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物語tips ビッグフット・ジョー

 フアラーン市の街の顔役(バサラ)の1人。クラブ不夜城(ナンサイ)のオーナー。

 酒造業大手グリズリービバレッジとコネがある黒人の大男で、企業の汚れ仕事を信頼できる傭兵(サイカ)を手配し仲介している。

 常人よりも巨大な体格なうえ、足が象皮病に侵されていてさらにデカい。機械式の歩行器の補助を受けるので健常者と同じく動き回れる。

 実のところ財団からも依頼を受けている二枚舌野郎。

注)激しめの暴力描写と不適切な言葉遣いを含みます。


挿絵(By みてみん) 


 結局のところ、潔癖症じみたサパロップ市よりも薄汚いフアラーンの繁華街のほうがしっくりくる。しっくりくるというのが、例えばきれいなサパロップ市じゃ肌にイボイボ(・・・・)が出てきそうという具合に、細胞レベルで反応が出る。普段の免疫が綺麗すぎる環境じゃ狂って自分を攻撃してしまう──うん、賢そうな言い回しを思いついた。こんどニシに言ってみよう。

 レイナは廃ビルの窓からクラブ・ナンサイの入口を見下ろしていた。この一室は火事だか抗争だかで打ち壊されたまま何年も無人状態で放置さていた。薄気味悪いのでホームレスすら寄り付かない。壁や天井の焦げた跡は古いが、それよりもずっと新しい黒いシミはあちこちにあった。

 クラブ・ナンサイの正面入口は今夜もどぎつい色のネオンに酔客やら訳ありの仕事人たちの横顔が照らし出されている。駐車場では地面に這いつくばる男とそれを足蹴にする用心棒(バウンサー)、我かんせずと高そうなタバコを高級車の中で(くゆ)らす顔役(バサラ)が座っている。

 フララーンの街はいつもどおりだった。

「レイナ、帰ったぞ。夕飯は?」

「ん? ああ、腹へってない」

 戸口に立っているニシに返事してみたが、この目つきの悪い男は納得していないようで、

「合言葉は?」

「いや、別に誰も来てねぇし。ねずみがチロチロって走ってただけ……わかったよ! そんな顔するな。『焼豚マシマシ』」

 こんなダサい合言葉、言うだけでも恥ずかしい。敵が来なかったら焼豚マシマシ、敵が来て人質にされていたら野菜マシマシ。んだよ、マシマシって。

 ニシはレイナの合言葉に納得して、ようやく背中に隠していた拳銃にセーフティーをかけた。

「で、チンチクリンの様子は?」

「義体専門の医者に任せてきた。落ち着いて寝ているよ。曰く、この街でいちばんの闇医者なんだと」

「大丈夫なのか、それ?」

「元は連邦系の義肢(ぎし)技工士(ぎこうし)で、陰謀に巻き込まれたんでフアラーンに雲隠れしてるんだと。グフィカから奪った金全部と、財団の技術書類全部で手を打ってくれた。シスの精密検査と、あとあのエルフ耳みたいなやつ」

「エルフ?」

「研究室で拾った一対の感覚器。シスの脳は大半が機械に置換されている。病気のせいか実験のせいかは知らないけれど。感情が乏しいのはそのせいなんだと。あの感覚器があれば視覚や聴覚以上に、周囲を知覚する能力が強化できるんだと。アーヤもそばに付いているからなんとかなるだろう」

 アーヤか、いないよりはマシだ。

「で、もう一度聞くが」ニシがずいっと顔を近づけて「本当にやるのか」

「当たり前だろ! 裏で手を引いていたのはビッグ・フット=ジョーだぜ! 企業連合の汚れ仕事担当なのに財団にも尻尾振っていやがった。いや、金持ち連中のゴダゴダなんてくそくらえだ。要は、あたしらを騙して財団に売ったことだ! “お礼参り”しなきゃ収まねぇ」

