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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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23話 力を合わせて

 強い光に目を焼かれ、魔人はニールを取り落として腕を振り回しわめいた。ニールはふらつく体を奮い立たせてフランシエルの元に駆け寄り、魔人が取り乱している隙に彼女を立たせた。


「フラン、大丈夫か!」

「うん! でも何が起きて……」


 そこでフランシエルは言葉を切り、ニールの胸元をまじまじと見た。


「ニール、それは……」


 ニールの懐から光が漏れている。そこに手を入れると指先に固いものが触れた。竜骨の塔に入る前、グレイルがくれた虹石(こうせき)だ。

 取り出してみると、それは色とりどりの光を放っていた。虹石は持つ者の心に応えて加護を授ける――ニールの願いが虹石の力を呼び起こし、魔人から逃れる隙を与えてくれたようだ。


「何をしている! 奴らを殺せ!」


 エルトマイン公爵の怒号が飛ぶ。なおも(うめ)きながら頭を掻きむしる魔人に対し、透明な石を取り出して掲げた。公爵が持つ虹石から灰色の霧のようなものが溢れ出て魔人の体に吸い込まれていく。霧を吸い込んだ魔人は落ち着きを取り戻し、ぎらつく目がニールとフランシエルをとらえた。

 ニールの背筋を危機感が駆け抜けた。


「走って武器をとるんだ!」


 ニールは言うと、床に転がった己の剣めがけて走った。視界の端でフランシエルも同じように取り落とした自分の得物へ向かっていく。

 ニールが剣を手にしたと同時に、魔人が拳を振り上げた。咄嗟に剣を顔の前で持つ。魔人の拳が剣もろともニールを吹き飛ばすかと思われた瞬間、何かによってそれは弾かれた。


「え……?」


 ぽかんとするニールの周りを、赤い光がゆっくりと回っている。

 

(全く貴方という人は。フランさんをお守りしなさいと言ったでしょう)

「ルメリオ……?」


 ここにいないはずの仲間の声がする。ニールの体は無傷だ。まるで魔法の壁が守ってくれたかのように。

 再びニールに向かって来ようとする魔人の顔面に、今度は赤黄(オレンジ)色の光がぶつかった。


(なんだぁ大将。お前がやらねぇってならこいつは俺がぶっ倒すぜ)


 いつも先陣を切って敵に突進する、ギーランの大きな背中が見える。

 目の前で起こっている出来事が幻なのか現実なのか分からず立ち尽くすニールの胸元で虹石がまた光った。溢れ出た黄色の光が、ニールの横でぴょんぴょんと跳ねる。思い出されるのはつんつんと跳ねた明るい金髪――


(ニール、おれたちでやるんだ! おれたちになら絶対にできる!)

「アロン……!」


 なぜなのかは分からない。だがニールの持つ虹石から現れる光から、頭の中に響く声から、確かに仲間たちを感じる。彼らの姿が見える。


(ニール、来ますよ! ぼさっとしてないで!)


 ゼレーナの鋭い声が聞こえ、ニールは迫ってきた魔人の攻撃を間一髪でかわした。緑色の光が魔人の目の前でさく裂する。ことごとく邪魔をされ(いら)立った魔人が再びニールに向かっていこうとするが、突如体勢を崩した。その足元に藍色の光がまとわりつくように揺れていた。


(大丈夫だよ、ニール。僕も最後まで一緒に戦うからね!)

「エンディ……!」


 魔人の周りを紫色の光が稲妻のように飛び回り注意を逸らす。


(お前はこんなところで諦めるような奴じゃないだろう)

「……そうだな、イオ」


 ニールは剣を構え、魔人を見据えた。


「駄目だな、俺は。結局みんながいないと何もできない」


 赤、赤黄色、黄色、緑、藍色、紫――六色の光が魔人を取り囲む。


「……けど、みんながいてくれたら何だってできる」


 恐れることなど何もない。ニールは悠然と魔人に向かっていった。

 周りを飛び回るいくつもの光にかく乱されもがく魔人を斬りつける。力を溜めて打ち込めば、固い皮膚にも攻撃が通る。


「光に構うな! 小童(こわっぱ)を狙え!」


 ニールに追い風が吹き始めたことに動揺したエルトマイン公爵が、再び虹石を掲げようとする。だがそれは鋭い刃に阻まれた。


「させない!」


 フランシエルが公爵の手から虹石を叩き落とし、床へ落ちたそれにグレイブを突き刺して砕く。これで、魔人を強化する術は絶たれた。


「貴様ぁっ!」


 エルトマイン公爵が剣を抜く。怒りに任せ繰り出される剣戟(けんげき)をフランシエルは受け止めた。


「ニール、こっちは任せて!」


 魔人の注意をフランシエルに向ける訳にはいかない。ニールは声を張り上げた。


「さあ来い!」


 魔人が手から衝撃波を放つ。床を転がってそれを避け、距離をつめて斬りつける。体内で炎が燃えているかのような感覚がニールを突き動かしていた。先ほどまで魔人に首を絞められ弱っていたのが嘘のように力強く動ける。

 ニールによってつけられた傷から血を流し、人と獣の叫びが入り混じったような声で魔人が慟哭(どうこく)する。限界が近いようだった。

 その時、魔人の周りを舞っていた六つの光が一つ、またひとつとニールの剣に吸い込まれていった。


(ニール、もう一息ですよ!)

