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物語tips:企業連合
少数の大企業による緩やかな連合。単に連合ともいう。400年ほど前 急進的な分離主義を掲げて連邦法の支配に反旗を翻した。結果、大陸中部のいくつかの都市が実質大企業による支配を受けた。
連合の都市は市場型自由民主主義を掲げている。すべてが金によって図られる。自由主義とはいえ物流、飲食、小売、メディア、農業などそれぞれの分野において企業が市場を独占する。通貨の単位はトーン。
市議会や市警は存在するが、企業とそれに連なるマフィアの支配によって統治は形骸化している。治安維持には警察のほか、重大事件においては企業の私兵が出てくる。
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「じゃあ3時に。待ち合わせね。クラブ ナンサイで」
アーヤが左腕のパルを見た。前腕部を覆うような大型のパルが、その一部分だけが展開して時計を表示する。視差を利用した立体映像で数字が浮かび上がるが、使っている当人にしか見えていない。
レイナの前駆二輪とアーヤのバギーはビルとビルの隙間/狭い有料駐車場に止めて、ポケットの小銭を無人決済機に投入する。少なくともこれで市警の警官にイチャモンを付けられても殴り返せる理由がある。
もっとも、フアラーンの市街地は雑多としていて様々な出自の市民が行き交っている。全身義体の元兵士や同じモチーフのタトゥーを彫ったバイカーギャングたち。企業連合のブルジョアジーたちは護衛を引き連れて非合法な遊びに繰り出している。警官たちはドーナツを片手にやる気がない。なかば市長も市議会も企業連合に牛耳られているので彼らの“法”を破らない限りの自由都市だった。たとえ銀髪の傭兵であっても。
4人はそれぞれの目的の場所へ向かった。ニシはシスに腕を引っ張られて雑踏へ消えた。アーヤもごく自然に人の流れに乗って見えなくなった。
レイナは1人、深々とフードを被って視線を避ける。左手には腐獣の心臓が入ったズタ袋、右手はいつでも懐に伸ばせる位置に。上着の下の膨らみは、どうみても武器だとわかるが、この街では銃器も使わなければ特段 咎められることもなかった。全員が半ば公然と武装しているせいで、銃を抜くのは撃ち殺される覚悟があってのことだ。無秩序な平和が綱渡りのように保たれている。
ドラム缶焚き火のホームレスたち。下卑た笑みを向けられたが、フードの隙間から銀髪が見えた途端に縮こまって視線をそらす──ムカつく。女なら力で組み伏せると思ってるが、相手が銀髪で力が及ばないとすぐ縮み上がりやがる。これだから男は嫌いだ。目的地はちょうどドラム缶焚き火の横から半地下へ降りたところにある。嫌だけれど通らなければならない。
道路に積もるゴミは忘れた頃にやってくる自動清掃車が片付けるが、こういう陰ったところのゴミは朽ちることなく積み上がっている。ブーツの厚底越しにゴミの気持ち悪い食感が伝わる。空気もジメッとしていて不健全だ。早くおさらばしたい。
レイナは地下通路を進み、その途中にある鉄扉を力任せに叩いた。
「あたしだ。おっさん、いるんだろ? 早く開けろよ。というか自分の店の前ぐらい掃除したらどうだ」
返事がない。本当に留守だったのか。
くるりと向きを変えたとき、錆びた蝶番がぎしぎしと鳴り、丸く腹の出た巨漢がのそりと姿を表した。
「レイナ、来るときは連絡を入れろっていつも言ってるだろ」
だれがどう見ても凶悪な悪人面だった。日焼けした肌に髪のない丸い頭。それにいつ洗濯をしたのかわからない、白かったタンクトップ姿だった。
「うぅわ、酒臭っ。昼間から飲むなよ」
「客がいねーんだ。いつ飲んでも俺の勝手だろ」
「ほら、シンのおっさん。心臓持ってきた。買い取ってくれ」