「文字通り、餌として売られたな、確かに」

「上手いこと言ったつもりか? 笑えねーんだが」

 ニシはこの状況で笑っていた。ムカつくやつだぜ、まったく。そう言いながらも注文通りの品が入った紙袋を渡してくれた。山盛りのショットガンシェルとマチェーテ用に砥石も入っていた。

「ん? これは」

「チョーク。散弾銃用の絞り(チョーク)だ。クラブにカチコミ決めるなら、散弾の拡散範囲は絞っておいたほうが良い。形からして5ヤードほど有効射程が伸びる。ええと、5歩ほど歩く距離だ。室内戦ならその程度が扱いやすいはずだ。たぶんな。俺はショットガンはあまり使わない」

 ニシはそう言って、小脇に抱えた三三式ライフルにレーザーポインタを取り付けた。赤い光点が壁に映る。レイナも自分の武器の手入れをする。チョークを取り付け、腰のベルトにショットガン・シェルを差し込む。そして砥石を手にマチェーテを鋭く磨く。

「で、レイナ。カチコミする前になにか聞いておきたいこと、あるか? こう言うと死に際みたいで縁起が悪いが、ちゃんと話すってサパロップの地下で言ったからな。約束は守る」

 ああ、そういやそんな話もしたっけか。あれからもう3日、もうすぐ丸4日経つ。あのとき渦巻いていた疑問や疑念も、死ぬほど退屈な無言の帰路のせいで冷めちまった。今ぱっと思いつくことと言えば、

「お前、ブレーメンなのか」

 しかしニシは目を丸くして、そして憎たらしくはにかんだ(・・・・・)

「いや、それは違う。生まれも育ちもホモ・サピエンス(ホモサピ)だ。“ヒト”とも違うし遺伝子からして違う生き物だ。わかりやすく言えば、ヒトの外見は収斂進化で2足歩行になるのが文明(・・)人類学の基本事項だけれど、種族によって内臓の配置や機能が違う」

「はぁ?」

「たとえばホモサピの特徴は、一般的な文明の知的種族とは違って細胞にミトコンドリアがあるとか……まあとにかくブレーメンじゃない」

「でも、瞳が黄色に光るだろ、時々。ブレーメン学派じゃないあたしでも知ってる。ブレーメンは瞳が黄色に輝くんだ」

「それはおそらく、萬像(ミソロジー)のせいだろう。端的に言うと──というか以前も話したが、俺はア・メン(クソ神)萬像(ミソロジー)を与えられた」

萬像(ミソロジー)ってどんな? おとぎ話に出てくるア・メン()の視線ってやつだな」

「そうだな」ニシは絵になる横顔で考えて「レイナ、もしア・メンが現れて『なんでもひとつ、願いを叶えてやる』と言われたらどう答える?」

 するとレイナはパチンと指を弾いて、

「知ってるぜ、そのとんち(・・・)。ガキの遊びだ。ア・メンにこう答えるんだろう『なんでも叶えられる力がほしい』ってな」

 けらけらと笑ってみたが──ニシの顔はマジだった。

「って、ニシ、まさか本当にそう言ったのか?」

「言った。言ったらパチンとデコを叩かれた。だからもう少しだけ考えてこう言った。『誰からも愛される救世主になりたい』と」

救世主(メサイヤ)……よくわからないが、英雄(ヒーロー)ってことか?」

「だいたい同じだ。昔の俺はテレビに切り取られた世界を見ていた。冷戦が終わったっていうのにあちこち戦争だの紛争だの民族浄化だの。だから俺は世界を救いたかった。唐突にア・メンが現れてもそのことに疑問を抱かず祈った。『誰からも愛される救世主になりたい』」

