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簡易宿近くの大衆食堂で遅い朝食を食べに来た。たまにフアラーンに買い出しに来て1泊したその翌日は、朝はダイナーと決めている。安上がりな密かな楽しみでもある。
別に美味いというわけでもなく。そこそこの味、そこそこの値段、代わり映えしないメニューというのがなんだか落ち着かせてくれる。アーヤは夜更かしのせいでまだ起きてこない。
「じゃあ、あたしはパンケーキで。あとミルク。新しいやつ」
アイシャドウ濃いめのウェイトレスが注文を取りに来るとすぐ、そう告げた。自分じゃ料理をしないし、かといって手の込んだ料理なんて味の善し悪しがわからない。パンケーキがちょうどいい。
「わたしは、うんとね。これ。ソーセージ。ニシは何にするの」
シスはニシの膝の上に座ってメニューを広げた。空いた席にはライフルを収めたゴルフバッグが載っている。隠蔽目的が半分、防水防塵に持ち運びに便利という実用性が半分。ツノカバのステッカーがペタペタと貼ってあるお子様仕様。
「んっとなんでもいいんだが。メニューは理解できるが俺の知っている料理かが不安だ。コーヒーはないのか?」
「ぷははっ、コーヒーだって。もうお盛んだなぁニシは」
「あ、いやそうじゃなくて。なんというか苦くて目の覚めるような飲み物」
「んーじゃあアガモール茶かな。シスはね、ホットミルク」
ウェイトレスは朗らかに、ニシにミートパイを勧めてそれを伝票に書き込んだ。
朝と昼の間なだけあって客席はまばら。ローテンポなBGMがジュークボックスから流れる。治安が良いとはいえないフアラーンだったが、ダイナーで食事中に襲うことはなんとなく、はばかられていた。そういう不文律がある。
「つまり、悪人なりの矜持っていう?」
ニシが運ばれてきたアガモール茶を飲みながら訊いた。熱いのが美味しいのに“猫舌”とかいう妙な理由で茶を冷ましている。
「法を破るからって全員が悪人というわけじゃない」
「法を破るから、悪人なんだろう」
「いいか、ニシ。ボンボンのお坊ちゃんのてめーにせっかくだから教えといてやる。あたしらはな、ビジネスをしてるんだ。禁制品を買いたい、運んでほしい、軍警察に代わって敵討ちしてほしい、とかな。ビジネスの中でときどきそういう、法を無視しなきゃならないこともある。そういう点では、あたしらは賢いし分別もあるし、契約だってする。ダイナーに強盗が入ることもあるだろうが、あのカウンターの裏には銃が隠してある。本物の悪人は、この街じゃ長生きできない」
「ふぅむ」
「んだ? 不満か?」
「それだと、力があるものか金があるものか、そういう特別な人間じゃないと満足に暮らせないじゃないか」
「そうだぜ。当たり前だろうが。空は青く砂は白い……だったか。ブレーメン学派のありがたーい言葉だ。社会のありのままを受け入れる。でなきゃ死ぬだけだ。ニシがいたトーキョーって国は半人前でものうのうと暮らせるのか?」
「法を守る限り法に守られる。世界中が紛争だらけだけれど、撃たれず騙されず暮らせる珍しい国だよ。銃を持たなくてもいい」
そんな国、あるわけがないだろう
「ヒトってのは戦ってナンボだろが。大昔の戦争じゃテウヘルに勝ったし、あたしらだって戦っているからご飯にありつける。世の中そーゆーもんだぜ」
鼻で笑ってみたが──銃を持って敵を警戒する日々。それがずっと普通だった。普通じゃない=それを安全と言うんだったか/本当にあるのなら見てみたい。
ニシは鼻で笑われたというのに、シスを抱きかかえたまま穏やかだった。