(しゃあねえな、最後は大将に譲ってやるか!)

(いけ、ニール! やっつけろ!)

(外したりなんかしたら承知しませんからね!)

(大丈夫、僕たちがついてるから!)

(ニール、お前にならやれる。信じろ)


 ニールの剣が六色の光をまとって輝く。


「皆、ありがとう。任せてくれ」


 剣の柄を強く握りしめると、それを包む光にもう一色が足された――鮮やかな青色だった。

 助走をつけて飛びあがる。ニールの体が床を離れた瞬間、白い光が全身を包んだ。何かに引っ張られるように、ニールの体が魔人の頭よりも高くにくる。

 床に倒れたエルトマイン公爵の喉元にグレイブの刃を突き付けたフランシエルと目が合った。一瞬だったが、彼女がしっかり頷いたのをニールは確かに見た。

 柄を両手で持ち、刃を真っすぐ下に向ける。ニールの体は垂直に落ち――魔人の胸に埋められた虹石を七色の剣が砕いた。

 魔人が断末魔をあげてくずおれる。皮膚がぼろぼろと剥がれ、人の形をした上半身と獣のような下半身が真っ二つに割れた。体に埋め込まれていた虹石が砕けたことで体を維持できなくなったようだった。この(いびつ)な生き物は、元は別々の何かだったのかもしれない。

 動かなくなった魔人を見て、エルトマイン公爵の顔に絶望が広がった。切り札を失い自身もフランシエルに敗れ、もはやなす術はない。竜骨の塔を覆っていた灰色の霧のような魔力も徐々に薄らぎつつある。

 ニールの剣に宿っていた七色の光は消えていた。懐を探ってグレイルにもらった虹石を取り出すと、それは黒く変わっていた。すべての力を使い果たし、もうただの石だ。

 勝った――それを確信したニールはフランシエルのもとへ駆け寄ろうとした。だがその時、床がぐらりと大きく揺れる。


「何だ!?」


 激しい戦いの影響か公爵が持つ虹石が力を失ったためか、竜骨の塔は限界を迎えたようだった。揺れは治まらないどころか、どんどん激しさを増していく。立っているのがやっとだ。


「ニール、塔が崩れちゃう!」


 フランシエルが声を張り上げる。

 ふらついて塔から投げ出されてしまえば一巻の終わりだ。下へ降りる階段まで走っても、脱出するまで持ちこたえる保障はない。最悪、生き埋めにされるかもしれない。生き延びられる確率を少しでもあげようとニールは揺れ続ける床の上に腹ばいになった。フランシエルに声をかけようとした時、ニールの目に映ったのは塔の縁へとフランシエルを引っ張っていくエルトマイン公爵の姿だった。彼女を突き落とすか、あるいは道連れにして共に果てる気だ。


「やめろ!」


 揺れに足をもつれさせながらニールはまっしぐらにその方へと走った。エルトマイン公爵ともみ合うフランシエルの腕をつかみ思いきり引っ張る。その時、塔がいっそう大きく揺れた。反動で公爵が大きくのけぞり、滑らせた足が床を踏むことはなかった。


「あっ……」


 悲鳴は塔ががらがらと崩れていく音にかき消された。その行く末を見届ける間もなく、ニールとフランシエルは大きく体勢を崩した。何とか二人して塔の床にしがみつく。昇って来た階段は既に跡形もなくなっていた。

 その時、床に大きな亀裂が走った。ニールとフランシエルを引き裂くようにそれは広がっていき、やがてフランシエルがいる側の床がどんどん崩れていく。


「フラン!」


 揺れ続ける塔はフランシエルに立ち上がる隙を与えない。このままではいずれ足場がなくなり、彼女は――

 考えるより先にニールは床を蹴って跳んでいた。フランシエルの近くに降り立つと、その体を腕の中に収める。そうしたところで助からないことは頭では分かっていた。ニールの手元にある虹石にはもう力が残っていない。

 自分の命と引き換えに皆が助かるなら、それで構わない。だが、フランシエルを巻き込みたくなかった。せっかく離れ離れになっていた父親が見つかったのに、彼との再会を喜ぶ間もないまま塔と運命を共にしなければならない。彼女にそれを強いてしまったニールにできることは、せめて彼女を独りにしないことだった。


「……フラン、ごめんな」

 

 そして、二人を支えていた足場はその形を失った。

 ニールはフランシエルを抱きしめたまま、真っ逆さまに落ちて行った。

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