「で、ア・メンに何を授かったんだ?」

「なんでも、と彼女は言っていた。死者を蘇生したり惑星を生み出したり、そういう能力を除けば、望んだ(スキル)は実現できる。ブレーメンのような体力や戦闘力がそうだ。ような、じゃなかったな。ブレーメンより強い。俺が習ったことがあるのは剣道ぐらいなものだが、剣技ではニケの爺さんに勝ったことがある。俺が戦いにめっぽう強いのは未来の予知ができるからだ。ジェダイみたいに数秒先の未来を直感的に感じ取るんだ。だから戦いでは常に相手の2歩3歩先を行ける。ニケの爺さん、驚いていたな。あとそう、君らのいう連邦の共通語、だったか。見知らぬ外国語を自然と話せるようになるのもまた、萬像(ミソロジー)だ。もっともア・メンに会った次の日の英語のテストを乗り越えるために願った力ではあるが」

「じゃあよ、サパロップの地下で言っていた死ににくいってのも。お前、あれだけ戦って傷一つ負わなかったぜ」

「治癒能力。それは確かに萬像だ。だが死なないのは代償だ。すべて望む力が手に入る代償で不死性(ふしせい)が与えられた。いわば呪いだ」

 信じて良いのかそれ。おとぎ話のブレーメンですら超える突拍子もない作り話(ストーリィ)だ。

「変だろそれ。死ななくなるって、どう考えても祝福だろうが。いや死なないじゃない。殺されても死なないなんて。なんというか、サイキョーじゃん!」

「痛みはあるし致命傷なら数時間から数日間死んだままだ。何度も味わいたくはない。それに死なないってことは歳も取らないということだ。何十年も何百年も、姿形が変わらない。知人も親友もみんな死に車が空を飛ぶようになってもまだ生き続ける。何千年何万年と経ってこの精神がまともなままいられる自信がない」

「じゃあ、今、500歳とか?」

「いやいや、まだ“人生一周目”だ。見た目以上に歳はとってるけれど」

 4人の中で一番年下はあたしってことかよ。

「ニシはア・メンのお陰で、トーキョーじゃサイキョーの兵士をやっていた。それで間違いないな」

「だいたいそのとおりだ。もっとも、俺だけの能力じゃない。ユキの支援、サクラの援護、そして組織の力だ。俺は独断専行(スタンドプレイ)はあまり好きじゃない。そういう向こう見ずな蛮勇(ばんゆう)は、必ず代償がある──ふん、まあいい。お説教みたいなるから。最後になにか聞いてくことはあるか」

 ニシは両手に色違いの金属質の筒を持った。片方が煙幕弾。煙を吸い込んでもちょっとばかしむせるだけ。もう片方が催涙弾。クソ野郎たちをねぐらから追い出すためのもの。

「戦うときによ、どうすりゃいんだ。気持ちとか考えとか。ああもうじれったい。うまく言えない」

「戦いは自分のためじゃない。誰かのために戦うんだ。戦いで何を得て何を変えられるか、それだけを考えるんだ」

「じゃあよ、あたしはフアラーンに住み着くクソデブウジ虫を叩き潰す。そんでもってこの薄汚い裏通りをほんの少しだけきれいにする。ああ、あと金も奪う。この仕事、ノーギャラで大赤字だからよ」

 ちょっとプロっぽく歯を見せて笑ってみた/ニケはごしごしと不器用に頭をなでてくれた。

「よし、状況を開始する。落ち着いていけ」

 ニケは窓枠に足をかけると、ためらいもなく空へ飛んだ。4階もある高さから地面に落ちた。全身義体ですら、特殊アクチュエーター無しではシャシーが折れてしまうというのに/これが萬像(ミソロジー)

 レイナも窓枠で踏ん張ったが、1階ずつひさし(・・・)に着地してニケの後を追った。駐車場の酔客たちはすぐに事情の異変を感じて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。壁にもたれかかっているジャンキー共は胡乱(うろん)な目で、発煙筒をダンスフロアの入口へ投げるニシを眺めていた。

