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4話 アロン再びの迷子

 通りに並ぶのは風雨にさらされて修理されることのない建物。行きかうのはくすんだ色の服をまとった人々。

 焼いた肉のようなものを売っている屋台や、道端で力なく座り込み虚空を見ている者もいる。王都であっても、住む人々がみな富める者だとは限らない。

 ニールとアロンは王都の南西にある一区画、「貧民街」と呼ばれる場所を訪れていた。

 宿屋のジュリエナの話では戦争が始まってから一層、ここに住む者は貧しい生活を強いられているらしい。かつて王家による援助が行われていた時期もあったようだが、今は何もないのだという。

 大きな事件は少ないがスリや喧嘩は日常茶飯事のため、行く際は気を付けるようにとジュリエナからは注意されていた。

 魔物に困っている人がいないかと思って来てみたものの、あまり長居をするべき場所ではないのかもしれない。ニールは小さなアロンを連れているためなおさらだ。


「アロン、俺から離れるなよ」


 ニールが声をかけると、アロンはぴったりくっついてきた。

 アロンとともに行動するようになって数日経つ。彼は家に帰りたいと駄々をこねることもなく、ニールによく懐いた。

 数回ほど王都の周辺で弱い魔物を相手にしたが、彼のクロスボウから放たれる矢は正確に敵を射抜いた。アロンの存在はニールにとっては心強いがやはり非力な子供だ。何らかの事件に巻き込まれてしまえば対処できない。


「そこのお兄さん!」


 突然、ニールの目の前に一人の男がぬっと姿を現した。痩せていて、継ぎはぎの外套に身を包んでいる。手に小さな壺を持っていた。


「え、俺?」

「お兄さん、良くないものが憑いてるよ」

「へ?」


 男の言っていることが分からず、ニールは目をぱちくりさせた。


「お兄さんの幸せが吸い取られているんだ。最近、ついてないだろう? 私には魔術の心得があってね。そういうものが見えるんだ」

「いやまあ、ついてないというかついてるというか……」


 言葉を濁すニールに、男は更に距離をつめてきた。


「でも大丈夫、この壺を買えば良くないものは消える! そしてどんどん幸せを呼び込む!」

「え、壺?」


 ニールは目の前に差し出された壺をまじまじと見つめた。どうみても何の変哲もないものだ。凝った意匠というわけでもない。


「本当に、そんな効果があるのか?」

「ああ、あるとも! 現品限りだ。今を逃すともう手に入らないよ!」


 男の気迫に押されニールは思わず頷きかけたが、決して所持金に余裕はない。本当に自分に悪いものが憑いているのなら買うのもやぶさかではないのだが。


「なぁ、アロンはどう思……」


 ニールはそこで言葉を切った。隣にいたはずのアロンがいなくなっている。


「アロン!?」


 周りを見渡すが、それらしき少年の姿はどこにもなかった。


「ごめん、その話はまた今度!」


 ニールは男に向かって言うと、アロンの名を呼びながらその場を走り去った。


***


 アロンは一人、貧民街の路地裏を進んでいた。

 事の起こりは少し前だ。ニールが突然現れた男と何やら立ち話を始めてしまい、暇になって何気なく周りを見ていたところ建物と建物の隙間を小さな少女が横切るのを見つけた。それから少し経ってアロンよりも年上の少年が三人、同じ方向に走って行った。

