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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
四章 それぞれの行く道
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4話 八色の虹 前編

 アロンはゆっくりと扉を開けた。目の前に広がるのは金づちやはさみが無造作に置かれた作業机、赤々と燃える火を抱く炉がある工房。そしてひとり黙々と鉄を打つ鍛冶師がいる。


「こ、こんにちは!」


 その場でアロンが挨拶すると、ゴルドンは一瞬だけ顔を上げた後また手元の作業に戻った。


「親方、おれだ。アロンだぞ」


 いそいそと歩み寄ってきたアロンに対し、ゴルドンは何の相槌も返さない。鉄がぶつかり合う高い音だけが部屋の中に響く。

 冷淡とも思える扱いを受けても、アロンは怯まなかった。彼が冷たい人間ではないということは知っている。そして、彼にしか頼めないことがある。

 アロンは大きく息を吸った。


「親方、おれを弟子にしてくれ!」


 ゴルドンの手がぴたりと止まった。(わし)のように鋭い目がアロンを見る。


「父さんと母さんはいいって言った。いるものはぜんぶ持ってきた。一人前になるまで帰らないってきめた!」


 アロンはそう言って、背負っている大きな荷物を示した。中には相棒のクロスボウも入っている。当面のあいだ使うつもりはないが。


「はじめは『雑用』っていうのからするんだろ。それでいいよ。掃除でもお使いでもなんでもする! だから親方のしってること、ぜんぶおれに教えてくれ!」


 ゴルドンは頷くでも出ていけと叱るわけでもなく、黙ってアロンを見つめ続けている。その気迫にもめげずアロンは言葉を続ける。


「親方みたいになりたいんだ。便利なものとかおもしろいものをいっぱい作ったり、だいじなものが壊れて困ってるひとを助けてやりたい……親方は、おれの英雄だから」


 武器を手に悪を倒す者だけが英雄と呼ばれるのではない。約束をきちんと守ること、困っている誰かに迷わず手を差し伸べられること――それこそが本当の英雄の証だ。そして自分が本当に好きだと思えることに、いつまでも胸を張っていたい。だから、ゴルドンのようにものを作る人間になる道を選ぶとアロンは決めた。

 また沈黙が流れる。今度はゴルドンが先に動いた。二階へ続く階段を見やる。


「……突き当りの部屋が空いている。掃除は自分でやれ」

「親方……!」

「荷物を置いたらすぐに降りてこい」

「わ、分かった!」

 

 アロンはまっしぐらに階段へと走り、どたどたと二階へ駆けあがった。大騒ぎはするまいと思っていたが、抑えきれない感情が全身から溢れ出す。


「やったああぁぁー!」


 鍛冶師ゴルドンは響く足音に耳を傾けながら、ふっと口元を緩ませた。


 ――虹石(こうせき)を黄色に染めるは、溢れる活力に動かされる者

尽きぬ好奇心が放つ輝きは、周りをまばゆく照らす光――


***


 貧民街の広場に、食料の配給を待つ人々の長い列ができている。

 最近になり、王家からの支援が定期的に為されるようになった。無論、ただ物資をばらまくだけでは根本的な問題の解決にはならない。だがまず必要なのは、明日の食べ物に困らない暮らしを保証することだろう。

 どうやら、次に王国を導くことになる王子アレクサンドルはただの木偶(でく)の棒ではなさそうだ。ゼレーナはその光景を見届け、自分の家への道を辿った。

 玄関まで数十歩というところで、ゼレーナは足を止めた。自宅の窓を色あせた服を着た子供が覗いている。泥棒に入る気なのかと思ったが、子供はその場から動かず、ずっとゼレーナの家の中を窓越しに見ているだけだった。


「人の家を覗くとは感心しませんね」


 ゼレーナはつかつかとその子供の方へ歩み寄った。家主の登場に子供は驚き目を見開く。六、七歳くらいの少女は痩せていて黒髪にはつやがなく、靴を履いていない足は(すす)や泥で汚れて真っ黒だった。