「よく言われたよ。そんなの無理だって。でもそれが俺の願いだったんだ。テレビで見る世界は戦争ばかりだった。そんな世界を変える力がほしいと神に願った。警察と協力したり、世界中の紛争地を飛び回ったりして。でもやっぱりだめだった。結局、あのクソ神の手の上ので踊らされてばかりだった」
レイナは口を開きかけ──いや何と言い返せばいいんだ。たぶん、あたしよりもっと多くのものを見てきた。修羅場やら死地をくぐり抜けてきた。でもそれを訊いても教えてくれなさそう=女の勘。
ウェイトレスが注文していた食事を運んできて、陰気な話は終いだった。シスがはしゃぐせいでろくに真面目な話ができない。
まあいい、また聞く時間はあるさ。
「仕事、もらってきたよ!」
虹天来雨/アーヤがきらきらした笑顔を振りまいて登場した。レイナはちょうど3口目のパンケーキをフォークに刺したところで、シスはニシの膝の上に座ってグレイビーソースがたっぷりかかったソーセージをニシに食べさせてもらっているところだった。
パンケーキは、ハチミツをかけすぎて甘ったるい。もっともハチという生き物はとうの昔に絶滅してしまっているのでこれが本当に“蜂蜜”の味かどうかは知らない。異性化糖の甘さと合成バターの塩気がちょうどいい。それだけ。こうしてフアラーンに遠出したときだけ食べるちょっと特別な朝ご飯は、さらに財布に余裕があるので新鮮なミルクも付いている。ゴキゲンな朝食だ。なので仕事の話を抜きに静かに食べさせてほしいものだが。
「顔役のその代役のローさんから依頼をもらった!」
「名無しの死体って、誰だよ」
あからさまな偽名。怪しさしかない。
「そんなのどうだっていいよ。なんといっても私たちの初仕事なんだよ」
早朝のひなびたダイナーに、アーヤのよく通る声が響く。老人の客と店主がじろじろと見てきたがすぐ興味を失って各々の皿に視線を戻す。
「初めて、ってのはどういう意味かな」
シスの頭の後ろで、ニシが尋ねた。
「私たち“砂漠のトカゲ団”が顔役から初めて仕事を引き受けたという意味だよ」
「初めてって。素人だったのか君たち」
「大丈夫、ヒトは殺したことがあるから」
ちらり──アーヤはレイナの方を見てウィンクした。
「ううむ。若いと思っていたけど、そこまで素人とは思わなかった」
「不満かしら」
「心配なんだ。で、殺しの仕事なのか?」
「ううん、むしろ護る仕事」アーヤは自身のパルに目を落として、「フアラーン市からシュプロケットまで両替商の現金輸送車を護衛する任務。予定していた傭兵がバックレちゃって、で私たちが引き受けたってわけ。特急割増料金付きで」
「んな訳アリの仕事、危なっかしくてできねぇっての」
レイナが空いた皿にフォークを投げた。朝の騒々しいダイナーで甲高い音が響く。
「でも選り好みしてたらいつまで経っても仕事がもらえないよ。それでもいいの? レイナ」
レイナは鼻を鳴らして、そして足を組んだ。
「その仕草、反論したいが言葉が出ず態度でごまかそうとしている」ニシが淡々と説明した。「裏の仕事のときは気をつけたほうがいい。常にポーカーフェイスで、腹案があると相手にちらつかせるべきだ。ブラフでも。で、聞いたところただの護衛なら問題なさそうだが」
「そうだね、ニシくん。さすが。コウノイケの現金輸送車を襲う連中なんてそういない。だけど腐獣の群れに襲われたら手も足も出ない」
「ああ、この間の」
「そ。だからの私たち。バギーも前駆二輪も小回りがきくから」
仕事か──しかたない。レイナは先に立ち上がった。
「で、待ち合わせは?」
「南門近くのコウノイケの支店で。待ち合わせまであと1時間」
全然時間がないじゃないか。先にそういうことを言えっての。
モーテルで最低限の荷物をまとめる。ベルトにショットガンシェルを差し込み、ホルスターのベルトを締め直す。そして全員揃って待ち合わせ場所へ向かった。
