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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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21話 傭兵と令嬢

 かつて小さな子供だったヴィヴィアンナの前に現れたのは、今まで会ったことのある人間の中でも一番大きい男だった。顔を見るのも一苦労で、赤黄(オレンジ)色の髪は目立つ。ごつごつした体つきは、ヴィヴィアンナの目には岩山のように見えた。


「ヴィヴィアンナ、これからしばらく一緒に来てくれるギーランさんだ。ご挨拶しなさい」


 父に促されたが、ヴィヴィアンナは彼の後ろに隠れたままでいた。父は困ったようにため息をついた。


「申し訳ない、ギーランさん。娘は少々人見知りで……」

「どうでもいい。ガキの面倒見るのは俺の仕事じゃねえからな」


 出発の時間になったら呼べ、と言い残し、ギーランはくるりと背を向ける。大きな斧を背負っていた。

 今回はヴィヴィアンナにとって初めての長旅だ。まだ五歳のヴィヴィアンナに詳しいことはよく分からなかったが、父の仕事の都合らしい。

 父と二人で馬車に揺られ街道を行く。数人の従者が、後ろから別の馬車でついて来ている。

 最初の方こそ窓から見える景色に興奮していたヴィヴィアンナだったが、段々同じような景色が続くようになり飽きてしまった。父は隣でうつらうつらしており、話しかけても気のない返事しかしない。そのうち、寝息を立て始めてしまった。

 周りの大人には余裕がない。従者たちはいつも忙しく動きまわり、ヴィヴィアンナの遊び相手にはなってくれない。ヴィヴィアンナが悪戯(いたずら)をしてもわがままを言っても、粛々と仕事をこなすだけ。それはひどく空虚なものだった。

 父は朝どこかに出かけていき、夕方に戻ってきては夜遅くまで部屋にこもって机に向かっている。財政難、という言葉が時々聞こえたが、ヴィヴィアンナには理解できなかった。

 母が生きていれば何か違っていたのだろうか。おぼろげにしか浮かばないその姿は、ヴィヴィアンナを慰めてはくれなかった。

 父との会話は諦めてヴィヴィアンナは席を立ち、自分のいる場所の反対の窓から外を見ようとした。

 そこから見えたのは先ほど挨拶した大男のギーランだった。重そうな斧を担いで、ヴィヴィアンナたちが乗る馬車の隣に並んで歩いている。父と同じくらいの年齢に思われたが、目は絵本で見た狼のそれのように鋭い。服は色褪せてところどころ破れている。自分が知るどの人間とも違うその姿に、ヴィヴィアンナは強く興味をひかれた。


「ねぇねぇ!」


 呼びかけてみたが、ギーランはまるで聞こえていないかのように何の反応も見せなかった。再度話しかけたが、結果は同じだ。


「ねぇったら!」


 更に大きな声を出した時、ようやく彼はヴィヴィアンナの方を見た。


「うるせぇ」


 ぎろりとこちらを睨む顔つきはなかなか迫力があったが、ヴィヴィアンナは(ひる)まなかった。反応してくれたことが嬉しかった。


「なにかお話して!」

「ガキに話すことなんかねぇよ。大人しくしてろ」

「わたしの名前はガキじゃないわ! ヴィヴィアンナよ、ちゃんと呼んで!」

「そんな面倒くせぇ名前でいちいち呼ぶかよ」


 ヴィヴィアンナがむくれても、ギーランの態度は変わらない。しかしなんとしてでも呼ばせたい。半ば意地になっていた。


「じゃあ、ヴィーでいいわ。それなら簡単でしょ」

「別に呼ばなくたっていいだろうが」

「呼んでよ! 呼んでくれなきゃいや!」


 体をじたばたさせるヴィヴィアンナを見て、ギーランは(うめ)いた。


「だからうるせぇっての、黙れ、ヴィー!」


 ヴィヴィアンナはにっこり笑って、窓から身を乗り出した。


「あなた、ギーランでしょう? じゃあギーって呼ぶわ。おそろいみたいで嬉しいでしょ」

「嬉しかねぇよ……ったく、これだから護衛は嫌なんだ」


 ギーランは少しも笑わず顔をしかめるばかりだったが、不思議とその表情に飽きることはなかった。自分のことを見てくれる。話をしてくれる。大きな体も厳つい顔つきも、全く恐ろしいと思わなくなっていた。

 じろじろ見んなと彼から言われつつも、ヴィヴィアンナはしばらくその姿を眺めながら過ごした。


***


 ギーランにとって護衛の仕事は面倒なものだ。雇い主と揉め事を起こそうものなら報酬にはありつけない。野盗や魔物の襲撃がなければ、ただただ歩くだけで退屈でもある。

 できれば受けたくなかったが、運悪く酒代どころか宿代すらない状況に陥ってしまったためやむを得なかった。報酬の半分を前払いにできたのは不幸中の幸いだ。今日も生きがいである酒にありつける。

 その日の宿泊先にて雇い主や同行者が寝静まった頃、ギーランは自分にあてがわれていた部屋を出た。行先は酒場だ。

 静かな夜の街を機嫌よく歩いていたギーランは、後ろから聞こえてきた別の足音に気づきはたと足をとめた。振り向いてみたが誰もいない。しかし目線を下にやると、自分をつけてきたものの正体がそこにあった。


