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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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21話 竜骨の塔へ

 ニールたちを乗せ、セイレムが操る竜トゥーイとフランシエルの竜ミィミィは目的地である竜骨の塔を目指す。その塔ははるか昔、竜人たちが友である竜を(まつ)るために建てたものだという。しかし時が流れるにつれて彼らの風習も少しずつ変化していき、今はうち棄てられた廃墟と化している。

 まさかそこが魔物の根城と化してしまうとは、とセイレムは複雑そうな表情で言った。

 トゥーイの手綱を握るセイレムの後ろにニールが座り、そのすぐ後ろに位置どっているのはグレイルだ。竜が飛び立っても恐れる素振りは見せず、注意深く地上を観察しているようだった。

 やがて前方に、灰色の塔のようなものが見えてきた。空に届くほど高い。

 ニールは前に座るセイレムに問いかけた。


「セイレム、あれが竜骨の塔か?」

「ああ……だがおかしい、あの塔はあそこまで高くない」


 その会話を聞き、グレイルがニールの肩越しに言った。


「まずい……エルトマイン公爵がもう到着したのか」


 ニールは振り返り彼に尋ねた。


「エルトマイン公爵があそこにいるのか?」

「おそらくは頂上に」


 セイレムが手綱を大きく振り、トゥーイの体に打ち付ける。トゥーイが速度を上げて灰色の塔めがけて飛んでいく。

 だがそこに近づくにつれ、トゥーイの落ち着きが段々と無くなっていった。頭を左右に振り、飛ぶ速度を落とす。近くを飛ぶミィミィも同じような様子で、フランシエルが必死になだめている。

 竜たちは塔に対し、何か本能的な恐怖を感じているようだった。


「駄目だ、下に降りるしかない」


 そう言って地上を見下ろしたセイレムが息を飲む。彼の視線を追ったニールの目に、信じがたいものが映った。

 竜骨の塔に向かい、四方八方から数えきれないほどの魔物が押し寄せてきているのが見える。大小様々で、鳥のように飛んでいるものもいる。


「なんだ、あれ……!」

「塔の魔力に惹きつけられている。公爵が中で虹石(こうせき)の力を使っているからだろう」

 

 塔が灰色に見えたのは、分厚い雷雲のようなものが塔全体を覆っているためだった。その向こうを視認することはできない。エルトマイン公爵が虹石の力で張り巡らせた魔力の壁だとグレイルが話す。

 虹石はニールが思うよりもずっと恐ろしい力を秘めた石だった。魔物を操り、来るものを阻む魔力の壁で高い塔を包んでしまう。もっと恐ろしいことも成しえてしまうのかもしれない。

 セイレムが何とかトゥーイを塔の近くに着陸させた。続いてミィミィもその隣に降りる。

 魔物たちの群れの先頭がニールたちのもとへたどり着くまでは幾ばくかの猶予がある。だが、数百を超える大群を振り切り塔の内部に入る手立てがあるのだろうか。


「どうやら絶望的な状況みたいですけれど、どうします?」

 

