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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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24話 自警団の長い冒険

 ニールはフランシエルもろとも、どさりと固いものの上に落ちた。


「あ、あれ……?」


 耳の横で風を切る音がする。宙を滑るように動いている、大きなものの上にニールはいた。


「間一髪だな」


 聞きなれた声がする。ニールが身を起こすとイオと目があった。


「イオ……? ここは……」


 翼をはためかせて飛ぶ、(うろこ)に包まれた体――フランシエルの竜、ミィミィの背中の上だ。ギーランがその手綱をとり操っていた。

 状況を理解したニールははっとしてイオに問うた。


「他の皆は!?」

「全員無事だ。セイレムが助けてくれた」

「そうか、良かった……」


 竜骨の塔の崩壊に巻き込まれた仲間はいない。ニールはほっと胸を撫でおろし、フランシエルの方に視線を移した。


「フラン、大丈夫か? 怪我は?」

「……ないよ、ない、けど!」


 フランシエルはニールに向かいぐっと身を乗り出した。


「ニール、どうしてあんなに危ないことしたの!? もし上手く飛び移れなかったら、ニールそのまま落ちちゃうところだったじゃない!」


 早口でまくしたてられ、ニールは目を丸くした。崩れゆく足場の上にいたフランシエルのもとに降りた時のことを言っているのだと分かるのに少しの時間を要した。


「し、仕方ないだろ。体が勝手に動いたんだから……」

「勝手にって……どうして自分の命を大事にしないの!?」

「そんなこと言われたって困るよ。目の前で大事な仲間が死ぬかもしれないのをただ見てるなんて、俺にはできなかったんだ」


 結局、二人で固まっていたお陰でうまくミィミィの背中に着地できた。助かったんだからいいじゃないか、とニールは笑ったが、フランシエルは未だ腑に落ちないようだ。


「もう、ニールってばほんとに」

「嬢ちゃん、体が動くんなら代わってくんな。こいつ、俺に手綱を取られんのが気に食わねえらしい」


 ギーランが振り返って言う。フランシエルははっとして、ミィミィの首の方へ這うように移動し手綱を受け取った。


「ごめんねギーラン、ありがとう! さあミィミィ、行くよ!」


 主の声を聞き、ミィミィが吠える。螺旋(らせん)を描くようにしてニールたちを乗せた体が降下を始めた。直に地上が見えてきた。こちらを見上げるセイレムと、アロン、エンディ、ルメリオ、ゼレーナの姿がある。

 ミィミィが着地しニールがその体から降りるや否や、アロンが走り寄って抱き着いてきた。


「アロン、無事で良かった!」

「おれ、ちゃんと約束まもったぞ!」

「ああ。ありがとうアロン。もう立派な英雄だな」


 ニールが頭を撫でてやると、アロンは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「あの腐れ貴族はどうなったんです?」


 ゼレーナの問いに、ニールは無言で今や瓦礫(がれき)の山になった竜骨の塔を見やるしかなかった。彼女はそれで全てを察したようで、「自業自得ですね」とだけ呟いた。


「ニール」


 ひとしきり仲間たちと健闘を称え合ったところで、セイレムが近づいてきた。


「セイレム、皆を助けてくれてありがとう」

「礼を言うべきなのは俺の方だ。お前の……いや、お前たちのお陰で救われた。感謝する」


 そして彼はフランシエルに向き直った。


「フランシエル、お前も……すっかり立派な竜人の戦士だな」


 フランシエルが照れ笑いを浮かべる。そうだ、とニールは辺りを見回した。


「あの魔物の群れ、セイレムたちがぜんぶ倒したのか?」

「いや、俺の親父……戦地にいた仲間と、多くの人間たちが加勢してくれた」

「多くの人間って……」

「ああ、やっと見つけた」


 声がした方へニールは振り返り、驚いて目を見開いた。王国騎士団剣士隊の長、ベルモンドが風を切るようにしてやって来る。


「ベルモンド隊長!?」

「遠くへ逃げろとは言ったものの、まさかこんなところまでたどり着くとは思っていなかったぞ、自警団」


 エルトマイン公爵の計略にかかり牢獄に捕らわれたニールたちが脱獄できるよう手引きしたのはベルモンドだ。ニールは深々と頭を下げた。


「あの、ベルモンド隊長、俺たちをエルトマイン公爵から助けてくれて本当にありがとうございました!」


 セイレムが一歩、ベルモンドの方に進み出た。


「勇敢な戦士殿、敵である我らの住む地を救ってくれたことに感謝する」


 そう言って握り拳にした両手を突き合わせる。竜人の敬礼だ。


「この戦を引き起こしたのは他ならぬ我らの過ちだ。私ひとりが詫びたところで流れた血がもとに戻ることはないが、申し訳なかった」


 ベルモンドはセイレムに向かい片膝を折って(こうべ)を垂れた。


「我らを新たに導く者は、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓っておられる。どうかしばし武器を収めて欲しい」


