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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
四章 それぞれの行く道
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最終話 八色の虹 後編

 ベルセイムにある屋敷の前庭で、ルメリオはのこぎりを片手に木材と格闘していた。

 自警団の一員として過ごす日々を終え、いま取り掛かっているのはほぼ唯一の財産である屋敷の修繕だ。まとまった金額が手に入ったことで材料や道具も揃えることができた。

 ただ古びたところを直すだけではなく、思い切って全面を改修することにしている。今まで生活費の足しに細々と売っていた庭の花の数と種類を増やし、住居兼花屋にする予定だ。

 花たちを育てるための庭の整備はミューシャに一任している。大工仕事はルメリオにとっては慣れないことだが、この程度なら苦労の内にも入らない。働き手が自分とミューシャしかいないため完成がいつになるかは分からないが、ルメリオに諦めるつもりはなかった。

 近いうちにアロンを呼んで助言をしてもらおうか――そう考えつつ顔を上げたルメリオの目に人の姿が映る。

 門の外からルメリオの様子をうかがう、十数人の姿が見えた。ルメリオに気づかれても近づいて来ず、立ち去ることもしない。


「ルメリオさまー! お庭をみてほしいのです!」


 庭仕事をしていたミューシャがとてとてとルメリオの元に走ってくる。しかしこちらを見る人間たちに気づきはっと足を止めた。


「あ、あのひとたちは……」

「ミューシャ、そこにいてください。私は大丈夫です」


 ルメリオは門の方へ歩いていった。そこにいるのはルメリオの見知った顔の人々――ベルセイムの住民だ。商家の女性シエラ、市場の店主たちや、かつてルメリオのことを嘲笑った子供もいる。


「……何か、ご用でしょうか?」


 静かにルメリオは問うた。いくら自警団の一員として名を馳せても、彼らにとってルメリオはかつて悪政をしき民を苦しめた前領主の息子であることには変わりない。この溝はそう簡単に埋まらないだろうことは覚悟の上だった。

 シエラが一歩、前に進み出た。


「ルメリオさん……今まで申し訳ございませんでした」


 シエラを筆頭に、訪れた人が次々と頭を下げる。


「貴方は私たちを守るために戦ってくださっていたのに、私たちは貴方のことを拒み続けていました。当時子供だった貴方を責めるなど意味のないことだと分かっていながら……」

「自警団に入ったのもどうせ罪滅ぼしのためなんだろうとか、あんたのいないところで滅茶苦茶に言ってたんだ。すまなかった」

「ひどいこと言って馬鹿にして、ごめんなさい」


 まさか謝られるとは思っておらず、ルメリオは困惑するばかりだった。だが怒りは湧いてこなかった。彼らからはきちんと誠意が伝わってくる。

 誰かに手を差し伸べるより、差し伸べられた手を取ることの方が難しい時もある。だがルメリオに迷いはなかった。かつてその手を取ったことで、前を向いて歩いていくきっかけを掴むことができたのだから。


「どうかそんなに暗くならないでください。せっかくの美しいお顔が台無しですよ」


 シエラに向け優しく声をかけると、彼女は虚をつかれたような表情を浮かべた。


「両親のしたことは許されることではありません。貴方がたに受け入れられるはずがないと、心を閉ざし続けていた私にも非があります。」


 一人ひとりの顔を見ながら、ルメリオは言葉を続けた。


「これからは私にも、この街をもっと良くするお手伝いをさせて頂けますか」


 人々の表情が、徐々に明るいものに変わっていく。一人の若者が声を上げた。


「何か手伝えることはあるかい?」

「ええ、ちょうど助言が欲しかったところです。店を持ちたいと思っておりまして」


 どうぞこちらに、とルメリオは客人を招き入れた。

 この屋敷が生まれ変わる日も、そう遠くはないかもしれない。亡き両親もきっと喜んでくれるはずだ。貴い身分に胡坐(あぐら)をかきながらも、ルメリオの幸せを何よりも願う二人だった。


「……父上、母上、どうか見守っていてください」


 ――虹石(こうせき)を赤色に染めるは、無償の愛を注ぐ者

剣となり花となり盾となり、強きを癒し弱きを守る――


***


 イオがやって来たのは小さな村だった。王都から山を二つ超えたところにある静かな場所だ。

 放し飼いにされている羊に混じって遊んでいた子供たちがイオに気づき、大きく手を振る。イオはそれに軽く手を上げて応え、一軒の家を目指した。玄関の戸を叩くと中から壮年の女性が出てきた。


