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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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19話 突然の訪問者

 再びニールたちが月の雫亭で寝泊まりするようになって数日後。

 ニールはギーランと二人で、宿屋へと続く市場の通りを歩いていた。王都の市場はいつも人が多く賑やかだが、店を営む人々の中にはニールたちの顔を覚えて声をかけてくれる者もいる。


「きゃーっ!」


 不意に前方に悲鳴が響いた。人々が一斉に道の脇へ飛びのく。

 通りの中央を突っ切って現れたのは一頭の馬だった。誰も乗せておらず激しく暴れると共に、操る者のいない手綱が鞭のように揺れている。気が動転しているようだ。


「危ない!」


 ニールも咄嗟に道の端へ下がったが、ギーランはその場から動かなかった。


「ギーラン!」


 ギーランは何喰わぬ顔で、真正面に迫ってきた馬の手綱をむんずと掴んだ。驚いた馬が後肢のみで立ち上がったが少しも動じない。逃げようとする馬に何かを(ささや)きかけ、鼻づらや首を撫でさする。そうしているうちに馬は何度かその場で足踏みした後、やがて大人しくなった。

 ニールは辺りを見回し怪我人がいないことを確かめると、ギーランの元へ近寄った。


「ギーラン、大丈夫か?」

「何てこたあねぇ」

「すすすすすみませんっ!」


 前方から若い青年が息を切らしながら走って来た。


「うちの馬がご迷惑をおかけしましたっ!」


 どうやらこの馬の主のようだ。青年はニールとギーランに向かってぺこぺこと頭を下げた。


「怪我をした人はいないし、大丈夫だ」

「ったく、馬ぐれぇちゃんと自分で持ってろ」


 ギーランが突き出した手綱を青年は少々怯えた様子で受け取り、ありがとうございましたと再度頭を下げた。馬を引きながら周囲の人にもすみませんでしたと謝りつつ、もと来た道を戻っていく。


「ギーラン、馬の扱いに慣れてるんだな」


 ニールは感心して言った。馬は高級なためニールの故郷では飼われていなかった。牛や羊やロバなら暴れてもなだめられるが、馬となると経験はない。


「傭兵やってりゃ嫌でも身につくぜ」


 細かいことを気にせず気風がいいギーランは、ニールにとってはかなり付き合いやすい。しかし彼は自分のことを語らず、かなり謎が多い人物でもある。彼について知らないことはまだたくさんありそうだ。


 月の雫亭がある通りへ続く角を曲がろうとしたところで、ニールは一台の馬車とすれ違った。大きくはないが日光に照らされて車体がつやつやと光り、高貴な雰囲気を醸し出している。

 馬車の窓のカーテンは閉じられていて、誰が乗っているのかうかがい知れない。しかし、ニールはそのわずかな隙間から強い視線を感じた。馬車の中にいる誰かが、こちらを気にしている。


「おい大将、何してやがんだ」


 先を行くギーランの呼ぶ声が聞こえる。ニールはそれに応え、彼の後を追った。視線はきっと気のせいだ。


***


 それからしばらくして他所を見回っていた仲間たちも全員が戻り、次の行動に移ろうとした時だった。

 宿屋の入り口の扉がそっと開かれた。立っていたのは、紺色のフードがついた外套(がいとう)で顔まで隠した人物だった。外套の下にドレスの裾が見える。女性のようだ。

 ルメリオが声をかけようとした瞬間、女性がフードに手をかけて素顔をあらわにした。蜂蜜のような金色の豊かな巻き毛がふわりと広がる。フランシエルと同じくらいの年に見える少女だった。

