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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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33話 その名は刃の民

 道すがら全員で簡単な自己紹介をすませ、ニールたちは森の中の開けた場所で輪になって座った。イオはソルの隣に来ようとせず、距離をとっている。

 長い話を聞くのはごめんだとギーランが周囲の警戒をかって出た。アロンが彼の後に続き、二人で木々の中に消えていった。

 ニールはソルの方に顔を向けた。一応、彼の武器はまだニールが預かっている。


「それで、イオとソルは知り合いってのは分かったけど……同郷なのか?」

「そうだよ……イオは本当に、君たちに何も言ってないんだね」


 ソルは真剣な顔つきになり、ニールたちをぐるりと見渡した。


「お願いだ。今から話すことは絶対に、他の人には漏らさないで欲しい。それに従えないなら……僕は君たちに刃を向けなければならなくなる」

「分かった、絶対に漏らさないよ。約束する。そうだな?」


 ニールが念を押すと、仲間たちは全員頷いた。


「ありがとう」


 ソルの表情がいくらか緩んだ。


「不安にさせてしまったようだから、先に正体を明かすよ。僕とイオは『刃の民』と呼ばれる一族の出身だ」

「や、刃の民!?」


 それを聞いたエンディが素っ頓狂な声を上げ、慌てて自分の口を塞いだ。


「エンディ、知ってるのか?」

「ええと……刃の民っていう人たちがいるのは知ってたんだけど、実際に会うのは初めてだよ」


 いくらか声量を落としているが、口調からは興奮が伝わってくる。


「刃の民は『完全中立』の一族なんだ。どの国にも属していなくて、そもそもどこに住んでいるのかも公にされていないんだよ。知っているのは各国のかなり上の立場の人たちだけ。依頼に応じて仕事を受けて、その報酬で暮らしてるって話だ」

「一族ぐるみで傭兵稼業をしてるってことですかね?」


 ゼレーナが問う。ソルに代わってエンディが話し続けた。


「それに近いけれど、刃の民は厳しい修行を積んでいて本当に何でもできるんだ。戦いはもちろん、護衛、諜報、暗殺……実力が高い刃の民なら、七日間雇うのに必要な報酬は小さな城が一つ建つくらいとも言われてるんだって」

「そ、そんなにかかるのか!?」


 ニールは驚いてイオの顔をまじまじと見た。イオがその刃の民だというなら確かに、どこかも分からない場所に放り出されても顔色ひとつ変えなかったことにも納得がいく。今まで彼をタダ働き同然で行動を共にさせていたが問題ないのだろうか……ニールの背を冷や汗が伝う。


「イオごめん、俺なんにも知らなくて……報酬とか全然払えてない」

「……構わない。お前たちと会った時には既に、俺は刃の民ではなかった」


 どういう意味だろう。ソルはイオのことも「刃の民」だと言ったはずだが――ソルの表情が少し曇った。


「今、エンディが説明してくれた通りだよ。刃の民はその名の通り、雇い主の剣となり動く。報酬さえ得られるなら僕らは主を選ばない。敵対している国同士がそれぞれ刃の民を雇ったなら、同じ一族でも殺し合いをすることだってある」


 ニールの隣にいるフランシエルが息を飲んだ。


「貴方の素性については理解しましたが、イオを探していたという理由は?」


 ルメリオが尋ねる。


「イオは……刃の民の里から逃げた。その原因を作ったのは僕だ」


 イオは肯定も否定もせず俯いている。ソルが話を続けた。


「刃の民には色々な決まりや、しなければならないことがある。その中の一つが年に一度、十八歳を迎えた者たちを集めて行われる『試練』だ」


 イオは十八歳だ。ソルも同い年なのだろう。


「試練の内容は、くじで決まった相手と一対一で戦うこと。相手を倒せば勝ち上がり、残った者でまた戦う。そして最後まで勝ち抜いた者はその年の『栄誉の証』となる。そうなると高い報酬が得られる仕事を優先的に振ってもらえたり、刃の民の政にも深く関わることができる。刃の民の中にはいくつもの『家』があって、栄誉の証を多く輩出した家は当然ながら優遇されるんだ。」