コウノイケの支店は銀行が並ぶ金融通りの端にあった。地下駐車場に続くシャッターは閉まっていて、その前でアーヤとコウノイケの連絡員とが打ち合わせをしていた。
「コウノイケ、両替商とはいったい何なんだ」
ニシが低い声で訊いた。
「金を交換すーんだよ。連合のトーン、連邦の通貨カード、財団のゴミクズ紙幣と。単位が違うだろ? 都市ごとに使える通貨が違う」
「ああそういうことか」
「いまのでわかったのか」
「国……国ごとに通貨が違うんだろう。俺にとっては普通のことだ」
「国ごとじゃねーよ、ボケか。企業連合系の都市の紙幣はトーン、連邦系の都市は情報チップに入った通貨カードで本人にしか使えない。だからトーンならまだしも、クレジットを盗んだところで使えないし財団の紙幣はケツを拭く紙にもならない。だからだれも現金輸送車なんてわざわざ襲わない」
「なるほど、都市国家。うーんというより複数の基軸通貨のある都市国家群という感じか……。コウノイケの看板はあちこちで見るが、両替商なんかで大きな商売が成り立つのか」
「クレジットとトーンはまだマシだが、財団系の都市じゃ金はあってもモノが少ないから買うに買えない。だから連中の紙幣は価値がゴミクズ以下」
「つまり社会主義経済とか統制経済そういう?」
「なんだそれ?」
「いや、まあいい。なんでもない。じゃあ、企業連合のトーンが一番便利というわけだな」
「アーヤが言うには、名前が書いてある通貨カードのほうが保管しておくには安全なんだと。だからコウノイケに手数料を払って通貨カードに代えておく。他人名義の通貨カードもコウノイケは振り替えてくれる。手数料をたっぷり取って」
「とどのつまり賄賂」
「そういうことだ。話が分かるな、嫌いじゃねぇ」
「金で解決できるなら、それが一番楽だから。ヒトは裏切るが金は裏切らない」
意味深なニシの言葉のその真意を引き出そうとは思わなかった。すぐシスが愛を知らない子猫のようにニシにすり寄ってきたので、話はそこでしまいだった。
予定時間からやや過ぎて、シャッターが開き現金輸送車が現れた。前方に反重力機構を2基 備えた重厚な防弾トラックで、後ろ4輪がゴムタイヤだった。ガラスもタイヤも防弾仕様でこれを襲おうというのは相当なトンマに思える。
現金輸送車は全部で3台。近くでよく見るとうち1台は銃眼を備えている。
「これ、あたしたちいるのか?」
フアラーンを出発し街の影が遠く見えなくなってから、無線機越しに聞いてみた。車列の先頭をレイナの前駆二輪が走り、最後尾がアーヤの運転するバギーだった。砂漠はいつもと同じ、溶けるように暑い日差しと透き通る青空、そして代わり映えしない荒野。国と国を結ぶ街道はある程度、舗装され砂も払われ、整備してある。道路標識だってある。目的地までもう半日といったくらい。
『コウノイケの警備員によると、このあたりは連邦と企業連合の境界線近くだから治安が悪いんだってさ』
「盗賊が出るってのか?」
『んーコウノイケは腐獣を警戒してるっぽい。街道ならともかく境界線では腐獣狩りなんて面倒なことしないからね。むしろうようよいたほうが砂丘を横断する密輸を防いで通行税をせしめられるから都合がいいという』
『そういうのを“国境”というんだ』
最後にニシが妙な造語を言って通信が切れた。
最初の1時間はそれこそ真面目に地平線に目を凝らして、仕掛け爆弾やら腐獣を警戒したが何もなく過ぎていった。昼時になってオアシスの村のロードサイド・マーケットで休憩──前駆二輪もアーヤのバギーの発電機に繋いで充電をしておく。反重力機構自体は電力で動くが、発動機を積めるほど車体サイズに余裕がない。