 そして、彼女の視線の先にいたのは――ギーランだ。


「やっぱり、間違いありませんでしたわ!」


 少女は満面の笑みを浮かべ、ぱたぱたとギーランの元に駆け寄ったかと思うと、その背に手を回してぎゅっと抱き着いた。

 突然のことにニールたちは凍り付いてしまった。一番狼狽(うろたえ)えているのは抱き着かれた本人であるギーランだが。


「はあ!? なんだてめえは! 触んな離れろ!」


 声を荒げられたのにも関わらず、少女はギーランの顔を見上げてむぅ、とむくれてみせた。


「まぁ、わたくしのことを忘れるだなんてひどい人。わたくしは貴方のことを思い出さない日なんてなかったのよ」

「知らねえっての! とにかくひっつくんじゃねえ!」


 ギーランが少女の肩をつかみ、半ば無理やりに自分の体から引きはがす。

 一足先に我に返ったルメリオが少女の隣に来て片膝をつき、帽子を取った。


「お取込み中失礼。貴いご令嬢とお見受け致します」


 少女の注意がルメリオへと向いた。


「私はルメリオ・ローゼンバルツと申します。本来であれば美しい貴女に触れることなど許されない身ではありますが、どうかお慈悲を頂けますか」


 少女は逡巡(しゅんじゅん)の後、手袋をはめた手をルメリオに差し出した。


「ヴィヴィアンナ・シュトライエンですわ。よろしく、ローゼンバルツ卿」


 ルメリオはヴィヴィアンナと名乗った少女の手の甲に口づけを落とし、立ち上がって深々と礼をした。


「お会いできて光栄です、シュトライエン嬢」


 挨拶を交わしたことでヴィヴィアンナはいくらか冷静さを取り戻したらしい。自分にいくつもの視線が注がれているのに気づき、あら、と口元に手を当てた。


「わたくしったら、一人で大騒ぎしてはしたないことを……失礼しましたわ」


 ヴィヴィアンナがドレスの裾をつまみ優雅にお辞儀をした。髪に結んである大きな赤黄(オレンジ)色のリボンが、花にとまって安らぐ蝶の羽のように揺れた。


「改めまして、皆さまどうぞよろしく」

「それで、この者は……ギーランは本当にシュトライエン嬢のお知り合いですか?」


 突如現れた貴族の令嬢にぽかんとし続けるニールたちを見かねて、ルメリオがその場をとりなし始めた。


「ええ。確かに間違いありませんわ。そうよね、ギー?」

「いや、だから、俺はこんな奴のことなんて知らね……」


 否定しようとしたらしいギーランが言葉を切った。しばしヴィヴィアンナの顔を見つめ、目を見開く。


「……ヴィー」


 呟くように発されたそれを聞き、ヴィヴィアンナが再び顔を輝かせた。


「そう、ヴィーよ。やっと思い出してくださったのね!」


 ヴィヴィアンナの手がギーランの無骨なそれを取り、愛おしそうに握った。どうやら本当に二人は知り合いのようだ。洗練され人形のように美しいヴィヴィアンナと厳ついギーランの組み合わせは何とも妙で、そして何よりどんな魔物を目の前にしてもどっしり構える彼がたじろいでいるのがニールには信じられなかった。


「お前、ちっせぇガキだったろうが……」

「それは十一年前のことでしょう。わたくしはもう十六歳よ」


 されるがままになっていたギーランははっとした様子で、ヴィヴィアンナの細い手指を振り払った。


「離せ、俺はもうお前のお守りじゃねえ!」


 手早く自分の戦斧(せんぷ)を担ぎ、ルメリオの方をきっと睨む。


「おい赤いの、俺が戻ってくる前にこいつをここから追い出しとけ!」


 そう言い放つと、ヴィヴィアンナが止める声も聞かず大股で宿屋を飛び出していってしまった。


「せっかくまた会えましたのに……」

「シュトライエン嬢、少しよろしいでしょうか」


 残されてしょんぼりと肩を落とすヴィヴィアンナに、ルメリオが声をかけた。


「私たちは今、ギーランと行動を共にしております。よろしければ貴女と彼との間柄について、お聞かせ願えませんか」

「まあ、そうでしたの……でしたらお話ししておくべきね」


 座ってもよろしいかしら、と聞き、ヴィヴィアンナは外套を脱いだ。


***

 取り急ぎと用意された茶を、ヴィヴィアンナは優雅な仕草で味わった。


「とても美味しいですわ。ありがとう」


 金持ち向けではない宿で出される茶なのだから彼女が普段飲んでいるものに比べれば質は絶対に悪いはずだが、ヴィヴィアンナは少しも嫌な顔をしなかった。

 ルメリオやエンディ、ゼレーナのように一定以上の教養を持つ仲間はいるが、彼女の洗練された振舞いは更にその上をいく。指先に至るまで、(まばた)きの一つさえも相手に好印象を与えることに注力されている。生まれてから今までずっと貴族として育てられてきたヴィヴィアンナは、ニールにとってはまるで雲の上から来たかのようだった。貴族が皆、テオドールのように嫌みなわけでもないのだ。