「その試練とやらで、死人は出ないんですか? 話を聞く限りそういう事態も起こりそうですが」


 ゼレーナが問うと、ソルは小さく頷いた。


「毎年、死者は何人か出る。試練の場で相手を殺しても(とが)められることはない。死んだ者は刃の民に相応しくなかったと見なされるだけだ」

「そんな……!」


 フランシエルが小さな叫びを漏らす。ソルは一旦言葉を切り、続けた。


「……今年の試練で残った最後の二人は、僕とイオだった」


 話を聞いていた者たちの視線がイオの方へ集中する。彼は同じ年齢の若者たちの中で一、二を争う実力者なのだ。


「勝ったのは僕だ。そして……イオの片目を奪ってしまったのも僕だ。イオの剣を僕が弾いた時に、その切っ先が目をかすめて……」


 戦いの果て、イオは命を落とすことこそなかったが代わりに左目を失った。彼の抱える謎がひとつ明らかになった。


「イオは小さい頃から凄かった。僕なんかよりもずっと。誰よりも強い刃の民になることを目指していた。だからイオの家の皆は……イオにとても期待をしていた。長いあいだ栄誉の証を出すことができなかった分、過剰なほどの期待を……」


 未だに顔を上げようとしないイオから、ニールは感情を読み取ることができなかった。


「刃の民として生きる道は厳しいんだ。危険に晒されることが多いのに、体の一部が欠けると『価値無し』と呼ばれてほとんど使われることがなくなるか……捨て駒になるような仕事に送られる」


 家の期待に応えることもできず十八歳で価値無しとなり、立派な刃の民として生きる道が閉ざされた――そのことに耐えられず、イオは故郷を飛び出したのだ。そしてニールたちと出会った。


「もう聞いてられないよ……!」


 先ほどから痛々しい表情でソルの話を聞いていたフランシエルが口を開いた。


「酷過ぎる、こんなの絶対おかしいよ! 同じ場所で生まれたのに殺し合いをしなきゃいけないなんて! ソルはおかしいって思わないの!? やってることが滅茶苦茶だよ! ソルとイオは、友達なんでしょ!?」

「フラン、そこまでにしなさい」


 ゼレーナが冷静に彼女を制した。


「酷いと思うことは自由です。わたしにとっても刃の民の考え方は正気の沙汰とは思えません。ですが何の関係もない部外者が一方的にその考えを否定して、自分の主張を押し付けるのも正しいことではありません。曲りなりにも、彼らにだって大切にしてきたものがあるはずです」


 フランシエルがはっとしてソルの顔を見た。


「ソル、ごめんなさい。あたしソルたちのこと何にも考えてあげられてなかった」

「……いいんだ、フランシエル。ありがとう」


 ソルは穏やかな口調で言った。


「君が僕たちのことをおかしいと言うことも、ゼレーナが刃の民の考えを尊重しようとしてくれるのも、どちらもしっかり受け止めるべきことだ」


 真剣な面持ちで、ソルがイオの方へ視線を移す。


「前置きが長くなったね。イオ、君を探していたのは君の無事を確かめたかったのと、左目のことを謝りたかった。本当にごめん」


 イオは何も答えない。


「そして……君を連れ戻したい。刃の民の里に」

「連れ戻すって、そんなことしたらイオは」


 ニールは思わず口を挟んだ。先ほどのソルの話では、体の一部を失った者は冷遇されるか、死地へと駆り出されるかのはずだ。


「僕は『価値無し』なんていないと思っている。目が見えなくなっても、腕を失くしたとしても、人の価値までは失われない。命を犠牲にする以外にもできることがあるはずだ。僕は栄誉の証として、刃の民たちの考えを変えていきたい。試練のやり方だって決して一つだけじゃないと思うんだ」


 イオを真っすぐ見つめながらソルは言葉を続ける。


「イオ、僕を手伝ってくれないか。一緒に里を変えよう。刃の民に生まれたからといって、必要以上に苦しむことのないようにしたいんだ」


 ソルはイオのことを本当に信用している。そして刃の民たちのことも心から大切に思っている。ニールには彼らの掟や考え方すべてに理解は及ばないが、ソルのひたむきな誠意は十分に伝わった。イオがもし頷けば、止めることはできない。

