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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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27話 独りじゃないから

 宿屋を出たニールは建物の裏に回った。そこにルメリオは一人で立っていた。


「ルメリオ、大丈夫か」

「……ええ」


 落ち着きを取り戻してはいるものの、口調や表情から憔悴(しょうすい)しているのが分かる。


「ゼレーナさんは?」

「フランと二人にしてる。こういう時は女の子同士の方がいいだろ?」

「……そうですね」


 ルメリオはニールに向かい、頭を下げた。


「ニール、先ほどは申し訳ありませんでした。貴方や他の皆さんの名誉まで傷つけてしまう行いでした」


 貧民街の人々は魔物のいる場所から避難していたため、彼の一連の行いを目撃した者はいなかったはずだ。


「ルメリオ、顔を上げてくれ。腹が立ったのはすごくよく分かる。あそこでルメリオが何もしなかったとしたら、たぶん俺があの人を殴ってる」


 以前、ルメリオは自分の身の上をニールに語ってくれた。最期まで自分のことを愛してくれた両親の思い出を支えに生きている彼にとって、ゼレーナの父親の態度はどうしても許せないものだったのだろう。


「酷い人もいるんだな……自分の子供を金づるみたいにしてさ」

「……残念ながら、ああいった例はそう珍しくもないものです。修道院で暮らしていた頃に孤児院の手伝いをする機会がありましたが、そこには実の親から捨てられたり、暴力を振るわれた経験を持つ子供たちが何人もいました。皆、胸が痛くなるほど寂しそうな目をしていて……世界が変わるほどの衝撃でした。親は子を愛するのが当たり前だと思っていましたから」

「俺も……正直かなりへこんでる。俺の周りにはそんなことする人、誰もいなかったからさ。俺が世間知らずってのもあるけど」


 もしもあの時ニールがあの男を助けていなかったら、ゼレーナが過去の恐怖を思い出すこともルメリオが人を傷つけることもなかった――ニールは頭を軽く振り、その考えを頭から追い出した。仲間を苦しめたからといって、魔物の餌にするのは決して正しいことではないはずだ。

 しばしの沈黙の後、ルメリオが口を開いた。


「ニール、貴方は先に戻りなさい。私はもう少しここで頭を冷やします」

「……ごめん、何にもしてやれなくて」

「いいえ、ほっとしました。ありがとうございます」


 先ほどよりルメリオの顔つきは明るくなっているようだった。彼はニールよりずっと大人だ。つきっきりにならなくても大丈夫だろう。

 ニールは先にその場を後にした。


***


 泣きながら震えるばかりだったゼレーナだったが、フランシエルに背中を擦られているうちに落ち着きを取り戻したようだった。


「どうかな? 落ち着いてきた?」

「……はい」


 彼女の手を握りフランシエルが問うと、小さな声ではあったが返事がかえってきた。


「良かった。ごめんね、あたしにはこれくらいしかできることがなくて……」

「いいえ。あなたのおかげで気が楽になりました」


 その目は赤く腫れていたが、涙は止まっていた。


「母もわたしも、あれに散々に殴られて罵倒されて……母が亡くなってから、消息がつかめなくなったんです。もう死んだものと思っていたのに……」


 いつも魔物相手に冷静さを失わず戦うゼレーナがこれほど怖がるのだ。過去になにがあったのか、フランシエルにも簡単に想像できた。


「……情けないでしょう。たかが一人相手に子供みたいに怯えて」


 目を伏せ、ゼレーナが言った。


「そんなことないよ。辛かったんだよね」


 フランシエルは手を伸ばし、少し乱れた彼女の髪を整えてやった。


「あたし、王都に来たばっかりの時は何にも知らなくて、ゼレーナにいっぱい迷惑かけちゃったから……今度はあたしがゼレーナの力になる。あたしだけじゃない。ニールだって、他の皆だって同じようにするよ」


