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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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37話 太陽は輝き、月は微笑む

 全身を駆け巡る血が熱く煮えたぎっているような感覚に身を任せ、イオは無心で体を動かした。

 イオが故郷を飛び出して一年も経っていないが、ソルの腕は記憶にあるより更に上がっている。だがイオとて決して引けを取らない。どちらも相手に決定的な一撃を与えられないまま時間だけが過ぎていく。

 後ろに飛び退いたイオを追うようにソルが輪刀の一つを投げつける。イオに避けられたそれは意思を持っているかのように弧を描いて持ち主の手に戻った。

 イオの全身から汗が吹き出す。これほどまでに緊迫した戦いは故郷を捨てて以来だ。手にした曲刀の切っ先がソルの服の袖に掠り破れた。

 負けられない、負けたくないと心が叫ぶ。だが同時にイオの脳内は高揚感で満たされていた。

 イオが刃の民として生きていたあの頃、いつの間にか当たり前になっていたソルとの日常。成長するにつれ家を背負う者としての重責に支配され、忘れてしまっていた感覚。

 本当は楽しかった。血を吐くような辛い修行の中でソルと手合わせをしている時間は、全てから解き放たれたような気がしていた。なかなか超えることができない壁に何度も立ち向かう時、生きている実感を得られた。才能に恵まれたソルはイオにとって羨望と嫉妬の対象だったが、彼と刃を交える時のイオは誰よりも自由だった。

 一層甲高い音を立てて、二人の武器がかち合う。イオの腕が震えた。

 二人同時に後ろへ軽く跳躍し、得物を構えたまま睨み合った。


「……どうした、来ないのか」

「……はは、君の方こそ」


 ソルが口元に笑みを浮かべる。だが輪刀を前に突き出したまま彼は動かなかった。


「先に動いた方の勝ちだ」


 額に汗を伝わせながらイオは静かに言った。もう体力は限界だ。あと一手、相手に動かれればそれを止める力は残っていない。


「そうだね」


 荒い呼吸と共に肩を上下させながらソルが答える。

 流れる沈黙。吹き抜ける一陣の風――そしてイオとソルの体は、同時に地面にくずおれた。

 

「……また勝てなかった」


 仰向けになったソルがつぶやく。その声には怒りや悔しさではなく満足感がにじみ出ていた。


「いっつもそうだ。君には勝てないんだよ、イオ」

「……俺も、お前には勝てない」


 同じく地面に寝転がり天を仰ぐイオの視界を、一面の澄み渡る空が独り占めしている。


「ずっとお前が羨ましかった。俺にないものをお前は全部持っているから。どれほど努力しても、お前を追い越すことができなかった」


 身体能力だけではない。他人のため己の命を危険に(さら)すことも(いと)わない心の強さ、そして自分の力を鼻にかけず、閉鎖的な世界に生まれ育ってなお自由な心を持ち続けられること――それらを持つソルは、イオにとってはずっと眩しい太陽のようだった。

 あはは、と笑う声がイオの耳に届いた。


「僕だってずーっとイオが羨ましかった。何があっても動じなくて、一つの目標に向かって頑張り続けられる君のことが。刃の民であることにしっかり誇りを持ててる君は本当にすごいと思ってた」


 二人して静かに呼吸を整える。鼓動が段々と平常時の速さに戻っていくのを見計らい、イオは再び口を開いた。


「……ソル」

「分かってるよ。僕たちのところに戻るつもりはないんだろ?」


 イオの言葉を遮ったソルが続ける。


「さっき、君のことを色々と聞いたよ。イオはもう大事な場所を見つけてる。今の君を大切にしてくれる人たちがあんなにたくさんいるんだ。これからも彼らの力になってあげるべきだよ」


 その口調は徐々に寂しさを帯びたものに変わり出す。


「あーあ。やっぱり君が羨ましいなぁ。イオ」

「……ソル、無責任に聞こえるかもしれないが、お前なら絶対に何でもできる。刃の民の生き方を今よりもっといい方に、お前なら変えられる」


 研ぎ澄まされた刃として生きる運命を背負っていても、必要以上に苦しめられることのないような新しいやり方をつくる――それは決して簡単なことではない。だがソルはいつかきっと、すべての刃の民たちの太陽になれる。イオは確信していた。