「何をしていたんです?」


 ゼレーナの問いに少女は答えず、怯えた目でゼレーナの顔を見上げるばかりだ。ゼレーナは小さく息をつくと、少女と目線が合うところまで屈んだ。以前なら問答無用で追い払っていただろうが、長らくお人好したちと行動を共にした影響か邪険にする気にはなれなかった。


「黙っていたら分かりませんよ。わたしに用があって来たんですか?」

「あ、あのね……」


 か細い声で少女が言い、またすぐに黙ってしまった。ゼレーナは辛抱強く次の言葉を待った。やがて、少女はおそるおそる口を開いた。


「あたし、まほうつかいになりたいの」


 それを聞き、ゼレーナは少女をじっと観察した。その体から魔力を感じ取ることはできない。彼女は才能を持たない人間だ。教えを乞いにゼレーナのもとに来たらしいが、余計な希望を持たせることはこの少女にとってかえって逆効果になる。


「……残念ですが、あなたには魔法使いの才能がありません。だから無理です」

 

 きっぱりと告げられ、少女の目が潤む。一体なにが彼女を、魔女と呼ばれる自分のもとへ向かわせたのだろう。ゼレーナは少女から目を離さないまま問うた。


「あなたは、どうして魔法使いになりたいんですか?」


 少女はこくんと唾を飲むと、間をあけずに答えた。


「……まほうつかいになったら、本がよめて字がかけるようになるんでしょ?」

「え……?」

「あたし、なんにもできないから……字が分かるようになればいいなって、思ったの」


 ゼレーナの脳裏に幼い日のことが蘇る。希望や楽しみなど何もなく、飢えと戦っていた毎日。在りし日の自分が今、目の前にいる。

 そして思い出した。今の自分が簡単にこなせることも、過去の自分にとっては魔法や奇跡に等しかったことを。

 この少女に魔術の才能はない。魔術師として敬われる未来は望めない。だがゼレーナは知っている。人は魔法によって幸せになるのではないということを。


「いま言った通り、あなたは魔法使いにはなれません……ですが、文字の読み書きは魔法使いでなくてもできます。あなたにその気があればの話ですが」


 今にも泣きそうだった少女の顔が、みるみるうちに明るくなっていく。

 ゼレーナは姿勢を正すと玄関の扉に手をかけた。かつての師も、薄汚れた幼き日のゼレーナを見て同じ気持ちを抱いたのかもしれない。


「入りなさい。やるからにはしっかり勉強していただきますよ」


 ――虹石を緑色に染めるは、輝く英知に富める者

いかなる時もその瞳には、紛うことなき真理を映す――


***


 エンディは自室で机に向かい、せっせと紙にペンを走らせていた。兄のアルフォンゾが部屋に入ってきたことに、すぐには気づかないほど集中していた。


「……エンディ、少し休んだらどうだ。今日も朝からずっとその調子らしいじゃないか」


 アルフォンゾがそう言って、茶が入ったカップを机の上に置く。使用人の代わりに持ってきてくれたのだろう。エンディは兄の方を振り返った。


「ありがとう兄さん。大丈夫だよ。ずっと頭の中で考えが回っててさ。書きたくてどうしようもないんだ」


 自警団として王国を救い、エンディは再びほぼ一日中を自分の家で過ごす生活に戻った。だがじっとしてはいられず、朝から晩まで物語を(つづ)るようになった。それが楽しくてたまらない。書きたいものが次々と溢れ出てくるのだ。

 あらすじは既に決まっている。剣を一振りだけ携えた若者が旅に出て、道中で心強い仲間たちと出会い時には強敵に苦しみながら、最後には人々を苦しめる巨悪を打ち破る英雄譚だ。

 再びペンを動かし始めたエンディを見て、アルフォンゾは小さく息をついた。


「……無理はするなよ」

「うん!」


 自分に残された時間があとどのくらいなのか、エンディには分からない。

 生きていられる限り、書くことをやめたくない。自分の生きた証が、苦しむ誰かの手に渡って前に進むきっかけを与えられるなら、たとえ短い生涯で終わるとしても意味がある、そう思えるから。

