくらあなたが強くても一人で戦闘するのは危険ですよ!」
「私は強い。普通のグラトニー相手なら楽に勝てる」
そう言って外に飛び出る。
グラトニーへの殺意をみなぎらせながら、すぐにでも戦闘を行うつもりだろう。
「マジかよ!」
「いつものことね」
何言っても止まりそうにない。もう姿が米粒ぐらい小さくなっている。全力でグラトニーを殺しにいっている。
(俺が新人の指揮官だからか? いや、彼女にとってグラトニーを倒すことが先決。指揮官や味方の指示よりも)
リオのグラトニーへの執着心は尋常ではない。だから目に映ったグラトニーを片っ端から殺しに行く。
自身のグラトニーを殺すという使命に従って行動している。
ならばどうするか。
「平泉さん、富岡さん。白神さんについていってグラトニーを討伐してきてください」
「わ、私? わ……わかりました」
「了解であります!」
名前を呼ばれた二人はすぐにホバータンクから出てリオの後を追った。
「私たちはどうするの?」
「他のグラトニーたちがやってきたときに対処をお願いします」
「わかりました、ホバータンクを守るんですね」
索敵のおかげでホバータンクの近くに敵はいないが、それでも警戒しておくべきだ。ホバータンクは小隊にとっての小さな補給所。ならば戦力を別れさせてホバータンクに残しておきたい。
「敵発見。戦闘を開始する!」
そしてリオもグラトニーを見つけ、先手必勝と言わんばかりに引き金を引く。
「待ってください! 隊長さん! アタシもいます! 一緒に戦います!」
「や、やっぱりいきなり戦闘を始めてる⁉」
遅れて戦場に到着したイチカとツムグも銃を構えた。
「素早いだけで単調だ。楽な相手」
どれだけ目の前に大量のガキが襲い掛かっても冷静にジェットブーツで高速移動しながら射撃。ビーム弾はぶれることなく敵の胴体に命中。対して相手の突撃はリオの体にかすりさえせず、一方的にビーム弾をあびせていた。
(この実力……あれだけ自信満々なわけがわかるぜ)
自分の強さに絶対の自信を持つリオ。
その理由が今行われている戦闘を見ればわかる。
どんな状況でも冷静に、それでありながら油断せずに一方的な射撃で相手を殲滅していく。
誰が相手だろうが関係ないと言わんばかりにただただ機械の如く敵を射撃で貫いていく。
人類の脅威であるグラトニー相手にこの冷静さ。どれだけ戦闘を重ねればこのメンタルで戦闘を行うことができるのだろうか。
リオの強さに安心を抱きながらも、索敵ドローンでリオ達が戦っている場所の周辺を調べる。
指揮官にできることは部下に指示を送ること、そして部下に敵からの奇襲などのアクシデントに巻き込まれないように索敵に専念すること。あとついでに言えばホバータンクを操縦することだ。
「ん、なんだ? あのグラトニーは……」
一つだけ動きが違う人型のグラトニーがいる。他のガキよりも早くリオのもとに近づいていっている。
トラノスケの本能が告げている。
あの動きをしているグラトニーは危ない奴だと。
『喰ウ……喰ワセロ……』
「ひ、人の顔!」
ほかの顔のパーツがないガキとは違い、人間と同じ顔がついているグラトニーが現れた。餓えて何かを欲しているような瞳。ただ生物を侵食することしか考えていなさそうな顔をしていた。
明らかに異常な表情をしたグラトニーがリオを睨みつけていた。
「『顔つき』! さすがにマズイわ! 白神! 本気でやりなさい!」
いつも飄々としているマリが焦りの表情。リオに全力を出せと促した。
それだけで『顔つき』と呼ばれるものが恐ろしい存在なのを察する。
「顔つき?」
「人型グラトニーの中でも厄介なヤツよ! 人並みの知能を持ち、高い戦闘能力を持つ! そして――」
説明している間にフェイスと呼ばれた存在が右腕を突き上げる。するとその右腕がねじ曲がっていき、重火器のような形へと腕を変える。
『喰ウ! 侵食! イキモノ! 喰イ殺ス!』
そしてリオ達に銃口を向けて射撃。
変形した右腕から灰結晶が黒い煙を吹きながらビーム弾並みの速度でリオ達に襲い掛かる。
「腕が、変形した⁉」
「『顔つき』は手足を重火器に変えることができるのよ! ウカミタマの戦いを学習して武器を使ってくる!」
灰結晶がフェイスの右腕からマシンガンのように飛ばして、連続射撃。リオへと鋭くとがった結晶の群れが襲い掛かる。
「チィ!」
『顔つき』の攻撃に舌打ちをしながら、ジェットブーツで弾幕を避けるリオ。アクロバティックに回避しながらツインサブマシンガンのカウンター射撃。
だがそれもフェイスは左腕を変形させて盾のようなものを作って受け止める。盾の表面は溶けているが、それでもフェイスの体にビーム弾は直撃していない。ビーム弾を喰らったフェイスは嫌な顔をしているがダメージは少ないようだ。
「ウカリウムのビーム弾が効かない⁉」
