19,カルミンの提案
僕らが訓練所へと戻ってから、カメリア教官が解散を告げた事で、本日の授業は終了となった。けれど僕は、そのまま部屋へ戻る気にもなれず、未だ運動場にいた。
「………」
普通に考えれば、別に深刻になるような話でもないだろう。まだまだこれから、実習の機会などいくらでもある。卒業までの一年間、ずっとこんな調子なんて訳でもあるまいし。急ぐ必要など、どこにもない。
しかし。とは言え、だ。
何とも言えず、空虚な気持ちになってしまうのは、どうしようもなかった。
せっかく防具一式も身に着けたのだ。せめてこれで、素振りか走り込みくらいはしようかと思っていると、カルミンが声をかけてきた。
「ライ、ちょっとこっち来い」
そう言いながら肩を組んでくると、そのまま運動場の端まで連れて行かれる。そして、まるで規則破りでも持ち掛けるかのようなヒソヒソ声で、こう囁いた。
「今からこっそり抜け出して、延長戦といこうぜ」
なんと言う事だろう。それは本当に規則破りの話だったのである。
「お前だって、このままじゃ納得いかないだろ? 今更こんな所で立ち止まってられないぜ!」
それは実に若者らしい、感情的で情熱的な主張だった。
けれどその言葉を聞いて僕は、かつて英雄を一目見ようと、孤児院を抜け出した時の事を思い出す。もしかしたら僕は、待っていたのかもしれない。そうする為の、きっかけを。
結局のところ、僕は好きなのだろう。そういう馬鹿をやるのが。だからこそ、これまでカルミンの挑発にも全て乗っかって来たのだ。
であるならば、今回だけ例外という事もない。
「…いいね。行こうか」
「! …だろー!」
もしも、この結果が再び戦果ゼロであったとしても、僕はもう空虚さを感じる事はないだろう。
「なかなか面白そうな話をしていますね」
僕らが運動場の端でヒソヒソ話をしていると、いつの間にか後ろには当たり前のような顔でベルが立っていた。
「その話、私も乗りますよ」
一瞬、止められるかとも思ったが、彼女はすかさず参加表明をしてきた。まあ彼女はエクルの意見を後押ししていたくらいだし、こんな話を聞けば乗ってくるか。
それはまあ良いのだが…。
「わ、私も行きます!」
その更に後ろにいるリラまで、何故か参加表明をしてきた。ベルの方は元々行儀の良い問題児という感じだったが、果たしてリラの方は僕らが何をしようとしているのか、本当に分かっているのだろうか。
「問題ありませんよね? あるなら今すぐカメリア教官を呼んで来ますけど?」
「お、おう…」
笑顔で脅迫してくるベルに対して、カルミンは曖昧に頷くだけだった。
結局、彼がベルの脅迫にあっさりと屈した事で、なし崩し的に僕らは四人で行く事になった。
「それで二人は、どこへ向かうつもりでしたか?」
カルミンが大人しくなった事で、話の中心は完全にベルへと移行してしまう。
「それはまあ、北門かな」
仕方ないので、その質問には僕が答えた。
南門は普段閉まっているが、逆に王都がある方角の北門は大体開いている。僕らがこっそり町の外へ出るなら、こちらからしかないだろう。
「ふむ、それには反対ですね。訓練所が南門の外で実習をしているのも、それなりに理由があるのでしょうから。一つ規則を破る以上、それ以外は規則に従った方がいい。行くなら南門にしましょう」
まあベルの言う事にも、一理あるかもしれない。しかし理はあったとしても、その為の方法がない。
「でも南門は、閉まってるだろう?」
僕は極めて根本的な問題を指摘した。先程も教官が門番に言って開けて貰っていたのだ。僕らがこっそり行って、外に出られるとは思えない。
「そこは私が何とかしましょう」
自信に満ちた顔でそう断言するベル。お金持ちって凄いな。そんな事も出来るのか。リラとカルミンも、何とも言えない表情をしている。何故かチラチラと僕の方を見てはいたが。
だけどまあ、出来ると言うなら僕に否はない。たとえ南門の外に魔物がいなくても、僕はもう気にならないのだから。
それから実際に南門へと移動し、ベルが詰所へ向かうと、程なくして格子の扉がゆっくりと上がり始めた。本当に、出来るものなんだな…。
「………」
僕が感心して見ていると、何故か残りの二人は僕を見ていた。だが今注目すべきは、僕ではなくベルではないだろうか。
不思議に思っていると、カルミンが何事か言いかけた。
「いや、あのな、ライ…」
「お待たせしました。さあ、行きましょう」
しかし丁度ベルが戻って来たので、その話は有耶無耶になった。
まあそれはともかくとして、本題はこれからだ。僕らは開かれた南門を抜けて、再び町の外へと向かったのである。