風砕作戦、任務完了!
「おい! そこにいるのか⁉」
「リオの声だ! 救援に来てくれたのか?」
モモカの無事を確認していると頼りになる隊長の声が。
リオがトラノスケたちにジェットブーツ吹かせて最大速度でかけよってくる。決死の表情にトラノスケたちを強く心配しているのがわかる。
「トラノスケ⁉ 無事か⁉」
「ああ、元気だ。任務も無事達成できたしな」
「そうか……よかった。先に行かせたこと、不安だったのよ。お前も、イチカも無事でよかった。それに寺山、トラノスケたちと共に戦ってくれてありがとう」
「礼にはおよばない。同志を守るのが私の役目だからな。それにそちらの指揮官には世話になった」
「スターヴハンガも倒した、俺たちは無事! 完全勝利ってやつさ!」
「後は油断せず基地に帰るだけですね!」
『だな!』
「そう……待って、今の声だれなの?」
「ああ……イチカ、どうする? 他の隊員からも聞いてくるだろうぜ」
「集まってから教えます……」
疲れがどっと溜まっている今のイチカにとって何度もトオカのことを話すのは大変であった。現に断ち切れず地面に腰を下ろしている。
「イチカ? 大丈夫か?」
「さ、さすがに疲れました……何度も死にかけたし……」
『あるいみ、初めて『嵐気流』を制御したんだ。精神力がつきかけているんだろうな』
「そっちも関係あるのか。肉体も精神も体力切れってやつだな」
「『嵐気流』は普段から扱えたはずだが……」
「それも、あとで話すよ。イチカの活躍をはさみながらな」
「は、恥ずかしいですよ……」
『自慢してやれ!』
新しい仲間のことは他の隊員が集まってからすることになった。
「速すぎよ、リオ! モモカ、アンタも無事みたいね」
「ソウォンか」
遅れてやってきたソウォンが珍しく心配そうにモモカを見つめていた。
「MVPはアンタたちね。ほんと、隊員全員がスタンドアップするわよ。次はキルスコアトップを取ってやらないとね。ホラ、肩貸すわよ」
「すまない……助かる」
「キルリーダーには優しいのよ。普段はこんなダルイことしないんだから」
疲労しきっているモモカを肩で支えるソウォン。
できる限り優しく背負って。
スターヴハンガをぶっ倒した貢献者を称えるように。
「周囲にはグラトニーはいないが警戒するべきだな……ん?」
同じ小隊のホバータンクが来るまで待とう考えていると、
「これ、なんかしら? 灰結晶にしてはやけに禍々しく感じるわ」
リオが何かを見つけた。
黒と緑が混ざったかのような見るだけで不安を煽るような灰結晶。
それをトオカが心の中で嫌な力を感じ取る。
『……ラァ・ネイドンの風と同じようなものを感じるぜ』
その言葉で誰もが警戒する。
「隊長に回収させましょう。アスカの『摩訶不思議なポケット』なら安全に回収できるでしょう」
「そうだな」
アスカならできるだけ安全に危険物らしき灰結晶を回収できると考えつつ、何か異常が起こらないか警戒を怠らない。
そしてトラノスケは通信機のスイッチを押す。
「さて、報告しようか。任務完了のな!」
トラノスケたちば他の部隊と合流した後、基地に帰還することとなった。両小隊、色々と話したいことがあったが、地上は危険な場所なのだ。そんな所で呑気に会話をしている暇はない。
ホバータンクを運転して、途中グラトニーに会うことなく帰還に成功。
地上エレベーター付近の基地まで戻ってくることができた。
「まさか、イチカに二つの人格が同時に出るようになるなんて驚いたわ」
「口動いていないのに声が聞こえた時はビックリしました!」
「姿も自由に変われるようになった。まるて手品みたいだ」
『いつだってオレとイチカ、どっちともお喋りできるぜ』
「普通なら異常な状態と捉えるべきですけど、心の声が聞こえる時点で普通の二重人格とは別と考えるべきかもしれませんね」
「別の?」
エリナがきりっとした顔でイチカとトオカの二重人格に対する考えを述べ始める。
いつもと違う様子の彼女に他の隊員は興味深そうに聞いた。
「二重人格しかり、人格が同時に出たりすることは精神に過大なストレスによる精神病です。記憶が途切れ途切れになったり、自身に不安を抱いて日常生活に大きく悪影響を及ぼしてしまいます。多重人格は心の病気ですから」
「前まではそうでしたね」
イチカとトオカが互いに認識しあう前は気を失わなければ人格を入れ替えることができず、しかも記憶は意識のある人格だけが蓄積していく。
覚えていく記憶は別々であった。
「ですが、ここまで互いの人格が仲良く共生し、記憶も共有できている。しかも『キセキ』の能力も違うなんて……むしろトオカちゃんそのものが『キセキ』かもしれませんね」
『オレが『嵐気流』そのものってわけか?』
