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物語tips:(ア・メン)

 かつて大陸に住んでいたブレーメンたちの信仰の対象。ブレーメンの語る神話によると、(ア・メン)は天と地を繋いでいた黄金の鎖を断ち、世界を作ったとされる。そしてブレーメンは(ア・メン)寵愛(ちょうあい)を受けて誕生した。

 ヒトの文明からは単なるアミニズムと分析されている。現代では、ヒトの信仰は(ア・メン)ではなくブレーメンの生き様そのものとなった。

 挿絵(By みてみん)


 †

 

 砂漠と空との間──地平線にねじ込まれたように都市が築かれている。天気によっては陽炎(かげろう)のせいで見えないが今日ははっきりと見えた。

 唯一大陸(タオナム)北部の都市フアラーン。しかし北海とは山を隔てているので雨はそんなに降らない。そのせいで年中乾燥しているし日によってはひどい砂嵐に襲われる。しかし少なくとも都市の中にいればそういった自然の猛威とは無縁に暮らせる。少なくとも自然から、は。

 そんなフアラーンに住むのは夢のまた夢……コネも金もないレイナの(アジト)は都市から遠く離れた廃墟だった。岩山の影に古い列車の客車が放置されていた。アーヤの言い分では昔の都市と都市を繋いでたリニアレールの車両らしいが、腐獣(テウヘル)が出没し砂漠化が進んだ今となってはスクラップだった。

 いらない座席は取り外し、あるいは繋いでベッドにした。そのベッドが3人分。あとは床の隠し扉の下に集めたテウヘルの心臓が置いてある。レイナがこれまでの戦利品を数え直し床板を戻したとき、アーヤたちがアジトに帰ってきた。半浮遊式の前駆動のバギーで、後輪だけは昔ながらのゴムタイヤを履いているので2本の轍が砂の上に伸びている。

「ニシ、こっちきて。わたし(シス)が案内したげる」

「わかったからそんなにひっぱるな」

 バカか。案内するほど広くないだろ。ただ客車がひとつだけだ。どいつもこいつも、たかが男ってだけで浮かれやがって。それに、あたしが先に帰ってきて自動迎撃機銃(セントリーガン)のセキュリティを切ったおかげでソイツは無傷なんだ。

「ガンの設定、済んだのか?」

「まだ。ニシくんの立体写真をパルで撮ったからあとで設定しとく」

「あたしまで流れ弾くらいたくないからさっさとしとけって」

「そ・れ・よ・り・も 大切なことあるでしょ。ニシくんの歓迎会」

 しかしレイナは鼻で笑ってあしらうと、どかっと手作りソファに腰掛けた。座席を3つつなぎ合わせたものだ。

「金が無いからフアラーンへ買い出しに行けてない。今日も豆の缶詰にきまってんだろう」

「フフフ。こういうときのためとっておきのがあるのさ」

 アーヤはおもむろに弾薬箱を開けた。拳銃弾の空箱のゴミに混ざって、肉の缶詰(スパム)がゴロゴロと転がりでた。

「あっ、てめー。隠してたな!」

「それに、じゃーん。10年もののハリハリ酒があるのだ! しかし残念だなーレイナはお酒を飲まないって言っていたし」

「クソ変なところで言質(げんち)とりやがって。ぶっころ……」

 振り上げた右拳は、ニシに掴まれた。どんなに力を入れても動かない。まさか──銀髪のあたしの力を押さえつけてる/ニシの黒い瞳が、ほんの一瞬だけ黄色に輝いた。

「俺のせいで争ってるなら、すまない。アーヤ、特別な歓待はいらない。シスの言葉を借りれば、奴隷なのだから」

「その『奴隷』って言葉、唯一大陸(タオナム)のどこでも重いことなんだけどなー。ま、いいか。しゃっちょこばらないで。もう仲間なんだからさ」

「信じてもらったところでこう言うのも何だが、そう安々と人を信用していいのか」

 ニシは冷静に語ったが、しかしレイナは鼻を鳴らした。

「あたしは信じてねーからな」

「でも私はこう思う」アーヤは横槍を入れて「どの勢力にも属してない、かといって金も地位もない私たちから奪えるものなんてない。それなのに強い強いニシくんは協力してくれている。これはほんとうの意味での善意、なのではないだろうか。あっ、奪えるものがひとつあった。それは私の貞──」

「理由といえば」ニシが遮った「食うものも寝るところもない今、俺からしてみれば匿ってくれる君たちに協力するしかないということだ。この土地は右も左もわからない」

「土地といえば、君は一体どこからきたのかな。トーキョーって。帰ってくるときに色々考えたんだけど、話は通じるのに常識が通じないというか。腐獣(テウヘル)を知らないとか、『どういう原理で車が浮いているんだ』とか。やっぱりありえない」

