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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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18話 思い出は薔薇の庭に

 翌朝、目を覚ましたニールたちが食堂に会するとすでに朝食が用意されていた。スープと、薄切りにした肉と野菜をパンに乗せたものは昨日と同じくとても美味しく食べられた。

 今朝もミューシャが元気いっぱいにせっせと給仕をしてくれた。やはり一緒に食事をとることはない。

 全員が食べ終え片付けに入ろうとした時、突如ミューシャの目の前でばちばちと稲妻が弾けた。


「きゃうっ!」


 ミューシャが驚いて甲高い声で叫び、体勢を崩してのけぞる。


「何だ!?」


 その方を見たニールは、言葉を失った。

 ミューシャがいない。正確には人間のミューシャの姿が消えていた。代わりにそこにいたのは、人の形とはかけ離れたものだった。

 床の上に縮こまる体はアロンが両手で抱えられるほどに小さい。イタチのように細い体型で、兎に似た長い耳が生えている。体毛は薄い桃色、目は空色で、人間だったミューシャの髪や目の色と同じだ。細い尾には毛がなく、蜥蜴(とかげ)のような(うろこ)で覆われている。

 イオが短刀を取り出して構えた。


「うそ……ミューシャ……なの……?」


 フランシエルが目を見開き、声を絞り出した。


「やっぱり、何かがおかしいと思ったんです」


 ゼレーナがミューシャを睨みつけながら言い、ルメリオの方を見た。今の稲妻は彼女の魔法だ。


「ルメリオ、ミューシャは人に化けた魔物です。ずっとあなたを騙していたんですよ」


 魔物ミューシャは小さく震えながらニールたちを見上げている。敵意や凶暴性は感じられなかった。昨日だって甲斐甲斐しくニールたちのために働いてくれた。理由があって人間に姿を変え、ルメリオに近づいたのだろうか。だとしたらその理由とは?

 思考が追い付かず呆然とするニールをよそに、ゼレーナはミューシャに向かって再び手を突き出した。


「魔物を生かしておく理由はありません」


 ミューシャを攻撃するつもりだ。ちょっと待てとニールが言う前に、ルメリオが彼女の隣に立ってその手を優しくつかんだ。


「ゼレーナさん、申し訳ありませんが収めて頂けませんか」

「なぜです、まだ分からないんですか、ミューシャは」

「ミューシャは私の従者です。そして従者に関するすべての責任を負うのは主の私です。勝手に手を下させることはできません。たとえそれが貴女であっても」


 柔らかな口調ではあったが、絶対に譲らないという意思の強さがあった。

 観念したらしいゼレーナが手を降ろす。ルメリオは彼女に優しく微笑みかけ、ミューシャの前に膝をついた。


「さて、その姿では話ができませんね」


 ミューシャがその場でくるりと一回転する。瞬く間に見知った幼い子供の姿が現れた。力なく床に座り込んでいる。


「ルメリオさま……」


 蚊の鳴くような声で、ミューシャが主の名を呼ぶ。


「……昔、会ったことがありますね?」

「会ったことがある? どういうことだ?」


 ニールは思わず口を挟んだ。


「まだ私が幼かった頃、傷を負ってこの屋敷の庭に迷い込んできた魔物がいました。気紛(きまぐ)れで治療をして逃がしてやったのですよ……とはいっても、たった今思い出したことなのですが」

「そうです」


 ミューシャが答えた。


「ミューシャはあの時、ルメリオさまに命を助けていただいたのです。だから、今度はミューシャがルメリオさまをお助けする番なのです」

「それだけで五年間も? 私が貴方を助けたのはたった一度だというのに」

「五年間……? あれ……?」


 ミューシャがルメリオの従者をしているのは五年前から――しかしそれにしてはミューシャは幼過ぎる。ニールは頭を捻った。


「ルメリオ、もしかしてミューシャが魔物だって気づいてたのか?」

「何かがおかしいとは思っていました。初めて会った日から五年間、ずっと姿が変わらないままでしたからね。ものを食べているところも見たことがありませんし、性別もどちらか分からないとくればさすがに普通の人間だとは信じませんでしたよ。まさか昔助けた魔物だとまでは考えませんでしたが」

「それなのにずっと一緒に暮らしていたのか」


 短刀を構えたまま、イオが問う。ルメリオは肩をすくめた。


「最初のうちは寝首をかかれるかもしれないと警戒はしていたのですが、いつの間にかそれも忘れていました。至って健康ですので、生気を吸われているということもなさそうです……まあ、私にも色々ありましたからね。得体が知れなくても、いないよりはましだと思っていました」