「そうですね……イチカちゃんのキセキである『嵐気流』は風を操るのではなく、トオカちゃん自身だったのかもしれません。あくまで推測ですけど」
「……たしかに、そっちのほうが納得できるかも」
『オレを作ってくれたのはイチカだもんな』
それに、
『オレは連れ去る嵐そのものだからな』
「その言葉、今なら似合うぜ」
『前までは似合わなかったってか⁉』
「嵐というか、無差別ハリケーンだったな」
『……まあ、色々暴れすぎてたけどよ』
「二人とも、いいコンビだぜ。一緒に戦った俺が言うんだ、二人共にいれば、最強だ」
『へっ、いい褒め言葉だ。嬉しいね』
「そ、そこまで言ってくれるんですか……ありがとうございます」
二人の二重人格は全くもって別物と言っていい。
主人格じゃない方の声が周囲に聞こえる時点で特殊な力を宿した多重人格だと考えたほうがいい。
イチカとトオカ、一つの体で二つの魂が宿った、それが彼女たちだ。
「エリナ」
「はい〜?」
「あなた、そんな真剣な表情できるのね」
「どういうことですか〜?」
ちょっとムッとした顔でマリに問い詰めるエリナ。
ちょっぴりお冠だ。
「ごめんごめん、珍しかったのよ」
「マリちゃんのいじわる! ぷいっ!」
(怒ってもあまり怖くないな~)
心の中でなごんでいたイチカ、それを口にしたら火に油を注ぐのは明白なため、口を閉じておく。
ほんわかなエリナは怒ってもほんわかであった。
「はーい、第00小隊の皆さーん。お疲れさん」
「アスカさん!」
すると第02小隊のアスカがやってくる。
「いやー、トラン君。色々と凄いなあ。入ったばかりなのにスターヴハンガと二度も出会って、さらに一度は退け、二度目は倒しちゃうなんて! 流石とといいたいが、流石!」
「いくら任務でもしばらくはごめんだぜ。会わないことを祈るよ」
「まあ、稀によくあることじゃん。スターヴハンガに出会うなんてさ」
「そう何度もあってたまりますかよ」
任務を達成できたことは嬉しいが、波乱の任務ばかりにトラノスケは思わず息をこぼす。
指揮官に任命されてから何度も死にかけたし痛い目に会った。
(しばらくは休めるといいな……カスタードシュークリームと炭酸水でゆったりとおやつタイム……)
「松下指揮官。君には驚かさせるばかりだな」
「小笠原指揮官!」
カズキも遅れてやってくる。
「そっちも嵐の侵食樹を見事にぶっ壊したじゃないか。流石第02小隊の指揮官だ」
「君の方が大変だっただろうに。大きなことを成し遂げたものだ」
互いに自分たちが成し遂げたことを確認しあって安堵の息をこぼす。今回の任務で両者が生きのびれたことに安心しているのだ。
そしてスターヴハンガを討伐したことも、カズキは大いに喜んでいる。
「やはり君たちを今回の作戦に同伴させたのは間違いではなかった。第00小隊……彼女たちは良き隊員になっていくはずだ。共に戦ったからわかる」
「頼りになったか」
「ああ、彼女たちの活躍あってこそ、こちらも被害を最小限に抑えることができた。少し前では考えられなかったものだ」
「……まあ、確かに」
おそらく第00小隊の隊員たちが懲罰部隊にいた頃を思い出しているのだろう。
他の隊員に迷惑をかけてしまった頃の。
「ちょっとこっちに……そちらの指揮官と二人っきりで話したい」
「ああ、問題ない」
隊長のリオにそう言ってトラノスケとカズキが他の人に声が聞こえないぐらいのところまで離れて、
「他の隊員たちが彼女たちの見る目は厳しいものだ。どれだけ強くても、罪を犯した者は厄介者を判断してしまうのがほとんどだろう」
「そちらも最初はそうだったもんな……」
初めて合同訓練を行ったときのことを思い出す。
あの時も第02小隊の隊員たちはリオ達に不信を抱いていた。
それは訓練を重ねていくことによって消えてはくれたものの、他の小隊はそうなってくれるかはわからない。第02小隊の人たちは割と性格や過去のことよりも実力の方で評価している人たちが多いからあまり邪険に扱ってくれなかってこともある。副隊長のモモカやエースのソウォンが個人の性格より実力重視なのが第02小隊の隊員たちの思考だというのがわかりやすい。
「だが、今回のように他の隊員と歩幅を合わせて任務をし続ければ、他の隊員たちも第00小隊に対する評価もガラッと変わっていくだろう。君が彼女たちに寄り添っていけば、必ずな」
「彼女たちの心……」
「特にそちらの隊長、白神リオはアスカからよく話を聞いた。昔は臆病な子だったと……今に至るまでいろいろなことがあったこともな。だが今は君を信頼して、隊長としての責務をはたしている」
それは、
「君が彼女をいい方向に影響を与えたのは間違いない。そして平泉隊員もだ。指揮官として彼女たちを導いているよ」
「そうか、そうなのか」
そう言われて、ふと自分の小隊の隊員たちを見る。