警備員たちが呑気に飯を食っている間、レイナたちは銃をオープンキャリーに現金輸送車の周囲を歩いて警戒した。シスも車の屋根で長大なライフルを構えている。しかしこんな田舎で警戒する必要もないと薄々わかっている。ヤギとロバがとぼとぼと周囲を歩き回る。地元の住民以外人影がない。
「そこ、暑くないのか?」
「大丈夫。わたし、丈夫だから」
シスとそのペットの会話。ペットの方は武器を持たずアーヤから借りた双眼鏡を握っている。
「無理は良くない。警備任務は持久戦だ。水分補給と食事も大切な仕事」
「大丈夫だってもぅ。シス、銀髪だから水を飲まなくていいし食事も少しでいい」
「そうか、それは初耳だった。そういえばアジトにも水はあまりなかったな」
ちらり、ニシがレイナを見た。レイナは挑発的なハンドサインで会話から遠ざけた。
「あーニシ優しい。トゲトゲのレイナとぜんぜん違う。なのに強い」
「それとこれとは関係が……おっと」
シスの小さな体が宙を飛び、それをニシが受け止めた。大きなペットと小さな飼い主。
ニシはいいやつだ。使えるやつ、といっていい。頭もいいしあのふうだと場数も踏んでいる。シスがあれだけ信用するのもわからないことはないが──だが素直に話をする仲ではない。
「レイナちん、難しい顔してどうしたのかにゃん。はいこれ、お昼ご飯。私のおごり」
「そうかい。どうも」
薄い袋状のパンに肉が詰まっている。ロードサイドの屋台で買ってきたものだろう。年老いた老人たちが軒先で焼いているやつだ。味はいつもと同じ、チョウシュウ食品の人工培養肉で、どこで食べても大体は同じ味。
「地元の人によるとね、この先、腐獣の出没が増えるから気をつけたほうがいいって」
「気をつける? ワクワクするだろ」
「ヒトを殺すよりはマシだけどさ。コウノイケも『金を払ったんだから俺達は弾丸1発使わない』ってさ」
「ヤなやつら」
「むしろ書類仕事が面倒って感じかな。彼らも組織の末端だしいろいろ大変なんじゃない?」
知らない。それはあたしが気にすることじゃない。企業の犬でノウノウと生きてる奴らなんだ。それぐらい織り込み済みでコウノイケのロゴが入ったダサいベストを着ているんだ。
昼休憩は半時ほどで終わり、荒野を横切る都市間高速を疾走した。次第に砂っぽい路面が増えて、直線道路の両脇は背の高い砂丘が視界を遮った。
「不気味だな。もっと速度出せないのか」
『レイナの前駆二輪は浮いてるからいいけどさ、私らのほうはタイヤがあるんだよ。すこしは地面を見てよ』
荒れた路面はさほど珍しくないが、路面に穴が空いて大きくえぐれていたり、岩が落ちていたり。そして燃えたスクラップの残骸や干からびた腐獣の死骸も落ちている。
『来たぞ!』
通信機からニシの声──しかし辺りを見渡しても腐獣の姿はない。
『レイナ、上だ』
「おいおい、マジかよ」
まるで明かりに集まる蛾だった。そそり立つ砂丘の斜面から腐獣が飛び出して空中にいた。大半はそのまま地面に墜落したが何匹かは現金輸送車に取り付いている。
レイナは慣れた手つきで前駆二輪を操作/自動運転=速度を一定に直進する。そして揺れる細い車体の上で器用に立つと、ホルスターからソードオフショットガンを引き抜く/同時に狙いを定める=即興で。
連続して2発を発射/3匹のテウヘルが墜落して地面を転がる。
排莢=新しい弾を詰める。
次は正面=右手のショットガンは固定/左手でハンドルを操作して照準を微調整。進路上に居座るテウヘルを排除。素早くマチェーテに持ち替えて腐った犬頭を跳ね飛ばす。
後ろでは現金輸送車のバンバーにテウヘルの死体が当たっては細かな肉片に飛び散っている。
『各車へ、単縦陣形から千鳥走行に──互い違いに走るんだ。万が一にそなえて後続に衝突しないように。この状況だ、対向車なんて無いだろう』
無線機から、アーヤの声に混じってニシが淡々と喋っている。こっちとら集中しっぱなしで息が上がっているというのに。