 大柄なバウンサー×2が止めに入る/手には電撃警棒(ショックバトン)=ほんの瞬きの時間でニシはバウンサー共の頭上で宙返り/次の0.5秒でバウンサーたちの肘&膝が撃ち抜かれてチタンのボルトやナットが地面に転がった。

 ちくしょう=なんて速さだ。神話に出てくるブレーメンのようだった/敵に回したくない第1位=ニシ。次点であのロン。

 クラブ・ナンサイの入口は煙突のようにもうもうと煙を吐き出している。野外で使う軍用の煙幕弾なのでその煙の量も桁違いだった。生身の心肺では呼吸ができず、客たちはパニックになりながら出口に殺到している。内臓を機械化している客たちもニシの形相に後ずさりながら出口を目指した。

 レイナは──ごぼごぼとむせながらニシの後ろに続く。銀髪の治癒能力と心肺機能を持ってしても息苦しい。なんと中途半端な力だ。

「むやみに撃つなよ。無関係な客に当たったら後が面倒だ」

 ニシはライフルを構えた。赤いレーザーポインターは、漂う薄い煙のせいでその線条がくっきり見える。

「気にすんなって。ここにいる全員、犯罪者共だ」

 あたしも含めて、だけど。

 ダンスフロアはすっかりヒトがいなくなった。DJがいないままダンス・ミュージックの低音が空気を揺らしている。

「ビッグフットジョー! 出てきやがれってんだクソインポ野郎が! 落とし前をきっちり付けさせてやる」

 言った。ついに言っちゃった。今の今まで温めていた罵詈雑言。

「レイナ、おしい。すごく惜しい。敵が出てきてから言ったらかっこよかった」

 うっせえ。

 ニシはライフルで上階のマジックガラスを撃ち抜いて割ると、見事な遠投で催涙弾を投げ込んだ。遠く離れても鼻にツンと来る臭いがして、涙がにじみ出る。上階はすぐ煙に包まれ、壁のヒビや隙間から火事のように煙が立ち上っている。

 上階へ続く階段から銃を持ったバウンサー共が転がり落ちてくる。ニシは即座に反応して射撃射撃射撃──耳に来る発砲音と続いて乾いた床に薬莢が転がる。まったくためらいとか容赦が無かった。死体が階段の下で積み重なる。まるで酔いつぶれてその場で倒れたみたいだが、本当に死んでいた。

 ニシに続いて上階へ。視界が涙でいっぱいになる。生身のままだとたぶん耐えられない。ニシは無言でハンドサイン=「俺は右、お前は左」/手慣(てな)れているかっこいいなちくしょうめ。

 レイナは指示通り左へ進む。突然ドアが開き、大型の自動拳銃を手にしたスーツ姿のバウンサーが現れた。即座に反応=安全装置はすでに外してある。弾を外すはずもない至近距離で射撃=大男が人形のように吹っ飛んで絶命する。VIPルームの中では半裸の男女がくんずほぐれず、涙と鼻水でグシャグシャになって引きつけを起こしている。そしてテーブルの上には札束と闇に流せば高そうな違法薬物が積んである。

「集中集中。今は復讐が最優先」

 空のショットガン・シェルを排莢/新しい2発を装填。

 催涙弾の臭気がたちまち意識を現実に戻してくれる。アドレナリンのせいでやたら心臓が早打ちしているが逃げ遅れたクラブの客を撃ち殺さず外へ逃してやる。

「どこだ! 出てこいビッグ・フット=ジョー」

 正面のドア/その後ろに人影=明らかに待ち構えている。レイナは構わずショットガンを構えて引き金を絞った2発連続して亜音速の散弾が扉をずたずたに引き裂く。

「へっちょろいぜ」

 しかし言い終わるその寸前で、扉が内側から吹き飛んだ。現れたのは全身義体の大男だった──見覚えがある。ジョーの隣りにいた全身義体のイケオジだ。銃こそ持っていないが、左の拳は金属製で電撃が走っている。右手では分厚い肉切り包丁──こちらも触れる周囲全てに電撃を放っている。まるで歩く電柱。

