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挿絵(By みてみん)



「なるほど、つまりこれが唯一大陸(タオナム)というわけか。他に島とか大陸はないのか?」

 アジトの真ん中に丸い木のテーブルがひとつある。テーブルと言っても電気ケーブルを巻き付けていた巨大ボビンのスクラップをそのまま横たえているだけだが。テーブルの上にはフアラーンで買ってきた地図やらが積み上がり、生徒役はニシで教師をしているのはアーヤだった。その問答はガキ同然だが2人はいたって真剣に話している。ニシというやつは本当に奇妙だ。

「んー、ない。歴史の授業で習ったよ。大大大昔に探検家が西回りで航海に出て同じ大陸に戻ってきたんだってさ。小さい島くらいならあるだろうけど」

 ちゃんと学校に行ってんだなぁ、あいつ。あたしとは大違いだ。

 レイナは背中を向けたまま、自分用の手作りソファにゴロンと寝転がって、しかし襲ってこない眠気に苛立っていた。文字や計算はいつのまにかできるようになっていたが、知識の大半はお喋りなあの男の言葉の、そのままだった。

「なるほど。で、地図で真っ黒に塗られているのが……」

「テウヘルの領域。もともとは獣人の住処(すみか)だったんだけど、大昔の戦争でとうとう生き物が住めなくなっちゃってね。今じゃ黒い砂漠が広がっていて、アレンブルグなんて大都市も黒い砂漠に飲み込まれちゃってる」

 アレンブルグ──その名前を聞いた瞬間、動悸が早くなった。額にうっすらかいた汗を誰にも気取られないようにぬぐう(・・・)

「戦争で、黒い砂漠……ただ焼け焦げたわけじゃないんだろう?」

「ええ、もちろん。でも大きい爆弾? とかなんとかで。腐獣(テウヘル)が出没するようになったのも500年前の戦争のときからだし」

「それは、もしかして侵食弾頭(しんしょくだんとう)のせい?」

「んー、知らない。みんな昔のことに興味ないしね。それにしてもニシくん、詳しいね。こういうのに興味があるの?」

「ああ、まあ。聞いたことがある程度、だ」

 あの言い方、嘘だな。戦いはめっぽう強いのに嘘は苦手なやつだ。

「大陸の大きさは、ええと距離の計算が面倒だな。ポンドヤード法の比じゃない。ざっと計算した限りユーラシアより少し大きいくらいか……。ほかの街の様子はどんな感じ? たとえば、首都は?」

「首都っていうか、連邦(コモンウェルス)の中心都市はオーランドね。私は行ったことはないし詳しくない。サイバーネットの記事で読んだ程度。いい生活する人たちと、スラム街とくっきり分かれてて、昔ながらの権威主義(けんいしゅぎ)と国営企業で成り立ってる。そうそう、ニシくん、権威主義って書ける? 私、昔から綴り(スペル)は得意なんだ」

「こちらの文字は読めるけどまだ書けない。漢字なら書けるけど」

「カンジ? 暗号かなにかかな。ともかく、連邦(コモンウェルス)の都市は、企業連合系の都市みたいに選挙は形式上あるだけで、市民は伝統的な権力に支配されてる。頂点(テッペン)はもちろん(おう)。名前、なんだっけか」

「なるほど。じゃあ、財団の(ステイト)というのは?」

「1000年前、戦災から再建をするための組織だった復興財団も、今じゃろくでもない組織よ。うーんと寡頭政治(かとうせいじ)っていうんだっけ。スペルはわかんないけど。ほんの少しのエリートが市民全体を管理してる。例えば、1日に食べる量のパンを計算して、材料をどれだけ、工員をどれだけ、みたいに」

「うまくいくはずがない」

「そう。だからいつもモノがないの。仕事はあるからお金はもらえるけど、モノがない。密輸品は法外に高いか連合系の通貨がなきゃ買えない」

「社会主義だな。俺の知ってる限りじゃうまく言ってるのは日本だけだったが……悪い街?」

「でもね、街はきれいなの。服装1つから広告の字体(フォント)にいたるまできっちりルールが定まってる。公共の場所ではタバコもお酒も禁止。ゴミのポイ捨てをしただけですぐ警察がやってくるんだから。財団のルールさえ守っていれば安全だよ」

「ふうん。じゃあレイナはすぐ捕まるだろうな。平気でゴミを捨てる。俺が昨日 掃除してやったのに今日はもう散らかしてる」

 うっさい。ともあれ散らかしたのは事実なわけで、少々居心地が悪い。さりげなく靴の踵でゴミを椅子の下に追いやる。

「でもね、そもそも財団系の都市は銀髪の出入りは禁止なの。腐獣(テウヘル)の心臓の取引自体が違法で、もちろん使用も違法。もっとも、私達アウトローは検問にひっかかるしね」