『──互いに一側面のみを守りカバーする。速度は合わせるように。レイナ、先行してテウヘルを誘発させろ。飛び乗られるよりはマシだ』
人をこき使いやがって/ムカつく/しかし経験則からくる言葉には反論できず。コウノウケの現金輸送車たちもニシの指示通り陣形を変えた。
「あいつ、何やってるんだ!」
加速する前に後ろを振り向いた。現金輸送車の屋根にニシが立っていた。足と腰にロープを回して安全帯を作ると、屋根の吊り下げフックに体を固定した。手にはアーヤの短機関銃を持っている。
イカれてる──最高に面白い。共同作戦はこうでなくちゃ。
笑った口に砂埃が混じる。スカーフを鼻の上まで引き上げる/直線的な加速/ハッタリは大得意。
テウヘルは作戦なんてない、異物に反応して砂から飛び出してくる。それだけだ。レイナのバイクの進路上にテウヘルが飛び出してくる。ショットガンで上半身を吹き飛ばす/再装填/吹き飛ばす/再装填=煩わしい。金を貯めて自動式を買いたい。
攻撃力を失ったテウヘルどもはよろよろと歩き、そして現金輸送車のバンパーではじき出された。
現金輸送車の屋上では、ニシは手慣れたふうに銃を扱い、対人用の銃器なのにテウヘルの心臓をすぐに破壊し、屋根の上から蹴落とした。
レイナも負けじとマチェーテを振りかぶるが、同時にテウヘルの顔面が弾け飛び腐った汁を浴びてしまう/同時に盛大な銃声。
ボルトアクション式なのに/大の大人でも訓練が必要なのに、シスは難なく取り回している。バギーのチューブフレームに銃身を乗せテウヘルに照準を合わせ次々に引き金を絞る。熱くなる機関部には断熱材ベルトが巻かれて、その端がひらひらと風に踊る。
「あのチビスケ! あたしに当てんなよ」
弾道に進路を譲る。とたんに2匹のテウヘルにダブルタップ=四肢がバラバラな方向に千切れた。対テウヘル用の特殊炸裂弾=1体目を貫通した後、弾頭が弾けて2体目の四肢をずたずたに引きちぎる。ショットガンシェルとは比べ物にならないくらい高価な軍用品だった。
持ってきたシェルの残弾数が心もとない=手持ちが多いチビスケが妬ましい。
レイナはショットガンをホルスターに収めてマチェーテに持ち替えた。すれ違いざまに足か頭を跳ね飛ばす。視界をなるべく広くして頭上から降ってくるテウヘルを回避する。
『各車へ。もうすぐ砂丘地帯を抜ける。もう少しの辛抱だ』
ニシからの連絡。次第に空が広くなり、山のようだった砂丘も見渡す限りの地平線に変わった。
最後の1匹をマチェーテで斬り伏せた。あちこち臭い腐った体液がこびりつき、刃こぼれがひどい。早く磨きたい。それ以上に体を洗いたい。タールのような体液が皮膚に付いていて気持ちが悪い。
地平線上に街が見えてきた。シュプロケット市はそう広くない。背の低い白い漆喰の家々が並ぶ田舎町で強い日光を反射して輝いて見える。企業連合系の衛星都市だがそれでも栄えているとはお世辞にも言えない。そしてコウノイケがわざわざここへ現金を運ぶ意図も、もちろん聞くわけにはいかない。
暑い日差しを好むヤシの木の街路樹をくぐり、街のメインストリートから一本それる。その後の路上に駐車して仕事は終わりだった。汗でぐっしょりの連絡員と、いっぽうで嬉しそうな顔をしているアーヤが事後の金のやり取りをする。その後ろにはニシもいるが、コウノイケの警備員にはいたく気に入られたようだった。勧められたタバコを一緒に吸っている。
腐った血で汚れた車列は田舎町で異様に目立った。道行く人は、物騒な一団に興味を惹かれるもレイナの鋭い眼光を前に足早に去っていく。
「レイナ、共同作戦が苦手なのによくがんばったね」
バギーのパイプフレーム=その上に座ったシスがちょうどいい高さのレイナの髪をなでた。乾燥して傷んだ髪が小さい手の上で流れた。