「イオじゃないか! さぁ入って入って」


 女性に招かれ、イオは家の中に入った。居間には椅子に腰かけ針仕事をする老女の姿があった。イオがやって来たのに気づくと笑みを浮かべる。


「イオ、来てくれたんだねぇ」


 イオは老女の傍らに片膝をついた。


「具合はどうだ?」

「イオのおかげで元気そのものさ。針仕事もすいすいできるようになってねえ」

「そうか。じゃあいつものと同じで大丈夫そうだな。十日ぶん置いていく」

「いつもありがとうねぇ、イオ」


 刃の民の里には戻らないと決め、王都周辺の魔物騒動もなくなり、この先どのように生きていくか――イオが選んだのは、薬師(くすし)として村や町を渡り歩く生活だった。医者が少なかったりいない場所も多く、イオの知識は大いに役立った。材料のほとんどを自分で調達することで極力代金を安くしているため、その点でもイオの存在は重宝されている。

 この老女も動くたびに体の節々が痛むという状態だったのが、イオが調合した薬を服用するようになってから症状が驚くほど緩和された。

 イオを迎えてくれた女性が笑いながら言った。


「母さんったら毎日イオはまだかイオはまだかって、そればっかりでね」

「すまない、量が足りないか? もう何日かぶん多く出しておこうか」

「そうじゃなくって、イオに会いたいんだよ。可愛くってしょうがないんだってさ」

「……そうか」

 

 イオは(しわ)の寄った老女の手をそっと握った。


「また近いうちに来るから……それまで元気でいてくれ」

「ふふ。待ってるよ、イオ」


 彼女は優しく微笑んでイオの頭を撫でた。


 薬を渡して代金を受け取り、出発の支度をするイオに女性は声をかけた。


「イオ、もう少しゆっくりしていったらどうだい? うちは全然構わないよ」

「ありがたいが、今日のうちにあと一つ二つ村を回っておきたい」


 イオはそう言って、薬の材料が詰まった鞄の口を閉じた。


「そうかい、イオはほんとに頑張り屋だね。あ、そうだちょっと待ってな」


 女性は台所へと引っ込み、程なくして片手で抱えられるほどの包みを持って出てきた。


「うちで焼いたパン、持っておいき。あんたくらいの年の子はたくさん食べないとね!」

「ありがとう、頂いておく」


 笑顔の女性に見送られ、イオは家をあとにした。


 次の村まで行く道の途中、小さな丘の上にイオは座っていた。

 刃の民として鍛錬に明け暮れていた頃は、自分がこのような運命を辿るなど思ってもいなかった。

 イオにとって、弱さは悪だった。だが故郷を飛び出してから様々な出来事を経て、それは違うと気づいた。人はみな弱く、だからこそ助け合って生きていくもの。その考えに至ったイオの目に、周りの景色は色鮮やかに映る。

 イオが薬師の道を歩み始めたと知ったら、ずっと競い合ってきた幼馴染は何と言うだろう。イオらしいね、素晴らしい仕事だと笑ってくれるだろうか。(たもと)を分かってもこの青い空の下のどこかで彼は生きている。彼に恥じぬよう学び続け、更に立派な薬師を目指したい。

 イオは先ほど貰った包みを広げ、パンをちぎって口に入れた。イオが訪れる度に嬉しそうに出迎えてくれる、温かい笑顔が思い起こされる。


「……楽しくやっていけそうだ」


 呟くように言い、イオは穏やかに笑った。


 ――虹石を紫に染めるは、常に努力を惜しまぬ者

道中に失うものがあれど得るものはそれよりも多く、光り輝く――


***


 イルバニア王国の国境付近に建てられた小さな砦――フランシエルは黒檀製の机に、セイレムと並んでかけていた。向かいには王国の使者が二人、座っている。

 エルトマイン公爵の死によって、王国と竜人族との戦に終止符が打たれた。だが、それ自体が平和の訪れと言うにはまだ早い。互いが失ったものをどのように埋めていくか、その一歩となる話し合いの場が代表者により行われることになった。


「セイレム殿、フランシエル殿」


 使者の一人が口を開いた。


「我々と竜人族との確執は、何も今回の戦がきっかけではないものです。しかし古き時代の先人たちの過ちを正し、互いに手を取り合いたい……我らが国王はそのご意志を示しておられます。あなた方のお気持ちをお聞かせ願えますか」


 答えたのはフランシエルだ。


「仲良くするというのは、すぐには難しいと思います」


 使者が唇を引き結んだのを見て、フランシエルは慌てて言葉を続けた。


「竜人族って、ほんとに頑固なひとが多くて……セイレムもそうなんですけど、長さまなんて特に。半分が人間のあたしとだって、最近になってようやく面と向かってお話してくれるようになったんです」