 結局それだ。人畜無害に見えて腕は立つ。それでいて無報酬/飯を食わせておけばいいなんてムシのいい話があるわけがない。あたしは騙されない。

「事細かに語ったところで君たちが信じるかどうか」

「それは、ニシくんが語ってから考える」

 アーヤがサングラスを取った。グレーの斜視の瞳でじっとニシを見据えた。あれは問いただすときのいつものやつだ。あたしも今回だけはアーヤに同意する。

「そうだな、順を追って話そう。今朝 俺は気晴らしに射撃場にいた。ここのところ気の晴れることがなかったから。射撃場は本部の地下にある。で、本部というのは秋葉原にあって、メイドカフェに偽装してある──」

 レイナは眉をひそめる──ニシの言う事はよくわからないが、メイドは傭兵(サイカ)の隠語で、その“カフェ”ってのはフロント企業で実態は傭兵(サイカ)斡旋所(あっせんじょ)か何かか。

「──そしたら妙な既視感(デジャブ)があった。そして、あ、いや。ところで今の(おう)の名は? 皇キエ=キルケゴールを知っているか」

 んなこと知るわけねーだろうが。

「大昔の皇ね」アーヤがパルに目を落として「ふむふむ。フアラーンのサイバーネットでざっと調べたけど、そのヒトは1500年ぐらい前の皇。昔は映画なんかも作られたっぽいけど、レイナは見たことある?」

 首を横に振る──懐古主義(クラシック)な映画に興味はない。

「1500年も? じゃあ、ニケという剣士も?」

「そだねっと。そのヒトは映画の登場人物、ヒトっていうかブレーメン。実在したかどうかはわかんないけど。腐獣(テウヘル)を知らないのに、大昔の皇とかには興味あるんだね、ニシくん」

「そうか……」ニシは少し考え込んでいたが、「つまるところ、こうだ。今朝、射撃場にいて時間が巻き戻るような既視感があった。そしたら案の定、(ア・メン)が現れ、そして気づいたらこっちの世界に。砂漠のど真ん中にいた。信じられないかもしれないが、本当だ」

 沈黙──想像のはるか上を行く回答。アーヤは微動だにしないし、シスは、興味なさそうに自分のベッドで寝ている。

 嘘じゃない、たぶん。ハッタリをカマしてるわけでもなさそう。ハッタリをカマすなら、こんなキチガイじみた事は言わない。しかし、(ア・メン)といえばブレーメンのおとぎ話に登場するアレだ。そしてさっきの戦いで、こいつの目はおとぎ話のブレーメンのように黄色に輝いていた。そんな(・・・)わけないはずだ。

 しかしアーヤは突然に笑い出した。

「アハハハ、なるほど。つまり君は(ア・メン)の視線があったってうわけだ。視線ってのは、えっと祝福とか寵愛とかそういう意味。アハハハ、ブレーメン学派の信徒なら畏れ多くもそんなことを言わない。信徒じゃなきゃそもそも知らない」

(ア・メン)には『世界を救え』とだけ言われた」

「不思議だねぇ、君。竹取の金(チョウズゥトーン)

「今のそれは?」

「ブレーメン学派のありがーい言葉。人生で何が起きるかわからないって意味。かつて唯一大陸(タオナム)に生きたブレーメンたちの生き様を格言のなかにまとめ、皆で学ぼうっていう。そういうの。(ア・メン)との対話だなんて古代ブレーメンの神話ぐらいだよ」

「で、俺から話せることは以上だ。嘘はついていない。信用してくれたのか。もちろん迷惑と言うなら、すぐに出ていく。フアラーンという街にさえ連れて行ってくれれば、あとはなんとかできると思う」

「まあまあ、そう律儀になりなさんなって。ブレーメンは(えにし)(ア・メン)の意図だって大切にしてたわけだし。今夜は、ぱーっとパーティーよ」

 スケベスイッチの入ったアーヤは酒瓶片手に、ニシに絡みついた。

 ばかばかしい──というか明日はフアラーンへ買い出しに行くのだから飲みすぎるなってのに。シスもお昼寝から帰ってきてどんちゃん騒ぎに加わっている。あの体格で酒が飲めるのに理解が追いつかない。銀髪のせいで肝臓がデカイ、とかか。

 レイナは、喧騒が砂漠の夜風と思えるぐらいに気持ちをなだめ、あの3人を視界の隅にさえ入れなかった。そして廃車両の端の埃っぽいイスに座ると半年前のバックナンバーの雑誌に目を落とす。

 ずらりと並ぶ広告──企業連合に属している大企業のもの。

目につくのはやはりサイカ工業のショットガン。せめてレバーアクション式がほしいが……金が足りない。今使っているソードオフ・ショットガンもニコイチで作られた左右2連式ショットガンでしかも中古の中古。明日フアラーンに行くので銃砲店も覗いてみたい。今の所持金+心臓の売値=火薬と鉛玉代、飯代。

「ちくしょう、足りねぇ。というかお前らうるさいぞ、静かにしろ!」

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