 ミィミィから降り、ニールやグレイルと合流したゼレーナが言う。


「この塔の周りは厄介な魔力に阻まれて入れなさそうですし」

「私に考えがある」


 グレイルが塔に近づき、懐から何かを取り出した。透明な丸い石だった。

 彼がそれを塔に向けて突き出すと、石の色が赤く変わる。初めて見る現象にニールは息を飲んだ。


「それは……」

「虹石だ」


 グレイルが答え、石を掲げる。赤い光が塔を照らすとその部分だけ灰色の魔力が消え、内部へ繋がる朽ちかけた扉が姿を現した。


「ここから中に入れる。エルトマイン公爵は頂上にいるはずだ。中もおそらく魔物の巣窟になっているだろうが……たどり着くには中を通っていくより他ない」


 ニールは頷いた。厳しい戦いになることは承知の上だ。


「私はここで魔物たちが塔に入り込むのを食い止める。すまないが君たちで行って欲しい」


 お待ちくださいとルメリオが声を上げた。


「こんな大群を一人で相手するおつもりですか!?」

「やるしかない。覚悟ならもう決めているよ」

「……俺も共に戦う」


 セイレムが言い、細い紐が出ている灰白色の玉を取り出した。紐を強く引いてちぎると同時に上空高くへ放り投げる。玉が弾けて火花が散り、煙が起こった。


「助けを求める合図だ。じきに俺の仲間たちが来る。ニール、塔の中へはお前たちで行くんだ」


 魔物の大群の先陣が平原の向こうに見え始めた。警戒したトゥーイとミィミィが吠え、宙に舞い上がる。二頭の竜は魔物に向かい炎を吐いてけん制を始めた。


「フランシエル、ミィミィを借りるぞ……しっかりやれ」


 セイレムはそう言うと腰に下げていた二振りの斧を手に持ち、果敢に魔物の群れへ向かって行った。故郷を守るため、誇り高き竜人はすべてを捨てる覚悟でいるのだろう。


「君にこれを」


 グレイルが空いている手を懐に突っ込み、透明な石をもう一つ取り出すとニールに差し出した。これも虹石のようだ。


「持っていきなさい。虹石は持つものの心に応えて加護を授けてくれる。残っているのはこの一つのみだが、きっと役に立つはずだ」

「ありがとう」


 ニールがそれを受け取ると同時に、塔の魔力を退けていた赤い光が少しばかり弱くなった。


「急いで中へ!」


 グレイルが促す。ニールたちは急いで扉を開け、竜骨の塔の中へと飛び込んだ。

 殿(しんがり)になったフランシエルは塔へ入る前にグレイルを振り返った。その瞳にほんの少し躊躇(ためら)いの色が見えたが、彼は何も言わなかった。


「あたしたちが絶対に何とかするから!」


 グレイルが力強い頷きを返す。フランシエルはそれを見届け、塔の内部へ足を踏み入れた。


***


 グレイルの言っていた通り、竜骨の塔の内部には魔物がひしめいていた。部屋の奥に上層へと続く階段があるが、魔物たちを振り切らなければたどり着けそうにない。だがまともに相手をしていれば時間と体力を失ってしまう。

 ニールたちに気づいた一部の魔物が唸ったり、爪で床を引っ掻いて威嚇する。


「どうすれば……」


 ニールは歯噛みした。ひときわ大きな魔物の額に虹石が埋まっているのが見える。


「大将、ここを突っ切って上に行けりゃあいいんだな?」

「え……?」


 戦斧(せんぷ)を担いだギーランが一歩前に進み出る。


「俺が引き付けといてやる。先に行け」

「無茶だ、いくらギーランが強くてもたった一人でなんて」


 構うもんか、とギーランはにやりと笑みを浮かべた。


「なかなか手ごたえのありそうな奴らばっかりじゃねえか。山籠もりにも飽き飽きしてたところだ」

「でも……」


 本当にそれでいいのか――なおもニールが躊躇っていると、アロンがギーランの隣に並んだ。


「ニール、おれがおっさんといっしょにいてやるよ。だから心配はいらないぞ」

「アロン……」

「大丈夫だニール。おれたちにできないことなんて、なんにもない!」


 恐ろしい魔物を前にしながら、クロスボウを構えたアロンは気丈に笑った。残った仲間たちが無傷で上階にたどり着けるよう、覚悟を決めて道を切り開こうとしている。


「……ギーラン、アロン、絶対に死なないでくれ」

「おれは英雄だ、約束はぜったい守る!」

「さっさと行け!」


 ニールたちは円形の部屋を真っすぐ進んだ。魔物たちが襲いかかってきたが、ギーランとアロンがそれを阻む。

 階段を昇る仲間たちの姿が見えなくなり、ギーランは戦斧を振り上げて声を張り上げた。


「てめえら全部、ぶった切ってやらぁ!」


 血沸き肉躍る感覚がギーランに高揚感を与える。恐れることなど何もない。ただ体が命じるままに戦斧を振り回すだけだ。


「いいぞおっさん、おれたちで全部やっつける!」


 アロンの存在だけがギーランの理性を繋ぎ留めていた。自分が死ぬことになっても、この少年の命は守らなければならない。それは忌々しい(かせ)のはずなのに、なぜかギーランの闘志の炎を焚きつける。


「坊主、巻き込まれんじゃねえぞ! そこまで面倒見ねえからな!」

「分かってるよ、おれがおっさんの面倒をみるんだ!」


 アロンは元気に答え、魔物めがけてクロスボウから矢を放った。


***


 上階に昇ったが、そこも魔物に占拠されていた。ニールが何か言う前にイオが腰の双剣を抜く。


「俺が引き受ける。お前たちで上に行け」

「イオ……」

「この程度なら俺ひとりで十分だ」


 魔物は十数匹いる。イオはそう簡単に調子の良いことを口に出したりはしない。それがニールたちを上階へ行かせるための彼なりの意志の表し方だ。


「ありがとう、イオ。ここは任せた」


 イオが俊敏に動き回って魔物の注意を逸らす。その隙に仲間たちを連れ、ニールは階段を昇った。

 獲物を逃したことに怒った魔物たちが、残ったイオに向けて牙や爪を打ち鳴らす。


「……心に刃を突き立てよ」


 二度と戻ることのない故郷に伝わる言葉を、イオはそっと呟いた。己の中に渦巻く恐怖に打ち克ち、ただの刃になって敵を滅するための言葉だ。

 だが今のイオはただの刃ではない。何もかも失ったと思っていた自分を仲間として受け入れてくれた自警団――彼らのために持てる力を、今まで培ってきたものを全て出して戦う、決して折れない意志を持った刃だ。