 そう言ってにっこり笑って見せると、ゼレーナの顔にも微笑みが浮かんだ。


「ありがとう、フラン」


 フランシエルの脳裏に、会ったことのない自分の父親のことがよぎる。

 彼はどんな人物なのだろう。母は彼のことを愛しているようだった。家族三人で暮らしたかったと、死の間際まで語っていた。

 父も、同じように母を想っているのだろうか。もしもゼレーナの父親のように、人を平気で傷つけるような男だったらどうしよう――

 フランシエルはその考えを振り払った。いま苦しい思いをしている仲間の前で、生きているかも分からない相手のことを想像したところでどうにもならない。

 その時部屋の扉が叩かれ、続いてニールの声が聞こえた。


「フラン、いま大丈夫か?」


 フランシエルが扉を開けると、少し焦った様子のニールが顔を覗かせた。


「どうしたの?」

「また貧民街の方で魔物が出たみたいなんだ。エンディとルメリオに先に行ってもらってる。フランも手伝ってくれないか」

「分かった」

「ニール、わたしも行きます」


 ゼレーナがフランシエルの隣に立った。


「ゼレーナ、無理しなくていいぞ」

「いつまでも落ち込んでいられません。あの場所のことはわたしが一番よく分かっています」


 いつもの調子を取り戻しつつあるゼレーナを見て、ニールは頷いた。


「ありがとう、頼む」


***


 再び貧民街に姿を現した魔物は、先ほど倒したものと同じ姿をしていた。残党がどこかに潜んでいたらしい。怯える人々をかばいながら魔物の相手をする中、ゼレーナは率先して動き、敵の体に氷や雷を叩きつけた。


「他の場所を見てきます!」


 仲間たちに声をかけ、ゼレーナは路地裏に入った。狭く薄暗い場所に魔物が身を隠してしまった場合、気づかず通りがかった者が襲われる危険がある。そうなる前に始末しなければならない。


「ひいいいぃぃぃっ!」


 響きわたった叫び声にゼレーナははっと顔を上げ、辺りを見回した。逃げ遅れた誰かが魔物と遭遇してしまったのかもしれない。

 声の聞こえた方角へゼレーナは走った。二つほど角を曲がった袋小路に、声の主はいた。


「やめろぉ、来るな、来るなぁ!」


 その姿を見たゼレーナは足を止め立ち尽くした。蛙のような姿の魔物の標的になっていたのは、ぼろをまとう痩せ細った男、紛れもなく自分の父親だった。

 積まれた瓦礫(がれき)の上に立ち、下にいる魔物たちから逃れるべく壁に手をかけてよじ登ろうとしている。しかし上手くいかず、手がずるずると滑るばかりだった。ルメリオの拳を受けた顔には血の跡がついたままだ。

 男を見上げる三匹の魔物たちは彼を面白がっているのか餌だと思っていないのか、すぐに襲い掛かろうとしない。

 ゼレーナは動かなかった。このまま放っておいたなら父はどうなるだろうか。この場にいるのはゼレーナだけだ。男がここで魔物に喰われてしまっても、無かったことにしてしまえる。母と自分が味わったものよりもっと深い苦しみを――


