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8話 死神現る

 日中は賑やかな王都も、夜中になれば人の気配はぱたりと消える。どの家も頑丈に戸締りがされている。

 頼りになるのは月明りだけという状態のもと、ニールたちは「死神」の行方を追っていた。

 アロンはこの時間帯に出歩けることがよほど嬉しいのか、跳ねるように歩いている。


「ニール、まさか死神が本当にいるって信じてる訳じゃないですよね?」


 ゼレーナの問いに、ニールはぶんぶんと首を横に振った。


「まさか。俺だってそこまで子供じゃないぞ」

「詐欺に引っ掛かりかけたくせに?」

「うっ。そ、それは……あの人がもっともらしく喋るからつい……」


 以前に初めて貧民街を訪れた際、ニールは見知らぬ男に声をかけられた。悪いものに憑かれているから追い払うために壺を買えと言われたのだが、ゼレーナによるとそれは詐欺の常套(じょうとう)手段らしい。


「なあ、あれ何だ?」


 真っすぐに伸びた住宅地の道に差し掛かったところで、アロンが足を止めた。


「ん……?」


 ニールもその先に目をこらした。何とか目視できるくらいの距離、道の真ん中に誰かが立っている。こちらに背を向けており男なのか女なのかも分からないが、フードがついた黒っぽいローブをまとっている。そしてその頭上に、三日月のような形をした鈍く光る刃が見えた。


「死神だ!」


 ジュリエナから聞いた特徴そのままだ。

 ニールの声に気づき死神が振り返った。次の瞬間、手にしていた大鎌が影も形もなく消え去り、死神は脱兎のごとく逃げ出した。


「あ、おい、待て!」


 鎌が突然消えたことは驚きだが、まずは死神の正体を確かめなくては。ニールたちは急いでその後を追った。

 死神は速度を落とすことなく走り続ける。時々、ニールたちの様子を確かめるかのように振り向くものの、攻撃を加えてくる素振りは見せない。


「ニール、どうする!? 矢を使うか?」


 ニールの横を走りながら、アロンはクロスボウを構えている。


「いや、敵か分からない以上、怪我はさせられない!」


 確証はないが死神はおそらくただの人間であるようにニールには思えた。魔物ならその場から消えたり宙を飛んだり、襲い掛かってきてもおかしくない。だが死神は走って逃げているだけだ。敵とみなして攻撃するのは早計すぎる。

 死神を追っているうちに、王都の中心にある広場が近づいてきた。死神は足を止めない。なかなか追いつくことができず、このままでは見失ってしまうかもしれない。


「ゼレーナ、何とか死神を足止めできないか?」


 ゼレーナは息を切らしている。そろそろ限界が近そうだ。


「……これ以上走りたくないので……手加減はしませんよ……」


 ゼレーナが呻くように言い、魔法球を持った手を前に突き出す。すでに広場に足を踏み入れていた死神の目の前で、稲妻がはじけた。

それに驚いた死神はその場に尻餅をついた。


「ゼレーナ、よくやった!」


 ニールたちはやっとのことで死神に追いつき、彼の前に回り込んだ。死神は座ったまま、顔が見えないように手でフードを引き寄せて深くかぶっている。体格はそう立派ではない。


「ご、ごめんなさい。殺さないで……」


 死神が小さな声で言った。まだ声変わりが終わっていない少年の声だ。


「それはあなたの態度次第ですよ」


 走らされたことに腹を立てているらしいゼレーナがきつい口調で言った。死神がびくっと体を震わせた。


「ニール、こいつは魔力を持っています。先ほど持っていた大鎌は生成魔法で生み出したものでしょう」


 だから死神はあっという間に鎌を消すことができたのだ。


「ゼレーナ、怖がらせちゃだめだ。俺たちはお前と話がしたいだけだよ」


 ニールはそう言って死神の前に膝をつき、フードに手をかけた。


「悪いけど、顔を見せてくれ」


 フードをめくり上げる。死神の顔が露わになった。


「ん……!?」


 白い、というのがニールの抱いた最初の印象だった。ほっそりしていてまだ幼さが少し残る顔立ちの少年だが、髪は毛先が少し黒っぽいだけであとは老人のそれのようだ。肌も今まで一度も日光に当たったことがないのかと思うほど、抜けるように白い。瞳は灰色をしている。

 うつむく少年にニールは声をかけた。


「俺の名前はニール。お前は何ていうんだ?」

「……エンディ」

「年は?」

「十四歳……」

「住んでるのは、この辺か?」

「うん……」

「ニール、彼の身の上なんかどうでもいいですから、何をしようとしていたのかさっさと吐かせましょう」


 ゼレーナが腰に手を当て、エンディと名乗った少年を見据えた。その視線を受けてエンディが縮こまる。


「大丈夫。俺たちはエンディを傷つけるつもりはない」

「……僕の顔が気持ち悪くないの?」


 おそるおそるエンディが問うてきた。


「うん? 確かに変わってるとは思うけど、気持ち悪くはないよ」


 ニールが言うとエンディは驚いたような表情を浮かべた。確かに、これほど白い肌と髪なら人目は引くだろう。もしかすると心無いことを言われた経験があるのかもしれない。


「なあ、おまえは死神なのか?」


 アロンが広場の床にぺたんと座り、エンディをまじまじと見つめた。その問いにエンディは首を横に振った。


「違うよ。死神みたいなだけで……僕はただの人間」

「こんな時間に一人で何をしていたんだ?」


 ニールが尋ねると、エンディは目を伏せた。十四歳となれば小さな子供扱いはされないが、それでも夜中に街をさまようのは不自然だ。彼の返答によっては(しか)るべき対応をする必要がある。