「となると、一番マシなのは企業連合系の都市、ということか。ううむ、だがこれまでに見た限り住みやすいとも言えない。大企業が市場を寡占(かせん)し、市のインフラや警察は機能していないし、ギャングが抗争してマフィアが市政の間を詰めている。金か力か、どちらかがないととてもじゃないが生きていけない」

「ふふん、私たち、金は無いけど力はある。そうだよね、シスちゃん~♪」

 アーヤは、背後で静かに絵本を読んでいたシスに抱きついた。本を読むときでさえあの包帯を巻いたまま。ぐらぐらとアーヤに揺すぶられても微動だにしなかった。

 買ってきた本は、もっぱらブレーメンの神話に関するものだった。子供向けの童話から堅苦しい文語調(ぶんごちょう)で書かれてた重い本まである。ニシがブレーメンについてはついぞ知らぬ“ニケの爺さん”というブレーメンの話ばかりなのでアーヤが身銭を切って買ってきた。

「ブレーメンとは、強さを信奉する個人主義の強い集団」

 あいかわらずニシのブレーメン観は妙だった。

「それ、例のニケ爺さんに教わった?」

「あとは、ア・メン(クソ神)にも」

 するとシスは絵本を持ったままニシの膝の上にちょこんと乗った。見た目はちんちくりんなガキだが部屋の端で分解整備されている長大な軍用ライフルが目に入る。

わたし(シス)ね、この子が好き。寵愛(ちょうあい)の娘」

「どれどれ。本のタイトルは『ブレーメンの七戦士』。『むかしむかしあるところに、7人のブレーメンの戦士が住んでいました。彼らはブレーメンの中でも特に強く、天を駆け、海を割り、山を砕き、火をまとい、風のように走り、岩のような剛腕を持っていました。その中でも最も下の娘は(ア・メン)の視線を……』 視線?」

 ──よく読めました。拍手。

(ア・メン)が気に入ったブレーメンに特別な力を授けたって意味よ。ブレーメンの神話じゃよくある話」

 少しの間だけ、ニシは表情が硬かった。しかしすぐシスによりそって絵本の続きを読んだ。

「『(ア・メン)の視線を受けました。まだ幼いその少女ですが七戦士の中では最も強く、天より降り立つ業魔を、わずかその小さき指をぱちんと弾くだけで、たちどころに地平線まで血潮に満たされました……』 絵本にしてはグロテスクじゃないか?」

わたし(シス)、グロ好き。血がね、ぶしゃーってなるやつ」

「はぁ、教育上よろしくない。『桃太郎』ぐらいがちょうどいい」

「シスは一撃必殺なの。だからやさしいんだよ」

「えっと、続き続き。『……業魔は強く七戦士たちは1人また1人と倒れてゆきます。仲間の志を受け継ぎ最後まで立っていたのは寵愛の娘ただ1人。寵愛の娘は(ア・メン)に精一杯の感謝を述べるのでした』 え? これで終わり。めでたしめでたしハッピーエバーアフターじゃないの」

「物語なんてそんなものでしょ」アーヤが腕を組んだ。

「文化の違い……そういえばアーヤがよく引用する「ブレーメン学派のありがたーい言葉」ってのも、昔話に?」

「昔話というか神話かな。今は無きブレーメンの生き様を学んで、これから先ヒトはどう歩むべきかというありがたーいお勉強なの」

「アーヤは勉強したの?」

「学校でね。さわり(・・・)だけ。経験な信徒は聖地タムソムへ巡礼するんだけどさすがにそこまでじゃないかな。ニシくんはなにか好きな言葉はある?」

「そうだな、『人生万事塞翁が馬』 生きていたらいいことも悪いことも起こり得るって言う意味。だから俺は、起きてしまった悲劇よりもこれからの幸せに目を向けている」

 ──なんだそれ。てめぇの失敗から目そむけてるだけじゃんか。

「それ現実逃避ともいえるね」

「起きてしまったことを嘆く時間はない。俺にとっては。普通じゃないからこそ普通の感情は捨てるべきだと思っている」

「普通じゃない?」

(ア・メン)の視線ってやつだよ。クソ神のせいで俺は普通じゃない」

 ──ふぅむ。奇人変人には飽きるぐらい会ってきたけど、ここまでイカれたのは初めてだ。

 ブレーメン学派なら誰もが激昂するような冒涜的言動も、その意外性のせいでアーヤは言葉を失っていた。レイナはそもそも口を挟む気配もなく、シスはニシの膝の上で貧乏ゆすりしている。