「ゼレーナぁ!」


 ゼレーナが現れたことに気づいた男が叫んだ。(すが)るような表情と目が合った。


「助けてくれぇ!」


 その瞬間、ゼレーナは氷の刃を魔物に向けて放っていた。

 攻撃を受けた魔物たちが、ゼレーナに標的を変えて向かってくる。一匹に火球をぶつけ、更にもう一匹に稲妻を食らわせた。父に見せつけるように。

 残った一匹が怒り、ゼレーナに向けて口を開ける。紫色の舌がゼレーナに触れる前に、彼女の周りに張り巡らされた半透明のつる薔薇の壁がそれを弾き返した。


「ルメリオ!」

「さあ、今のうちに!」


 魔物が怯んだ隙に、ゼレーナは氷の刃を作り飛ばした。体を貫かれ魔物が息絶える。その場に静寂が訪れた。


「ゼレーナさん、お怪我はありませんか」

「大丈夫です……ありがとうございました」

「いえ、間に合って良かった」


 ゼレーナは父の方へ目をやった。いつの間にか瓦礫は崩れ、腰を抜かした状態で地面にへたりこんでいた。

 その方へ、ゼレーナはゆっくりと歩み寄った。自分の娘に魔法の才能があることを彼は知らない。男はゼレーナの顔を見上げ、陸にあげられた魚のように口をぱくぱくさせた。


「……これっきりです」


 ゼレーナは父を見下ろし、冷ややかに告げた。


「分かったでしょう。わたしはもう殴られて泣くばかりの子供じゃありません。その気になれば、あなたくらい簡単に殺せるんです」


 男が唾を飲む音が聞こえた。


「あなたを親とは思いません。この先、あなたがどうなろうと知りません。二度とわたしの前に現れないで。もし姿を見せたら、ただでは済まないと思いなさい」

「わ、分かった……分かった……」


 震える声で言いながらがくがくと頭を縦に振るその姿は、ひどく惨めなものだった。

 静かに様子を見守っていたルメリオがつかつかと歩き、ゼレーナの隣に立った。


「ルメリオ……?」


 何も言わず無言で杖の柄を持ち、握りの部分を男の顔に向ける。瞬く間に男の殴られた顔の腫れがひいた。


「行きましょうゼレーナさん。ニールたちが待っています」

「……はい」


 ルメリオの後に続き、ゼレーナはその場を去った。振り返ることはしなかった。


***


 ニールたちと合流し脅威が完全に無くなったことを確認した後、ゼレーナは一人、貧民街の端にある墓地へ向かった。墓地といってもただの空き地に、墓石とも呼べない石がごろごろ転がっているだけの場所だった。

 その隅に、ゼレーナが作った墓が二つある。母と師のものだ。時々訪れていたが、最近その機会が減っていた。

 背後で足音が聞こえ、ゼレーナは振り返った。


「……わたしの後を追うのが本当に好きなようで」


 足音の主、ルメリオは珍しくばつの悪そうな顔をした。


「申し訳ありません。どうしても心配で……」

「わたしの気が変わって、あの男の息の根を止めに行くとでも?」

「いいえ、貴女はそんなひとではありません……すみません、ただ貴女を一人にしたくなかったのです」


 こういう時、素直になれないのは己の欠点だ。ゼレーナは背筋を伸ばしルメリオに向き直った。


「……いえ、わたしの方こそすみません。ルメリオ、ありがとうございます。あなたが代わりに怒ってくれたから冷静になれました。そうでなかったら、わたしは多分あの男を見殺しにしていたと思います。あなたのお陰で、人を傷つけても何も感じないあれと同じに成り下がらずにいられました」


 礼を言われると思っていなかったのか、ルメリオは少し驚いたようだった。


「とんでもない、むしろ謝らせてください。いくら腹が立ったとはいえ、あのように何度も殴るなんてしてはいけないことです」

「いいですよそのくらい……わたしと母が受けた傷に比べれば全然足りませんから」


 ゼレーナの母は優しい女性だった。どれほど殴られても娘には涙の一粒も見せず、必死に働いてやっと買った薬はすべてゼレーナのために使われた。顔や体に暴力の跡が残っていないのは間違いなく母のお陰だ。

 亡き母があの男をどう思っていたのか、ゼレーナには分からない。稼いだ金を取り上げられ酒のために使われても、母は金を工面し続けた。母にとっては、彼もゼレーナと同じく大切な家族だったのかもしれない。


「お許し頂けるのであれば、これ以上申し上げることはありませんが……」


 ルメリオが、ゼレーナの前に並んだ石に視線を移した。


「祈らせて頂いてもよろしいですか」


 それが何を示すのか察したらしい。ゼレーナが場所を譲るとルメリオは石の前で片膝をつき、帽子をとってしばらく(こうべ)を垂れた。


「……わたしはもう、独りじゃありません」


 育ててくれた者に先立たれ、実の父はこの手で切り捨てた。それでも困った時に助けてくれる、寄り添ってくれる仲間がいる。前を向いて歩いていける。

 ルメリオが立ち上がり、ゼレーナの方に向いた。


「本当にお強い方だ……元気を取り戻してくださったようで良かった。貴女には涙を流させたくありません。たとえそれが真珠に変わるとしてもね」

「なんですかそれ。涙が真珠になんかなるわけないでしょう」


 妙なことを言わなければ、ルメリオはまともな人物なのだが。ゼレーナははぁ、と息をついた。彼と話していると妙に体の力が抜けて、余計なことを考えるだけ無駄に思えてきてしまう。

 そろそろニールたちが心配する頃かもしれない。ゼレーナはルメリオに声をかけた。


「さて、そろそろ行きましょう」

「はい、貴女の行くところならどこへでも!」

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