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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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22話 最後の戦い

 上空から竜が炎の息を吐く。だが竜骨の塔へ向かう魔物の進撃は止まらない。

 セイレムが放った救援を求める狼煙(のろし)を見て、竜人族の戦士たちが竜に乗り加勢に来てくれた。だがその力を持ってしても魔物の勢いを完全に抑え込むことはできていない。

 グレイルはその中で、襲い掛かってくる魔物たちを次から次へと斬り伏せていた。すぐ近くでは使役する豹の魔物が、同胞に飛び掛かり喉笛を食いちぎっていく。

 魔物の一匹がグレイルの腕に噛みついた。それを蹴り飛ばし斬った直後、背後に揺らめく影があることに気づく。

 間に合わない――そう思った瞬間、断末魔と共にグレイルの背後の気配が消えた。

 柄の短い二振りの斧を両手にしたセイレムがそこにいた。斧の刃も、背負っている槍の先端も赤黒く染まっている。乱戦の中、巧みに武器を切り替えながら多くの魔物を(ほふ)ったのだろう。


「すまない!」


 グレイルの無事を確かめると、セイレムはすぐさま魔物の一団に突っ込んでいった。あちらこちらで竜人族の若者たちが、雄叫びを上げながら果敢に魔物へ立ち向かっているのが見える。上空では竜たちが空を飛ぶ魔物に応戦している。

 だが彼らも決して無傷ではない。自警団を塔の中へ送り出した後、参戦したグレイルにも疲れが出始めていた。

 グレイルの視界にひときわ大きな体躯が映る。他の魔物を蹴散らしながら、馬のような姿の魔物が迫って来た。不気味な青色に光る目、たてがみは柳の枝のように長く垂れ下がり、四肢は木の幹ほどもある。

 グレイルが従える豹の魔物がそれに飛び掛かった。首に勢いよく噛みついたが、並の馬の胴ほどの太さもある首に牙は届かない。馬の魔物が大きく首を振ると、豹の魔物はあっけなく地面に叩きつけられた。

 馬の魔物はグレイルのいる位置から五十歩ほど先にいる。その目がグレイルを捉えた。己の足で走って逃げきるのは絶望的だ。豹の魔物は地面に落ちた後、他の敵に囲まれてしまった。加勢できそうな竜人も近くにいない。

 グレイルが動くより先に、馬の魔物がまっしぐらに向かってくる。その足の間をすり抜けられる僅かな可能性に駆けて地に伏せようとした時――グレイルの左方から無数の矢が飛び、周囲の魔物も巻き込んで突き刺さる。

 馬の魔物が驚いて後ろ足で立ち上がった刹那、何かが風を切りその横を突っ切った。そして巨体が地面に倒れると共に、グレイルの隣にそれが立つ。


「どうした、調子が悪そうだな?」

「ベルモンド……!」


 馬に(またが)り大剣を手にしたベルモンドが口の端を吊り上げて笑う。同時に、多くの馬の(いなな)きや地面を蹴る足音、人の声が響き渡った。


「イルバニア王国騎士団が加勢する」


 ベルモンドはそう告げ、馬を駆って魔物の群れを一掃しにかかる。

 グレイルが戦地にいる騎士団のもとへ転がり込んで王都の危機を伝え、多数の騎士がそちらへ向かった。ここにいるのは、ベルモンドが率いる残留した者たちだろう。彼らは今、竜人たちに迫る危機に立ち向かっている。