 セイレムが頷くと、ベルモンドは立ち上がりニールの方を向いた。


「お前たちにも苦労をかけてすまなかった。王国へ帰る準備を整えてある」


 ゼレーナが大きなため息をついた。


「……やっと帰れるんですね」

「もう帰ってしまうのか? 少しでも休んでいったらどうだ」


 セイレムの申出は嬉しいものだったが、ニールは首を小さく横に振った。


「ありがとう。でも、俺たちのことを心配している人たちが待ってるはずなんだ。できるだけ早く帰って無事を知らせないと」


 アロンやエンディの家族、ルメリオの従者ミューシャ、そして宿屋のジュリエナたちも、ニールたちが姿を消したことでその身を案じているに違いない。

 セイレムは残念がりながらも、そうかと言って頷いた。


「また必ず来てくれ。その時には俺たちにできるすべてをもって歓迎する」

「ああ、ありがとう。また絶対に会おうな」

「急ぐというなら送っていく。竜なら日が傾く前に到着できるだろう」


 戦いで疲弊しているはずのセイレムに甘えていいものか迷ったが、早く着くならそれに越したことはないとベルモンドにも背中を押されニールはそれを受け入れることにした。

 この地を訪れた時と同じように、トゥーイとミィミィの背にニールたちはそれぞれ乗せてもらった。セイレムの後ろに座ったニールに、ベルモンドが声をかける。


「我々は後始末をしてから王国に帰還する。ゆっくり休むように」

「はい、ベルモンド隊長!」


 セイレムとフランシエルが、己の竜に出発の合図を出す。二頭の竜は大きく羽ばたいて空中へ舞い上がり、イルバニア王国へ向けて飛んでいった。


***


 二頭の竜は開けた平原に降り立った。王都からはやや距離があるが、人の住む場所に竜が現れれば大騒ぎになってしまう。

 ニールは竜トゥーイの背から降り、セイレムと向き合った。彼とはここでお別れだ。


「本当にありがとうな、セイレム。友達になれて良かった」

「俺の方こそ、出会えて良かった」


 セイレムが両手の拳を突き合わせて敬礼をする。ニールはそれを真似した後、彼に向かって右手を差し出した。セイレムは逡巡(しゅんじゅん)の後、その手を握り返してくれた。

 挨拶を終えたところで、おずおずとフランシエルが切り出した。


「あ、ええと、セイレム……」


 そういえば彼女はこれからどうするのだろう。もともとセイレムはフランシエルを竜人の故郷に戻そうとしていた。このまま王都に留まり続けることを彼は許すだろうか。


「本当は、セイレムと一緒に帰らなきゃいけないのは分かってるんだけど、でも」

「……いい。分かった」


 セイレムは小さく息をついた。


「十日後にここまで迎えに来る。それまでにやり残したことは全部片づけておけ」

「セイレム、ありがとう!」


 フランシエルは言い、ミィミィの首に腕をまわしてぎゅっと抱きしめた。


「ミィミィ、ごめんね。もう少しだけお留守番してて」


 ミィミィはぐるぐると喉を鳴らしフランシエルに鼻先をこすり付けたが、ニールたちの方へ向かう彼女を引き留めはしなかった。

 セイレムがトゥーイに(またが)り手綱を握った。


「セイレム、元気でな!」


 手を振って見送るニールたちに対し、彼はしっかりと頷いた。合図を出しトゥーイが空高く舞い上がる。やや遅れてミィミィが飛び立ち、二頭の竜はじきに空の彼方へ姿を消した。