昨日、ニシと狩った5個と以前しとめた心臓が3つ入っている。巨漢のシンは袋をじろっと眺めてから店に入るように促した。
店、というより穴蔵というべき場所だった。真上には天高くそびえる複合ビルがあり、ここはその構造材だった。あちこちでむき出しの鉄筋コンクリートや配管が伸びている。人の出入りのないメンテナンス通路の奥がシンの縄張りだった。
シンは配管の隙間から天秤と帳簿を取り出す。ウジ虫が這ったような筆跡なので覗き見ただけでは彼の顧客の名前やら価格やらが判然としない。たぶん彼なりの商売テクニックだ。ズタ袋からまだ動いている心臓を取り出す。黒ずんだ緑色の体液がべっとりと垂れるが、シンは気にすることなくその状態を見たあとで天秤に乗せる。
「ひとつ、2000ってところだな」
シンは保冷機能のある輸送容器を開け、そこに心臓を丁寧に並べる。白い光に照らされ心臓はなおも動いていた。
「俺が言うべきじゃねぇってのはわかるけどよ──」シンは紙幣を数える前に配管のノブを回して水で汚れを流した。「おまえ、いつまでこんな事するつもりだ」
「はぁ? どーゆー意味だよ」
「心臓なんてほいほい売れるものじゃねぇ。値段は高くねぇし心臓を採るのだって危なっかしいだろ」
「あたしにゃ、腐獣なんざザコだよザコ」
「銀髪なら、そうだろうな。だが銀髪なんて万に1人もいない。もっと割のいい仕事があるだろうに。いつまでもこんな初心者みたいなことしてたらいつまで経っても初心者だ」
「ぅっせぇ! おっさんには関係ないだろうが」
シンは札束をレイナに押し付けて黙らせた。
「そうだな。俺には関係ない。お前さんが死のうがまったくもって関係ない。質のいい心臓を届ける運び屋が1人減るってだけだ。だが若いんだし他にも仕事はあるだろう」
言われなくてもわかってる。いつか一発逆転してのし上がってやる。あの男みたいにむざむざ死んだりはしない。わかってる。ちょっとやる気を出せばあたしにだってそのくらいわけない。
「──たとえばそう、ダンサーだ。若いしべっぴんさんだし、いいんじゃねぇか」
「だれが売女みてーな真似するかよ! 男に媚び売るぐらいなら死んだほうがマシだっての」
「んんや、この間、ヤシマさん系の新しいクラブができた。なんでも女向けだとか」
「あたしゃゲイじゃねーって!」
レイナはさっさと札束を数えると出口へ向かった──がふと思い立ってロンに訊いた。
「買取価格、高くね?」
「俺からしてすれば安くしてもいいんだぜ。ガハハハ。ここんところきな臭くてナ。難民やらマフィア関連やら。だから強くなるために心臓がほしいってやつが多いんよ」
「ふん、バカみてーだな。死ぬか生きるかってときに使うのが心臓だってのに」
レイナは返事を待たずに、配管だらけの通路を通ってもとのジメッとした裏路地に出た。腐獣の心臓を好き好んで使うやつなんて、信じられず/つい腹の周りをさすってしまう。もうそこは血に濡れていないし、肌もきれいに繋がっている。溢れ出る腸を抑えなくてもいい。なのに──あのときの感覚が蘇ってくる。
道端に突っ伏して吐いていると、唐突に背中に温かな感触/グレーの斜視が心配そうにレイナを見ていた。
「おめでたかにゃん」
「だまってろ、ぶっころす」
「おーこわこわ。お水をあげるから許して」
アーヤはあっけらかんに笑うと、ペットボトル入りの水を差し出してくれた。再生水──消毒臭がキツくもとが何の水か考えないほうがいい安いやつ。
口を洗って水を吐いて、そして一口だけ飲んだ。胃酸よりもわりとマシな塩素の香りが鼻にツンと来る。胸の焼付きが終わるまで道の横に座っていたが、アーヤも一緒に座って雑踏を歩く雑多なヒトたちを眺めていた。終始黙ったままだったが彼女の横顔は笑っていた。
「なんで何もいわねーんだ?」
「ん? だってレイナ、訊いたら『ぶっころす』っていうじゃん」