「長どのだ!」


 少し離れたところで何者かの声がした。戦場に向かい空から迫る一団の姿が見える。

 それは竜に乗った竜人族だった。先陣を切るひときわ大きな竜が咆哮する。それは衝撃波となって地面まで届き、魔物を恐れさせ、竜人たちを奮い立たせる。


「人間どもに(おく)れをとるな!」


 怒号が響く。おそらくセイレムだ。現れた援軍のおかげで、彼が呼んだ竜人たちも再び士気を取り戻している。

 誰もが戦っている。場所や立場、種族が違ってもその目的は同じだ。無論、グレイルもそれに漏れない。

 グレイルは剣を握り、再び魔物に斬りかかっていった。


***


 竜骨の塔の頂上には視界を遮るようなものも、かつて竜人がいた痕跡もない。ただの広場のようだった。

 その中央にエルトマイン公爵はいた。ニールたちと初めて会った時と似た礼装姿にマントをつけた姿だ。

 現れたニールとフランシエルを見ても、彼は取り乱した様子など見せなかった。


「まさか生きていたとはな。一体どんな手を使ったのやら」


 ニールはそれには答えず、エルトマイン公爵を見据えた。


「エルトマイン公爵、こんなことはもうやめてくれ」

「こんなこと、とは?」

「凶暴な魔物を生み出して、罪のない人を……竜人族まで傷つけて、そんなこと許されるはずがない」


 それを聞き公爵は大きな笑い声を上げた。


「つくづくお前は愚かだな。そんな説教を垂れ流す暇があるなら、その間に私の首を切ればよいものを」


 ひと呼吸おき、彼は続ける。


「私には夢があった。国王となり王国を繁栄に導き、大陸一豊かな国とすることだ。それは叶わなかった。なぜか分かるか? ……私は王弟に過ぎないからだ。望んだわけでもないのに、そう生まれてしまった。理不尽だと思わないか? そんな世界など壊して、力あるものがすべてを決め、あらゆることを叶えられる、そうすべきではないか?」

「思わない。あんたは間違ってる!」

「本当か? お前だって本当は、心のどこかでそれを望んでいるのではないか? ニール、お前とて私と同じだ。生まれた場所のせいで、抱いた夢を諦めざるを得なかった、救われるべき者だろう」

「お前と同じにするなっ!」


 ニールはあらん限りの声で叫んだ。


「もちろん俺だって騎士になりたかった。でも、なれなかったとしても俺は決して不幸せなんかじゃない。やり方は違っても誰かの助けになることはできるし、大切な仲間だっている。世界を作り変えるなんて言いながらお前は結局、自分のことしか考えてない!」


 公爵の顔から笑みが消え、今度はフランシエルの方に向いた。


「娘、お前はどうだ? お前が半竜人として生まれたのはお前自身の意志か? 両親の身勝手でどちらにもなれぬまま生まれ、疎まれて生きていく世界に何の意味がある?」

「……生まれたのは、あたしの意志じゃない」


 フランシエルは静かに言った。


「でも親の身勝手だとか、そんな風には思わない。お母さんはお父さんのことも、あたしのことも愛してた。お父さんだって同じ……今も愛してくれてる。だからあたしは自分が好き。それだけで生きる意味があるの。周りからどう思われるかなんて、そんなの大したことじゃない」


 エルトマイン公爵の表情は、仮面のように冷たい。晩餐(ばんさん)会にやって来たニールたちを捕らえたときと同じ顔だった。


「残念だな。お前たちとは分かり合えると思っていたのだが」


 竜骨の塔を包む灰色の雲のような魔力の壁は、高く立ち昇り空まで覆っている。その合間を稲妻が駆け抜ける。

 どんな言葉も、エルトマイン公爵には届かない。そう判断したニールは覚悟を決めて剣を抜いた。これ以上、苦しむ者が現れないよう殺めてでも彼を止めるしかない。

 ニールの剣の切っ先が公爵に届くかという時――上空から舞い降りた何かにそれを阻まれた。

 それは人のような姿をしていた。盛り上がった筋肉が目立つ上半身は青黒い肌がむき出しだ。しかし下半身は四つ足の獅子のそれだった。頭からは太い角が生え、背に生やした翼と尾は竜に似ている。そして、胸にはニールの拳ほどもある虹石(こうせき)が埋まっていた。赤くなったかと思えば次には青くなり、黄色や緑にも変わる。