「さあ、もうひと頑張りだ」


 遠くの方に王都が見える。今までの長い旅路を思えば大した距離ではない。自警団一行はそこを目指して帰路をたどっていった。


***


 久方ぶりに訪れる月の雫亭、そこには懐かしい顔ぶれが揃っていた。


「アロン!」

「あ、父さん!」


 アロンが真っすぐに自分の父親の元へ走り寄る。抱き上げられるや否や、アロンは次々と己の見聞きしたことを話しだした。


「父さん聞いてよ、おれたちさ、竜にのってすっごく遠くまでいったんだぜ! それからでっかい魔物もいっぱい倒して、すっごくいっぱいがんばったんだ!」

「まったくお前は、どれだけ心配したと思っているんだ……」


 呆れながらも、その顔は心からの安堵で満たされている。

 ルメリオは従者ミューシャにひしと抱き着かれ、頭を撫でてなだめてやっていた。


「うぇぇ……ルメリオさまぁ……おかえりなさいませぇ……」

「はい、ただいま戻りましたよ。心配をかけましたねミューシャ」


 エンディも騎士である兄、アルフォンゾとの再会を喜びあっていた。


「よく無事で戻ったなエンディ。偉いぞ」

「えへへ……」

「ニールくん、おかえりなさい」


 宿屋の女主人、ジュリエナだ。元気な自警団の姿を見て顔を(ほころ)ばせる。


「ジュリエナさん、心配かけてごめん。こっちは大丈夫だったか?」

「大丈夫よぉ。騎士さまたちが助けてくださったからぁ」


 その時、入り口の扉が開いた。そこにいたのは――テオドールだ。彼はニールの顔を見るなり大股で歩み寄ってきた。


「ふん、ようやく帰ってきたか」

「ああ。テオドールのおかげで皆でちゃんと帰ってこれた。ベルモンド隊長にもお礼を言えたよ。ありがとうな」


 テオドールは一瞬、面食らったような顔をしたがつんと顔を上に向けた。


「当然だ! それに言っただろう、お前は僕に負けるまでくたばることは許されないんだ!」

「ふふ。ニールくん、この子はね、あたしたちが魔物に襲われないように一生懸命に避難を呼びかけてくれたのよぉ」

「なぁっ……!」


 ジュリエナに言われ、テオドールの顔が一気に赤くなる。


「ご、ご婦人! 余計なことを仰らないで頂きたい!」

「余計なことなんかじゃないわよぉ。そのお陰であたしたち助かったんだもの」

「そっか、テオドールも頑張ったんだな。すごいじゃないか!」

「~~~~~~っ!」


 顔を林檎のように赤く染めたまま、テオドールは文字で表現できないような言葉を口走る。


「も、もういい! 僕は忙しいんだ、いつまでも付き合ってなんてられない!」


 テオドールはニールたちに背を向け、そこで先輩騎士のアルフォンゾがいることに気づきはっとした様子で一礼すると、逃げるように去っていった。扉がばたんと閉まる。

 フランシエルが肩をすくめた。


「テオドールのこと見直したけど……やっぱりちょっと嫌な人かも」


 同感です、とゼレーナが頷く。


「ま、小さい犬が元気に吠えてるだけと思えば多少はましですけど」

「……随分とニールに懐いている犬だな」


 つぶやくように言ったイオの顔を、ニールはきょとんとして見た。


「俺、あいつから前に嫌いって言われたんだけどな……」

 

 本当に、生きて帰ってこれた――改めてその事実を噛み締めるニールに、父親に肩車されたアロンが声をかけた。


「ニール、きょうはおれの家に帰ってもいいか? 母さんもみんなも心配してるんだってさ」

「ああ、もちろんだ。元気な顔をしっかり見せてあげてくれ」


 ニールが言うと、アロンは笑顔で手を振った。


「じゃ、また明日な!」


 それを皮切りにエンディやルメリオ、ゼレーナも自分の住まいへと戻っていく。ひと息ついたニールは周りを見渡した。


「あれ? ギーランは?」


 答えたのはジュリエナの妹、リーサだった。


「疲れたから寝るって、さっき二階に上っていったよ」


 それを聞き、ニールの体にも疲労感が押し寄せる。緊張の糸がやっと緩みつつあった。寝台に倒れこんだら一秒と経たずに眠ってしまいそうだ。

 ニールは大きく伸びをした。


「……俺たちも、休もうか」


***


 山のふもとにひっそりと建つ、小さな家の前にグレイルは立っていた。

 およそ十八年ぶりに訪れたそこは、グレイルの記憶と何も変わっていなかった。今にも玄関の扉が開いて、「彼女」が出てくるのではないかと思えた。たったひと月――けれどグレイルの人生で最も幸せだった時を共に過ごした愛しい女性が。

 いま思えば、エルトマイン公爵がグレイルの望みをかなえてくれるはずもなかった。恐らく野望が叶えば、あの男は竜人を奴隷に仕立て上げるか皆殺しにしていただろう。それなのに、グレイルは愛したひとにもう一度会いたい一心で彼の駒となり、多くの人を傷つけた。その罪はたとえ死してもなお、消えることはない。


「ここにいたか、グレイル・ラスケイディア」


 振り返ると、そこには二人の騎士を引きつれた騎士隊長ベルモンドが立っていた。


「ベルモンド殿……」

「アレクサンドル殿下より命を受けた。今回の件の重要参考人として、死亡したエルトマイン公爵の代わりに貴殿を王国へと移送する」

「……分かった」


 グレイルはその場に両膝をつき、両手を顔の横まで上げた。降伏の証だ。

 エルトマイン公爵の謀反(むほん)に手を貸した罪は王国で裁かれる。その先にあるのはおそらく処刑台だろう。

 抵抗しようとする気はグレイルにはなかった。会いたいと願った女性はもうこの世にはいない。ひとつ気がかりなことがあるとすれば、彼女にそっくりな一人娘は今どうなっているのか――

 てっきり拘束されるものかと思っていたが、ベルモンドはグレイルを見据えたまま動かなかった。


「何をしている、歩けないわけでもなかろう」

「……私を拘束しないのか」

「わざわざ首に縄をかける必要があるのか?」


 淡々と言い、目だけで部下に合図を送る。騎士たちがひとりずつグレイルの両脇についたが、武器をつきつけてくることも縄を取り出すこともなかった。


「……いや、すまない」


 グレイルは小さく答えると、ゆっくり立ち上がり歩き出した。

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