「ちくしょう、変態改造主義者が」

 レイナは流れる手つきで排莢/親指程もあるスラグ弾込める。走り迫る電柱男をめがけて2発 一度に放つ。スラグ弾は確かに電柱男の胸に命中したが少しだけののけぞらせたぐらいで効果がなかった。

「くそ、やっぱり腐獣(テウヘル)用の弾じゃ無意味か」

 レイナはショットガンからマチェーテに持ち代えた。グリップはゴムが巻いてあるから大丈夫──確信はないけど。ニシが今ここにいない以上、あたし1人でやるしかない。

 戦い方はニシを見て学んだ。足はこう動かして腕をこう振り下ろす────視界が揺れて天井と床が交互に2回見えた。

 体がしびれて動けない。安っぽい壁の化粧板(けしょうばん)に半分体がめり込んでいる。まさか殴られた? 拳は見えなかった/いや右手の肉切り包丁に気を取られていた。

「“変態”は余計だ。小娘にはチタンとカーボンの体の美しさがわからない」

 脳が揺れて吐き気を催す。レイナは手の甲で口を(ぬぐ)うと、めり込んだ壁から立ち上がった。

「俺の電撃拳ライトニング・フィストを食らって生きている。驚きだ、銀髪の」

 低い男の声。しかし半分は電子音のようにくぐもっている。声帯まで機械に置き換えている変態野郎だった。

「あたしの名前はレイナだ。おぼえとけ電柱野郎」

「ふむ、俺の名を知らないとは、お前まだ駆け出しだな銀髪のレイナ。俺はフリオ。皆は敬意を込めてフリオ=ライトニングフィストと呼んでいる」


挿絵(By みてみん)


 電柱男の右腕に電撃が走る。そしてバカ丁寧なお辞儀/んだよ肉切り包丁は飾りかよ。電撃と脳震盪で思考がまとまらない。震える手でショットガンシェルを込める。

 電柱男=フリオの背後の廊下をビッグフットジョーが横切った。機械式の歩行器がガチャガチャ音を立てている。催涙ガスのせいで涙と鼻水で顔を濡らしたまま、巨体&象足症の割には早い足取りでクラブの裏口へ向かっていた。

「そこをどけ、電柱野郎。あたしはビッグフットジョーを……」

「殺すか? 騙されたのが悪い。この街の(おきて)だ、小娘」

「いやちがうね。顔役(バサラ)傭兵(サイカ)はビジネスの間柄だ。あたしらはジョーを信じた。ジョーが裏切った。なら死ぬべきはジョーだ」

「ふん、たわごとを」

「ジョーは財団に通じてるんだぞ、二重スパイだ。それを、お前も放おっておくのかよ」

「俺に関係ないことだ。それに、小娘が契約を重んじるなら、これも契約だ」フリオの電撃拳がバチバチ音を立て「金をもらってる以上、雇い主は守らにゃならん。悪く思うな」

「あたしが簡単にくたばると思ってんのかよ、電柱野郎!」

 大丈夫、時間稼ぎができたおかげで頭が冴えてきた。この変態改造野郎は脳みそも電柱みたいに空っぽだ。注意すべきは趣味の悪い肉切り包丁じゃない、あの改造された腕だ。チタンとカーボンと言っていたが皮膚もケプラーかなにかで補強してあるに違いない。

