03.出発
「お嬢様、お時間です。」
ホットミルクティーを嗜んだ数時間後、具体的にいえば9時頃だろうか。親衛隊の若い隊員が私を迎えに来た。父が亡くなって1週間経った今日、普段通りなら特別な事は何も無かった今日。父の死によって今日は今までに無かった事が行われる。総統就任式典である。
父が亡くなった4日後に帝国議会にて次期総統の指名が行われた。次期総統は誰なのか。それは驚くべきことに私であった。外国では女性が議員として政治の場に現れることもあるというが、国の長となった事例は過去に一度もない。あるとすれば封建時代の女王くらいだろう。つまり私は共和制史上初の女性指導者となるのだ。
だがしかし、私は齢14歳の未成年だ。帝国議会はその事実を鑑み、一人の男を私の補佐として配置した。その男こそエアハルト・アトムヴァッフェその人である。私の叔父で、教育係でもあった彼が私の補佐という位置に配置されるのは何らおかしな事ではなかった。
叔父が私の補佐として配置されたこの出来事に親衛隊派は大いに喜び、他派閥は苦虫を噛み潰していた。単一にて絶対的な権力である総統の下に表面上は統一された4つの派閥だったが、その裏では未だに睨み合いが続いているのだった。
総統就任式典で私は正式に総統の地位を手に入れる。しかし果たして私はその職務を全う出来るだろうか。もちろん補佐として叔父がいるから特別酷いことにはならないはずだ。分からない事があれば叔父に聞けば大丈夫だろう。叔父は政治家では無いが親衛隊という巨大な組織を纏め上げている。それ相応に能力は持っているはずだ。むしろ政治なんて何も分からないど素人の私はただ彼に任せて、彼の手腕を間近で見て学ぶべきなのかもしれない。
私はお気に入りのピンク色の帽子を被って部屋の外に出る。
「こちらです。」
若い親衛隊員は私の背中に手をそっと添え、私に移動するよう促す。ちなみに私に触れることは大臣や身内ならともかく、ただの親衛隊員には許されるはずもありません。私が叔父に伝えれば数時間後には額に穴が空いていることでしょう。もしかすると蜂の巣やもしれません。
しかしまぁ、見たところ彼は私より少し年齢が高いくらいと見えます。きっと親衛隊員となって間もないのでしょう。
「ありがとうございます。ですが、私や…偉い人に触れるというのはご法度ですよ。もしバレたら貴方はきっと……いえ、よしましょう。ともかく、次からは気をつけて下さいね。」
先導する彼に小さくそう注意する。年下でしかも女性の私の注意などまともに受け取られるとは思わない。大半の場合は形だけの謝罪で、内に秘めた侮蔑の感情がよくよく伝わってくる。だけれど今回はその例ではないらしい。彼は努めて冷静に謝罪をするものの、その節々からは焦りの色が見えていた。この焦りは誠意によるものか、それとも処罰への恐怖故か。
彼の表情を伺うものの、特に恐怖といった感情は見て取れない。ならば前者なのだろう。それに、何か火照っているようにさえ感じる。きっと彼は純粋に己のミスに焦り、そして恥じているのだろう。彼は学べる人間のようだ。きっと、今後優秀な隊員となる事だろう。
「……あの、いかがなされましたか。」
おっと、少し見つめすぎたようだ。これでは彼に恐怖を与えるだけだ。このミスをまだ許していないぞ、きっと彼にはそういうふうに伝わってしまう。
「いえ、何でもございませんよ。ただ、新しい隊員さんのようなのでお顔を覚えておきたくて。もう大丈夫です。さ、行きましょう。」
きっとこれで誤魔化せられただろう。彼は「そうですか。」と一言返事した後、再び先導を再開した。
総統官邸を出るとそこには屋根のない黒塗りの高級車が。クラウス、フォード、ヴィルムート、そしてエアハルト。後部座席には既に4つの派閥の長である彼らが座っていた。クラウスの隣となったヴィルムートは少し窮屈そうだ。
叔父と親衛隊員に促されるまま助手席へと座る。私の準備が完了したのを確認した運転手はエンジンをかける。エンジンがかかり、心地よいエンジン音と共に車体がゆっくり前へと進みだした。