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せかいでいちばんつよいひと  作者: 日向イカロ
第4章:英雄崇拝
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46,ほころびが生まれる

「おいおい、何を言って…」

 僕の呟きを聞き取って、ラセットが信じられないといった顔をした。その隣ではリラも目を瞬いている。

「ライ君、場所は分かりますか?」

 ただ一人ベルだけは真剣な表情になって、そう確認してきた。

 魔力の感知は視覚とは別なので、離れていると何処とはすぐに答えられない。代わりに僕は、その方向を指差した。

「あっち、かな?」

 そうする事で、嫌でも気付く。そこは英雄崇拝者たちが演説をしている場所だった。

『…英雄がもたらす安寧を、ただ享受する者たちよ!』

「うおっ!?」

 突然、演説の声と人々のざわめきが聞こえてきて、ラセットが驚きの声を上げた。

 恐らくベルが声を大きくする風魔術を使って、広場の中心から聞こえて来る音を大きくしたのだろう。

『…王都に暮らす人々は、魔物の脅威を忘れている!』

 聞いていると演説は段々と熱を帯び、人々を脅かすような口調へと変わってきた。

「何だか不穏な感じですね。念の為、もう少し近くへ行きましょう」

 ベルの言葉に、僕らは頷いた。しかしその時にはもう、少しばかり遅かったのだ。

『…我々を脅かす脅威を思い出せ!』

 そんな言葉が聞こえて、舞台の上の男が自分の横にある台にかかっていた布を翻した。何かの台かと思われたそれは、布を剥がせば頑丈な檻だった。

 そしてその檻の中には、中型未満といった大きさの魔物が閉じ込められていたのである。


「キャアァァァ!!」

 最初の悲鳴は誰のものだったのか。

 その悲鳴と大勢の恐怖によって、この場の秩序に小さなほころびが生まれた。

 すると人々の間に、ポトリポトリと黒い物が落ちて来た。

 それは兎の姿をした小型の魔物だった。

「わぁ! 魔物が逃げ出したぞ!」

 それを見て混乱に陥った誰かが叫んだ。

 実際には檻の中の魔物はそのままだったが、その言葉によって人々は、より大きな恐怖と混乱に陥った。

 舞台の上の男たちは、状況を理解せずに心配ない等と言っていたが、人々の耳には届かない。そして先程よりも、少し大きなほころびが生まれた。

 人々の足の間から、するりと黒い獣が顔を出した。それは野犬の姿をした中型の魔物だった。

「こっちにも魔物が!」

 あちらこちらから悲鳴が上がり、集まっていた人々は完全なパニック状態になってしまった。

 僕らは誰からともなく走り出した。

 しかしパニックを起こした人々は、逃げた先で魔物を見ると戻って来てしまう。広場の中心からなかなか人が減らず、思うように剣を振るう事が出来なかった。

「ハァッ!」

 見ればベルは、器用に人々を避けながら剣を振るっていた。ラセットも土の腕を左右両方に出して、人々を押し退けつつ魔物を殴り倒している。

 そしてリラも、いつの間にか魔力の光に包まれて、魔物に体当たりしようとしていたが、周りの人々が邪魔で思うように戦えないでいた。

「わっ、ごめんなさい!」

 僕は取り敢えず光球を出して、魔物をリラの方へと追い込んでいく。今の彼女なら小型の魔物くらい、ぶつかるだけで倒せるはずだ。

 しかし僕らの討伐速度では、次々に現れる魔物を減らす事が出来ず、更に大きなほころびが生まれてしまった。とうとう大型の魔物まで出現したのだ。

「おいおい、こりゃどうなってんだ!? お前ら! 中型以下は討伐者に任せて、大型から倒せ!」

「は!」

 そこへ一足遅れて、ウィスタリアとその部下らしき人達が駆け付けて来た。

 彼らは頭をスッポリ隠せるような外套を羽織っている。姪の護衛のつもりで来てみれば、訳も分からずあっと言う間にこの状況だ。いかに英雄と言えども、それで初動が遅れたのだろう。

 さすがに大型の魔物の周りには空白が出来ていたので、彼らは剣を手に戦い出した。危なげなく戦う彼らだったが、それでも大型の魔物を一撃とはいかない。

 彼らが戦いに加わっても、なお魔物が現れる方が早かった。

「お前ら、落ち着け!」

 後ろからぶつかって来た人にウィスタリアは声を上げるが、逃げ惑う人々には彼の言葉ですら届かない。

 魔物は世界のほころびで、この国は英雄への信仰で成り立っている。そんなベルの言葉を、僕は正しく理解していなかったのだ。

 世界が小さなほころびから連鎖的に崩れてゆく様を、僕は絶望的な気持ちで眺めていた。一度始まってしまった崩壊は、もはや英雄の声をもってしても止める事が出来なかった。

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