友のために、風は吹く
地球奪還軍の基地に戻った後、すくさま報告をしに通信を送るトラノスケ。
すぐさま報告するならこの方が速いのだ。
この大戦果を大至急伝えなければならないと賀茂上総司令官に報告して、
「よく生き残ってくれた! そしてやってくれたな! 勲章の一つじゃあ物足りないほどのこと成し遂げてくれた!」
この言葉でトラノスケはマジに大きなことを成し遂げたんだなと強く思った。
厳格な賀茂上総司令官がここまで歓喜の声を上げて祝福してきてくれたのだ。
「これまで多くの隊員がスターヴハンガの被害にあってきた。地上を探索する上で奴らの存在は厄介であった。討伐するのも地球奪還軍が作られてたった一度だけ……それを君たち第00小隊と第02小隊は討伐を成し遂げたんだ。こんなにうれしい報告はない。見事だった」
「ありがとうございます!」
スターヴハンガの討伐は地球奪還軍の上層部に一気に知れ渡る。誰もが奇跡と出会ったかのように唖然とした後に歓喜した。
そしてその情報は上層部だけに伝わることはなく。
嵐を起こすスターヴハンガ、ラァ・ネイドンが討伐されたことは基地内に瞬く間に広がっていくこととなる。
今では悪い意味で注目されていた第00小隊。
その注目がどのように変わっていくか。
それはリオたち彼女たちの行動によって、だろう。
報告が終わって自分たちの宿舎に戻るトラノスケ達。皆、お疲れ気分でぐったりと椅子に座り込んでいる。
それでも顔には喜びの笑みを浮かべていた。
大きな仕事を成し遂げたのだ、嬉しいないはずがない。
「今回も大変だった〜……新人がする任務じゃないぜ」
「安心しろ、トラノスケ。次も私がグラトニー共を撃ち倒す」
「リオも今回の任務では人見知りなんてせず、ちゃんと協力して戦っていたじゃないか。隊長として頑張っているな」
「…………戦っている時は敵に意識が向かっているから、かも。普通のときは話せない」
「それでもちゃんと話しているんだろ? ならいいじゃん、よくやったぜ、リオ」
「……うん」
(本当に兄と妹の会話みたいにみえるわ)
クールに無表情だが、頑張ったから褒めてオーラが見える。心なしか瞳からは喜びが満ちているように感じられる。動物だったら尻尾振っているだろう。
「しかし、まさかスターヴハンガをトラノスケ君とイチカちゃんたちが倒すなんてね。前にスターヴハンガが倒されたの知ってる? 約二年前よ。それまで誰も奴らを討伐したなんて報告はなかった。討伐したことある人物は第01小隊隊長の法隆アキラ。トラノスケ君たちは法隆の功績と並んだようなもの。本当、とんでもないわね」
「第00と第02、二つの小隊が頑張った結果だ」
「あれ、イチカは?」
今回の任務の主役であるイチカの姿が見えない。
そういえば話に入ってこなかったな、とトラノスケは思っていると、
「イチカちゃんなら部屋に戻って行きましたよ」
「いつのまに……」
エリナが答えてくれる。
どうやら宿舎に戻ってすぐに自室に入ったというわけだ。それほどまでにイチカに大きな疲労が溜まっているということだろう。
死にかけて、トオカと話し合って、ラァ・ネイドンと戦って……こんな目まぐるしい状況に陥って宿舎に戻ったのだ。その瞬間に疲労がどっと押し寄せて眠たくもなるだろう。
「まあ、疲れが溜まっているんだろ。俺もベッドが目の前にあったら飛び込みたいね」
それはトラノスケたちも同じであり、これ以上何もしたくない気持ちでいっぱいであった。考えることを止めてゆっくりと休みたい。
「そうね。今回の任務が大変だったから疲れちゃった。……ねえ、トラノスケ君。今日大変だったでしょ? ベッドまで運んであげるわ。抱き枕にだってなってあげるから……どう?」
「だ、ダメだろ! マリ! そんなことは!」
「エリナさん、マリさんが甘えたいんだってよ」
「ほんとうですか!」
「さびしいこと言うようになったわね……」
トラノスケもだんだんマリの扱いに慣れてきたものである。
翌日。
ベッドでぐっすりすやすや寝ているイチカ。穏やかに寝息を立てている。
「う……ううん……」
眠そうに目をこすりながらスマートフォンを手に取るイチカ。
時間を確認してみると午前六時、ぼんやりとしながらもベッドから起き上がった。
「…………」
『ふわ〜……おはよう、イチカ』
心の中のトオカも目を覚ます。
だがその言葉が聞こえてないのか、イチカからの反応はない。
『どうした? まだ疲れ取れてねえのか?』
「なんか、久しぶりに寝れたなぁ」
悪夢を見なかった。
夢を見ず、ただ何も考えずに睡眠に浸る。
そんな日が来るとはいつぶりだろうか。
だんだんと頭がスッキリする。悪い気分ではない。