「……何でいやがんだ」


 レースがついた白い寝巻姿のヴィヴィアンナは大きな瞳で、ギーランの顔を見上げた。


「どこに行くの?」

「うるせえ、どこだっていいだろうが。おら、さっさと帰って寝ろ」


 追い払うように手を振る。しかしどれほど邪険にしても、この少女はギーランにやたらと構いたがる。


「いや、ギーの行くところにいっしょに行きたい!」


 ヴィヴィアンナが、ギーランの脚にぎゅっとしがみついてきた。


「おい、やめろっての!」


 振り払おうとしても引きはがそうとしても、少女はひしと抱き着いたままだ。怒鳴りつけるか力ずくで追い払いたいところだったが、万が一怪我をさせたり、泣かせてしまいそれが父親の耳に入ったら残りの報酬はまずもらえない。ギーランにもそのくらいのことは予想できた。

 とうとうギーランは観念し、呻くように言った。


「……いいか、絶っ対に泣くな、騒ぐな、面倒ごとを起こすな。分かったか?」

「うん、いい子にする!」

「だったら、ひっつくのはやめててめぇの足で歩いて来やがれ」


 ため息混じりに言うとヴィヴィアンナはぱぁっと顔を輝かせ、跳ねるようにしてギーランの後をついてきた。


***


 夜更け近いにもかかわらず、街の酒場は賑わっていた。ギーランのような傭兵や商人と思しき者たちがたむろしている。

 空いていた小さなテーブルにヴィヴィアンナと二人で向かい合って座ると、給仕の女が注文を取りに来た。


「いらっしゃい、何にする?」

「酒。麦酒があればそいつをくれ」


 テーブルの上に硬貨を出しつつ言った。


「娘さんには?」

「む……」


 娘じゃねえと言いかけたが、人さらいに間違われてはたまったものではない。


「酒じゃなけりゃ何でもいい」


 代金をとり厨房へと向かった女は、ほどなくして大きな酒杯と小さな木のコップを持って戻ってきた。


「はいお待たせ。ごゆっくり」


 酒杯がテーブルに置かれるや否やギーランはその取っ手をつかみ、勢いよく中身を喉に流し込んだ。半分ほど飲んだところで一度酒杯を置く。向かいにちょこんと座ったヴィヴィアンナは、自分の前にあるコップの中を不思議そうにのぞき込んでいる。


「これ、なあに?」

「ああ?」


 ギーランは少し身を乗り出してその中を見た。白い液体から、ほのかに湯気がたっている。


「ただの温めた牛乳だ。黙って飲め」


 両手でコップを持ち、ヴィヴィアンナがこくこくと中身を飲む。やがて口元からコップを離してにっこり笑った。


「おいしい!」

「……そうかよ」


 一人で楽しく飲むはずだったのに、どうしてこんなことになっているのやら。だがヴィヴィアンナはギーランの言いつけどおり、時々物珍しそうに周りを見回すだけで騒ぎ立てたりはしなかった。


「ギーがわたしのお父さんだったらよかったのに」


 おもむろにヴィヴィアンナが言った。


「そしたら、毎日いっしょにあそべるのに」

「あのな、俺はそこまで暇でもねえしガキはいらねえ。すぐピーピー泣きやがる」


 一人で傭兵として生きて随分経つ。これからも自分はずっと一人だ。所帯も誰かの助けも必要ない。


「……さびしくない?」


 不意に投げかけられた言葉に、ギーランは思わず少女の顔をまじまじと見た。先ほどまで苛立つほど無邪気だったその顔が今は急に大人びて、腹の底まで見透かされそうな気がした。


「……何だてめぇ。急に気味悪ぃこと言いやがって」


 こんな小さな子供の言うことなどすべて聞き流せばいいはずなのに、何かが胸につかえている。それを押し流すようにギーランは酒を一気に飲み干し、酒杯をどんとテーブルに置いた。


「帰んぞ。さっさとそれ飲んじまえ」


***


 もうすっかり真夜中を過ぎた。宿屋へ帰る道の途中、もう一つの足音がぱたりと止んだのに気づいたギーランは、後ろを振り返った。

 ヴィヴィアンナは道の真ん中で、歩みを止めぼんやりと立っていた。


「おい何してやがる。小便か?」


 ギーランは彼女の元へ大股で近寄った。彼女は下を向いて、こくりこくりと頭を揺らしている。どうやら眠気が限界のようだ。


「こいつ……」


 もう怒鳴る気にもなれない。ギーランはため息をつくと、ヴィヴィアンナの体を抱え上げた。片手で持ち上げられるほどに彼女の体は軽い。ヴィヴィアンナはギーランの肩に頭をもたれさせ、すうすうと寝息を立て始めた。まるでこうしてもらうのが当たり前のように。

 ギーランが本気を出せばこの少女の腕も、首だって簡単に折れてしまう。それなのに、ヴィヴィアンナはそんなことは微塵(みじん)も考えていない。ギーランのことを自分を守ってくれる存在だと信じて疑っていない。恐ろしいまでに無垢な命が、ギーランの腕の中にあった。

 ギーランは少女を抱え、静かな夜の街を歩いていった。

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