 何かあるのだろうか、興味を引かれたアロンはその後を追うことにした。

 薄暗い路地の角をいくつか曲がり、突き当りの右手に先ほどの子供たちはいた。

 少女の方は壁に背をぴったりつけて少年たちに向き合っていた。両腕でしっかりと何かを抱えている。少年たちに歩み寄られ、彼女は体を震わせたようにアロンには見えた。

 何かがおかしい、アロンは子供たちのもとに駆け寄り間に割って入った。


「何やってるんだ」


 自分より背の高い少年たちの顔を、アロンは見据えた。


「なんだよ、お前には関係ないだろ」


 少年の一人がアロンを睨みつけた。


「俺たちはそいつが持ってるものに用があるんだよ」

「こいつだけ腹いっぱいになるなんて不公平だろ」


 アロンは少女の方を見た。少女は持ち物を抱え、青ざめた顔で首を横に振った。彼女の持っている袋からパンが顔を覗かせている。食料を持っているようだ。


「この子、怖がってる。弱いものいじめはしちゃいけないんだぞ」

「うるせえ。チビのくせに生意気だな」

「おれはチビじゃない、英雄だっ!」


 アロンはクロスボウを取り出し少年たちに向けた。威嚇のつもりだったが、少年たちは少しも怯まない。それどころか馬鹿にするかのように笑い始めた。


「そんなおもちゃを向けられたって怖くねぇぞ」

「おもちゃじゃない! おれはこれで魔物を倒したんだ!」

「チビがそんなもん持ってんなよ。俺たちが使ってやるからよこせ」


 一人の少年がクロスボウを奪おうと手を伸ばしてくる。アロンはさせまいと、必死でそれを抱えこんだ。


「いやだ! 人のものはとっちゃだめだ!」

「さっきからギャーギャーうるせえぞ!」


 少年がアロンの腕をつかみ、乱暴に地面に叩きつけた。その拍子に、アロンのもとから離れたクロスボウを別の少年が拾い上げる。

 もう一人の少年は、怯える少女の細い腕を捕まえていた。


「やめ……」


 立ち上がろうとしたアロンの体に容赦ない蹴りがとんできた。クロスボウを取り上げられた状態で、アロンには自分より大きい相手に勝つ術などない。ニールがいれば助けてくれるはずだが、彼に何も言わず来てしまったためここを見つける可能性は低い。

 こんな有様では英雄とはいえない、アロンが歯噛みしたその時だった。


「何をしているんです」


 冷ややかな女性の声がした。アロンがそちらを見やると、灰色のローブを着ている人の姿があった。フードで頭を覆っており顔がよく見えない。


「げっ、魔女だ」


 少女の腕をつかんでいた少年が言った。


「おい、どうすんだよ……」


 アロンに暴行を加えた少年が、先ほどとはうって変わって慌てている。もう一人の少年が女性に向けてクロスボウを構えた。


「面倒ですね」


 女性が苛立たし気に言い片手を前に突き出した。その瞬間、アロンの目に信じられないものが映った。

 クロスボウを持った少年のズボンの裾が、煙を上げて燃えている。


「うわぁっ!」


 少年が叫び、クロスボウを地面に投げ捨てて火がついた部分を叩き始めた。

 アロンは咄嗟に身を起こし、クロスボウを取った。幸いにも壊れている部分はなさそうだ。

 他の少年二人も集まってきて手を貸し何とか火は消えたものの、少年のズボンの裾は少しばかり焦げてしまっていた。


「選ばせてあげます、ここから去るか全身真っ黒になるか」


 極めて冷静に女性が告げると、少年たちは悪態をつきながら一目散に走り去っていった。


「……嫌になりますよ全く」


 ぶつぶつ言いながら女性はアロンと少女のもとへつかつかとやって来て、まずは少女の方に顔を向けた。


「もう行きなさい」


 少女は身をすくませ歩き出そうとしたが、ふとアロンの方に向き直った。


「……ありがと」


 少女がささやくように言い、荷物を抱えてその場を立ち去った。

 それを見送ったのち、女性の琥珀(こはく)色の瞳がアロンの方を見た。フードの奥に緑色の髪がのぞいている。アロンには、彼女はニールと同じくらいの年頃のように思えた。


「あなた、見かけない顔ですね」

「おれはアロンだ」

「別に名乗れとは言ってませんが」


 女性はアロンを観察するような視線を向けてきた。


「なあ、さっきの火をつけるやつ、あれどうやったんだ?」


 火種など何も使わず手を動かすだけで、この女性は服に火をつけて燃やしていた。そのような芸当を為せる人間をアロンは見たことがなかった。


「教えたところで無駄です。あなたにはできないので」

「なんでだよ、おれにだってできるかもしれないだろ」

「無理ですね」


 女性は淡々と答えた。怒っているわけではないが、少しばかり苛立っているのがアロンにも感じられた。


「とにかく、一人でこんなところをうろついていたらまたさっきみたいな目に遭いますよ。今度は助けてあげませんから」


 そう言い放ってふい、と背を向けた女性をアロンは呼び止めた。何も考えずこの路地裏まで来てしまったせいで、帰り道が分からない。今のアロンにはこの女性を頼るしかない。


「まってくれ! ここまでどうやって来たのか分かんない。友達のところにもどりたいんだ」


 アロンにもはっきり聞こえるほど大きなため息をつき、女性が振り返った。


「……大通りまで行きます。そこからは自分で何とかしてください」


 そう言って速足で歩きだす。アロンは急いでその後を追いかけた。

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