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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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32話 謎多き隻眼

 魔物退治や見回りの合間は、自警団は思い思いのことをして過ごす。休憩や武器の手入れ、そして仲間たち同士での腕試し。

 王都の近くの村に立ち寄った後、人通りの少ない平原でフランシエルとイオが、ニールとルメリオの見守る中で手合わせをしていた。

 フランシエルが繰り出すグレイブの突きを、イオは完全に見切ってかわしていく。しなやかに体をひねる動きには無駄が一切なく、まるで彼女が次に何をしてくるか見通しているようだ。

 フランシエルの攻撃の間に生まれるわずかな隙をイオは逃さなかった。一瞬で身を低くして彼女の足を払う。


「わぁっ!」


 フランシエルが体勢を崩し重心が後ろに傾く。イオがすかさず手にした剣の柄頭で彼女の肩を軽く小突くと、フランシエルはそのまま地面にどさりと尻餅をついた。得物が彼女の手を離れる。


「うぅ、イオ速すぎ!」


 ぺたんと座ったままフランシエルが悔し気な声を上げる。イオは眉ひとつ動かさないまま、曲刀を腰の鞘におさめた。

 ニールはその様子を見て感心のため息を漏らした。


「すごいなぁ、イオは」


 仲間たちはそれぞれ得意なことが違う。得物を持って戦う者たちの中でもニールは攻守の両立、ギーランは飛びぬけた腕力による力押し、フランシエルは独特の間合いと斬撃や刺突の使い分けという具合に分かれている。そしてイオの強みは何といっても体の身軽さと高速で繰り出される剣技だ。いちど相手の懐に飛び込めば、あっという間に葬り去ってしまう。

 立ち上がったフランシエルのもとにニールとルメリオが駆け寄った。


「フラン、イオ、お疲れ」

「フランさん、お怪我はありませんか?」

「大丈夫、ちょっと手のひらを擦りむいただけだから」


 いいえいけません、とルメリオが(かぶり)を振った。


「少しの傷でも貴女の可憐な手にあるなら見過ごすわけにはいきません。さあ、お手をこちらに」


 フランシエルが両手を差し出す。その上にルメリオの杖がかざされ、擦りむいた痕は綺麗に消え去った。


「いつもありがとね、ルメリオ」

「礼には及びませんよ。私の力は貴女のためにあるものですから」


 それで、とルメリオがイオの方を向く。


「イオはどうです? どこか傷があるならついでに治しますが」

「いい。先に戻っている」


 短く答え、イオは王都がある方角へ一人でさっさと歩き始めた。


「……イオってちょっと変わってるよな」


 その背を見つめながら、ニールは呟くように言った。敵の攻撃を見切るのが上手いイオは傷を負うこと自体が少ないが、万が一怪我をすることがあってもルメリオに頼ることは一切しない。自分で採取した薬草や調合した薬を使い手当てを行っている。


「まあ、人によっては魔法を異端の力と見なして不用意に近寄りたくないと思ってもおかしくないですからね。それに彼はあまり他人に貸しを作ることを良しとしない性分のようですし」

「そんな風に思わなくたっていいのにな。俺たち皆、仲間だし……」

「あたし、イオが笑ったところって見たことない。それどころか怒ってるところも……びっくりしてるところも」


 フランシエルの言う通り、イオは感情をなかなか表に出さない。十八歳とは思えないほどの冷静さを持っている。ニールはかつて彼とともに魔物にさらわれて広い森の中に放り出されたことがあるが、その時もイオは決して慌てることなく野営の準備をさっとこなしていた。

 彼の出自は謎だらけだが、本人が口数少ないこともありニールも触れることができないでいた。左目を眼帯で覆っているのも何か意図があってのことではなく本当に失明しているからのようだが、戦いによるものなのか事故に遭ったためなのか、それも分からない。


「自分で自分の面倒を見てくれる分には大いに助かっていますけれどね。しょっちゅう擦り傷や切り傷を作って帰ってくる二十歳の腕白(わんぱく)坊やよりは遥かにまともですよ」


 いつになく辛辣なルメリオの言葉に、ニールは肩を縮めた。


「……ごめん、反省するよ」


***


 後日、以前にニールが訪れたことがあるハイラ村の近くの森で、自警団一行は魔物たちと交戦していた。

 幸い大した被害をもたらさないままに魔物の群れを一掃することができた。アロンが得意気に胸を張る。


「へへーん、余裕よゆー!」

「全員で出向く必要はなかったんじゃないですか? わざわざ来たのに肩透かしですよ」

「ごめんゼレーナ。でもこれで村の人たちも安心してくれるはずだ」


 皆で戻ろう、というニールの言葉は突然遮られた。


「待て。まだ何かいる」


 イオが鋭い声で注意を促し、二振りの剣を構えた。


「魔物がまだ……?」


 フランシエルの問いにイオは返事をせず、ゆっくりと視線を動かしていく。辺りはしんと静まり返っていて、ニールには生き物の気配を感じることはできなかった。イオの感覚があてにならないはずはないが――

