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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
三章 自警団と虹の石
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12話 牢獄の自警団

 きらびやかな晩餐(ばんさん)会から一転、ニールたちが連れて来られたのは暗く冷たい地下牢だった。独房にまとめて押し込まれ、無情にも鉄格子の扉が騎士によって閉められる。


「どうして騎士がこんなことを!」


 ニールの叫びに騎士は誰一人答えず、地下牢を後にする。ニールと仲間たちは閉ざされた世界に置き去りにされてしまった。


「何なんだよ、おれたち、悪いことなんてなにもしてないだろ!」


 アロンが悲痛な声を上げる。


「全て罠だ。最初から俺たちを油断させて殺す気だった」


 イオが言い、鉄格子の錠前と己の両手にはめられた(かせ)を見て舌打ちをする。

 エンディがその場にへなへなと座り込んだ。


「僕たち、これからどうなるんだろう……」


 答えたのは同じく冷たい床の上に座るゼレーナだった。


「飢え死ぬまでほっとかれるか、着の身着のままで放り出されて魔物の餌になるか、絞首台送りってところですかね」


 それを聞いたニールはいても立ってもいられず、全力で鉄格子にぶつかった。鈍い音が響いたがそれはびくともしない。


「やめなさいニール、そんなことをして開く訳がないでしょう」


 ルメリオの制止も聞かず、ニールは檻にぶつかり続けた。脱出しなければ待つのは死だ。仲間たちを巻き込むことだけは許せない。しかし扉が破れる気配はなく、ニールの体が痛みに震えるだけだ。

 それでも諦めないで向かっていこうとするニールと鉄格子の間にイオが割って入った。


「よせ。下手に暴れて見張りにばれたら今ここで全員殺されてもおかしくない」


 ニールははっとして止まった。頭が冷えていくのと同時に強い自責の念が押し寄せる。体から力が抜け、ニールはその場に崩れ落ちた。


「……ごめん、全部俺のせいだ」


 力なく垂れた両腕を縛る枷がひどく重い。


「俺がいなかったら……皆、こんな目に遭うこともなかったのに……本当にごめん、俺が何もかも悪いんだ……」


 ニールの志を理解し自警団の一員、そしてかけがえのない友人としてここまでついてきてくれた仲間たち。彼らはニールが道を誤りそうになった時には正そうと真剣に向き合い、迷っている時には励まし背中を押してくれた。いつでも彼らに助けられてきた。しかし今、彼らはこうして囚われ死の危険に晒されている。

 魔物の体から得た虹石(こうせき)を見て、鍛冶師のゴルドンは深入りするなと忠告してきた。魔物を操る男も、フランシエルを通じてこれ以上関わるなと告げた。それらを聞き入れなかったニールが仲間たちを死に追いやったも同じだ。


「……ニール、お願いだからそんな風に言わないで」


 フランシエルがニールの正面まで来て膝をついてしゃがみ、ニールと目線を合わせた。


「ニールがいたから助かった人はたくさんいるよ。今までいっぱいありがとうをもらってきたの、忘れてないでしょ? それにあたしだってニールに出会えてなかったら、ずっと独りぼっちのままだったよ。ニールが友達になってくれたの、すごく嬉しかった」


 ニールと同じく手枷をはめられた身でありながら、彼女は気丈にニールに微笑みかける。


「ニールのせいじゃないよ。だから自分なんかいなければ、なんて思わないで。あたしはニールに会えて良かったって思ってるよ」

「フラン……」

「ニール、僕と初めて会った日のこと覚えてる?」


 エンディがニールの傍まで来て、寄り添うようにして再び座った。


「僕の髪の毛や顔を見ても、ニールは少しも気味悪がらなかったよね。僕の病気のことを知っても、ニールは変わらず仲間として接してくれた。僕がきっと死ぬまで手に入らないだろうなって思ってたものを、ニールは全部くれたんだ」

