9話 荒くれ者たち
死神に扮した少年、エンディを仲間に加えてから数日後。
昼間ながら月の雫亭は賑わいを見せていた。とはいっても、ニールたちにとってはあまり良くない方向に。
酒場と食堂を兼ねた一階の中心にあるテーブルの席に、五人の男たちが座っていた。全員、武器を携えた屈強な男たちだ。
周りなど気にも留めず大きな声で話したり笑い、出された料理の食べ方もお世辞にも行儀がいいとはいえない。まだ昼なので酒の提供はないが、これで酒が入ろうものならとんでもない騒ぎになりそうだ。
ニールたちは隅の方のテーブルで、細々と昼食をとっていた。
「……これだから傭兵は嫌なんですよ。腕っぷしだけで品性も知性もない」
「やめろゼレーナ。向こうに聞こえたら大変なことになる」
ひそひそと注意はしたものの、ニールも参っていた。
傭兵は金銭をもらう代わりに戦いに関することを請け負う者たちをいう。一人だったり二人連れが多いが、時には傭兵同士その場限りで組んで仕事をすることがある。貧しい出身が多く仕事がなければ略奪に及ぶ場合があるため、不用意に関わらないほうがいい相手だ。ニールが住んでいた村にも流浪の傭兵が何度か訪れたことがあったが、粗暴な者が多かった。
「大きい街のほうがお仕事は多いから、やっぱりああいう人たちも集まりやすいんだよね……」
エンディは藍色のローブのフードをすっぽり被っている。外を歩く時以外は彼は素顔を晒しているのだが、白い髪や顔が荒くれ者たちの目に留まって絡まれることを恐れているようだ。
大声で話すくらいであればまだ耐えられたが、傭兵たちは給仕をするジュリエナや妹のリーサに不躾な目を向け始めた。
「夜に来たら、姉ちゃんのことも食わせてくれるのか?」
「ごめんなさいねー、うちはそういう商売はやってないの!」
リーサがさらりとかわす。栗色の髪を肩のすぐ上ですっきりと切りそろえた彼女は穏やかな姉のジュリエナとは違い、はきはきと話す少女だ。
「何だぁ、夜も来てやろうと思ったのによ」
男たちが下品な笑い声をあげる。流石に見ていられなくなり、ニールが立とうとしたその時だった。
「おい、いつまでもくっちゃべってねえで、食い終わったならさっさと行こうぜ」
黙々と料理を口に運んでいた傭兵の一人が声をあげた。中年の男で、おそらく彼らの中で最年長だろう。座っていても分かるほど大柄で、短く刈られた髪は赤黄色だ。無精ひげを生やしており目つきは鋭い。
「分かったよ……ったく、血の気の多いおっさんだな」
「目的地はどこだったか?」
「東の方にあるハイラ村だ」
他の傭兵たちがばらばらと席を立ち代金をテーブルの上に置く。赤黄色の髪の男は巨大な戦斧を担ぎ、彼らの先頭に立って足早に店を出た。
荒くれ者たちが去り静かな時間が戻ってきた。
「ごめん皆、嫌な思いしたよね」
リーサがニールたちのテーブルの方へやって来た。
「いや、俺たちは大丈夫。それより、ジュリエナさんやリーサの方が嫌だっただろ?」
ニールが言うとリーサは肩をすくめた。
「あたしたちは慣れてるから平気。ミアはさすがに怖がるけどね」
ミアは宿屋の三姉妹の末っ子で、まだ八歳だ。はにかみ屋ですぐに隠れてしまうがアロンとは最近よく話すようになり、ニールにも手を振ってくれるようになった。傭兵たちが宿屋の一階を占拠している間は、奥の厨房に引っ込んでいた。
「問題を起こすお客さんはそんなに多くないんだ。本当に危ない時は、お父さんを呼べばいいし」
彼女らの両親は、月の雫亭の隣で肉屋を経営している。店主である父親は見上げるほどの大男だ。睨まれればいくら傭兵でもこの宿屋で暴れる気が失せるだろう。