「さわんなチンチクリン」
「よーしよしよし」
あまりにしつこいので、銀蝿を叩く仕草で小さな手を払いのけた。
「つーか、チンチクリンの撃った弾があたしにかすめて飛んでったんだが。なにか一言あってもいいんじゃねーの?」
「えへん。ちゃんとレイナに当てなかったよ」
「調子に乗るな、ボケが」
シスは顔に包帯を巻いたままなので、表情が読み取れない──前、見えているのか。小柄な少女+銀髪のメッシュ入り。そして扱うのは軍用の狙撃ライフル。胸のホルスターも民生品のじゃない。軍用のジャケットに樹脂製のホルスターだった。狙撃術は銀髪の恩恵だ、と言っていたけれどそう都合よく銀髪の能力が発現するとは思えない。腐獣の心臓を食べたところで、傷の治りが早く身体能力が向上する。その程度。おとぎ話のブレーメンのようになれる変身薬じゃない。
ついぞシスの出自を聞いていない/聞かないほうがいいと本能的に思っていた。それが一匹狼としての生き方だ。傭兵はいつ敵同士になるかわからない。余計な関わり合いはしたくない。
「シスは、なにか夢とかあるのか? 将来の夢」
「わたしは楽しく生きたい」
「そりゃまた幸せそうで」
「でねでね、ニシと酒池肉林の日々を送るの。幸せに生きて死ぬの。レイナももう少し楽しい人生を考えたほうがいい」
「何をするにしたって金がいるだろう。今は集めるときだ」
「ふうん。お金を集めて何するの」
「そりゃ決まってんだろ──」
何をしたいんだったか。高級車に乗る、高いビルのてっぺんに住む、チョウシュウ食品の天然食材を買い漁る、毎日 新鮮なミルクを飲む──どれもパッとしない。
言い淀んていたら、シスが再び手を伸ばした。
「よしよし、がんばれ、レイナ」
「おっ仲良しになったんだね。私も混ぜて♪」現金入り紙袋を持ってアーヤが帰ってきた。
「レイナも頭を撫でられると大人しくなるんだな」ニシも笑っていた/初めて見た笑顔。
「るっせーな、てめーら。ナメてっとぶっ飛ばすぞ」
威張ってみたが、アーヤには笑って流された。
「はいこれ、今回の報酬。ちゃんと均等で」
札束を手渡された/使った銃弾の経費を差し引いても、まだ十分残る。ちょっとは羽目を外して遊べるか。
「遊ぶ前にまずは片付けだ。銃の手入れをサボるなよ」
ニシに釘を差される/そんくらいわかってる=それよりまずはシャワーだ。
シスはやや多めに報酬を受け取り、その札をニシに渡したが首を振って拒否していた。飼い主に懐いたペットだ。飯さえ食わせていればどこまでも尻尾を振って追いかけてきそう。
「これからどうする? 今日のハイウェイはもう通りたくないぜ。となるとかなり遠回りをすることになる」
「うん」アーヤはパルで時間を確認して、「暗くなると流石に危ないしね。今日は泊まってこ。この先にモーテルがあるんだってさ。4人で2部屋ならそんなに高くないしね」
「けっ、またテメーのいびきを聞きながら寝るのかよ」
物語tips:国
約500年前の第4次テウヘル戦役の大失敗後、連邦の権威が失墜した。そして水面下でくすぶり続けた分離主義が台頭した。州ごとに独立し国<ステイト>を標榜するようになる。
折しも砂漠化による過疎化の進行とあらたな敵腐獣の出現で都市間の交流がおぼつかなくなった。かつての州政府は国内の大都市に集約され、都市=国という語感で使われてる。
大陸西部ではまだ連邦の勢力下であるが、東へ行けば行くほど財団あるいは企業連合が支配する国が増える。
国は敵対と友好とあり、友好な国<ステイト>同士は街道の整備と安全な交通を宣伝している。しかし連合や財団の治安組織は市外まで警備する余力がないため、金を持つものが顔役を通じて傭兵に街道の護衛を依頼する仕事がしばしばある。