「それで……どうするの?」


 おずおずとエンディが尋ねた。


「ミューシャを殺しちゃだめだぞルメリオ! ミューシャは、いい魔物だ!」


 アロンの必死の訴えに、ルメリオは頷いた。


「殺したりはしませんよ。ただ、これ以上働かせるつもりもありません。恩なら十分に返してもらいました。只今をもってミューシャを自由にします」

「嫌ですっ!」


 ミューシャが声を張り上げる。


「ミューシャはこれからも、ルメリオさまのおそばにいたいのです! どんなことでもします、だからここに置いてください! おねがいしますっ」


 それを聞いたルメリオはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いて立ち上がった。


「……好きになさい。扱いは今までと何も変えませんよ」

「はいっ、ありがとうございますですっ! ミューシャ、これからも精一杯がんばりますのですっ!」


 ぴょんとミューシャも跳ね起き、深々と頭を下げた。

 ルメリオがニールたちの方に振り返った。


「面倒ごとに巻き込んでしまい申し訳ございません。ミューシャが害をなすようなことがあれば直ちに私が然るべき処置を行います。ですから見逃して頂けますか」

「ミューシャはそんなことしない。俺は信じるよ」


 どうやらニールに異議を唱えるものはいないようだ。イオは短刀をしまった。ゼレーナもそれ以上、何も言うことはなかった。


***

 

 ミューシャは生まれてからずっと弱い魔物だった。姿を変えるという能力がありながら、戦いの才能に恵まれることはなかった。今日も縄張り争いに敗れ、傷を負って命からがら逃げた先で見つけた、薔薇が咲き誇る茂みの中に身を隠していた。


「おまえ、なにをしているんだ」


 声をかけられ、ミューシャは驚いてその方を見た。人間の子供がこちらを覗いている。

 しまった、人間の領域に踏み込んでしまった――後悔しても遅い。恐怖で動くことができず、震えながら縮こまるばかりだった。


「ここはぼくたちの庭だぞ。勝手にはいるやつにはおしおきだ。ちちうえとははうえに言いつけてやる」


 更なる危険が迫っていることを察したミューシャは何とか逃げ出そうとしたが、傷の鈍い痛みが体を貫く。力なく鳴き声をあげるしかできなかった。


「なんだ、血がでてるのか」


 動いた拍子に相手に傷を見られてしまった。ミューシャの方へ子供が手を伸ばす。一か八かで噛みつこうとしたその時、痛みがすっと引いた。

 いつの間にか傷が治っていた。


「のろまなやつめ。治してやったから、さっさとどこかへいってしまえ」


 子供が手を振り、追い払うような仕草をする。ミューシャがぽかんとしていると、別の人間の声が聞こえた。


「ルメリオ、可愛いルメリオはどこへ行ったのかしら?」

「はぁい、ははうえ、ここにいます!」


 人間の子供が返事をして、ミューシャに背を向けて駆けていく。

 ミューシャはしばらくそのまま様子を(うかが)っていたが、誰も来ないと悟るとその場を逃げるように去った。


***


 それから何度か同じ場所へ向かったが、ミューシャを救った人間の子供は、庭に出るときは常に他の人間がそばにいたため近寄ることができなかった。そしてある日を境にぱったりとその姿を見ることはなくなり、庭の薔薇もどんどん枯れて荒れ果てていくばかりになった。

 年月が経ち、ミューシャは再びかつて美しい庭園だった場所へ赴いた。本当にわずかだったが新たな花が庭に咲いており、何年も人気のなかったその場所で遠巻きに見えたのは一人の人間だった。ミューシャの傷を治した子供の面影を確かに残していた。

 何日かかけて様子を見たが他に人間が現れることはなかった。たった独りで花の世話をして暮らすその青年は、ミューシャの目にはひどく寂しそうに映った。

 彼に近づく方法は一つしか思いつかなかった。ある晩ミューシャは子供の姿をとり、屋敷の扉を叩いた。


「どちら様で?」


 現れた青年は(いぶか)し気にミューシャを見た。


「あの、迷子になりましたです。泊めてくださいませんですか」

「……この先を行けば街があります」

「おかね、お金がないです」


 つたない言葉でミューシャは訴えた。


「おねがいします。どこでもねむります!」


 青年はまだ警戒を解かないままであったが、扉を開いてミューシャを迎え入れてくれた。


 ルメリオの屋敷に足を踏み入れることができたミューシャは、頼れる場所がないため下働きにしてほしいと頼み込み、部屋をひとつ与えてもらえることになった。

 それからは懸命に働いた。ものを調理して食べるという概念がどうしても理解できず料理だけはどうにもならなかったものの、それ以外のことは一通りこなせるようになった。


「おはようございます皆さん、今日もきれいですねー」


 庭に咲く薔薇たちに声をかけながら水をやる。今はまだ花の数が少ないが、いつかまたルメリオと出会った時のような庭に戻したいと思っていた。ミューシャの主食は花の蜜ということもあり、花は身近なものだ。