「今回は何もできなかったけど、俺たちのことも頼ってくれ」
「あはは、ありがと。そうだ。最近、ニールたちのことが噂になってきてるよ」
先日、この一帯でささやかれていた死神騒動を解決しついでに魔物退治までしたことが少しではあるが知られているらしい。
それを聞いて、アロンが目を輝かせた。
「おれたち、どんどん英雄になっていってるってことだな!」
「はは、そうだな……よし、俺たちもそろそろ行こうか」
「いってらっしゃい! 気を付けてね」
リーサが明るい笑顔でニールたちを見送ってくれた。
***
王都は市場、一般の民が住む住宅地、貧民街、貴族や上位の騎士が住む区域と色々に分かれている。
貴族たちが住む場所は限られた者しか入ることができないため、ニールたちが見回っている場所はそこ以外だ。
ニールたちは市場を歩いていた。人通りが多く、話し声と店主の呼び込みの声が賑やかだ。
「あっ」
何者かと肩がぶつかりニールはそちらに目をやった。厳つい男がニールを睨んでいる。
ニールはその顔に覚えがあった。先ほど月の雫亭で大騒ぎしていた傭兵の一人だ。よく見ると彼の周りにも、その時に一緒だった男たちがいる。
「いってえな」
「ごめん……」
難癖をつけられるかもと思ったが、その傭兵は舌打ちをしただけだった。往来で揉め事を起こさないだけの分別はあるらしい。
傭兵たちを見てニールはあることに気づいた。先ほど宿屋を出て行った男たちは五人いた。しかし今は四人になっている。いないのは、戦斧を持った赤黄色の髪の男だ。
歩き出そうとした男たちを、ニールは呼び止めた。
「なあ、さっきはもうひとり仲間がいなかったか?」
「ああ? なんだお前」
傭兵の男は訝し気な顔をした。宿屋にて別のテーブルにいたニールたちのことは気にとめていなかったのだろう。
別の傭兵が口を挟んできた。
「あのおっさんなら今頃、魔物の腹の中だろ」
「どういうことだ? 何があった?」
「どうしたもこうしたもねえよ。弱っちい魔物をちゃちゃっと片付ければ終わりだと思ってたのに、相手はとんだ化け物ときた。ちっせえ村のために命投げ出すのは惜しいし報酬にちっとも見合わねえから、放り投げてきてやったぜ」
どうやらこの男はお喋りなようで、次から次へと不満を垂れ流し始めた。
「報酬で酒を飲むはずだったのによ、また仕事探すところからやり直しだぜ」
「もう一人は、まだそこにいるのか?」
「そんなもん知るかよ。赤の他人にそこまで構ってられっか」
「おい、もう行くぞ」
くどくどと文句を言いながら、傭兵たちは人込みの中に消えていった。
「ニール、傭兵なんて皆、あんなものですよ」
その場に立ち尽くすニールにゼレーナが声をかけた。
ニールは分かっている、と頷いた。彼らは生きるために戦う者たちだ。弱い者を守るという意識を持っている傭兵はほぼいないだろう。
だが、戻ってきていないもう一人の傭兵は今どうなっているのか。どうしてもニールには気がかりだった。
「……確か、ハイラ村って言ってたよな」
「まさか、様子を見に行く気ですか? 知り合いでもない傭兵ひとりのために?」
ゼレーナが眉根を寄せる。
「魔物に困っている人がいるのに、あの傭兵たちはそれを放ってきたってことだろ。だったらなおさら行かないと」
「何で他人の尻ぬぐいまで……」
「ニール、おれは行くぞ!」
「僕も!」
やる気を見せるアロンとエンディを見て、ゼレーナはやれやれと首を振った。
「……まあ、報酬をわたしたちが代わりにせしめられると思えば」
「よし、それじゃあ行こう!」
人込みをかきわけ、ニールたちは意気揚々と王都を出発した。