「え、えーと、あの、俺は、じゃない。私は……?」


 あまり気安く話しかけては失礼にあたるとは分かっていても、どんな態度で接すればいいのか分からない。口ごもるニールを見てルメリオがため息をついた。


「ニール、何ですその話し方は」

「し、仕方ないだろ。貴族の女の子と話したことなんてないんだからさ……」


 エンディも可憐な令嬢を前にして年相応の少年らしく、普段室内にいるときは外しているフードをすっぽり被ってもじもじしている。

 ヴィヴィアンナは優しく微笑んだ。


「そんなに緊張なさらないで。ギーのお友達ですもの。あの方とお話しするときのようにしてくださると嬉しいわ」


 それを聞いてフランシエルが身を乗り出した。初めて見る貴族の娘を前に、とうとう好奇心が抑えきれなくなったらしい。


「ヴィヴィアンナの服、とっても綺麗だねぇ」


 胸元や腰回りに白いリボンがあしらわれたクリーム色のドレスを見て、うっとりする。


「というか、ヴィヴィアンナも綺麗! 肌は真っ白でつるつるだし、睫毛(まつげ)長いし、髪の毛きらきらだし! 貴族の女の子は皆、こんなに綺麗なひとばっかりなの?」

「ええと……どうかしら。お洒落には時間を多く使いますわ」

「そうなんだぁ。ほんとに綺麗で眩しいよ。体がお花とお砂糖でできてるみたい」

「ふふ、ありがとう。素敵な例えね。貴女も絶対にドレスが似合うわ。レースがたくさんついた可愛らしいのが良さそう」

「そうかなぁ、えへへ……」


 ゼレーナが欠伸(あくび)をかみ殺しているのが見え、ニールはそれで、と本題に入るため切り出した。


「ヴィヴィアンナとギーランは、いつ知り合ったんだ?」

「十一年前ですわ。お父さまの所用で長い距離を出かけるときに、護衛としてギーが来てくださいましたの」


 どうやら始まりはごくありふれた、傭兵と雇い主の間柄だったようだ。


「あの頃のわたくしは、お母さまを亡くしたことと、お父さまが全然構ってくださらないことでとても荒んでいたのですけれど、ギーはそんなわたくしにとても優しくしてくれたの。夜にこっそりわたくしを連れて、ちょうどここに似たところに連れてきてもらったわ。素敵な思い出よ」

「ええ……あの脳筋オヤジがそんなことします?」


 ゼレーナが信じられない、というような表情を浮かべた。


「うーん、でも意外とギーランって子供には優しいからな」


 ギーランは血の気が多いが、愉しむために他者に危害を加えるところは見たことがない。アロンにじゃれつかれて軽く足蹴にしていたり、面倒そうにしつつ肩車をしてやっている様子は親子のようだ。

 恥ずかしがり屋の宿屋の末娘ミアも、最近では彼に心を開き進んで酌をしている。


「そして道中に、わたくしは悪人にさらわれてしまいましたの。でもその時、ギーが駆け付けて助けてくださったわ」

「おっさんはな、すげーんだぞ! あの斧でなんでも壊しちゃうんだ!」


 アロンに向かってヴィヴィアンナはにこにこと頷き、うっとりと目を細めた。


「もう会うことはないと思っておりましたのに、先ほど偶然彼の姿を見かけたものですから急いで飛んできたのです」


 ニールが先ほどすれ違った馬車に乗っていたのはヴィヴィアンナだったのだ。視線を感じたのは気のせいではなかった。もっとも、それはギーランに向けられたものだが。

 どうやら余程ヴィヴィアンナはギーランのことを気に入っているらしい。


「それで……ギーは今、貴方がたに雇われているの?」

「いや、雇っているとは違うな。色々と協力してもらってるだけだよ」

「そう……」


 ヴィヴィアンナは手袋に包まれた(てのひら)を握り、真剣な面持ちになった。


「お願いがあります。ギーのことをわたくしに任せて下さらないかしら」

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