 痺れを切らしたらしいギーランが口を開いた。


「おい」

「静かに」


 イオがそれを一蹴し、さっと屈んで足元にあった小石を掴む。身を起こすと同時にそれを茂みの中に投げつけた。真っすぐ飛んだ石は緑の中に消えて行った。当たればそれなりに痛むはずだ。


「そこにいるんだろう、出てこい」


 冷ややかなイオの言葉。少しの間を置いて、何かがひらりと茂みの中から飛び出してきた。猫のように身を縮めながら地面に降り立ち、すっと立ち上がる。

 現れたのはイオと同い年くらいの青年だった。砂色の髪をしていて、痩躯(そうく)だが無駄のない筋肉がしっかりついていることが分かる。上下共に軽装で、防具は革製の腕当てと(すね)当てだけだ。腰に巻かれたベルトから鈍く銀色に光る輪がぶら下がっているが、何に使うものなのかニールには分からなかった。


「……っ!?」


 その姿を見てイオは半歩、後ろに後ずさった。少なくともニールは今まで見たことがない彼の動揺する姿だった。


「久しぶりだね、イオ」

「なぜ……お前がここに」


 どうやらイオとこの青年は顔見知りらしい。次の瞬間、イオは剣を両手に構えて臨戦態勢をとった。突然のことにニールの思考が止まる。イオはそう簡単に武器を人に向けることはしない。


「……追ってきたのか、ソル」


 ギーランが彼につられたのか戦斧(せんぷ)を握りなおした。


「なんだ、やるのか?」


 その言葉にニールははっと我に返り、慌ててイオの前に立ちはだかった。


「ま、待てよイオ! あの人は武器を持ってないだろ!?」

「掟がある。あいつはお前たちのことを殺しはしない。狙いは俺だ」


 掟とは何か――ニールの頭の中を疑問が渦巻く中、砂色の髪の青年が口を開いた。


「イオ、剣をしまってくれないか。君をずっと探していたのは本当だけれど、殺すつもりはない」


 その言葉を聞いてもなお、イオは手を下ろそうとしない。仲間たちの間にも緊迫した空気が漂い始めた。イオがここまで警戒心を露わにする相手だ。殺すつもりはない、という青年の言葉が嘘ということもあり得る。

 だが、ニールは青年からの敵意をどうしても感じることができなかった。先ほどイオが、青年のことをソルと呼んでいたはずだ。ニールは青年に向き直った。


「イオの知り合いか? 俺はニール。イオの仲間だ」

「あ、ああ……」


 躊躇(ためら)いなく名乗ったニールに、青年は少し戸惑った様子を見せた。


「あんたの名前はソルで合ってるか?」


 青年が頷く。


「そっか。よろしくな、ソル。それで……」


 イオはまだ剣を握ったままだ。彼はなぜ自分が命を狙われていると思い込んでいるのだろうか。ニールが困り果てていると、ソルが小さくため息をついた。


「……相変わらずだね、君は」


 ソルは腰に手をやり、下げていた銀色の輪を外すとニールの足元へ無造作に投げやった。ちゃりん、とかすかに金属同士をぶつける音が鳴り、ニールはそれが武器だと気づいた。持ち手の端から端に、銀の刃が輪状についている。


「ニール、それを預かってくれないか」

「あ、ああ」


 ニールが武器を拾い上げると、イオもそこでやっと剣を下ろした。しかし、目線はソルから逸らそうとしない。


「なんか……色々訳ありみたいだな?」


 おずおずとニールが問いかけると、ソルは無言で目を伏せた。


「さっきも言ったけどさ、ここにいる俺たち皆、イオの仲間なんだ。二人の力になりたいんだけど、とりあえず街に戻って話さないか?」

「……ごめん、僕は軽率に人の多い場所に行くわけにはいかないんだ」


 その場の空気が再びひりつく。ソルは賊の類の人間なのだろうか、だとすればイオは――決めつけるのはまだ早いと、ニールは明るく努めて言った。


「じゃあ、この辺りのどこかで話そう。イオもそれでいいか?」


 イオは黙ったまま、小さく頷いた。

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