「……一人は不安だけど、君が言うならそうなんだろうね。イオは、誰よりも僕のことをちゃんと見てくれていたから」


 二人は住む世界を違えた。ソルとこうして刃を交える機会はもう訪れないだろう。勝敗をつけることはできなかったが、全力を出して戦いきったイオに悔いはなかった。

 土を踏む足音が近づいてくる。その次にはニールの姿がイオの視界を覆った。


「イオ、大丈夫か?」


 イオの顔を覗き込むニールが、心配そうに手を差し伸べてくる。イオはその手を取らずに自力で身を起こした。


「すまない。疲れて動けなかっただけだ」


 戦いの果て、いくつか擦り傷や切り傷はあるが大したものではない。

 ソルも上半身を起こしていた。その隣にルメリオが片膝をつき、杖をソルの体にかざす。癒しの魔法が彼を包んだ。


「わ、す、すごい……ありがとう」

「どういたしまして」


 続いてルメリオはイオの横へ来て同じように杖の先を向けた。


「俺はいい」

「今日くらいは大人しくなさい」


 ルメリオが諭すように言い魔力を使う。全身が温かい空気に包まれたかと思うと、傷はすべて綺麗に消えていた。


「……ありがとう」

「素直でよろしい」

「イオ、すごくすっきりした顔してるな」


 ニールがにこやかに言う。逃げたイオを彼が追って来なければ、この先もずっと濁った気持ちを抱えて生きていかなければならなかった。


「……ああ。楽しかった」


 イオはそう言って、ソルの方へ視線を移した。幼馴染も晴れやかな顔をしてしっかり頷いた。


***


 日が傾きかける頃、ニールたちはソルを見送るため彼と最初に出会った森の入り口を訪れた。


「せっかく会えたのにもうお別れだなんて……」


 肩を落とすフランシエルに、ソルは微笑みかけた。


「僕も残念だけれど……任務でもないのにあんまり長く家を空けると色々と厄介なんだ」


 彼が帰る刃の民の住処はどこにあるのか、ニールたちがそれを知ることはこの先もないだろう。


「ニール、それに他の皆も本当に色々とありがとう」

「俺たちも会えて嬉しかったよ、ソル」

「……今後は会うようなことがないといいんですけれど。あなた個人はさておき、あなたが属してる集団はまともじゃなさそうなので」


 ゼレーナの辛辣な言葉を聞き、ソルはあははと声を上げて笑った。


「そうだね、気を付けて。刃の民に出くわすと(ろく)なことがないから」


 彼はそう言ってイオの方を見た。笑顔が寂し気な色をにじませる。


「……イオ、元気でね」

「……ああ」


 イオが返したのは一言だけだったが、ソルには十分だったようだ。最後にニールたちの姿をもう一度見渡してから、彼は地面を軽く蹴って森の奥へ吸い込まれるように消えて行った。


「すげー、消えちゃったぞ!」


 アロンがきょろきょろと見回したが、ソルの気配はもうどこにもない。彼が姿を消した森は再び静けさを取り戻している。

 その方向を黙ってじっと見つめるイオに、ニールは呼びかけた。


「イオ」

「……すまない。迷惑をかけた」

「気にするなよ。それより、ソルと一緒に行かなくて本当に良かったのか?」


 片目を失明し価値のない存在として扱われることに耐えられず、かつてのイオは故郷を飛び出した。ソルと和解したことで再び刃の民として生きる道も示されたのだが、彼はそれを断り故郷と決別することを決めた。


「ああ。俺が一度逃げたという事実は消えない。ソルの(かせ)にはなりたくない」

「そっか……イオが納得してるんなら、それが一番だ」

「だが……俺は、これからもお前たちと共にいていいのか」


 彼らしからぬ言葉に、ニールは目を丸くした。最初にイオが自警団の一員になった際は、「気が変わるまで付き合う」という姿勢だった。それに彼はいつも孤独を優先するたちだ。


「えっ、それはもちろん。イオさえ良ければ俺たちの仲間でいて欲しいよ。皆もそう思うよな?」


 フランシエルが笑顔で頷く。

 

「うんうん、イオってあんまり喋らないけど頼りになるし!」

「刃の民の技術をこれからも近くで見られたら嬉しいな」


 エンディも目を輝かせる。反対する者は誰もいなかった。


「っていう訳だから、これからもよろしくな。イオ」

「ああ……よろしく」


 そう言ったイオの口角はほんの少しだけ――上がっていた。それを見たフランシエルとルメリオがあんぐりと口を開ける。いつも冷静なゼレーナも目をぱちくりさせた。


「イ、イオが笑った!?」

「……青い薔薇より貴重なものを見てしまったかもしれません」

「あなたの表情筋はとっくの昔に死んでいるものと思っていたんですが」


 ニールも驚きを隠せなかった。ざわつく一同を見たイオは決まり悪そうに顔を背け、ニールたちの間をすり抜けてすたすたと歩きだした。


「先に戻る」

「あ、待てよイオ! ごめんって!」


 親友が去っていった方を振り返らず歩みを止めないイオを、ニールたちは慌てて追いかけた。

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