冷や汗をかきながら、呼吸を乱して慌てて目を覚ます、そんなことが毎日起きていた。
珍しいと思いながらも、久しぶりにリラックスした気分でベッドから起き上がって自室を出る。
「他の皆も寝ているのかな……」
「よう、イチカ。そっちも起きていたのか」
早起きしたとはいえどうしたものか、そう思っているとトラノスケが声をかけてくる。彼の方が先に目を覚ましていたみたいだ。シュワシュワと泡立てている炭酸水を飲んでいる。
「あっ、トラノスケさん……早起きですね。昨日は大変でしたのに」
「前の仕事は朝が早かったものでな。今もそうだけど、まあ早く起きるのに慣れちまった」
『オレもいるぜ』
「ああ、二人か。トオカ、おはよう」
トオカにも挨拶をかわす。トオカも一人の人間なのだ。
そしてトラノスケはボーっとしているイチカを見つめて。
「やっぱ昨日のこと、いまだに考えているのか?」
「……そう、ですね。昨日起こったことがあまりにも多すぎて……まだ実感がわかないって言いますか」
「そうか、まあイチカにとっちゃあ色々なことが起きた日だからな。大丈夫か? まだ体に違和感とかないか?」
心配そうに聞いてくるトラノスケ。昨日の任務で大怪我を負ったイチカを見ている。それだけでなくラァ・ネイドンとの死闘もあった。肉体的にも精神的にも大きく疲労している。
まだ疲れが取れていないのではないか、そんな心配があったのだ。
「大丈夫です。辛くて自信もなくなって泣きましたけど……でもよかったんです」
心配しなくていいよ、とイチカは静かな口調で落ち着かせるように言う。
「自分と向き合うことができましたし、なにより二年前の決着もつけることができました」
「二年前?」
「……ラァ・ネイドンと出会ったんですよ。その時にトオカちゃんと出会って……」
口を閉ざすイチカ。
その時、思い出したのは自身の友人、チサキとモモカのことであった。
その二人のことを考えると……どうしても自分に対して嫌悪の感情を抱いてしまう。それで口を動かすのを止めてしまった。
そしてトラノスケはそれに気づき、
「……変わったな、君は。もちろん、いい方向に」
「か、変わった?」
うつむいているイチカの心を察して、無理にでも話の流れを変えようとするトラノスケ。言いたくないのはわかる、なら無理にしゃべらせるより、こっちが言いたいことをぶつけて話の内容を変えるべきだ。
嫌な思い出は……覚悟を決めてでも話したくないものだ。トラノスケもそう考えている。
だからトラノスケはイチカの心について話した。
「心に勇気が宿っているのさ。前みたいに何かにビクビクと怯えていない。目を向けあって話し合えている。戦士の顔つきしているぜ、今のイチカ」
初めて出会ったときは小動物よりも臆病であった。すぐにネガティブになり瞳に涙を溜める。
話しているだけで一緒に戦えるかどうか不安になっていく、それがトラノスケのイチカに対する印象であった。
だが今は違う。
穏やかで落ち着いている。
恐怖を振り払った者の眼をしている。
今のイチカは勇敢な戦士だ。戦いでも多くの敵を倒してくれる、そんな期待を抱いてしまうような戦士にイチカはなっている。
昨日の任務が彼女を大きく成長させたのだろう。
「そ、そうでしょうか?」
「ああ、同じ小隊のメンバーとして、これほど頼りになる存在はいない。だろ、トオカ」
『おう! 今のイチカなら隊長になれるぜ!』
「だな!」
「いいすぎですよ……もう」
そう言われたイチカは照れて顔を赤く染める。
ここまで二人に褒めちぎられるとは。
急に称賛の声を浴びせられて慌てふためく。
「……でも、こんな私に前に進む勇気をくれたのは、あなたのおかげなんです」
「俺が?」
だけど。
イチカはここまで成長できた一番の理由はトラノスケのおかげだと思っていた。
「そうです。前の私は自分の罪から目を背けながらもその罪に恐怖を抱き続けていた。あの時、自分が死ぬべきなんじゃあないかってずっと思っていた……」
『……』
トオカも余計なことを言わずに黙って二人の会話を聞くだけにする。それぐらいの空気は読める。口を挟んで邪魔になるようなことはしない。
「親友を見捨てて逃げるなんて……そりゃあモモカちゃんも私のことを嫌いになるのは当然ですよ」
「……イチカ」
「自分で何もかも……捨ててしまった。社会的立場も、家族の縁も――なにより、親友の絆も。私は、空っぽだ」
初めての任務での敵前逃亡、イチカは全てを失った。
全てに怯え、絶望を胸に抱きながらただ死なないように生きていた。
だけど――
「でも、あなたは私に勇気ある隊員だって言ってくれた。ラァ・ネイドンを倒せると私に期待してくれた。敵前逃亡をして誰もが見捨てたこの私に」