「……僕、少し魔法が使えるからその力を何かのために使いたくて……でもこの顔、気味悪がられるから……夜中に街に出て、魔物を退治してたんだ」

「そうだったのか……」


 人の目から隠れて死神に扮し、エンディは王都を守ろうとしていた。しかし彼の姿に恐怖する人がいるのも事実だ。


「なーんだ、死神なんていなかったんだな」

「……で、結局どうするんです」

「はは、そんなの簡単だよ」


 ニールは笑って言った。


「俺たちと一緒にいれば、こそこそ隠れる必要なんてない」

「えっ?」


 エンディがきょとんとして、ニールの顔を見た。


「俺たちもエンディと一緒で、王都を守るために戦ってるんだ。エンディ、一緒に来てくれないか?」

「うん……うん!」


 エンディは大きく頷き、立ち上がった。


「僕、頑張るよ! 皆の役に立つ!」

「ああ、よろしくな」


 その時、四人の頭上を何かがよぎった。


「あれは……」


 蝙蝠(こうもり)のような姿の魔物が五匹、羽ばたきながらニールたちを睨みつけていた。翼を広げた横幅はニールの背丈ほどもありそうだ。


「エンディ、戦えるか?」

「任せて! 冥界より来たれ、死神の大鎌!」


 エンディが唱えると、彼の手の中に身の丈をゆうに超える大鎌が姿を現した。

 空を飛ぶ魔物相手には、アロンの矢とゼレーナの魔法が頼りになる。噛みつこうと突っ込んできたり、攻撃を受けて墜落した個体をニールとエンディが斬り伏せていく。

 四匹は倒せたが残りの一匹が厄介だった。他のものより体がいくらか大きく、動きも素早い。ニールたちの攻撃をやすやすとかわした。


「うー、当たらないぞ!」

「ちょこまかと鬱陶しいですね……!」


 魔物が宙に浮きながら、口を開けた。


「うっ!?」


 ニールの頭の中に、何十人もの人が一斉に鍋や金物を勢いよく叩いているかのような音が響く。魔物が何かを発しているらしく、ニールだけでなく他の仲間も頭を抱えたり、うずくまっている。これでは反撃ができない。


「負けない……!」


 ニールの隣にいたエンディが顔を上げ、上空の魔物の方へ片手をのばした。


「影の国の亡者よ、彼のものを捕らえよ!」


 彼が叫ぶと、空中にぬっと影のような真っ黒な手が現れた。大人の男性のものと同じくらいの大きさの手が四本、魔物の足や翼につかみ掛かる。これもエンディの魔法のようだ。

 魔法の手に捕まった魔物が驚いて身をよじると、ニールの頭の中で響いていた不快な音はやんだ。


「今だ!」


 エンディの合図でアロンが矢を、ゼレーナが氷の塊を魔物に向けて放つ。影の手にがっちり捕まえられ動けない魔物は、それらをまともに受け悲鳴を上げた。


「エンディ、後は任せろ!」


 ニールが言うとエンディは頷いて手を引っ込めた。同時に魔法の手が消え、魔物の体が真っ逆さまに落ちてくる。地に墜ちた魔物に、ニールの剣がとどめをさした。


「やったー! やったぞー!」

「ありがとうエンディ、お前のおかげで助かったよ」

「えへへ……」


 褒められてエンディは恥ずかしそうに笑った。


「あなたの年であれほどの魔法を操れるなら大したものですよ」


 他人に厳しいゼレーナも、今回ばかりは素直な誉め言葉を口にした。自分が使えない生成魔法に興味を引かれているようだ。

 その後ゼレーナの魔法で魔物の死体は焼き払い、エンディという新たな仲間を加えて死神騒動は幕を閉じた。

 アロンとエンディは早々に打ち解け、二人で楽しそうにニールの先を歩いていく。

 ふと気になったことがあり、ニールは隣を歩くゼレーナに尋ねた。


「ゼレーナ、さっきエンディが魔法を使う時にさ、死神の何とか……や影の何とか……って言ってたけど、魔法にはそういうのが必要なのか?」

「いえ、必要ありません」

「そうなのか? じゃあ、あれは何だったんだろう」

「さぁ、そういうのが好きなんじゃないですか? 死神の真似ごとをするくらいですし」

「そうか……」


 新しい仲間は、意外と変わり者なのかもしれない。

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