「ねぇ、つまんないから、お外で銃、練習しよ。ねーえ? アーヤだっていつまでも下手っぴじゃ腐獣(テウヘル)に食べられちゃうよ」

「そ、そうね。練習用の弾も買ってきたし」

「やったー。わたし(シス)ソッコーでライフル組み立てるからお外で待ってて」

 シスはぴょこんとニシの膝から飛び降りると、分解したままウエスに並べてあった長大な軍用ライフルのもとへ駆け寄った。シスの小指ほどもある狙撃用の大口径弾をバラバラと作業台にこぼす。硬い音が廃列車の壁に反響し、シスはテンポよく弾倉に弾丸を詰める。残った弾はポシェットにバラバラと詰め込む。

「んっと、私の銃も。このまえニシくんがやってたみたいなの、私にもできるかな」

「サブマシンガンは、そもそも強い敵と戦うためじゃない。携帯性重視でおまけで戦えればいい、ぐらい」

「なにそれ」

「射程が短く威力も小さい。が、ヒト相手ならなんとかなるだろうね。射撃姿勢から教えてあげるから」

 アーヤ=ニンマリ笑顔で、短機関銃を引っ提げて屋外へ飛び出した。ちょうど日陰になっているアジトの裏側へ駆けていった。

「で、レイナはどうする?」

 ニシは両手で空き缶を抱えていた。

「パス。あたしはショットガン、使えるし」

「確かに。扱いは慣れているしよく当たる。俺が拾ったアサルトライフル、試してみないか? 射程が伸びる。交戦距離が伸びればメリットも大きい。難しいのは弾づまり(ジャム)の対処ぐらい」

「アサルトってなんだよ。あー、それね。自動式はなんというか好きじゃない」本当のところは高くて買えなかったわけだが「こう、なんだ。バンバン煩い。耳が痛くなる」

「慣れればたいしたことないけど、イヤーマフも買っておけばよかった」

「気にすんな。あたしはあたしで、うまくやるから。3人でいちゃいちゃ楽しめっての」

「いちゃいちゃは、しないけどさ」

 しかしニシは戸口でもういちど振り返った。

「レイナ、いつでも一緒に練習していいんだからな。仲間なんだし」

 ソファに横になったまま手を上げて返事をした。間もなくアジトの裏側からパンパン破裂音が聞こえてきた。シスの甲高い声と、アーヤのよく通るきれいな声が聞こえる。

「ああいう優しい男ほど、警戒しなきゃいけない。あいつも、そうだった」

 レイナは首から下げているチェーンを服の下から引っ張り出した。古風な懐中時計だったが、ヒンジが歪んでしまっていて蓋が閉まりきっていない。時間も止まったまま。蓋の裏側には髭面の男と、まだ栗色(くりいろ)の髪だったレイナの写った写真がはめ込んである。

 直せる職人もいないし、探そうと思ったこともなかった。(あいつ)はいつもやさしかった。「俺はもう食ったから」といつも食事を食べされてくれたが今思えばろくにたべていなかったっけか。

 最後の仕事はアレンブルグへだ。どこかの金持ちに雇われてその護衛で。この仕事が終われば大きい街でゆっくり暮らせるんだって飯時になるといつも喋っていた。あたしもそれに耳を傾けて無邪気に喜んでいた。

 帰り道に野盗に襲われ車列(コンボイ)から落伍(らくご)して、その上腐獣(テウヘル)に囲まれた。こういうのなんて言うんだっけか。雪上加霜(ヒークンショージョー)だ。綴り(スペル)は知らない。

 あいつ()の形見は、前駆二輪(バイク)とショットガンと、この懐中時計だけ。あたしはあいつみたいに野垂れ死んだりはしない。信じられるのは自分だけなんだ。

挿絵(By みてみん)

物語tips 唯一大陸(タオナム)

 この惑星に唯一存在する巨大な大陸。

 かつては、西側の大部分を連邦(コモンウェルス)、東側=大河から向こう側すべてが獣人(テウヘル)の領域と呼ばれ、500年前までは国家(ネーション)と呼ばれる勢力がいた。

 かつては、沿岸部は温暖で内陸部は砂漠だったが、近年の気候変動で大部分が砂漠化し、人々は大都市への移住を余儀なくされている。また、連邦(コモンウェルス)、財団、企業連合それぞれの勢力が都市を支配しているため、勢力をまたいでの移住はかなり困難。

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