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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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16話 渦巻く思惑

 固い岩壁に背を預けて座り、ニールは手にした黄色い果物をかじった。

 竜人のセイレムに案内された洞穴の中で、半ば軟禁状態で暮らすこと二日。ゼレーナの魔法で火は簡単に起こすことができ、燃料になるものも洞穴の周りに散らばっているので暖はとれる。近くの水場は体を清められる程の広さがあり、もちろん飲むのに申し分ない。夜間は念のために必ず誰かが起きて見張りをしているが、魔物に襲われることはなかった。

 食料はフランシエルがこっそり採取や狩りを行い、山のふもと付近にあるという自宅で食べられるよう手を加えたものを持ってきてくれた。今も彼女は食事の調達に駆け回っている。手伝えないことがニールには歯がゆかったが、下手に動き回ってセイレム以外の竜人に存在が知られれば命の保証はない。

 果物を二口ほど食べ進めて手を止めたニールの顔を、隣に座っているエンディが心配そうにのぞき込んだ。


「ニール、大丈夫?」

「ああ、ごめん。大丈夫だ」


 ニールは顔を上げ笑って見せた。


「色々考えちゃってさ……どうしてエルトマイン公爵は俺たちを殺そうとしたんだろう、とか」

「そんなの決まってるでしょう。あれにとってわたしたちが邪魔な存在だからですよ」


 ゼレーナが抱えた魔法球の表面を指でなぞるようにしてもてあそびながら言った。


「邪魔って……俺たちはただ魔物から皆を守っていただけなのに、それがどうして邪魔になるんだよ。おかしいじゃないか」

「わたしに言わないでくださいよ。あれの考えてることなんて分からないし分かりたくもない……」


 そこまで言ったところで、ゼレーナはふと手を止めた。


「あの(くず)公爵、わたしたちと初めて会ったときに『我が城へようこそ』ってぬかしてましたけど、それこそおかしな話ですよ。あそこの主は国王のはずでしょう。当の王様はどこで何をしてるんです?」

「王様は、ずっと病気みたいでほとんど表には出てきてないんだよ。もう二年になるのかな……」


 エンディが答えた。国王が(まつりごと)を行える状態にないため、弟であるエルトマイン公爵が王として実権を握っているのだ。

 ルメリオが神妙な面持ちで口を開いた。


「ご病気というのは私も風の噂で聞いていましたが、二年もですか……申し上げにくいのですが、治る見込みは薄そうですね」


 エンディが頷く。


「うん。父さんも同じこと言ってたよ。多分もう長くないだろうって……」

「仮に国王陛下がお亡くなりになれば、まず王位を継ぐのは血を分けた子供のはずです。確か陛下にはご子息がおられると聞いたことがありますが……」

「まだ小さい子供で頼りにならないとかですか?」


 ゼレーナの問いをエンディは否定した。


「ううん。王子様はルメリオくらいの年だったと思う。今は他国に留学してて……もう三年は経つかな」


 それを聞いてルメリオは眉根を寄せた。


「父君が病床にあるというのに戻らないとは……」

「いえ、その王子が単なる親不孝者って線は薄いと思いますよ」


 と、ゼレーナ。


「王位を狙う屑公爵にとって王子はどう考えても邪魔者でしょう。自分の父が病気だと悟られないようにあいつが手を回していることは十分にあり得ます。嘘の手紙を送るとか」


 ニールはそこで、待ってくれと声をあげた。


「言ってることは分かるんだけどさ、それと俺たちのことが邪魔っていうのとはやっぱり結びつかないっていうか……」

「……虹石(こうせき)


 それまで黙って成り行きを見ていたイオがつぶやくように言った。それです、とゼレーナが膝を打つ。


「忘れてました。考えられるのはそれしかありません。虹石を使って魔物を操る……それの背後にいるのはあの腐れ公爵なんですよ。国王がいなくなったらその技術で王国を、いずれは世界を支配してやろうって魂胆なんでしょう」


 その声は段々と怒気を増していった。

 全ての元凶はエルトマイン公爵だ。王都近辺で魔物たちが暴れ回っているのも、罪のない人々が傷つくことも、彼にとっては取るに足りないこと――ニールの胸中にふつふつと怒りが沸き起こる。