くそったれが。
「黙ってるほうが気味わるいだろ」
「んーじゃあ、えっとね。さっきナプキンを買ったんだけど、間違えて冷感のだったんだ。私、温感のがいいんだよね」
「てめーのナプキンの好みなんて知らねーよ」
「ん? タンポン派?」
「そ~じゃなくて」
一般人と違って銀髪は年に一回きりだ。さほど好みなんてない。
「じゃあ、他に行くとこある? 買い物つきあってあげる。私は昨日のジャンク品を売り飛ばしてきたし」
「なんでまた急に人付き合いがよくなったんだ」
「だって私たち、仲間でしょ」
仲間──その言葉の真意を考えていると唐突にアーヤが頬を寄せてきた/気持ち悪いのですぐに引き離して立ち上がった。
「ほら、買い物行くぞ。銃砲店で火薬と弾を買うんだ」
「恥ずかしがり屋だにゃん」
「うっせぇ」
レイナが先に歩き、その後ろをニタニタ笑みのアーヤが続く。馴染みの銃砲店は都市鉄道の高架の下にあって、金網越しにショットガンシェル用の無煙火薬と弾を買い、封をするための耐油紙と蝋はおまけで付いてきた。
「少し早いけど、ナンサイに行こうか」アーヤがパルを見ながら「弾、新しいのを買えば? 不発だったら怖いよね」
「わーかってるって。金ないんだからしょうがないだろ。あたしだって金があれば弾を買うし銃だって新しくしたいんだよ」
銃砲店のサイカ工業のポスターに目が行く。弾倉タイプの半自動散弾銃でかさばるし重いし連射したところで命中精度が下がるが、銀髪の体力なら問題ない。ポスターの謳い文句は『腐獣10匹を同時に相手できる』だった。値段は確かめるまでもない。とうてい買えない。
「ふーん、じゃあいい仕事を探さなきゃね」
「ああ、とびきりいい仕事だ」
小っ恥ずかしかったが、アーヤとハイタッチする。街の風景は天高く複合ビル群が伸び、ハイウェイには高級車が反重力機構の甲高い音を響かせて走っている。あたしだっていつか、一発逆転してあちら側に立つんだ。
クラブ ナンサイは古い雑居ビルに囲まれた内側にあった。雑居ビルは建てられてから数百年が経ち、どこもツギハギだらけだった。それらを覆うようにそびえる複合ビルが日光を遮るので昼間だというのに真っ暗だ。肌を焼く日光がない分マシだが湿度が高くかえって不快感が増した。
入口の駐車場には派手なスポーツカーや高級車が並ぶ。たぶん顔役のだろう。横には見張りの用心棒が立っていて酔客であろうと近づくものには容赦なく鉄拳を食らわせようと待ち構えている。
クラブの入口はアルコールと薬物に酔った若者や派手なモヒカン野郎がたむろしている。いっぽうで場違いなほど地味なスーツに身を包む企業のエージェントまで混み合っていた。レイナはそのどれらにも肩が当たらないよう猫のような俊敏さで分け入る。だがアーヤは後ろに続かなかった。
「んだよ、ぼーと突っ立って」
「とうとう来たんだなって。私、クラブ ナンサイの入口に立ってる」
「ただのクラブだろ」
「名だたる顔役と傭兵たちの伝説は皆ここから始まったの。そして裏社会を牛耳る頂点へと登っていったのよ!」
無事 長生きできれば、そうだろうけど。
「いいから入ろうぜ。不自然すぎる」
「レイナは来たことあるの?」
「まあ、1回だけ。お前と組む前に」
来たと言っても、ちんけな運び仕事で、その報酬の受取というだけ。しかも駐車場までで中には入っていない。街道を避けて危険な砂丘を横断し予定より早く着いたので報酬が若干良かった、ぐらい。依頼人が誰かなんて知らない。その一度きり。この世界は力と信用で成り立っている。ナンサイで仕事を受けたからってすぐに上流階級へ仲間入りできる保証はない。
「むむ! がぜんやる気が湧いてきた」
砂漠のどざえもんにおっちんじまったやつのほうが多いだろうに、アーヤは前しか見ていなかった。