 だが脳はどうだ。いくら防弾処理をしたところで、至近距離で銃弾を加えれば眼球や口から鉛玉がめり込むはずだ。

 レイナが立ち上がる/予備動作なしの銀髪らしい瞬発力で地面を蹴る。左手にショットガンを握りしめ、2発、顔に向けて放つ。電柱男の顔面で激しい火花が散る。

 白い硝煙(しょうえん)越しに電柱男を見やる。少しは効果があったか/否=野郎、笑って嫌がる。

 フリオが拳を振り上げた。しかしもう2度目の拳骨(フィストファック)はもらわない。レイナはその巨大な(こぶし)をひらりと避ける&肉切り包丁の軌道(きどう)を見切る。レイナは電柱男の腕めがけてマチェーテを一気に振り下ろす。白い蛍光灯が刃に映る。

 もらった!=しかし本当に電柱を叩いたような手応えだった。

「グハハハハ、言っただろう。チタンとカーボンは見た目の美しさだけじゃない。剛い(つよい)。剛いからこそ美しい」

 レイナは舌打ちと同時に間合いをとった。電撃拳(でんげきこぶし)を見切る/慣れてしまったらなんてことない。

 しかし早く次の手を打たないとジリ貧だ。早くこの変態改造主義者を倒さないとジョーに逃げられてしまう──冷静に。誰かのために戦うんだ。シスの、あいつの過去と餌にされかけた腹いせと……。

「いや──やっぱムカつく。お前もジョーも、まとめて叩き潰す」

 呼吸が早くなりすぎないよう、肺の動きに集中。床に足がついている感覚を認識。よし、いける。いつかニシがやってみせたようにフリオに向けて中指を立てるポーズを決めた。

「銀髪とは言え、生の体で戦うのは辛かろう。が、ふむ流れが変わった。誰かに戦い方を教わったのか」

「黙れ、あたし流だ」

いい適応性(・・・・・)だ。その若さで戦いに飲まれず、大電流にも耐えている。催涙ガスも、もう慣れてしまった(・・・・・・・)のだろう──」

 何の話だ。

「──だが銀髪の、もったいない。“心臓”への高適合者なんて万に1人だ。付く側を間違えなければ良い傭兵(サイカ)になれたものを」

 レイナはおしゃべり野郎にマチェーテの切っ先を向けた。ニケの真似をして中段の構えを試す。これがブレーメン流──間合いが取りやすくて良い。電柱男はまだ遠い。あいつの足なら4歩、マチェーテなら3歩だ。しかしこの分だと全身が防刃防弾、それに加えてチタン骨格かもしれない。それにヤツ、さっきから息してねぇ。内臓全部を機械化? そんなやつ銀髪より珍し……

 目は乾いてヒリヒリするくらい開いたままだった。電柱男の動きを見逃すわけがねぇ。それなのにやつはすぐ眼前にいた。

 レイナは、フリオの拳と肉切り包丁をすんで(・・・)のところで掴んで受け止められたが、そのまま組み付いて倒れてしまった。そして後からやってくる合点(がてん)“チタンとカーボン”。

