02.指名
前回、父親のお見舞いに行ったエヴァちゃん。そこで黒ずくめの怪しげなおじさん達を目撃する。彼らは、叔父はあの時何を話していたのか。
病院の真っ白い廊下に黒い影が連なって動いた。漆黒のコートに身を包んだ異色の存在。きっとオイローパで最も恐れられているであろう存在。
「親衛隊」
その集団の先頭を歩く一際異質な佇まいの男。親衛隊長官エアハルト・アトムヴァッフェ。薄い黄金色の髪とダイヤモンドのような透き通った空色の瞳。そして180cm以上あるであろう高い身長。まさに理想的なツェントルム人の様相であった。
男はある病室の前へ立つと扉をノックする。
中から入室許可の声が聴こえると、ドアを押し開き、腕を前に上げ敬礼のポーズをする。所謂、ローマ式敬礼である。
「ハイル・マインフューラー」
病院だからか、少し抑え気味の声でそう言い放ち入室する。それに従って後続の隊員らも敬礼とその文言を言いながら入室する。
「お元気そうで何よりです総統閣下。倒れたと伺った時にはどうなるかと思いましたが…」
総統は落ち窪んだ目でエアハルトの青く澄んだ瞳を見つめ、嗄れた声で話し始める。
「あぁ…エアハルトくんか。我が義弟にして娘の後見人。…さて、私に何の用かね?隊員を何人も連れてただお見舞いに来たわけでもあるまい。」
「……えぇ、えぇ。その通りでございます。流石は閣下だ。では簡潔に話しましょう。総統閣下、後継者を決めるべきです。そう、貴方の後継者です。今回は党の団結と閣下の早期回復で何とかなりましたが、再びこのようなことが起こればどうなるか…総統閣下、申し上げにくいことではありますが、党は分裂しております。速やかに次の共通の絶対権力を定めなければ帝国は……」
「分裂し崩壊する。あぁ、分かっている。分かっているともさ。それについては私がここ最近ずっと懸念していることだった。……そうだな。その話をしようか。すまないがエアハルトくん以外は退室願えるかな。」
隊員らは統一された動きで敬礼した後、速やかに退室する。病室には総統と親衛隊長官ただ二人のみとなった。
「さて、後継者の話だがな、実はもう決めているのだ。」
長官は驚いた。まさかもう決めていたとは。これでは私がプレゼンしたとしても無意味だ。
「なんと…それで、それはいったい…」
果たして誰が次期総統となるのだろう。党内最大派閥の保守派のドブネズミ?軍国派及び市民からの人気が高い戦争の英雄?ボリシェヴィキの豚の改革派か?それとも……
「後継者はエヴァ。エヴァ・ユレーヴェン。我が娘だ。」
エヴァ?あのエヴァか!?我が姪であり総統の娘であるエヴァ!?聞き間違いだろうか。いや、そんなはずは無い。私は確かにこの耳でエヴァという名を聞いた。総統は一体何をお考えなのだろうか!未成年の上……何より女だ!女に国政を任せるだと!?それこそ国が崩壊する!
女は感情の生き物だ。それはたとえ優良なる血を受け継ぐ彼女であっても例外ではない。一時の感情で帝国が崩壊仕掛ねない!女が国の長に立つなどあってはならない!
「エアハルトくん、君の言いたいことはよく分かる。私に不信感を抱くのも尤もだ。だが落ち着いて聞いてほしい。私にも考えあってのことだ。」
いけない、顔に出てしまっていたようだ。時期が時期なら粛清されていただろう。総統に対する不信心はそれだけで罪だ。総統に疑心を向けるのはそれだけで罪なのだ。
「私だって党内派閥を把握していないわけではない。保守派のクラウス、改革派のフォード、軍国派のヴィルムート、そして親衛隊派エアハルト。そのいずれかが後継者となったとして、他派閥を抑えつつ、帝国を安定して発展させる事が出来るだろうか?答えは否だ。同じ党に所属していると言うのに奴らは根本的に考え方が違う。一つの思想の下に統一し、協力するという事を知らんのだ!……エアハルトくん、親衛隊は我が理想を最も受け継ぎ、遵守していると思っている。保守派はもはや腐敗した守銭奴だし、改革派は我が理想を捻じ曲げようとしている。ヴィルムートくんに至っては国防軍の傀儡だ。」
「まさしく。」
私は相づちをうつ。
「エアハルトくん、先程私は娘に継がせると言ったがね、それは彼女がどの派閥にも所属しておらず、かつ党の象徴となり得るからだ。彼女の下でなら、派閥を持たぬ総統の下でならいざこざはあれど一つの象徴の下に団結することが出来る。だが……」
総統は少し間を空ける。
「彼女はまだ未成年だ。摂政…いや、補佐役となり得る人物が必要だろう。それを君に任せたいのだよ。エアハルトくん。」
その時私は身体に電流が流れるのを感じた。そうか、そうだ。彼女を総統にすれば外見上は無派閥の中立的な政権となる。それは政権の安定に繋がるだろう。しかし彼女は未成年、その補佐が必要だ。そこに就いた者が実質的に政治を運用することになろう。つまりだ、総統閣下は暗に私を後継者に指名したと言うわけだ。
私は彼女の後見人だ。それを指名したのも総統閣下だった。あの時から既に決めていたのだろうか。それとも私が後見人であるから選んだのか。いずれにせよ私は今、この帝国の未来をより良いものにする権力と責任を得た。私は総統の理想を、そして私の理想を実現してみせる。姉さまが二度と傷付かない世を、劣等人種や共産主義者、守銭奴のような、帝国や世界を脅かす人種がいない平和な世を。