(初めて第00小隊での任務を終えた時、総司令官に彼女たちのことを頼まれたけど、良くなっているのかな)
少しづつだが小隊の雰囲気も良くなっている。実力者揃いなのだ、チームワークさえあれば誰にも負けない。
彼女たちを向き合うことが大事だということを、トラノスケはあらためてそう考えた。
「アンタらと一緒に戦ったの、楽しかったわ。やっぱり腕がある人が隣にいるのはいいパフォーマンスができていいわね」
「ソウォン。お前の腕、とても頼りになった」
「そういや、リオっていつもVRシミュレーションシステムを使っているけどゲームが大好きなタイプ? あれだけ長時間使っているもの」
「いや、ゲームは好きだが大抵は訓練で使っている」
「あんな長時間? 凄いわね、普通なら頭パンクしているわよ」
「私から見てもそう思うわ」
「長時間のVRシミュレーションシステムの使用は脳に大きな負担がかかるからしちゃいけませんって何度も注意しているのに……リオちゃんは悪い子ですね」
「……そうか」
「トラノスケも心配してたわよね」
「む、むう……」
色々と注意されて唸るしかないリオ。
トラノスケから心配されていることは知っている。というか直接言われた。あまりシミュレーションシステムにこもるのは止めたほうがいいことを。
(一人で集中できるのだが……やはり不安か)
他の仲間からこうも心配されるとリオも訓練のしすぎはマズイかと焦り出す。
そんな任務終わりの世間話をしていると、
「松下指揮官、白神隊長。今回の任務を共に戦えて達成できたこと、まことに嬉しく思う」
第02小隊副隊長のモモカが頭を下げてきた。
感謝の礼であった。
「私の願いは達成された……討つべき仇を倒すことができたのだ、眠っている親友に顔をあわせられる」
「そうか……それはよかった」
「討つべき敵を討てたのね」
「自分の目的を果たせた、だが戦いはまだ続く。ならばより精進する。この軍にいるグラトニーを討つ同志を守るため、武器を下ろしはしない。自分のような、敬愛すべき親友を失う悲しみを、グラトニー侵略で起きたしまった悲劇を、ニュー・キョートシティに住む人々を守り続けるために」
モモカは戦いをやめることはしない。
今の自分はニュー・キョートシティを守るために戦っているのだから。その闘志はまだ燃え尽きていない。仇敵なるラァ・ネイドンを討ったとしても。
「寺山隊員、あの時救助に来てくれて助かった。君がいたからラァ・ネイドンから勝利をもぎ取れたんだ。俺とイチカだけじゃあ、手詰まりだったからさ。だからありがとよ」
「それはこちらも同じだ」
「あの、モモカちゃん!」
「…………なんだ?」
声をかけられたモモカはしばらく黙った後、耳を傾ける。
「い、一緒に戦ってくれて、ありがとう……あなたがいたからラァ・ネイドンに勝てた。それと――」
「……謝罪の言葉は何度も聞いた。だから必要ない」
「……」
片方は悲しげに、もう片方は無表情に。
この場の空気が冷たくなっていく。任務を達成した後とは思えないほどに。
しばらくするとモモカが口を開き、
「イチカ。あの時から……もう終わっているのだ。私たちの関係は」
「――そ、そんなこと……」
イチカにとって聞きたくない言葉。絶望の言葉である。
「私にとってお前はただ同じ軍に所属している隊員、そして今回の任務でラァ・ネイドンを共に倒した。それだけだ。これ以上、私から話すことは何もない」
そう言って早々とこの場から去るモモカ。その背中をイチカは悲しそうに見つめるしかなかった。
「……モモカちゃん」
『イチカ、あまり気を落とすなよ。話し掛けて返事をしてくれたんだ。ちょっとは絆を取り戻せたさ。まあ、ムカつくが』
「……トオカちゃん」
冷たい対応されて落ち込むイチカを励ますトオカ。
トオカから見ればモモカの態度も変わったように思えた。
前のように憎しみなどといった悪感情を感じ取れない。
まだイチカに対して嫌悪を抱いているのなら、もっと口調も刺々しくなるはずだ。冷たいようでそれでも言葉を返してくれる、モモカの中でイチカに対しての想いが変わった。だからこそトオカはモモカは変わって思ったのだ。
「そうそう、好きの反対は無関心か拒絶っていうじゃん。そのどちらの反応でもなかった。オタクの僕はそのことをよーくしっているんだよね……好きな作品の同志がいつの間にか消えて……」
『脱線しているぜ』
勝手に落ち込んでいるアスカ。だが、すぐに立ち直り、
「と、ともかく! 今回の任務、互いによく頑張った! 大勲章ものだね!」
「松下指揮官。あらためて言う。君たちの小隊と共に任務に遂行できたこと、嬉しく思う。これからも第00小隊と共に戦うこともあるだろう。その時はまたよろしく頼む」
「ああ、いつでも大歓迎だ」
今回の任務はこれで終わったのであった。