 フリオの脚の関節が増えていた。逆関節の第2(・・)膝から下がカーボン製のバネだった。

 機械式電撃ウサギに化したフリオは、電気がバチバチ鳴る両手でレイナを押さえつける。

「ほう、大したものだ。銀髪の適応力は電撃にも耐えられるのか」

「ぅるっせぇ。てめぇのバッテリー切れだよ」

 軽口のつもりで/余裕をかまして笑って見せる=その実余裕がない。自分の皮膚が焦げる臭いがする。力負けしている。フリオは勝利を確信してニヤニヤ笑う。

「レイナ、目をつむれ!」

 ニシの声に胸が熱くなる/言われたとおりにぎゅっと目を閉じた。

 ひと連なりの銃声。すぐ顔の前でバチチと金属が爆ぜる。フリオの戒めが解け、ふわりと体が浮くと、ずるずると床を引きずられた。

 ほんの数秒後に目を開けると薄暗い用具室にいた。周りには空の酒樽が積んである。薄暗い明かりにニシの顔が浮かび上がる。

「レイナ、すまない遅れてしまった」

「気にするなって。あとちっと(・・・)で勝てるところだった」

「むちゃしやがって。だが、俺も余裕がなくて跳弾まで気にできなかった」

「なんの──」

「顔半分が血だらけだ。すまない。このガーゼで押さえているんだ」

 マジの顔のニシが面白い。こいつ、こんな顔もするんだな。ポーチから手早く応急キットを取り出す。こういうのにも慣れているんだな。

 レイナは渡された医療ガーゼに指を這わせるが、顔がじっとりと濡れているのに気がついた。そして指の半分まで真っ赤な血で染まった。ニシは止血剤の粉をレイナの顔や首、(ひたい)にふりかけてそして新しいガーゼに取り替える。最初の方のガーゼは床に落ちてべちょっと音を立てた。

「しばらくそのままにしているんだ。じき出血が止まる」

 ニシは膝立ちでライフルを構える。フリオの姿は無かったが、廊下に放置してあるビア樽にフリオの姿が反射している。巨体を隠しきれず、ニシのライフルに警戒していた。

「さっきあれだけ弾を撃ち込んでも平気だったのにどうして突然」

「全身義体の場合、弱点(バイタルポイント)は生身のヒトと違う。脳も厳重に保護されている。だが喉は別だ。人工筋肉、電極、脊椎、声帯とか。動く分、どうしても守りが薄くなる」

「すごい判断だ。萬像(ミソロジー)に感謝」

 ついでにアーヤと一緒にア・メンに祈ってやってもいい。

「とはいえ、極端な改造をしていれば脳は胸部に収める場合もある。その場合は首をはねても平気だった」

「もしそうだったら、あたしは死んでた」

唯一大陸(タオナム)の機械生命工学からいうと、その可能性は低かった」

「へっ、おまえのいたトーキョーってのはすげーな」

 しかし、ニシの返事は間延びして、

「もう血が収まったか? 銀髪ってのはすごいな。レイナ、ジョーを追え。もう取り巻きもほとんど残っていないはずだ」

「はぁ、電撃野郎をほっといて逃げるのかよ」

「集中しろ。今回の目的はジョーだろう? 一番の手柄はレイナ、君のものだ。あの電撃野郎は俺に任せろ」

 不完全燃焼。くそぅ、またニシに助けられた。

「わかった。でもよ、あいつ強いぜ」

「俺も強いさ」

 レイナは弾けたバネのように、駆け出した。背後ではニシと電撃男が対峙している。

 走りながら額や頬から汗が流れている気がした。たぶん汗じゃない。口の奥から自分の血の味がする。最高に気分がいい。

 ジョーはどこだ。逃げるとしたら裏口だが、1階の業務用搬入口は銃を手にしたジョーの部下が眠りこけたように倒れている──死体の山だった。

 こっちじゃない。レイナはショットガンに弾を詰め、銃口を廊下の先へ向けながら歩いた。この先はスタッフのロッカールム、事務所。血痕だらけだが死体はない。壁には銃弾のうがった穴がある。ニシが大暴れした跡だった。

 スタッフルームを抜けてダンスフロアへ。DJがいないまま、低音の効いたミュージックが空気を揺らしている。広いフロアに反して狭い出口。そこに3つの人影があった。旧式の連射式拳銃を持つ護衛×2、そして額に汗して、涙と鼻水でグシャグシャの巨漢がのそのそ歩いている。右手には大型の自動拳銃を、左手にはアタッシュケースを抱えている。

「ビッグフットジョー! 正々堂々 勝負だクソインポ野郎が! 落とし前をきっちり付けさせてやる」

 レイナはニシの教え通り、(かたき)によく聞こえるよう怒鳴った。護衛×2がくるりと振り向くが、同時に胸にショットガンシェルをしこたま食らって吹き飛んで倒れた。

「小娘が!」

 ジョーは右腕に大型自動拳銃を握っていた。それをレイナに向けるが、運動不足の巨漢の動きは腐獣(テウヘル)よりもトロかった。太い指で安全装置の解除に手間取っていると、レイナは力いっぱいにマチェーテを振り上げ、巨漢のソーセージのような腕めがけて振り下ろした。