「……ああ、水をやってくれていたのですね」


 いつの間にかルメリオが来ていた。


「はい、このお花たちはみんな、可愛くていい子なのです!」


 ミューシャはわずかではあるが花の気持ちを感じることができる。水をやると喜びと感謝の気持ちが返ってくる。そしてルメリオが姿を現すと、春先の小鳥たちのように嬉しそうにざわめく。


「……貴方、変わっていますね」

「あはは、よく言われるのです。信じてもらえないかもですが、このお花たちはみんな、ルメリオさまのことがだいすきなのです!」

「……そうですか」


 ルメリオはそう言って、少しだけ笑った。


***


 昔のことを思い出しながら花に水を与えていると、背後から声をかけられた。


「ミューシャ」


 主人の声ではなかった。そこにいたのは先ほどミューシャの正体を暴いた女性、ゼレーナだ。

 ミューシャは首を傾げた。


「ゼレーナさま、なにかご用なのです?」

「いえ、その……先ほどは申し訳ありませんでした。あなたに危害を加えてしまって」


 朝食の場にて、ゼレーナはミューシャに向けて魔法を放った。しかしミューシャの体には当たっていない。驚かせて尻尾を出させるのが目的だったのだと理解していた。


「ミューシャはこのとおりとっても元気なのです! だからなにもお気になさらず、なのですよ」

「あなたの正体を無理やり暴いてしまいましたし……」

「いいのです。これで良かったのです。いつまでもほんとうのことを言わなかったのは、いけないことでしたです」


 ルメリオに正体を明かしたらどうなってしまうのか、それが怖くてずっと切り出すことができなかった。彼に本当の自分を知ったうえで受け入れてもらえてミューシャの心は晴れていた。


「あの、これからもルメリオさまのおともだちでいてほしいのです。やっぱり人間のおともだちが必要なのだとミューシャは思うです。お花がすきなひとに、わるいひとはぜったいにいないのです!」


 自警団というものにルメリオが参加するようになってから、彼は目に見えて生き生きし始めた。昨晩、仲間たちとともに食卓を囲む主はミューシャが今までに見たことがないほど楽しそうだった。


「ミューシャもみなさんのことが大好きになったのです。またいつでも来てほしいのです。そしたらミューシャとってもうれしいのです!」


 にっこり笑って告げると、ゼレーナも微笑みを返してくれた。


「……ええ、分かりました」


***


 準備を終えたニールたちはミューシャに見送られて屋敷を出発した。元気に駆けだすアロンとフランシエルの後をニールとエンディが追い、イオとギーランは各々の速度でそれに続く。少し離れて殿(しんがり)をつとめるルメリオの隣に、ゼレーナが並んだ。


「……ルメリオ、ミューシャのことは色々とすみませんでした」

「どうか謝らないでください。悪いのは貴女に気を回させてしまった私です」


 ゼレーナはおそらく初めの方からミューシャに違和感を覚えていた。料理を手伝ってくれたのも、ミューシャのことを聞き出すことが目的だったと分かっていた。


「もう一つ謝らないといけないことがあって……すみません、こっそり立ち聞きしてしまいました。昨晩、あなたとニールが話していたことを」

「ああ……やはり貴女だったのですね」

「気づいていたんですか?」


 ゼレーナが目を見開いた。


「何となくですけれどね。もしも愛の告白のためにいらしてくださったのなら、ニールを何としてでも閉め出すつもりだったのですが……そうではなかったのでしょう?」

「ええ……ミューシャのことについて、警告しようかと」

「それで……私の過去を知って、幻滅されました?」

「いえ。小さい時の言動はわたしだってひどいものでしたから」


 前を見て歩きながら、ゼレーナは続けた。


「わたしは元だろうがなんだろうが、貴族とつくものははなから信用しないことにしています……ですがまぁ、あなたは信頼に足る人間だとは思っていますよ」

「そんな風に言われると、貴女を抱きしめたくなってしまいますね」

「脳天に稲妻落としますよ」


 ぎろりと横目でゼレーナが睨んでくる。


「幻滅されていないのなら良かった。貴女になら何だってお話しますよ。好きな食べ物、着ている服の寸法、ぐっとくる女性の仕草……」

「知りたくありません! 何なんですか、どうしてあなたはいつも……もういいです、この話は終わりにします!」


 苛立たし気に大きなため息をつき、前の方へとゼレーナが走って行く。

 さらにその先でニールが声を張り上げた。


「ルメリオー! 早く来いよー!」

「はいはい……全く、そんなに急ぐ必要なんてないでしょうに」


 帽子を深くかぶり直し、杖をしっかり握り、ルメリオは仲間の元へ急ぐ。

 かつての過ちが許されなかったとしても、彼らと共に進むことだけはどうか許してほしいと願わずにはいられない。

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