明るい入口からは、暗い室内は見えない。重そうな二重扉の向こうから音楽の低温がぐわんぐわんと響く。力と力の、大人の世界。アーヤは一人前の飼い猫のように意気揚々と進む。
「待て。見ない顔だな」
体格の良い用心棒だった。入口の横に立って、頭上から小娘×2を睥睨している。岩山のようにアーヤの前に立ちふさがり腕組みしたままだ。
「はじめまして、かな。私はアーヤ。これからフアラーンに名声とどろかす未来の顔役だよ」
何だそれ──アーヤの頬は高調したまま。まるで昔のカートゥーンみたいな安っぽいセリフ/ずっと一人で考えていたブラフ。
「そうかい」
巨漢の用心棒はさも興味がなさそうで、アーヤのそばを素通りするVIPに会釈してドアを通した。
「君、そこをどいてくれるかい?」
「そのまえにそこのカウンターで銃とナイフを預けてからだ。どこの田舎モンか知らんが、チャカぶら下げて入れるわけがない」
「でも! さっきの人はすぐ入れたじゃない」
「無名の小娘と、お客様と同列に扱ってもらえるとでも思ったのか? ここはフアラーンだ。嫌なら財団の街にでも行けよ」
まったく。アーヤはこういうときだけは聞き分けが悪い。
レイナはさっさと諦めて、金網の貼ったカウンターにショットガンとマチェーテを預けた。ついでに下着が見えるまで服をたくし上げて割れた腹直筋を見せつけてやり拳銃を持っていないとわからせた。アーヤも頭が沸騰したままだったが、お気に入りの短機関銃をカウンターに預けた。代わりに、律儀な数字札が渡され、ラミネート加工されたそれをポケットに忍ばせた。
やっと巨漢の用心棒は道を空けてくれたが、聞こえるかギリギリの音量で「いつまで生きられるかな」などとつぶやいていた。
クラブの中に入った途端、強めの冷房で肌が粟立った。強烈なレーザー光線が中央のダンスホールを照らして複数の人影が踊りに興じている。お立ち台にはストリッパーが腰をくねらせ、女の方はやたら局部を見せつけ、男の方は尻を客に向けていた。
メインとなるダンスホールは雑居ビルの天井をぶち抜いた吹き抜けで、2階席が見えたがガラスはすべてスモークのかかった防音ガラスだった。あのVIPルームは顔役専用。あるいは顔役に気に入られた傭兵のみが入られる聖域だ。
アーヤは2階席をじっと眺めたあとで、
「なかなか過激だ。想像以上だ!」
DJの操るダンス音楽がうるさいせいで耳元じゃないと声が聞こえない。
「そうか? 想像通りと思うぜ」
「レイナ。仲間同士なんだ。虚勢は貼らなくていいんだよ」
浮ついているのはお前のほうだろうが、くそが。
2人して酒精の低いビール瓶をバーカウンターで確保すると、壁を背にソファ席に座った。苦くて冷たいビールを一口。しかしレイナの表情は浮かばなかった。
コネもなく、実績もほとんどない。そんな自分に仕事をくれる顔役なんて本当にいるのか? 砂漠の砂を掻き出す市の仕事とは違う。掲示板に「仕事募集中」だなんて書かれていない。顔役も傭兵も、裏切りを何よりも用心する。信頼する相手じゃないと仕事を頼まないし、受けもしない。
仕事のために信用が必要だが、信用のためには仕事が必要──ふざけている。こんな調子でどうやってのし上がれっていうんだ。
「私ね、夢があるんだ」
音楽がうるさいせいで、アーヤはレイナの直ぐ側にすり寄って座った。尻の肉が当たって高い体温がわかる。
「んだよ、改まって。どうせ金持ちになるとかそういうのだろ」
「まあね、当たってる。私、凄腕の顔役になりたいの。で、この街の裏社会を仕切るボスになるの」
「ふーん」
「興味ないって?」
「ありきたりというか普通というか。顔役になんかなってもいいことないだろ」
金はあるだろうが、所詮は猿山のボス。犯罪者どもを仕切ったところでアンダーグラウンドから這い出ることはできない。
「私ね、レイナが言う『男が嫌い』ってわかるんだ。実はね、昔のカレシに毎日殴られてた」