「素晴らしいだろう? 最高傑作だ。『魔人』とでも呼ぶべきかな」


 己の背丈を遥かに越すそれを見上げ、公爵は美術品を愛でるかのように言った。

 魔人が低く唸る。長く尖った牙が顔を覗かせた。


「さあ、私を止めると言うのならそいつを倒してみせろ」


 魔人は片手を軽く上げた。鋭く伸びた爪が生えた手からニールに向けて衝撃波が放たれる。咄嗟に後ろに飛びのいて距離をとり、体に直撃することは避けられた。ニールは魔法についてそこまで明るくないが、当たれば命の危険に直結することはすぐに分かった。

 フランシエルがグレイブを構え魔人の背後をとった。広い背中に刃を突き刺したが固い皮膚はほとんどそれを通さない。

 魔人が(いら)立たし気に獣の吠え声と人の叫びが混じったような咆哮をあげ、尾を大きく振った。フランシエルの体が吹っ飛び強かに床にぶつかった。


「フランっ!」


 ニールが駆け寄るよりも早く、魔人がそちらへ到達する。うつぶせに倒れるフランシエルの肩甲骨のくぼみに足を置き体重を乗せる。フランシエルの顔が苦痛に歪むのが見えた。


「やめろ!」


 剣を手に向かってきたニールを、魔人はフランシエルを踏みつけたまま難なくいなす。その拳がニールのこめかみを直撃し、ふらついたところで魔人はニールの首を掴んで持ち上げた。

 強い力で締め上げられ、ニールは剣を取り落とした。首をがっちりつかむ魔人の手を引きはがそうと試みたが、ニールの力ではびくともしない。足をばたつかせても空を蹴るばかりだ。

 ニールの口から声にならない叫びが漏れる。魔人の足は未だフランシエルを踏みつけたままだ。更に体重がかかれば彼女は間違いなく死ぬ。だがどうにもできぬまま、ニールの体から力が抜けていく。


「どうした、もう終わりか?」


 エルトマイン公爵が魔人の隣に立ち、ニールを見上げた。


「若い力を失うというのは私としても避けたい……どうだ、私につくというなら命は助けてやるが?」

「なにを……」

「私に従うというなら、お前を騎士に取り立ててやろう。この娘の命も助けてやる」


 それを聞き、フランシエルがわずかに顔を動かした。


「……ニール、だめ」

 

 魔人はニールがすぐに死ぬことのないぎりぎりの力を保っている。だがエルトマイン公爵の一声で呼吸は止められてしまうだろう。あるいはその前に力尽きる。

 ニールの命は今、エルトマイン公爵の手の中にある。それでも――


「いや……だ……」


 彼に屈服してまで助かりたくない。彼の悪事の片棒を担いでまで騎士になりたくない。フランシエルも他の仲間たちも、今まで出会った人たちも、ニールのそんな姿を見て喜んではくれない。


「おまえの……思い通りになんか……ならない……」


 魔人の手に力がこもる。いよいよニールの呼吸は危うくなっていた。


「もう一度聞く。私に従うか?」


 朦朧(もうろう)としかける中、ニールは公爵を睨んだ。


「俺は……従わ……ない……」

「そうか。ならばこれまでだ」


 エルトマイン公爵が冷ややかに吐き捨て、片手を軽く挙げる。ニールの首を絞める魔人の力が更に強くなった。

 ニールの手足が抵抗する力を失い、だらりと垂れ下がる。


「ニール……!」


 フランシエルの悲壮な声は誰にも届かない。

 首が折れるのが先か、窒息するのが先か――薄れゆく意識の中、ニールの頭にぼんやりと浮かぶのは仲間たちの姿だ。

 塔の中で今も、彼らは戦い続けているはずだ。ニールとフランシエルが公爵の野望を打ち砕いてくれると信じて。

 それなのに、ここで負けていいのだろうか。

 ――負けていいはずが、ない。

 絶望的な状態でなおも生にしがみつき、ニールは心の中で仲間たちに呼びかけた。

 背中を押して欲しい、力を貸して欲しい。野心に狂った男を止めるために、これ以上、誰も悲しませないために――

 ニールが強く願ったその時、胸元で(まばゆ)い光が弾けた。

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