 竜人族の意志は、未だ統一されているとはいえない。人間はそう邪悪な生き物ではないと思う者、過去の悔恨に引きずられ続ける者、あらゆる考えが混じり合った状態だ。

 それが当たり前であることも、フランシエルは理解していた。だからこそ、自分にしかできないことがあるということも。


「まず必要なのはあなたたちについて知って、あたしたちについて知ってもらうことなんです。時間はかかるかもしれないけど、あたしは諦めません。だから、一緒に頑張りましょう!」


 やや固かった使者の表情がふっと緩む。隣に座るセイレムも、小さく頷いた。

 人間と竜人、その間にある溝は深い。だがそれはいつの日かきっと埋められる。自分の存在こそがその証明だとフランシエルは確信していた。

 二つの国の間を、竜が自由に行き来する未来は必ず訪れる。父と母が望んだ世界は実現できる。その日が来たら大好きな仲間たちにまた会いに行こうと誓った。そして、大切なことをたくさん教えてくれた「彼」が、立派な騎士になった姿をきちんとこの目で見たい。


「聞きたいことも、聞いて欲しいこともたくさんあるんです!」


 使者たちに向かい、フランシエルは微笑んだ。


 ――虹石を白に染めるは、明日への希望を抱く者

信じる心は世界を変え、隔たった地にも橋をかける――


***

 

 ニールは目の前にそびえる白い建物を見つめた。屋根の上にはそれぞれ杖、剣、弓を携えた三体の彫像がある。

 入り口には二人の騎士が立っている。ニールはその方へ歩いていった。


「騎士団への入団志望です」


 そう伝えると、騎士たちがニールを見た。


「紹介状は?」


 騎士の一人が問う。ニールは懐に手を伸ばすと、一枚の書面を取り出した。


「ここにあります!」


 騎士はそれを受け取り、書かれている文面に目を通した。

 そして、ニールの顔を見て頷いた。


「ブラウ村のニール、イルバニア王国騎士団へようこそ」


 もう一人の騎士が扉を開ける。

 騎士団本部への入り口が、ニールに向けて開かれた。


「ありがとう、これからよろしくお願いします!」


 ニールは騎士たちに告げ、騎士団本部へと足を踏み入れた。

 吹き抜けになったエントランスの中央には、初代騎士団長の石像が立っている。その男の顔はベルモンドに似ていた。彼のような騎士に、いつかなれるだろうか。


「おい、何をぼんやりしているんだ!」


 石像に見入っていたニールを、聞いたことのある声が呼ぶ。


「テオドール?」


 テオドールはつかつかとニールの元にやって来ると腕組みをした。


「初日から随分と呑気なものだな」

「なんか感動しちゃって……テオドールはどうしてここに?」


 テオドールはふんと鼻を鳴らした。


「ベルモンド隊長から直々に指名されてしまったんだよ。お前に色々教えてやれって」

「そうなのか? 俺、なんだか面倒ばかりかけてるな……」

「そうだ、そうやって大人しくしていろ。虹石を賜ったくらいで調子に乗るんじゃないぞ。騎士団ではお前は見習いなんだからな」


 彼の目を真っすぐ見て、ニールは頷いた。

 

「ああ。ちゃんと一から頑張るよ。一緒に強くなろう、テオドール」

「~~っ! やっぱり僕はお前が嫌いだ!」


 荒っぽく後頭部を掻き、テオドールは大きく息をつく。


「……もういい、こっちだ。早くついてこい」


 ずんずんと歩き出した彼の後をニールは追う。

 騎士としての日々は決して楽しいだけのものではないだろう。だが、今まで出会った人々がニールを強くしてくれる。彼らを守るため強くあろうと思わせてくれる。

 困難に負けず立ち向かい、どんな時でも信じてもらえる立派な騎士になりたい。故郷の人々や共に戦った仲間たち、そしてかつて見た騎士に憧れその道を志した幼き日の自分に恥じることのないように。


「……俺、頑張るよ」


 本当の始まりは、これからだ。


 ――虹石を青色に染めるは、裏切らぬ誠実さを持つ者

己を偽らぬ者が得るのは、(まこと)の友との永遠の絆――

お読み頂きありがとうございました。

趣味で執筆している身ではありますが、読者の方の存在は大きな糧となります。

「最後まで読んだ」「面白かった」「暇つぶしにはなった」という方、

是非ともこの最終話にいいねをつけて頂けましたらとにかく滅茶苦茶ひたすら嬉しく思います。

勿論、他にお気に入りのエピソードがございましたらそちらにいいねして頂くのも大歓迎です!

身勝手なお願いで恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。

たくさんの作品の中からこの物語に目を留めて下さったこと、重ねてお礼申し上げます。

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