 しばらく沈黙が続いた。


「……ソル、お前は自分の立場を分かっているのか?」


 やっと口を開いたイオの声は冷たく、無機質だった。


「何人も栄誉の証を出した家のお前が、命令でもないのにたった一人の価値無しを追いかけてここまで? 今更俺が戻ったところで何になる。俺の家の名を地に堕とす気か?」

「そんなつもりはない。君の目を、未来を奪ってしまったのは僕だ。なのに君ばかりが辛い目に遭うのは耐えられない」

「偽善なんかいらない!」


 イオが声を張り上げる。これほどまでに彼が感情を露わにしたところを、ニールは見たことがなかった。


「本当は分かっているはずだ。あの時なにが起こったのか」

「君の剣を僕が弾いて、それが君の目に」

「……たったそれだけで、こんな(ざま)になると思うか」


 彼の左目をずっと覆っていた眼帯がずらされる。その下を見てニールは思わず息を飲んだ。

 青紫色に変色し、(ただ)れて(しわ)が寄った皮膚。目蓋がどこにあるのか一目では分からない。隠していなければ間違いなく注目の的になるだろう。


「剣が少しかすっただけで三日も生死の淵をさ迷うような刃の民などいない……それがただの剣なら」

「イオ、一体何を言ってるんだ?」


 戸惑いながらニールはソルの方を見た。ぐっと何かをこらえるような顔をしている。イオとソルしか知らない事情があるのだろうか。

 勢いよくソルが立ち、声を張り上げた。


「イオ、悪いのは全部僕だ!」

「うるさい! 偽善はいらないと言っただろう!」


 再び眼帯で左目を覆い隠しながら、イオが呆然と成り行きを見守るニールたちを見渡す。


「教えてやる。試練の日、俺は剣に毒を塗った。傷口に少し染みこんだだけで命を奪う強力なもの……栄誉の証になるために、俺はソルを殺すつもりだった。お前さえいなければ俺が、俺の家が天下をとれたんだ」


 イオは毒を仕込んだ剣をソルに突き立てようとした。しかしソルが反撃したことでそれはイオの左目に当たって失明を招くこととなった――


「勝つためなら、目的を達成するためなら、手段は選ばない。それが俺だ。誰であっても、邪魔なら殺す」

「イオ……!」


 ニールはただその名を呼ぶことしかできなかった。イオは非道なことをする人間ではないはずだ。しかし、彼の失われた左目が事実を物語っている。


「……こんな俺を、お前たちは許しはしないだろう。もし全てを知られる日が来たら、それがお前たちのもとを去る時だと思っていた」


 何もかもを諦めているような、達観したような口ぶりだった。


「世話になった」


 そう言って身を(ひるがえ)し、イオはあっと言う間に森の中に姿を消した。


「イオ!」

「イオ、待てよ!」


 ソルとニールが同時に呼ぶ。しかし応える者はいない。イオはこのまま、二度とニールたちの前に姿を現さない気だ。


「ソル、イオが今話したことをあなたはどこまで知ってたんです?」


 冷静さを欠かないゼレーナがソルに問いかける。


「……全部分かっていたよ。イオは確かに、僕を殺す気で試練に挑んだ。誰よりも毒や薬の扱いが上手かったから、一番得意な手段を使ったんだ」

「言い方は悪いですけれど、それならイオ自身が招いてしまった結果だと思います。あなたが自分を悪いと言い張る理由がわたしには分かりませんね」

「いや、悪いのは……僕だ」


 ソルが項垂(うなだ)れて言った。


「イオは剣を僕に突き立てる前に手を止めたんだよ。僕が咄嗟に反撃しなかったらイオの剣は誰にも当たらなかった。最後の最後になってイオは僕を手にかける覚悟をし切れなかった。僕を殺したくないって、思ってくれたんだ」


 それを聞いたニールは、すっくと立ちあがった。フランシエルが驚いてニールを見上げる。


「ニール?」

「皆はソルと一緒に待っててくれ。まだ間に合うはずだ」


 このままでは何の解決にもならない。イオはソルと、そして自分自身ともう一度向き合う必要がある。

 ニールは彼を追って木々の中へ飛び込んだ。

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