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7話 楽しい魔法講座

「むぅぅぅぅぅぅ……」


 テーブルの上に置かれた透明な玉の上に手をかざし、アロンが懸命に念じる。しかし玉には何の変化もない。

 やがてアロンは息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。


「だめだぁ、なんにも起こらないぞ……」

「だから言ってるでしょう。あなたにはできないって」


 その向かいに座ったゼレーナが頬杖をつきながら言った。


「ゼレーナはできないできないってそればっかりだ! もしかしたらできるかもしれないだろ!」


 足をばたばたさせて抗議するアロンを、ゼレーナは気怠そうな表情で見るだけだった。


「魔法には生まれ持った才能が必要なんです。それがなければどれだけ努力しても魔術師にはなれません」

「その才能があるかは、どうやって分かるんだ?」


 同じテーブルについて、二人のやり取りを見ていたニールが問うた。

 ニールたちは宿屋「月の雫亭」を拠点にし、警備が届きにくい一般の王都の民が住まう区域の見回りを行っている。この数日は平和な日々が続いており、ゼレーナが住んでいる貧民街も魔物が関わる騒ぎは起きていないらしい。

 ニールの疑問に、ゼレーナは答えてくれた。


「魔法を使うことができるのは魔力を持った人間だけです。魔力を持つ者は他の人が持つ魔力を感じることができますが、あなたたちからは何も感じません。だから無理だと言っているんです」


 ゼレーナは手を伸ばし、アロンの前にあった透明な玉を自分の方に引き寄せた。ニールの目にはそれがとても神秘的なものに映った。


「それって、占いの道具なんだよな?」

「そうですが、ただの玉ではありません。魔法の威力を高めてくれるものです。『魔法球』と呼ばれています」


 以前ゼレーナはこの玉の力を借りずに魔法を放っていたが、それを介することによりもっと強い魔法が使えるようになるのだ。

 少し不貞腐れていたアロンが前のめりになった。


「じゃあさ、ゼレーナは火と氷以外は何を出せるんだ? うまいものも出せるのか?」

「何でそうなるんですか。魔法は万能じゃないんですよ。魔法はいくつかの種類に分けられていて、それぞれできることが違うんです」

「その種類っていうのは?」


 ニールは更に尋ねた。何せ魔法使いに会うのは初めてのことだ。自分に魔法の才がないと分かっても、興味は尽きない。


「ずいぶん勉強熱心なことで……大きく分けると四つあります。一つは『自然魔法』、わたしが主に使うものです。自分の中にある魔力と、空気中にある魔力をすり合わせて意図的に火を起こしたり、氷を作ることができます。あとは風や小さな雷を発生させることも可能です」


 ゼレーナは続いて、魔法球を手のひらに乗せた。一瞬の間の後、玉がふわりと宙に浮きその場を漂い始めた。


「すげー!」


 アロンが目を輝かせた。ニールもその光景に思わず呆気にとられた。


「これは『操作魔法』、ものを魔力で動かす魔法です。わたしはこの程度のことしかできませんが、この魔法に秀でた魔術師は大木を動かしたり、馬なしで馬車を走らせることもできるとか。あとは自分の体に魔力を流して、身体能力を高めることも可能です」


 ゼレーナが魔法球の下で手のひらを広げると、それはすとんと彼女の手におさまった。


「あとは『生成魔法』、魔力そのものを何かの形にする魔法です。例えば、剣や盾など。わたしは残念ながら扱えません。最後に『治癒魔法』、これはかなり特殊なもので傷を癒す魔法です。治癒魔法が使える者は本当に少ないと聞いています」

「ゼレーナが生成魔法や治癒魔法が使えないのは、練習をしていないからなのか?」


 ニールの問いに、ゼレーナは首を振った。


「それぞれの魔法にも持って生まれた才能が必要です。わたしには自然魔法と、少しの操作魔法の才しかありません。ある程度は修行で伸ばせますが、大部分を決めるのは素質です」