いつも怯えている自分に勇気があると言ってくれた。
先ほどまでの暗い顔から一変、穏やかで柔和な表情へとなる。そして希望がこもったその瞳でトラノスケを見つめた。
「あなたに命を救われて……私は、生きていいんだなって……私にも居場所があるんだなって、思えるようになったんです」
死にたくない、しかし人間としてやってはならぬことをした自分は生きていていいのか。
罪と生存本能の狭間に苛まれながら生き続けてきた。
「私の居場所ができたのも……過去の罪と向き合えたのも……ラァ・ネイドンを倒すことができたのも! あなたがいたからなんです!」
だから――
「私は、これからも戦い続けます。あなたに恩を返すために……今度こそは! 仲間を見捨てず、守るために……」
涙を流しながら、イチカは決意を口に出す。
もう自分は逃げはしない。
そう心に刻んで。
「どういたしまして。君の助けになれたのなら、それでいいさ」
「……あれ、おかしいな……涙が……なんで……」
「その涙は悲しみでも悔しさでもない。己の罪と向き合い続けて答えを出したものの涙だ。流したって問題ないさ」
「……うぅ……うん」
ただ静かにすすり泣く。自分を信じてくれた恩人の胸の中で。
それは涙が流れているというのに、どちらも心に悲哀はなかった。
流れた涙は未来への希望であった。
『イチカ、いい決断だぜ。オレはどこまでもついていく。トラノスケも、そうだろ?』
「当然だ――よし、真剣な話はここで終わろう。でかい任務を終えたんだ、それに!」
イチカを落ち着かせた後、
「皆、集まってくれ! 起きているんだろ! 祝勝会と歓迎会を開くか!」
大声で呼びかけると、各部屋の扉が開いてリオ達がぞろぞろと出てくる。皆眠たそうだ。
「朝からいきなり元気ね、トラノスケ。祝勝会はわかるが、歓迎会はなぜ?」
「新しい隊員が入ったろ? なあ、トオカ?」
『オレのための歓迎会か? そいつは嬉しいねえ』
「確かにねですね~」
トオカもまた一人の隊員。昨日その人格が生まれた。
ならば彼女も迎え入れて歓迎しなければ。誰もが納得して、
「それは、歓迎しないと」
「あれ? 指揮官さまの歓迎会もしていません! 記憶にありません! しなければ!」
「同時に行えば問題ありませんね〜」
「ところでトラノスケ君、なんでイチカ泣いているのよ」
「あー……俺とイチカとトオカ、三人だけの秘密、ってことで納得してくれ」
「怖がらせて泣かせたことを?」
「なわけねーだろ! そんなことしたらトオカにぶっ飛ばされてるわ!」
「ま、まさか……」
「そんな……」
「信じるなよ、マリさんの言葉を!」
トラノスケとイチカのやり取りに興味津々になっているマリ達。なにかまずいことがあったのか、とマリをのぞく三人がわたわたしている。一方、マリはいたずらに微笑んでいるため、二人の間に悪いことがあったのではないと察している。
トラノスケは必死に弁明しているところ、イチカは遠目にトラノスケの背を見つめながら、
「トラノスケさん。私、守りますから。この第00小隊を。私の居場所を作ってくれたあなたを」
イチカの心に激しき風が吹いた。
それは恐怖を吹き飛ばす、勇気の風であった。
(それで、いいんだよね。モモカちゃん……チサキちゃん)
親友に、そう誓いながら。
「なあ、トラノスケ。まだ起きているよな?」
「トオカか? ああ、まだな。これから寝ようと思っていた所だ。トオカだけか?」
「ああ、イチカなら寝ている。一つ言っておきたい」
「なんだい?」
「ありがとよ」
「……どういたしまして。しかし、何を感謝して?」
「イチカを守ったのも、俺とイチカの人格同士が意思疎通できるようになったのも、全部お前のおかけだ。それに任務も達成できたんだ。報酬だって期待できるぜ」
「そうかい。そりゃあよかった」
「最初はあんま頼りにならねえなあって思っていたのに。バカみたいな根性してるよな、お前」
「あんま暴れてイチカに迷惑かけんなよ。君が他人に迷惑かけたら、一番被害被るのはイチカなんだからな」
「わかっているよ。あらためてよろしくな。敵が誰であろうの嵐の中に巻き込んで連れ去ってやるぜ」
小さな祝勝会が終わったその日の夜。
二人だけの会話である。
二章、これで終わりです。
今回で百話を超えました。
ここまで読んでくださる読者様がいるのであれば、読んでいただきありがとうございます。
投稿期間が開くようになり、申し訳ありません。こちらの仕事が忙しくなり書く時間を取るのが難しいのが原因です。
これからもゆっくりと更新するかもしれません。
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