「殴られたなら殴り返せばいい。ブレーメン学派のありがたーい言葉にもそういうの、あんだろ?」
「わかる、そうだよ。でも当時の私にはその選択肢がなかった。殴られてもその後に泣いて謝る彼氏を見ると、こうなんというか、許してあげようって気になるの。でもある日、気を失うまで殴られて、ぼろぼろになって。この目もそのときのせいで」
ちらり──アーヤの方を見た。薄い暗がりだったがグレーの斜視が光っていた。
「──だからさ私。ちょっとおかしくなっちゃって。気づいたらハサミを両手で持ってて寝ている彼氏の喉に突き刺した。抵抗されたけど何度も何度も刺して殺した。えへっ、これ言うの初めてだったね」
うっすらと笑うアーヤは、遠くを見たままだった。
「──死体は砂漠に埋めて隠した。だけど地元にはいられなくなってね。夜逃げ同然で町を出て、あちこち移り住んで。で、今に至るってわけ。私はね、レイナと同じ。男が嫌い。だけど毛嫌いするわけじゃないの。のし上がって、顔役になって、だれも私に触れられないくらい頂点に君臨したいんだ。だから、今日はその初日。伝説の始まりなんだよ」
レイナと同じ=いっしょにするな。DV男を殺したてめぇとあたしを一緒にするな。男は嫌いだが憎んでいるわけじゃない。男が嫌いなのは「一緒にいる」とか「守ってやる」とか約束したのにあっけなくおっちん死まったからだ。
アーヤは先にシスを仲間にしていたが、チンチクリンの事情はまだ聞いていない。この分だとシスも腹に一物を抱えてそうだ。
「顔役になったらね、イケメンの用心棒をたくさん雇って高級車でフアラーンの街をぐるぐると巡るんだ。でね、VIP席のソファに座って一言も喋らないで、顎で命じてヒトを動かすの。どう? いいでしょ。私の夢。ううん、将来よ。レイナは? 夢とかないの?」
「さぁね。考えたこともない。普通のいい人生だ」
「えーつまんない。顔役になりたくないの?」
「興味ないね」
あるかどうか確実じゃない未来とやらに興味がない。新鮮なミルクが飲めて、いい銃と、安全な寝床。それさえあれば100点満点の人生だ。顔役だのなんだのっていう欲しがりの最期は決まっている。無惨な死だ。
あの男もそうだった。あたしが子供だったせいであいつの夢とやらに聞き入っていた。でも結局はあの男──父は砂漠で死んだ。野盗に襲われ腐獣が群がり、あたしも死にかけた。とっさにテウヘルの心臓を食べて生き延びたが、あの男はあっけなく死んだ。あたしを残して。守ると約束したのに。
「あたしは、笑って死にたい。いい死に日和だったんだって納得して死にたい」
あの男のようには死にたくない。
「よしわかった。私に任せてよ。これから顔役に営業をかける」
「まてまて、まずはちびっ子とニシが来るまで待てよ。お前よりかニシのほうが幾分か頭が回る」
「およ? レイナちゃん、いつのまにニシくんを信じるようになったのかな」
「うっせぇおめぇより損得勘定が得意なだけだ」
「まあまあ、未来の大物顔役の私に任せてよ。仕事を取ってくるから」
「どーなったって知らねーからな。あたしは先にモーテルに戻ってる」瓶の底に残ったビールを飲むと「駐車場横のモーテルだ」
レイナがクラブを出る間際、ちらりと振り返ると、身なりの良い客に手当たり次第声を掛けるアーヤがいた──必死そうに。顔役とかいう地位は、そんなに魅力的なのか。
物語tips:顔役と傭兵
それぞれ連邦の共通語で<バサラ>と<サイカ>と読む。顔役はマフィアのフロント企業を経営しつつ、大企業や富裕層の依頼を受ける。そして依頼を傭兵へ仲介する。
傭兵は大半は機械化兵士や銀髪など生身の者は少ない。そして皆スネに傷がある。
両者に正義や善意は存在せず、力と金でのみ結びついた関係である。薄い信用のみで人間関係が成り立つので裏切りもしばしば発生する。裏切りは血で血を洗う抗争が繰り広げられる。実力至上主義。