 魔力を持って生まれることが大前提、多くの魔法を使いこなすにはさらに才能が必要。魔術師の世界はかなり厳しいようだ。


「さて、これだけ真面目に説明したんですからお分かり頂けましたよね?」

「わっかんない!」

「はは……なかなかピンとこないものだな……」


 二人の反応にゼレーナは大きなため息をついた。


「……今までの時間は何だったんですか。まあ、生成魔法も実際に見てみないことには分かりにくいでしょうけれど」

「でも、聞いててすごく面白かったよ。説明してくれてありがとう」

「ふふ、ニールくん、随分楽しそうねぇ」


 宿屋の女主人、ジュリエナがにこにこしながらニールたちが座るテーブルに近づいてきた。


「ジュリエナさん、騒がしくしてごめん」

「全然騒がしくなんかないわぁ。賑やかでわたしも嬉しいわよ」


 ところで、とジュリエナが改まった様子で切り出した。


「頑張ってるニールくんたちにちょっと相談なんだけどぉ……」

「俺たちできることなら何でもするよ」

「実はねぇ、最近、夜中になるとこの辺りに怪しい人がうろうろしてるらしいの」

「人? 魔物じゃないのか?」

「それがねぇ、はっきりした姿を見た人がいないから、人間なのか魔物なのか分からないみたいなのよ。でも、うちに来るお客さんが何人か怪しい影を見たらしいの。ゼレーナちゃんみたいなローブ姿で、大きな鎌を持ってたって……」


 月の雫亭は宿屋の他に酒場も兼ねており、夜になると近くに住む民が酒を片手に談笑するために訪れる。多くの噂話が飛び交うはずだ。


「ローブに、大きな鎌……死神みたいだな」

「そうなのよぉ。死神が出た、不吉だって皆、気味悪がっちゃってて」

「死神ってなんだ? お化けか?」


 アロンの質問に、ニールは首をひねった。


「うーん、お化けとはちょっと違うな。人が死ぬのは死神が魂を持っていくからだ、って言われているんだよ」


 ニールは幼い頃、村に住む老人から死神の言い伝えを聞いたことがあった。真っ黒な装束をまとい、手にした大鎌で人の魂を刈り取るのだという。大抵は老いた人間が対象だが、気まぐれに若者や子供も狙われる、夜中にいつまでも起きていたり、いい子にしていないと死神に見つかる……といった話だ。聞き分けのない子供を戒めるための作り話だと思っていたが、王都でも死神の話はある程度知れ渡っているらしい。


「馬鹿馬鹿しい。そんなものがいるわけないでしょう。何かの見間違いですよ」


 ゼレーナはいかにも興味がない、といった様子だ。


「でもねぇ……何人も同じ姿を見てるっていうし……」

「実際に誰かが殺された訳でもないんでしょう?」

「それはそうなんだけどぉ……」


 確かに、もしも王都で連続で不審死が相次いだとなればもっと大ごとになっているはずだ。しかし怯えている人がいるのは事実で、もしかすると魔物が絡んでいるのかもしれない。


「分かったよジュリエナさん、俺たちで調べてみる」

「ほんとぉ?」


 それを聞いてゼレーナが露骨に顔をしかめた。


「何でわざわざそんなことを……魔物退治とは関係ないでしょうに」

「本当に魔物が関係していないとも言い切れないじゃないか」

「だからって……」

「あー分かったぞ。ゼレーナ、死神がこわいんだろー?」


 けらけらと笑うアロンをゼレーナがきっと睨みつけた。


「まったく生意気な子供ですね。存在していないものを怖がる必要がどこにあります? 分かりましたよ、死神なんていないってことを証明してやりますよ」

「死神でも魔物でも、おれたちでやっつけてやろうぜ!」


 アロンもゼレーナもやる気になったようだ。

 ニールたちは死神が出るという夜中の訪れを待つことになった。

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