 エンディの心に死への恐怖は欠片もなかった。


「死神さん、欲張りでごめん。でももう少しだけ僕に時間をください」


 エンディは呟き、新たな紙を机の上に広げた。


 夜更け、アルフォンゾは再び弟の自室を訪れた。

 エンディは座ったまま、机の上に頭を乗せて眠っていた。机上にはびっしりと文字が書き連ねてある紙が積み重なっている他、何やら失敗したらしく、ぐしゃぐしゃに丸められた紙も散らばっている。

 現時点で完成している分をこっそり読んでしまいたい、という思いに一瞬かられたが、アルフォンゾはそれをぐっとこらえた。

 エンディは必ず書き上げる。彼の魂がこもった物語を。それまでエンディは絶対に諦めないだろう。日に当たれずとも、剣を持てずとも、彼は立派な騎士の心を持っているから。

 アルフォンゾは寝台から毛布をとってすやすや眠る弟の肩にかけてやり、静かに部屋を出た。


 ――虹石を藍色に染めるは、不屈の心を秘める者

苦難に抗う強き志は、死の運命をも遠ざける――


***


「かーっ! うめぇ!」


 ギーランは上機嫌でどん、と空の酒杯をテーブルに置いた。すかさず給仕の女が、なみなみとお代わりの入った酒杯と入れ替える。

 彼の前には酒だけではなく、パンや料理もずらりと並べられていた。高級な食材が使われているわけではないが、どれもたっぷりの量がある。


「どうぞどうぞ、たくさん食べて飲んでください」


 一人の男が肉の炙り焼きが乗った皿をギーランの前に置いた。


「なんだぁ、いいのかよ? この村にある酒ぜんぶ飲み尽くしちまうぜ」

「構いませんとも。あなたはこの村の恩人です。誰も手を出せなかった魔物をみな倒してしまったのですから!」


 イルバニア王国を出て再び旅に出たギーランが立ち寄った小さな村では、強い魔物が集団で近くに棲みついてしまったが打つ手がなく、村人はほとほと困り果てていた。

 骨のある相手と戦いたくてうずうずしていたギーランはその魔物たちに単身挑み、傷を負いながらもすべて叩きのめした。その礼にと村人たちが総出で、酒や料理を振舞ってギーランをもてなしてくれた。


「そ、村長! 大変だ!」


 一人の若者が顔を青くして、ギーランたちのもとに転がり込んできた。


「どうした、何があった?」

「魔物の残党がいたんだよ! もっとでっかくて、おっかない顔をしてる!」


 それを聞いたギーランは席を立ち、壁に立てかけていた戦斧(せんぷ)を肩に担いだ。


「ギーランどの?」

「そいつもぶっ倒してくるから、その酒片付けんじゃねえぞ」

「む、無理だよ、あんた一人だけでなんて……」


 若者の制止を振り切り、ギーランはにやりと笑った。


「上等だ。そんだけ強ぇ奴となら思いきり楽しめるじゃねえか」


 酒は置いておけよともう一度念押しし、ギーランは外へと出た。


 村のはずれに(くだん)の魔物はいた。ねじれた太い角を生やした牛のような姿の魔物はギーランを見つけると低く唸り、蹄で地面をかいた。

 確かに骨がありそうだ。生きて村に戻れるか分からない。だがそれがギーランの闘争心に火をつける。

 戦の場が自分の生きる道だ。この先もそれはずっと変わらない。寝台の上で安らかに眠りにつく最期など、ギーランには全く縁がない。

 もし持てる力のすべてを出し切って勝てたなら、その後に飲む酒は極上の味がするだろう。


「来いよ! 俺が相手になってやらぁ!」


 突っ込んで来る魔物に対し、ギーランは雄叫びをあげて戦斧を振りかざした。


 ――虹石を赤黄(オレンジ)色に染めるは、燃え上がる勇気に満ちた者

いかなる恐怖にも負けぬ者の杯は、勝利の美酒で満たされる――

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