「そんなこと、絶対に間違ってる。たくさんの人が傷つくじゃないか……!」

「……お偉方の考えることで割を食うのは、いつだってわたしたちのような地べたを這いつくばって生きる人間ですよ」


 ゼレーナが吐き捨てるように言い、重く長いため息をつく。ルメリオが何か言いかけて口をつぐんだ。

 端から会話に入る気のないギーランは、片腕で頭を支えながら地面にだらりと寝そべっている。その体によじ登って退屈を紛らわしていたアロンが、様子を伺うように仲間たちの顔を見回した。

 重い空気の中、エンディが口を開いた。


「……ということはさ、フランのお父さんはエルトマイン公爵の仲間ってことになるんだよね」


 今はこの場にいないフランシエルを(おもんぱか)ってか、遠慮がちな物言いだった。


「そうでしょうね。どういう経緯で手を組んでいるのかは分かりませんけど」


 ゼレーナが手の上で魔法球をふわふわと上下させながら言った。

 ニールは黙って考えを巡らせた。エルトマイン公爵の野望が魔物を操りイルバニア王国を、ひいては世界中を支配することだとしたら、フランシエルの父親――グレイルはなぜそれに加担しているのだろう。

 グレイルだけではない。ニールたちを捕らえて牢獄へと閉じ込めた騎士たち。彼らは公爵の企みを知っていながら命令に忠実に従っているのだろうか。


「どうしてエルトマイン公爵の味方をしてる騎士もいるんだろう……」


 ずっと憧れの存在だった騎士たちから受けた冷たい仕打ちを思い出すだけで、ニールの心は暗くなる。

 エンディが再び口を開いた。


「ニール、これは僕も又聞きしただけの話だけど……騎士の中には『反国王派』がいるんだって」

「……どういうことだ?」


 ニールはエンディの顔をまじまじと見た。騎士は国王に仕える者のはず。少なくともニールの中ではそうだった。


「今の騎士隊長たちは、まだ元気だった時の王様が選んだ人だ。本当に実力はある人たちだけれど……騎士の中には反発した人が結構いたらしいよ」


 弓術士隊のユーリウスはまだ子供といえる年齢での就任、魔術師隊のエカテリーンは騎士団でただ一人の女性。そして剣士隊のベルモンドは元傭兵だ。

 騎士になれるのは基本的に、推薦状を発行してもらえる一定以上の家柄出身の者だけと定められている。故に小さな村の生まれであるニールはその夢を掴めなかった。

 家を継ぐのは男の長子であるべき、若い者は見習いとして年長者の代わりに雑用もこなすべき――その慣習が根強い騎士団の中には家柄や年齢を重視する人間が少なくないのだという。

 そういった者たちが反国王派となりエルトマイン公爵についているのではないか、というのがエンディの見解だった。

 それを聞いたゼレーナが顔をしかめた。


「わたしが入ってたら(ろく)な目に遭ってませんね。断って良かった」

「もちろん僕の父さんや兄さんはそんな人じゃないし、僕だって同じだ。ニールに騎士になって欲しいって思うよ」

「……ありがとな、エンディ」


 ニールが笑うと、エンディも照れたような笑みを返した。

 その時、出かけていたフランシエルが洞穴に転がりこんできた。


「フラン、どうした!?」


 ニールが問うと、彼女は息を切らしながら答えた。


「魔物が出たの! ちっちゃい子やお爺ちゃんお婆ちゃんがたくさん住んでるところで、手が足りなくて」

「皆、行こう!」


 フランシエルが言い終わるより前に、ニールは仲間たちに声をかけた。イオ、エンディ、ルメリオがさっと出発の支度をする中、ゼレーナも立ち上がった。


「ここで恩を売っておけばもう少しまともな食事くらいは出してもらえますかね」

「おっさん、おきろ!」


 アロンがまどろむギーランの体を揺さぶる。不意打ちに驚いたギーランは顔を地面に軽くぶつけ、不平を垂れ流しながら傍らに置いてあった戦斧(せんぷ)に手を伸ばした。


「フラン、案内してくれ」


 フランシエルが頷き洞穴の外へ駆け出す。ニールたちも後に続いた。

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