「おれ、ニールのこと大好きだぞ。おれの相棒を直すためにがんばってくれたの、ずっと覚えてるからな」


 喉元に剣を突きつけられるという恐怖を味わって間もないアロンも、涙の一粒も零さす懸命にニールを励ます。

 ゼレーナが小さく息をついた。


「あなたを散々に責めたらここから出られるというのなら迷わずそうしますけど、違いますからね。それならせめて真っ当な人間として死んでやりますよ。あの腐れ貴族と同類になるのだけは絶対にごめんです」

「死ねってならそれでもいいけどよ、最期にさっきの酒をまた飲ませてくれねぇもんか」


 牢獄の壁に背を預け、足を投げ出して座ったギーランが名残惜しそうに呟く。それを聞いたルメリオが呆れた表情を浮かべた。


「全く、どこにいても変わりませんね貴方は……まあ、私も最期を迎えるならゼレーナさんの腕の中で」

「お断りします。あなたより野良犬を抱えて死ぬ方が何百倍もましです」


 エンディが笑い声をあげた。


「不思議だな……こんな状況でも、皆でいたら大丈夫なんじゃないかって思えてくるよ」

「ニール、まだ死ぬと決まった訳じゃない。今はとにかく体力を温存しておけ。いざという時にお前が動けないんじゃ話にならない」


 絶望的な状況に置かれてなお、イオは己の矜持(きょうじ)を守り続けている。仲間たちは誰一人として悲観的になどなっていない。

 ニールは彼らの顔を見渡した。エンディの言う通り、皆で固まっていれば全て上手くいくような気がしてきた。


「……そうだな。ありがとう、皆。落ち込んでたってどうにもならないよな」


 全くです、とゼレーナが頷いた。


「ただでさえ湿っぽい場所なんですから、それを余計にひどくするようなことはやめてください」


 体力を削らないよう、ニールたちは一様に床に座り動かずにいた。明かりは牢の外の壁に取り付けられた松明(たいまつ)だけだ。それが燃え尽きれば真っ暗になってしまうだろう。

 どこからか隙間風が吹いてくる。寒さを防ぐためアロンはギーランにぴったりくっついていた。ニールもフランシエル、エンディと背中を寄せ合った。


「僕たちがここに来てどのくらい経ったんだろう。もう朝かなぁ?」

「どうだろうな……外が見えないから何も分からないな」


 ニールたちから見える範囲に窓はない。時間の感覚が曖昧だ。少なくとも夜が更けてきた頃のはずだが、ニールに眠気は来なかった。

 牢獄の鉄格子に張り付き、その錠前と己の手にはめられた枷を調べ続けていたイオがぴたりと動きを止めた。


「静かに、誰か来る」


 話すのを止め、ニールは耳を澄ませた。かすかな足音が聞こえてくる。大所帯ではなさそうだった。騎士がニールたちの様子を見にやってきたのだろうか。

 暗闇の向こう側に小さな光が灯った。それはわずかに揺れながらニールたちが囚われている牢獄へ近づいてくる。

 やがて足音の主の正体が分かったとき、ニールは驚き息を飲んだ。


「テオドール……!?」


 ランプを持った見習い騎士のテオドールは唇に人差し指を当てて首を横に振ってみせた後、片手を懐に差し入れて鍵を取り出した。それを牢獄の錠前に使うと、がちゃりと音が響いた。

 テオドールはニールの元に歩み寄り、別の鍵でニールの手枷を外した。自由になったニールの手に彼はその鍵を握らせた。


「全員の分を外せ。急げ」


 言われるがままニールは受け取った鍵で仲間たち全員の手枷を外した。鍵をテオドールに返すところで、辛坊たまらずニールは口を開いた。


「どうしてテオドールが」

「うるさい。無事に出たければ一言も喋るな」


 テオドールは小声ながらぴしゃりと言い放ち、ついて来いと身振りで合図をした。

 いまいち状況は掴めないままだが、とにかく牢獄からは出られた。ニールたちは急いで彼の背中を追った。


***


 王城の地下に明かりはなく、テオドールが持つランプだけが頼りだった。ニールたち以外に人の気配はしない。廊下は入り組んでいるが、テオドールは迷うことなく進んでいく。

 三つ目の角を曲がったところにある古ぼけた扉の前でテオドールは足を止めた。履いていたブーツの中から小さな鍵を取り出しその扉を開ける。そこは棚や木箱、何かがいっぱいに詰められた麻袋がいくつも置かれた小さな部屋だった。食糧庫だろうか。