 分厚い刃が肉を断ち骨を叩き割った。皮と腱だけが千切れず腕から宙ぶらりんに揺れる。拳銃はダンスフロアを滑っていって死体の山にぶつかった。

 声にならない悲鳴を上げるジョー/しかしレイナは容赦せず床に蹴り倒した。

 ピーピー鳴っていた携帯ガス検知器が収まる。こいつの部下は皆殺しにした。銃声もやっと収まってクラブミュージックが死体だらけのフロアでばかみたいに鳴っている。

「落ち着け、話せばわかる」

 巨漢の男は泣きながら哀願した。体格は2周りも大きいが銀髪の力を持ってすれば赤子の手をひねるようなもの。金と権力のある顔役(バサラ)だろうが、運動不足も相まって無力に等しい。

「トチったときの落とし前はてめぇでつけるんだったよな」

「そうだ、金をやろう。このアタッシュケースに入っている。今回の報酬以上の。迷惑料だ。それに、そうだ、車もやろう」

「あん? あたしらを売った(・・・)詫びってか」

「そうだ。いくらほしい。金ならほしいだけやろう」

「そうか。ところで、あたしの名前は?」

 レイナは不格好な巨漢に目もくれず、一発だけ、ショットガンにスラグ弾を詰める。

「なま、えっと。まてまて! 今思い出す!」

「ふん、けっきょくあたしたちは捨て石同然ってわけか」大男が子どものように泣いている「今日はいい死に日和だったか」

 軽く引き金を絞る。とたんに太いスラッグ弾が男の頭蓋をかち割った。すぐ目の前を飛び出た眼球が飛んでいく。ふとその方をみやると、相棒が立っていた。すこしだけ髪が焦げている。

「レイナ、無事だったか」

「あたりめーだろ。あたしがトチるわけ無いだろ」

 もうここに用はない。あたしらを邪魔する奴らは皆殺しにした。あと期待をするのはニシに不器用に頭をなでてくれることだけだが──。

「あのフリオという男。そうそうに自分の負けを認めたよ」

「んだよその言い方。まるで逃がしたみたいな」

「ああ、逃がした。おおかたジョーに愛想を尽かしていたんだろう。レイナと律儀に戦ったのは、そうだな。やつの趣味じゃないか」

「電撃(こぶし)で女を殴る?」

「そこまで変態じゃないだろう。だが究極に強くなると、次は強い相手を望むものだ。金だけで用心棒をするよりもずっと魅力的なはずだ」

「いやだからなんで逃がしたんだよ! クソ電柱男だぞ」

「俺は無駄な殺しはしない主義だ」

 ニシは肩をすくめてみせたが、レイナはその肩を殴った。

「くそがやっぱ(・・・)てめーは嫌いだ。さっさと金をいただいてずらかるぞ」

 レイナは死体の下からアタッシュケースを見つけた。大きさの割に軽い=おそらく中には札束が詰まっている。2人は警戒しながら駐車場まで出たが人の気配はまったくなかった。暗い裏路地を進み、市警のサイレンを聞きながら暗がりに潜んで歩を進めた。

 唐突に、ニシはレイナの頭をもしゃもしゃと撫でた。

「よくやったな。おつかれ。今日のレイナは最高だった」

 言われなくても分かってるっての。

物語tips フリオ=ライトニングフィスト

 傭兵(サイカ) 今はジョーの用心棒(バウンサー)を務めている年齢不詳のイケオジ。

 高度な全身義体に身を包み、電撃を放つ拳で戦う。

 本名は扶利夫(フリオ) 。レイナからは電柱野郎(でんちゅうやろう)拳骨野郎(フィストファッカー)など勝手に呼ばれている。


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