「ダメージを軽減しているだけよ。効いていないわけじゃあないわ」
「グラトニーもランクが高い存在はビームを防げるのですよね」
なんてことだ。
無敵と思われていたウカリウムビーム弾も、実力が高いグラトニーなら一発で倒せるわけではない。
このままではリオが危ない。
今すぐドローンを送って手助けするべきだ。
「白神さん! すぐに援護を!」
「必要ない」
ドローンを送ろうとしたらリオはそれを拒否。
そして自分の獲物であるツインサブマシンガンを握りしめる。
「すぐにケリをつける」
フェイスは危険と判断したリオ。
目を閉じてじっとする。
戦いの最中でありながら。
そして彼女が目を開いたとき、
――リオの瞳が翡翠色に染まっていた。
「目が……翡翠色に⁉」
急に眼の色が変わったことに戸惑うトラノスケ。だが瞳の変化はそれだけではなかった。
「『光射す道』……もうお前は避けられない」
その翡翠の瞳に光が走る。
そしてジェットブーツでフェイスに急接近して、
「踊れ散れ! 『ミリオン・バレッツ』!」
体を回転させながら、踊るように銃の引き金を引きまくる。ビームがリオを中心に飛んでいき――そしてそのビームがリオを軸にしてリオの周りを回るような軌道を描き始めた。
『ガッ⁉』
急にビームが曲がったのを見てフェイスも驚き。
急いで腕を盾に変形させようが、その盾を避けてフェイスの体や頭部にビームをぶつけられてしまう。
ビームが海を泳ぐ魚の大群のように、うねりながら、障害物を避けながら目的地であるグラトニーの体にぶつかっていく。そのたびに体が削られていく。
一発のビーム弾で無数の風穴を開けていく。
「び、ビームが曲がった⁉ そんな兵器、彼女は身に着けていたか⁉」
グラトニーが襲撃してくる前、戦争ではビーム兵器は実弾兵器よりも驚異的だ。どんな装甲も一瞬で溶かして貫通する。まさに一撃必殺の兵器。
だからこそ兵器開発者はこのビーム兵器からの攻撃をどうやって防ぐかが重要であった。
対処は2つ。
1つ目は同じビーム兵器であるビームシールドで相殺しあって防ぐこと。
そして2つ目はビームそのものの軌道を曲げる機械を兵器に搭載すること。これによって直撃を防ぐ。
その機械があればリオの放ったビーム弾が曲がるのは理解できるが、どう見てもそんな装置、彼女の体に身に着けているとは思えない。
だからこそ、トラノスケはリオの周囲で起きている現象に驚いているのである。
「隊長さん。全力を出してきたわね」
「初めて見たら、誰でも驚いきますよね~」
対してマリとエリナはいつも見ているような口ぶり。リオの力を知っているみたいだ。
「白神さんはいったい?」
「彼女、光を自由に操れるのよ」
「へっ?」
そんなことが、と一瞬思ったが、リオが握っていたツインサブマシンガンから放ったビームを自由に動かしているのを見て、そうなのかと納得する。
「いや、待ってください! なんで光を操れるのですか!」
だがその原理がわからない。
それをマリが再び答えてくれる。
「ウカミタマが使える力だと思っていいわ」
「ウカミタマって体が侵食されないだけじゃなくてあんな力も手に入れられるんですか⁉」
「そうですね〜」
まさかの事実にトラノスケは口を閉じる。
ウカミタマになればサイコパワーやらPSIでも使えるようになるのか。
(自分が肉体強化手術を受けてなった強化人間よりも、身体能力が高くてグラトニーに侵食されなくて奇跡の神がかりのような力も使える。そりゃあウカミタマが人類の希望だって言われるわけだぜ)
あらためてウカミタマの強化人間の中でも別格の存在だということがよくわかる。
女性にしかなれないことしか欠点がない。
そしてリオの方に視点を戻すと、ビームの舞を受け続けたフェイスはボロボロになった状態で突っ立っていた。もう虫の息だ。立つのも限界だろう。
「まだ生き残っていたか」
『ク……喰ワセ――』
「同じことしか言わないな、それしか言葉を覚えていないのか? 化け物め」
ビームサブマシンガンのスイッチを切り替え。
すると上下の銃口からビームが伸びて鋭いビーム刃となる。
この武器の機能、ダガーモード。
圧縮されて伸びたビームの刃は長さこそは短いものの、二つの銃口から伸びているため威力は普通のビームソードより上。
そしてジェットブーツで最高速の速度でフェイスに近づいていき、
「――消えろ、餓えた化け物」
横を通り過ぎたその瞬間に、ビームの刃がフェイスの首と胴体を斬り放す。そして頭が地面に転がって、首元から灰へとなっていき――体も同じように――時間がたつにつれて頭全てが灰になって姿を消した。
「つ、強い……!」
「彼女、伊達に隊長になってないわよ」
第00小隊の隊長、白神リオ。
どんな相手だろうと冷淡に敵を始末していく、まさにグラトニーを殺すだけの精密な機械のように。