 テオドールは右の隅にある両開きの棚に近寄るとそれを開いた。彼が持つランプの明かりを受けて、中にあったものがぎらりと鈍く光る。

 騎士たちに取り押さえられた際に奪われたギーランの戦斧(せんぷ)、フランシエルのグレイブ、ルメリオの杖、そしてニールの剣が立てかけるようにして棚の中に納まっていた。


「早く取れ」


 テオドールが指示し、今度は部屋の左の隅まで走ると積み重なっている木箱をせっせと床に降ろし、下段にあったものを押しながら戻ってきた。


「残りはこの中だ」


 木箱の中にはアロンのクロスボウ、ゼレーナの魔法球、イオの双剣と、彼がいつも携帯している薬草や小道具の類が入った袋があった。アロンが手を伸ばし、離れ離れになっていた相棒を手に取る。破損がないことを確かめ、彼はそれを大事そうに抱えて安堵のため息を漏らした。

 各々が武器を身に着けたところで、テオドールはニールたちを自分の近くに呼び寄せた。


「今から言うことをよく聞け」


 小声で彼が話し始める。


「お前たちを外に逃がす。今は真夜中を少し過ぎた頃だ。少なくとも朝が来るまでは足を止めずに逃げ続けろ」

「どうしてテオドールがそこまで」


 テオドールはニールを睨みつけた。


「僕の考えじゃない。ベルモンド隊長のご意志だ。お前たちはここでくたばるべきではないというお考えなんだよ。僕はただその指示に従っているだけだ」

「ベルモンド隊長の……?」


 騎士団長の一人――ベルモンド・ヴァンゲントは、エルトマイン公爵の企みに気づいていたというのか。聞きたいことは山ほどあったが、テオドールはそれを許すまいとするように話し続けた。


「騎士の一部はエルトマイン公爵側についている。だが隊長のお三方は今も国王陛下の忠臣だ。王国でお前たちの安全が確保できる状態になったら、国王派の騎士がどうにかしてお前たちを見つけ出して帰還指示を出す。それまでは何とか耐えろ。分かったな」


 ニールたちの返事を聞く前にテオドールは部屋の左の壁際に置かれた棚に歩み寄り、それを横から強く押した。じりじりと棚の位置がずれ、一枚の扉が姿を現す。テオドールはそれを開いた。その先は暗くてよく見えないが、上り階段になっているようだった。


「この先の突き当りの扉から外に出られる。急げ」

「イオ、先頭を頼めるか?」


 ニールが言うとイオは頷き、階段を駆け上がっていった。ギーランと彼の服の裾をしっかり握ったアロンが続き、ルメリオがゼレーナとフランシエル、エンディを先に行かせてその後を追う。一人残ったニールはテオドールの方に顔を向けた。


「テオドール、俺たちのために危険な役目を引き受けてくれてありがとう」

「言っただろう。すべてベルモンド隊長の指示だ」

「それでも、ありがとう。必ず生きて戻って、ベルモンド隊長にも直接お礼を言うよ」

「……ニール、絶対に死ぬな。僕に負けるまでは何が何でも生き延びろ」


 ニールはテオドールに笑いかけた。彼の存在がこんなにも心強く思える日が来るなんて考えもしなかったことだ。


「約束する。テオドール、また会おうな」

「ほら、さっさと行け! でないと置いて行かれるぞ」


 テオドールがぐい、とニールの背を押す。ニールは前につんのめりかけたが態勢を立て直し、階段を昇っていった。少し進んだところで振り返ったが、扉は閉じられテオドールの姿は消えていた。

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