 双剣をしっかり握りしめ、イオは魔物に向かい床を蹴って高く跳んだ。


***


 塔の三階で魔物の相手をする役目に名乗り出たのはエンディだった。


「ここは僕に任せて、先に行って! ……これずっと言ってみたかったんだ」


 エンディは被っているフードを外してニールの方を見た。


「ニール、僕に任せてくれるよね?」


 灰色の瞳には死への恐怖など一かけらもない。宿っているのは、何があっても己の使命を果たそうとする強い決意だ。

 ニールは力強く頷いた。


「ああ、任せるよエンディ。また後でな」


 エンディはにっこりと笑い、魔法で無数の蝶を作って部屋中に放った。魔物の注意が逸れた隙に、ニールと残った仲間たちは更に上を目指す。

 ひとり残ったエンディは再びフードを被った。再び魔力を操り形を描く。


「空と大地の覇者、天馬の騎士よ! 竜の魂が眠りし塔に巣食う魔を退けよ!」


 魔力で生み出したのは剣と盾を携えて甲冑をまとい、角と翼が生えた馬に(またが)った騎士だった。かつてこれを生み出した際には魔力も体力も著しく消費してしまったが、今なら目の前の魔物を一掃することもできるはずだ。自警団の一員として過ごす中で磨き上げた魔法の腕を父や兄が見たら何と言うだろう。

 そして自らも、魔力で作り上げた大鎌を強く握った。


「我が名は死神騎士、光と闇の狭間で踊る者!」


 高らかに言うと同時に魔力を流し込む。鎧の騎士が剣を掲げ、馬を駆って魔物たちに突っ込んでいった。


***


 長く続く階段を、ニールは息を切らしながら昇り続けた。塔の四階から更に上に伸びる階段は外へと繋がっている。おそらくこれを昇りきれば頂上だ。

 だがまたしても魔物の群れが行く手を阻んだ。


「……結局こうなるんですね」


 ゼレーナがぼやき、魔法球を掲げた。


「後はあなたたちだけでも何とかなるでしょう。わたしの代わりにあの(くず)貴族に目にもの見せてやってください」

「……ニール、フランさんをお守りする役目は貴方に預けます。頼みましたよ」


 ルメリオがそう言って帽子を深く被り直し、ゼレーナの隣に並ぶ。


「ゼレーナさんは、私が命に代えてもお支えします」


 それを聞いたゼレーナがぎょっとした顔でルメリオを見た。


「ちょっと、別にあなたに残ってくれなんて頼むつもりはないですけど!」

「貴女を置いてはいけません」


 がんとして譲らないルメリオにゼレーナは痺れを切らし、荒っぽくニールとフランシエルの方を振り返った。


「とにかくさっさと行ってください! 全力は尽くしますが、いつまで持つか保証はできませんよ!」

「ゼレーナ、ルメリオ、ありがとう!」


 ここに彼女らを残して行くなら、フランシエルと二人でエルトマイン公爵と対峙しなければならない。公爵がどんな手を用意しているかは未知数だ。だが怖気づいてなどいられない。頂上にたどり着くまでの道を仲間たちが切り開いてくれたのだ。ニールとフランシエルに希望を託して。

 ニールはフランシエルの手を引き、頂上へ延びる階段を目指した。ルメリオが二人の周りに魔法のつる薔薇の壁を作ってくれたおかげで魔物の妨害を退けることができた。

 ゼレーナは敵意むき出しの魔物たちを見て小さく(うめ)いた。厳しい戦いになりそうな上に、厄介な男が隣にいる。


「何でこんな時まであなたと一緒にいなくちゃいけないんですかね」

「こんな時だからこそ、でしょう?」


 ところで、とおもむろにルメリオが切り出した。


「ゼレーナさん、もし無事に王国に帰れたなら……いちど二人きりで食事などいかがです?」

「はぁ!? 何を寝ぼけたこと言ってるんですかこんな時に!」


 どう考えても魔物に囲まれながら言う台詞ではない。斜め上を行くルメリオの言動に毒気を抜かれたゼレーナは長いため息をついた。それと同時に妙に体が軽くなった。余計な緊張がほぐれたらしい。


「……生きて帰れたら、考えてあげないこともないです!」


 その返事を聞き、ルメリオの顔がぱっと輝く。


「このルメリオ・ローゼンバルツが貴女の盾となりましょう!」


 その宣言をかき消すかのように、ゼレーナの炎の魔法がさく裂した。

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